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後藤 翔⑧

『ミッションコンプリート』


 グリフィンからの短い報告を受けて俺はベッドから飛び起きた。添付された動画を開くためにスマートフォンに指を近づけて、画面に触れる寸前にピタリと手が止まる。ベッドにスマートフォンを放り投げて立ち上がり、部屋の電気をつけて壁に掛けられた時計を確認すると深夜二時を回った所だった。


 眠気は吹っ飛んでいる、深呼吸をしてからデスクに座りノートパソコンを開いた。スマートフォンよりも大画面で見られるパソコンでGCにアクセスすると、引き出しからBluetoothのイヤホンを取り出して両耳にはめた。


「そうだ!」


 部屋を飛び出して一階のリビングに着くと、カウンターキッチンの照明を点けてから、ガラスケースに飾られているウイスキーボトルを吟味した。


「響にしよう」


 味はよくわからないからボトルが豪華なウイスキーを選んだ。ロックグラスを取り出して親父が作った丸氷を入れる。その上から響を注ぐと『パキキッ』と氷にヒビが入る子気味良い音がする。ボトルを元に戻して部屋に戻った。まるで楽しみにしていた映画を観る前のようなテンションで、俺は再びデスクチェアーに腰掛けた。


 ロックグラスを傾けると、喉を焼くような刺激の後にカッと胃が熱くなる。ツマミにチョコレートでも持ってこようかと思案してやめた、早く結果を知りたい。俺はマウスを操作して動画を再生した――。

 

『現役女子高生 鬼畜スカトロ』

 

 タイトルとは対照的なコミカルなBGMで始まった動画は、さっそくターゲットである橋本瑠璃菜を映し出していた。学校の帰りだろうか、チェックのスカートにリボンの付いたワイシャツを着て、鞄を肩から提げている。彼女以外は全てモザイク処理が施されていて場所の特定は出来ないが、その暗さで夜だと言うことが見て取れる。


 橋本瑠璃菜がカメラの前を通り過ぎると、その背中を映すような画角に切り替わる、空は暗いがチカチカと光が瞬いているところを見ると繁華街かも知れない。彼女は躊躇いなく一軒の建物に吸い込まれていった。

 

〈彼女は毎週水曜日と金曜日、歌の練習をしにカラオケボックスに通っている〉

 

 画面の下にテロップが流れた。なるほど、アイドルとしての自覚はあるようだが、あんな大人数で歌っていたら歌唱力など埋没してしまうような気がした。つまりは無駄な努力だ。

 

〈いつも、きっちり二時間歌って出てくる、努力家の彼女〉

 

 入念な下調べをしたのはおそらくグリフィンか、そしてそんな女子高生を今から弄ぶヤツら。果たしてその方法はなんだろうか。まさかカラオケボックスに乗り込んでそのまま? いやいや、それは流石にリスクが高いだろう、ミステリー小説を見る時のようにあれこれ思案しながら、俺はロックグラスを傾けて喉を潤した。


 やはりルース、いや、どちらが撮影しているか分からないからグリフィンかも知れないが、カラオケボックスにはついて行かないようだ。カメラは橋本瑠璃菜が吸い込まれて行った建物の入口を、定点カメラのように撮影していた。途中から早送りされているのがカメラ前を通り過ぎる人影のスピードで分かる。

 

〈二時間後――〉

 

 早送りが止まった、すると建物から橋本瑠璃菜が出てきた。カメラがズームされて顔がアップになる。うむ、確かに顔は可愛い。テロップにも〈メチャクチャ可愛い♡〉と出ている。

 

〈それでは先回りしまーす〉

 

 景色が動き出して、初めて彼らが車中から撮影していたのだと分かった。なるほど、拉致するなら車があった方が断然便利だし、ワンボックスならそのまま車内でイタズラしても構わない。車は彼女を追い抜いて走り出した。繁華街を抜けたのか、モザイク越しには暗闇と街灯の灯りだけになり五分ほどで停車した。

 

〈こちらの公園を抜け道にして、いつも彼女は帰宅します〉

 

 そのテロップと共にモザイク処理はなくなり、薄暗い公園が映し出された。狭い――。遊具は砂場とブランコが二つしかない殺風景な場所で、園内には誰もいない。真ん中にあるたった一つの街灯は、公園の端までは行き届かないであたりは暗闇が支配していた。

 入り口は二つ、住宅地側に面する入口と国道に面する入口の二箇所だ。車は国道側の入口横に停車した。どうやらここで待ち伏せするようだ。

 

〈見るからに怪しい男〉

 

 カメラが動いて後部座席に座る人間を映し出した。ダブルピースをしている。黒いツナギに、目出し帽を被っているのでルースとグリフィンのどちらかは分からない。

 

〈緊張してきたよ〉

 

〈勝負は一瞬〉

 

〈百害あって一利なし〉

 

 最後のことわざは自分達に向けたものだろうか、中々ウィットに富んだギャグを放り込んでくる、このセンスはルースだな、俺はクスリと笑う。

 後方を映し出すカメラが橋本瑠璃菜を捉えた、足取り軽くコチラに向かってくる。リアとバックはスモークが貼ってあるので外からはこのふざけた格好の外国人は見えないのだろう。

 

〈キタ――――――――――――――!〉

 

 歓喜のテロップ、俺だって待ち侘びた。彼女はどんどん車に近づいてくる。三メートル、二メートル、一メートル。そして車の横を通り過ぎたその刹那。橋本瑠璃菜の後ろからスクリームの仮面を被った大柄な男が襲いかかった。男はタオルの様なものを顔に押し付けると、小柄な彼女をヒョイと持ち上げた。同時にスライドドアが開いて中に入ってくる。

 

〈確保!〉

 

 橋本瑠璃菜は精一杯抵抗しようと足をバタつかせているが、いかんせん大格差が酷い。アメリカ人プロレスラーのような男に、背後から羽交締めにされては成す術も無さそうだ。撮影役の目出し帽は反対側の扉から外に出ると、運転席に回ってエンジンをかけた。

 

〈撤収!〉

 

 車が移動を始めると再びモザイク処理がなされた、万が一の時に場所が特定されない配慮だろう。この慎重さはグリフィンの仕事に違いない。信号待ちで停車するとカメラが後部座席を写した。大男の横で橋本瑠璃菜は上半身だけ横になる格好で目は閉じていた。気絶しているのか、もしくはクロロホルムでも嗅がされたか。

 

〈生足セクシー〉

 

 チェックのミニスカートから伸びた細い足、最近また流行り出したと言う九十年代のルーズソックスに黒いローファースタイルが俺の下半身を熱くした。カメラの映像はそこで一旦切られた。前半終了。

 

「ふぅぅぅーー」

 

 真っ暗な部屋でノートパソコンに釘付けになっていたので目がチカチカする。目頭をマッサージしながらロックグラスに手を伸ばした。さすが丸氷だ、中々溶けることなく変わらぬ球体を維持している。親父はこれを一つ作るのに三十分は費やしている。


 一度、立ち上がり天井に向かって伸びをする。パキパキと骨の鳴る音がした、よほど集中して同じ体勢でいたのだろう。腰を回して首を揉んだ、軽いストレッチで体をほぐすと、受験勉強の追い込みのように意を決して椅子に腰掛けた。

 

 第二ラウンドの開始だ――。

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