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園部七海②

 「園部先生!」


 弥太郎くんが死体にかけより白い布を外した、その瞬間膝から崩れ落ちるようにガックリと項垂れると、もの凄い勢いで号泣しだした。これは本当に夢なのだろうか。


「ちょいちょい弥太郎くん?」


 肩に触れようとしたらスーツの男に腕を掴まれた。顔を見るとゆっくりと横に振っている。触れるな、と。


「え、なにこれ? 夢じゃないの」


「夢やったら良かってんけどなぁ」


 それから綾子、ママ、姫、メガネさんの順にやって来るとみんな弥太郎くんと同じように大声で泣き続けていた。その光景を見て私も涙腺が緩んでくる。唯一最後に来た陸人だけは私の顔を一瞥して「何やってんだよ馬鹿」とだけ呟いた。


 夢と現実の区別がつかないまま時間だけが流れていく。スーツの男は入り口横の壁にもたれたまま微動だにしなかった。


「あの、あなたは誰なんですか?」


 今更かよ、と突っ込まれると思ったけどスーツの男は顎をしゃくり扉に向かって突っ込んだ。体が吸い込まれていってその背中が消えた。やっぱり夢か、私はその後を追って同じように扉に突っ込むと暗い廊下に飛び出した。


「まあ座りや」


 廊下にはパイプ椅子が三脚並んでいた、スーツの男はすでに左端に座って足を組んでいる。私はひとつ開けて右端に腰掛けた。


「わしは虚空蔵菩薩や」


「はい?」


「こくうぞうぼさつ。言うてみい」


「こくうぞうぼさつ……」


「せや」


 スーツの男は胸ポケットからタバコを取り出すとマッチで火をつけた。最近では珍しい紙タバコだ。


「禁煙ですけど」


「これは現世のタバコちゃうからええねん」


「さっきも言ってましたけど現世って」


「現世は現世や、自分らが生きてる世界やで」


「えっと、ゴクウさんは現世の人じゃないんですか?」


「あほ! 誰が悟空さんや、ドラゴンボールちゃうねん。虚空蔵菩薩や」


「それはつまり?」


「まあ自分らが神と呼ぶやつやな、そんなええもんちゃうけどな」


「うっそくさぁ」


 神、菩薩。このスーツの男が? 袈裟でも着てツルツルの頭ならまだしも、この出立ではなんの説得力もない。


「で、私は一体」


「ああ、自分はな、今日から四十九日間で来世にいく準備をせなあかんねん。その見届け人としてワシが大抜擢されたっちゅうことや、光栄やで自分」

「はあ、じゃあやっぱり私は死んだんですね」


「人間はいつか死ぬもんや」


「そっか……」


 視線を落として廊下を見た、薄暗い蛍光灯を反射して悲しげに光っている。背後からはみんなが啜り泣く声が漏れ聞こえてきて、ようやく私は自分が死んだのかも知れないと理解し始めた。


「ほいでな、ここにサインが欲しいねん」


 スーツの男は尻のポケットから紙を取り出して私に手渡した。A4サイズのコピー用紙には契約書と書かれていて、何やらびっしりと要項が記載されている。一番下にサインをする場所があった。


「何ですかこれ?」


「契約書やねん、自分がちゃんと四十九日で成仏すると約束します言うてな。サインがないと成仏できへんのや」


「なんかインチキ詐欺会社みたいですね、サインしないとどうなるんですか?」


「そりゃあ地縛霊になったり浮遊霊になったり人それぞれやん」


「ふーん」


 渡された契約書を端から読み始めると「大した事書いてないからそないじっくり読まんでもええで」と慌ててるので、あえてゆっくりと文字を追った。


 ――この度、貴殿は自らの命を顧みず若く将来のある命を救い、現世の明るい未来を継続すべく尽力した事を深く感謝し、その代償として失われた寿命に変わり下記の賜物を寄贈し感謝の意と評します。 神々一同――


 一、貴殿の願いを七つまで叶える事を誓います。

 注)有効期間は四十九日の間として、その後は来世に向かう事を条件とします。


「願いを七つ叶える? やっぱりドラゴンボールじゃないですか」


「たまたまや、自分の寿命は本来ならあと七十年あったんや、十年につき願い事が一つて決まっとんねん」


「え、そんなに長生きだったんですか?」


「せや、普通あんなダイビングヘッドして子供助けるやつおらんで」


「じゃあ生き返らせてくださいよ」


 謎の関西人にも慣れてきたところで軽口を叩いた。それが無理なことはなんとなく理解している。


「それは無理やねん、ちょっと考えたら分かるやろ」


「じゃあ願い事なんて無くないですか? 死んでるんだから」


「まあそいつはこれからゆっくりと考えたらええ、期限は四十九日もあるしな」


 他にも注意事項として現世に関与しない事や、見届け人に危害を加えないなどが細かい文字で記されていたけど面倒になって読むのをやめた。虚空さんから渡されたペンでサインを済ませると彼はホッと一息ついて再びタバコに火を付けた。


「おおきに! 実際のとこ、ごねる奴がぎょうさんおんねん、自分みたいにスッとサインくれると助かるわぁ」


「ごねるってサインするのをですか?」


「せやねん、事故や事件で死んだ奴は特に納得がいかへんのやろなあ、なんとかせぇ言うて。神にも出来る事とできない事があるっちゅう話や」


「最後までサインしなかった人たちは……」


「ふらふらと現世を彷徨っとるわ、迷惑な話やで」


 虚空さんは携帯灰皿にタバコを押し付けて立ち上がった。私は自分が死んだことよりも今日の夕飯はみんな大丈夫かな、などと見当違いな心配をしていた。実際にそれは本当に見当違いで、これから目の当たりにする無情な現実を突き付けられていくことになるのを、この時の私はまだ知らなかった。

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