はじまり
岩壁は明かりに照らされてまだら模様に染まっていた。
ダンジョンの中である。
凹凸の激しいダンジョンの岩肌には半ば埋まるようにして光球が張り付いている。
柔らかな明かりが浮かび上がらせるのは、大型の窟獣を両断する細身の青年の姿だ。
血しぶきが舞うダンジョンで走る細身の青年に目を輝かせる少年。
洞窟の奥からさらに大量の窟獣が向かってくるのが画面の奥に見えていた。
テレビ画面の中で窟獣たちに細身の青年が刀を振るう。
青年からかなり離れた場所に立っていたアンバランスな軍用ヘルメットをかぶったレポーターが、マイクを握った手を大仰に振り、つやのある長い髪を揺らして黄色い声を上げている。
「照明の光を宿す長い太刀、大きな盾、透き通った水晶付のロッド! 今日はトヨタアドベンチャー所属の清水さんパーティーのダンジョンアタックにお邪魔しています!」
青年が描く鈍い白銀色が弧を描き、毛むくじゃらの獣腕を切断した。止まらずその巨獣の体を深く裂き、画面が鮮血に濡れる。
「うわ、数をものともしないすごい刀捌きですっ。あれは月影斬スキルでしょうか!? 林さんが皆を守り、天野さんたちが窟獣の足を止め、清水さんが撃破する、これが日本最高パーティーの一つの最強の連携なんですね!」
コの字にソファーが配置された居間にテレビからのレポーターの声が響いていた。
僕は、俺は。たまたまの放送から目をそらすことができず、ただテレビの中の青年が魔獣たちを屠っていく背中を黙って見続けていた。それがダンジョンというものがどういうものなのかはっきり認識した最初の記憶だ。
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バブル時代に作られた言葉の一つに大深度地下というものがある。
簡単に言えば法的な権利を面だけで主張していた私有地、その地下の一定範囲を超える深度からは公私共に自由に利用してもよい、という法規を新たに規定する言葉だ。
世間には地下鉄の拡張だ利便性だと発表されたがなんのことはない。その言葉が作られることになった強力な動機は、金の一文字を瞳に貼り付け、買えるだけ土地を買い、建てられるだけ建物を建てた人々が次に目を付けたのが地下だったという話だ。
「大深度地下の公共私的使用に関する特別措置法」
立法速度のみを重視して作られた特措法は、それでも最低限の体裁は整えられた。
%道路法、河川法、鉄道法農業事業、土木事業、電気通信事業、ガス事業、水源事業、都市開発事業。地下に空間を作り建物を建てるために必要な法や業種たち。
今後、大都市とは地下と地上の二層を持つ都市のことをいうようになる。そう豪語したのは彼らのうちの誰だったか。
だが、日本の建設史上最大規模の工事が始まる直前、彼らの手による地下開発計画が白紙となり、見る影もなくなった。
法律のみ残して。
それは彼らの力の源だったバブル経済がちょうどそのころ「ばぁんっ!」と弾けたせいだ。
……つまりなにが言いたいかというと。突如としてダンジョンが世界各地で発生し、世界が大混乱に陥った年。日本においてエクスプローラーやクラン、ギルドといった横文字を加え改定された大深度地下の利用を目的とした特別措置法、俗にいうダンジョン新法が爆速で成立したのはそれなりの”下地”があったという話だ。