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田村 弥太郎⑤

 校門を出ると「弥太郎」と声をかけられた。視線を右に向けると、ガードレールに腰掛けた後藤くんと鎌田くんだった。


「あれ、どうしたの二人とも」


 とっくに帰ったものだと思っていた。


「いや、悪いな。癖でさっさと教室出ちまったよ。一緒に帰ろうぜ」 


 小学校に通うこと六年、集団下校以外で誰かと帰るのは初めてだった。さっそく御守りのご利益があったのだろうか。僕は背中に温かいものを感じた、たぶん気のせいだろうけど。


「うん」 


「これから(しょう)の家でゲームやるんだけど弥太郎も来いよ」と、鎌田くん。翔と言うのは後藤くんの事だ。


「え、い、いいの?」


「あったりまえだろ、俺たち友達なんだから」


 鎌田くんの言葉に僕は破顔して喜んだ。

 十五分ほど歩いた場所に後藤くんの家はあった。黒を基調としたシックな三階建ての一軒家。みんな似たような形の建売が立ち並ぶ中で、それは一層際立っていた。そう言えば後藤くんは着ている服もオシャレだ。


「誰もいねえから」


 そう言って靴を脱いで二階に上がっていく二人の背中を追いかける。両親は仕事なのだろうか、兄弟はいるのか。クラスメイトなのに僕は後藤くんの事をなにも知らなかった。


「適当に座って」


 それはリビングで、所在なさげにしている僕に向けられた言葉だった。鎌田くんはすっかりソファに腰を下ろして漫画を読み始めている、まるでそこが指定席かのように自然だ。


「う、うん」


 僕は邪魔にならないようにソファの横に正座した、ここならテレビを見る妨げにもならないだろう。


「弥太郎、そこは座るとこじゃねえよ。ソファ座れ」


 コーラとグラスを乗せたお盆を持って後藤くんが言った、ガラス製の低いテーブルに、氷の入ったグラスを並べていく。客人をもてなす大人の振る舞いに感心した。誰かが僕の家に遊びにきたら同じように出来るだろうか。


「あ、うん、じゃあ」


 スッと立ち上がると、ものの数秒で足が痺れている、助かった。


「なにする? ゲームあっけど弥太郎できっか?」


 switchのコントローラーを受け取りながら頷いた。後藤くんが見せてくれたソフトは全部持っている。家にずっと一人でいる僕はゲームだけが唯一の趣味だった、もっとも対戦相手はコンピューターや見知らぬ誰かだったけども。


「やっべーぞ、弥太郎めちゃくちゃつえー」


 どれどれ、と言って後藤くんからコントローラーを受け取る鎌田くん。だけど、毎日眠りにつくまでゲーム三昧である僕の相手じゃなかった。天を仰ぐ鎌田くんを見て少しだけ誇らしい気持ちになる。僕にも二人に勝てるものがあったんだ、と。


 それから一時間くらいゲームで時間を潰すと不意に鎌田くんが聞いてきた。


「弥太郎は好きな女いないの?」


「え?」


 何を質問されているかは当然、理解していた。けどまさか自分が同級生と恋バナをする日が来るとは夢にも思わなかった。まだ何も答えていないのに顔がカッと熱くなる。もちろん僕にだって好きな女の子くらいいた。


「い、いないよ、僕なんかに好かれたら迷惑だよ」


「またまたぁ、隠し事は無しにしよーぜ」


 鎌田くんが三人並んだソファの真ん中に座る僕を肘で突いてくる。


「俺は三嶋亜由美」


「え! そうなの?」


 後藤くんはまっすぐ前を向いて自分のキャラクターを操作しながら、あっさりと告白した。三嶋さんはクラスでも一番人気がある可愛らしい女の子だ。さすが後藤くん、お目が高い。


「俺も」


「えー!」


 鎌田くんがニヤリとした。三角関係、これが三角関係と言うやつか。僕は心臓の鼓動が速くなるのが分かった。うまく操作できなくて後藤くんに負けそうだったけど、それどころじゃない。次は僕の番だ。


「ほらぁ、言っちゃえよー」


 と、鎌田くんが急かす。

 もうゲームどころじゃ無い、緊張感がピークに達して嘔吐(えず)きそうだった。僕が好きな女の子は隣のクラスの橋本瑠璃菜(はしもとるりな)さんだった。彼女とは四年生まで同じクラスだったけど、殆ど話した事はない。単純に見た目が好きだった。その人気は三嶋さんを凌ぎ学校一の美少女と言われている。頭も良い。


 そんなスクールカーストの頂点にいる女の子を僕のような最底辺のダンゴムシ男子が好きになって良いわけがない。


「あの、僕は……」


「なんだよー、引っ張るなぁ。あっ、ブスなんだ?」


 鎌田くんが揶揄うように言った。


「いや、可愛いんだけど……」


「おっ、まさか俺たちと一緒か?」


 後藤くんの問いにぶんぶんと首を横に振った。もうコントローラーは操作できずに、僕のキャラクターはテレビ画面の中で静止している。


「うちのクラスで三嶋亜由美以外に可愛い子いるかぁ?」


 鎌田くんの問いに後藤くんは「いねえ」と即答した。


「はしも……さん」


 僕の蚊の鳴くような声を鎌田くんは聞き逃さなかった。


「ああ、橋本瑠璃菜かぁ、隣のクラスの。あいつ読者モデルとかもやってるらしいぜ。確かに可愛いけど生意気じゃね?」


 鎌田くんが後藤くんに意見を求めると「よっしゃー!」とガッツポーズをした。テレビ画面には後藤くんのチームに『Win』と出ていた。


「良いんじゃねえの、橋本瑠璃菜。写真持ってるか?」


 コントローラーを横に放って聞いてきた後藤くんに僕は「え?」と答えた。


「橋本の写真だよ、動画でも良いけど。好きな女の画像くらい保存してあんだろ?」


 写真、動画? 何のことだろうと思案していると鎌田くんがスマートフォンを操作して画面を向けてきた。そこには、二人がお気に入りだと言う三嶋亜由美が笑顔で写っている。ただし目線はコチラを向いていないから隠し撮りかも知れない。


「あ、ごめん、僕スマートフォン持ってないんだ」


 買ってくれないわけじゃなかった、お母さんは基本的に欲しい物は買い与えてくれる。それで僕が大人しく留守番出来れば。


 でも友達のいない僕には必要のない物だった。持っていても連絡先を交換する相手もいないし、それをお母さんに悟られるのも嫌だった。


「そっか、じゃあ俺が明日にでも隠し撮りしてきてやるよ」


 鎌田くんが笑った。僕は二人のことをどうやら誤解していたみたいだ。勉強もスポーツも出来る二人は僕みたいな底辺家畜なんて馬鹿にしていると鼻から決めつけていた。相手にされないと思っていた、住む世界が違うのだと。しかし、本当の彼らはそんな嫌なやつじゃなく、偏見なんて持たないナイスガイだった。不思議なキッカケで友達になれたけど、世の中には悪い人なんていないのかも、そんな風に思えた。


「あ、ありがとう」


「ところで弥太郎はズリネタは何でしてるんだよ? スマホが無いとエロ本とか?」


 コーラを飲み干した後藤くんが興味深そうに聞いてきたが、意味が良く分からなかった。ズリネタ?


「え、なに、それ?」


 人間関係を円滑に進める為には、知ったかぶりは良くないとテレビでやっていた。知らないものは知らない、正直に答えるのが一番だ。


「弥太郎はオナニーしてねえの?」


 不思議そうに鎌田くんが聞いてくる、まるで普通の小学生は誰でもしてるぞ、といった口調だ。しかし、僕には何のことだかさっぱり分からない。ニュアンス的に英語っぽい。やはり学力の差は友人関係に亀裂を入れるのだろうか。


「ごめん、ちょっと分からない……」


 下を向いて呟いた、ああ、これでまた仲間はずれになってしまうのだろうか。英語の塾くらい通っておけば良かった。これからはより、グローバルな知識が小学生にも求められる時代なのだ。


「おいおい、そんな落ち込むなよ。まあ俺たちは早い方だからな、まだの奴もいるだろ」


 バンバンと後藤くんに背中を叩かれる、傷みじゃなくその優しさに涙が出そうだった。


「よっしゃ、弥太郎のオナニーデビューを俺たちが手伝ってやるよ、な?」


 僕は「ありがとう、ありがとう」と何度も二人にお礼を言った。アリの神様にも御供えしなくては、その時はまだ、そんな呑気な事を考えていた。

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