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プロローグ

 満天の星空の下、月明かりの中でひたすらバットを振り続けた。何度も、何度も。手のひらの豆がつぶれても。ずっと。


 縁側に座り頬杖をついて、コチラを観察するヒロに話しかけた。傍には食べかけのスイカが置いてある。


「ヒロ、暇ならスイング見てくれよ」

「こら、ヒロじゃなくてお姉ちゃんでしょ」


 その言葉は無視して再び金属のバットを振った。二度、三度と。メタリックのロゴに月明かりが反射して、まるで流れ星のように煌めいた。


「右肩の開きが早い、もっと左足に重心を残してかかと体重にならないように気を付けて」


 ヒロは野球の女子全日本選抜に選ばれた事もある、その日によって指導が変わる、少年野球の監督やコーチよりもよっぽど分かりやすくアドバイスをしてくれた。


「俺、行けるかな? 甲子園」

「一人じゃ行けないよ、甲子園には」

「分かってるよ……」


 その本当の意味を俺は分かっていなかったんだと思う。


「あとは毎日、素振りを千本続ければね」

「うへぇ」


 ヒロは立ち上がると俺からバットを取り上げて構えた。長距離打者がするような大きな構え、軽く右足を上げて振り下ろしたバットから『ビュッ』と空気を切り裂く音がする。俺の『ブンッ』という鈍い音とは違うシャープな効果音。思わず「ひゅう」と口笛を鳴らした。


「まずはこれくらいのスイングスピードにならないと話にならないわね、技術うんぬんはそれから」


 あまりの実力差にすこし不貞腐れながら聞いた。

「自分は毎日千本も素振りしてたのかよ?」


 ヒロはもう一度構えると再びスイングした、さっきと同じ軌道を一瞬でなぞる。


「私は毎日、二千本」

「はぁ、何でだよ?」

「男の子と同じ事してたら勝てないからね」


 負けず嫌い、世話焼き、泣き虫。ヒロは犬や猫を拾うかのように、この世に絶望した人たちを自宅のすみれ荘に連れ込んでいた。でも、赤の他人との共同生活は思ったよりも悪くない。


 俺たちは変われる――。


 いつしか、そんな風に考えが変化したのはヒロのおかげだ。みんなから好かれて、頼られて。そこにいるのが当たり前で、まるで空気のような、なくなると窒息するはずの存在だったのに、どうして。


 どうして俺たちはヒロのことを忘れてしまったのだろう――。

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