第8話 最初の依頼
実技試験が終わった後、約1時間ほど休憩を挟んでから結果発表と言う運びとなった。
休憩中、受験生たちは基本的に自由行動。発表前にはギルド裏の広場に集まるようにと通達されていた。オレはまだこの街に来たばかりだったので、大人しく裏庭で待っていたのだが、正直、めちゃくちゃ居心地が悪かった。
なにしろ皆してオレの方をちらちら見たり、ヒソヒソ話したりしてたから。しかも内容が<聞き耳>スキルのせいで丸聞こえだったから! 「ユニークスキル持ちだ」とか「ううん、きっと天職持ちよ」とか。
実技試験でついつい熱くなって、試験官であるボーウェンさんに勝ってしまったのはさすがにやりすぎた。どうも彼は、この辺りではトップレベルの冒険者として有名な存在だったらしい。確かに試験官の中ではレベル、ステータスともに頭一つ分、抜きんでてたしな。そんな人物を、10級の新人冒険者――どころか、今日登録したばかりのド新参が圧倒すれば、否が応でも噂になる。
これは、試験の合否に関わらず、早めにこの街を出た方が良さそうだ。オレの目的はあくまで、この世界をツーリングして周ることなんだからな。変な噂の的になるのは御免だ。
そうこうしている間に休憩時間は終わり、結果発表となった。最期まで合否が判らないよう、合格者の受験番号を順番にではなくランダムで呼ばれた。この手の結果発表の瞬間って、何度経験してもドキドキするもんだな。
結果的に言えば、試験に参加した10級冒険者はオレを含めて118名。うち合格者は僅か22名だった。
あ、ちなみにオレも合格したよ。
で、合格者は会議室に集められて再度、ギルド職員から色々と説明を受けた。
さきほどエリーさんに説明を受けて知っていたが、10級と9級以上の最大の違いは、戦闘関係の依頼が受けられる、という点だ。
魔物の討伐。危険地帯での薬草等の採取。要人、物資輸送の護衛。エトセトラ――
中には憲兵や保安官からの要請で盗賊の討伐や、犯罪者、賞金首などの逮捕の協力を依頼されることもあるという。
当然ながらこれらの依頼中に命を落とす冒険者も少なくなく、命は助かっても一生モノの怪我を負って冒険者を続けられなくなってしまうこともある。そうなった時に備えて、冒険者保険に入っておいた方が良いとか……
なんだよ、冒険者保険って。そんなワード未だかつて聞いたことすらないぞ?
やっぱこの世界、『シン・ジークフリート』と同じで文明レベルが進んでいる分、テンプレな中世レベルのファンタジーには無い色々な制度が存在しているようだ。
まあ、当事者としてはそちらの方が有難くはあるんだが、制度が多いということはそれだけ柵も多いということだ。オレとしてはそんなものに雁字搦めにされるのは御免だ。
気ままにツーリングをしながら、この世界を色々と見て周りたいだけなのだから。
説明は小一時間ほど続いた後、解散となった。で、合格して昇格するとライセンスカードを更新しなければならないので、改めてギルドの受付で受け取る様に、と言われたので、早速行ってみる。
「はい、これが新しいライセンスカードとなります」
エリーさんから渡されたライセンスカード。見た感じは最初に渡されたのと同じだが、確かに書かれているランクが変わっていた。
ところが……
「……あの、これ間違ってません?」
「間違ってませんよ?」
オレが指摘すると、エリーさんは笑顔のまま首を振る。
いやいや、絶対間違ってるだろ、これ!
だって――
「7級って書いてあるんですが……?」
そうなのだ。新しくなったオレのライセンスカードには、7級冒険者と書かれていた。10級冒険者から昇格したんだから、普通は9級だろ?
「試験結果を踏まえてギルドで協議した結果、シンさんは7級に昇格させるのが妥当である、という結論になりました」
「いやいや、おかしいでしょ!? だってオレ、今日登録したばかりのド新人ですよ!?」
確かエリーさん自身が説明していたはずだ。7級は冒険者の中でも中堅に当たる、と。対してオレは、今日――っていうか数時間前に冒険者登録をしたばかりで、一度も依頼を受けてないんだぞ? おかしいだろ!?
「ボーウェンさんはエンディム支部所属の冒険者の中でもトップの実力者で、しかも3級冒険者です」
「う――」
「彼を上回る実力をもった人物を低いランクのまま遊ばせるなんて、宝の持ち腐れも良い所です」
「……」
「なので、ギルドの判断は私としても妥当だと考えます。それを活かすかどうかは、シンさん次第です」
それを言われてしまうと反論できない。っていうかボーウェンさんって3級冒険者だったのか。それに勝っちゃったんだから、そういう判断されても仕方ないか。
まあ、ランクが高いのは悪いことじゃないし、受けられる依頼の幅も広がって報酬も良くなるから、本来であれば歓迎するべきことなんだろうけど、それだけ厄介事も増えそうな予感もあるんだよなぁ。
さらに気になってステータスの称号欄を確認すると、『10級冒険者』の称号が『7級冒険者』に変化していた。問答無用だな。
「……判りました」
「納得いただいたようでなによりです。ちなみに今日から依頼を受けることも出来ますが、さっそく受注なさいますか?」
取り合えず、決まってしまったものは受け入れるしかない。それを踏まえた上で、頭を切り替えて今後のことを考えよう。
もともと冒険者になったのは金が無かったからであり、手っ取り早く路銀を稼ぐ為だった。エリーさんにもそのことを話してあったので、受けないと不審に思われるな。
ただでさえこの人、勘が鋭そうだし。
「そうですね。受けてみます」
「では、あちらのPCから受注できますので、空いている席でご自由にどうぞ。ちなみに、パソコンは使えますか?」
「大丈夫だと思います」
オレは元プログラマーだぞ? ただ、異世界のPCは初めてだからやや不安ではあるがな。
「もし判らなければ、気軽に声をかけてくださいね?」
「判りました。その時はお願いします」
エリーさんの厚意に感謝して、オレはそちらへと向かった。
受付脇の広いスペースに30台以上のPCと椅子がずらりと並べられている。一応、隣との間に敷居はあるが、ネットカフェのような個室ではない。いまも10人以上の冒険者たちがPCと向き合っていた。
冒険者ギルドというよりは、ハ〇ーワ〇クだよ。オレも一時、世話になってたからよく覚えてる。
しかも、冒険者ギルドでの依頼の受注がパソコンとはね。普通なら掲示板に立て掛けてある依頼表を、他の冒険者と取り合うってのが定番なはずなんだけど……
PCが商売道具だったオレとしてはありがたくはあるんだけど、やっぱ釈然としないのと、違和感が半端ないな。ここはホントに異世界なのかと頭を捻りたくなる。しかも異世界製のパソコンの方が地球のそれよりも画面が大きい上に、ボタンも多く……なんというか、未来的なデザインなのがまた複雑な気分を助長させる。
備えつかられていたカードリーダーに更新したばかりのライセンスカードを挿入すると、画面に「ようこそ、シン・スカイウォーカー様」という文字が表示された。次いで「あなたの冒険者ランクは7級です」「現在受注可能な依頼を表示します」というロゴの後、画面に依頼の一覧が表示された。
依頼のランク。内容。期日。依頼者。報酬額など。
こうして画面越しに依頼を選択して受注するとか、もうホントにゲームみたいだな。
7級といっても全体から見れば低ランクになるが、それでも受注できる依頼は結構な数がある。依頼内容や報酬額等の内容を精査し、現在の自分のスキル構成で、かつ短時間で達成できそうな依頼を精査していく。
取り合えず早めに金を入手しないと、今日の宿も無いもんで……
で、考えた末に選んだのがこれだ。
依頼者:薬剤師ギルド
依頼内容:薬草採取
依頼形式:常時受け付け
必要ランク:9級以上
期限:無期限
報酬:薬草の種類、状態次第。要一覧
なんでも、薬や治療系アイテムに使用する薬草が不足しているので、採取してほしいとのこと。量は出来るだけたくさん。ご丁寧に採取してほしい薬草の写真や名前、採取した際の報酬額などを記した一覧表まで添付してくれている。テンプレ的な薬草採取クエストだ。
薬草を探すなんて初めての経験だが、<薬草探知LV92>があるし、いけるだろ。それに、依頼者はこの街の薬剤師ギルド。日々、病気や怪我に苦しむ人たちの為に薬を作ってくれている人たちだ。この依頼を達成すれば、オレは報酬がもらえて、薬剤師ギルドは薬の原料を手に入れ、それによって出来た薬で怪我人や病人が救われる。
うん。完全にウィンウィンだな。これを受注しない手は無いだろう。早速「受注」ボタンを選択すると、PCのリーダーから伝票が出てきた。あとはこれを受付に渡せば……あ、そうだ。せっかくだから、他にもどんな依頼があるか、もう少し見ていくか。
ひとまずいまのオレが受注できそうなものを見繕ってみたけど、改めて検索するとホントに色々な種類の依頼がある。
魔物の討伐。護衛。物品輸送。賞金首といったテンプレ的なものから、街の清掃。人探し。結婚相手探し。迷子のペット探し。魔法指導の教員募集などなど……………………
「ファッ!?」
ちょっと待て! いまなんかおかしな依頼がなかった!?
一覧を読み返してみて……あった! 結婚相手探し!! なんだこれ!? 冒険者ギルドって結婚相談所も兼任してんの!?
ビックリして思わず内容を見て見ると――
依頼者:匿名希望(人族・女性・20歳)
依頼内容:契約結婚
依頼形式:常時受け付け
必要ランク:なし
期限:無期限
報酬:一週間50万テラ。延長有り。
詳細を確認してみると、どうやら依頼者は人族の女性らしい。結婚相手の条件として、魔導士系天職持ちの人族男性。Lv30以上希望。年齢は問わず。妊娠した場合は追加報酬として100万テラ。結婚期間延長も有りとある。
ナニコレ!? いやもう、ホントなにこれ!? 全然意味判んないんだけど!
契約結婚ってなに? 一週間50万テラ? 延長? 妊娠したら追加報酬? なんのこっちゃ!?
いままで冒険者が登場する異世界物のラノベを色々読んで来たけど、こんな意味不明な依頼は見たことが無い。マジで訳判らん!
「すいません……」
たまらずオレは受付のエリーさんに尋ねてみることにした。
「はい。依頼は決まりましたか?」
「ええっと、一応決まったんですけど、その前にちょっとお聞きしたいことが……」
「なんでしょう?」
オレは素直に依頼の中にあった、結婚相手募集という項目について質問してみた。
「契約結婚というのは、簡単に説明すると、予め決められた期間だけ結婚する、という制度です」
「決められた期間だけの結婚? なんの為に?」
「子供を設ける為です」
はい? 意味が判らん。オレの心情を察してか、エリーさんはそのまま説明を続けてくれた。
「レベルやステータス、スキルといった概念については、ご存じですよね?」
「そりゃまあ……」
「レベルとはその人物の位階を表すものであり、ステータスとは身体能力を示す数値です。スキルとはその人物が持つ特殊能力。命懸けの戦いや、厳しい修行などを経て経験値を積むことで、誰でもレベルやステータスを上昇させたり、スキルを習得してその熟練度を高めることができますが、個人によって上昇率は異なります。極端な話ですが、同じ修練を積んでいたとしても、やはり才能を有している人間の方がそうでない人より上がりやすいのは事実です」
それは当然だろう。っていうか、なんの話だ? オレは契約結婚について質問してたんだが?
「その才能の最も判り易い例が『天職』です。天職を有している人間は持っていない人間と比べ、その分野に関するステータスの上昇率、スキルの習得率が格段に違います。さらに天職は後天的に発現する場合もありますが、多くの場合、先天的――つまり生まれた時から有しています」
生まれつき? あ、なるほど。なんとなく話の筋が見えて来たぞ。
「天職を持っている人の子供は、親と同系統の天職が発現しやすいのです。両親ともに天職持ちであれば、なおさらです。もちろん、持っていない者同士の間に生まれた子供に発現したりする場合もありますが。さらに天職は修練や経験を積むことで、上位職へクラスチェンジすることがあります。それによって従来よりも格段に能力も上昇しますが、同時にその子供に天職が発現する可能性も高くなることが実証されています。また、レベルも同様です。高レベルの両親の間に生まれた子供は、総じてレベルが上がりやすい傾向があることも判っています」
「……つまり、両親ともに高レベルで天職持ちだった場合、その子供は高確率で天職が発現する上、レベルも上がりやすい、と?」
「そういうことです。そういった才能溢れる子供を得る為の制度が、契約結婚という訳です。当事者同士の承諾の下、決められた期間だけ結婚するというもので、当然ながら女性の方からの申し出を、男性側が承諾する形になります。ちなみに正式な結婚ではない為、相手が既婚者でも同意があればオーケーです」
「……マジっすか?」
早い話が種馬と同じじゃんか……しかも既婚者でもオーケーって、なんだよ。
異世界って恐ろしいな。
「……なんで冒険者ギルドが、その契約結婚を仲介してるんですか?」
「高レベルの天職持ちが一番多い職種が冒険者だからですよ。高ランクの冒険者はほぼ例外なく高レベルな上に天職持ちも多く、契約結婚の相手を探すのにうってつけです」
なるほど。それに関しては理解できる。戦闘関連の依頼を受けることが多い冒険者。特に高難易度の依頼を受ける上位ランカーは高レベルな人間にしか勤まらないし、天職をもっている人間が多いのは必然だ。
「……早い話が、有能な子供を得る為の制度と言う訳ですか?」
「少々極端ですが、その通りです」
「で、無事に妊娠したら「ハイさようなら」、と?」
「通常はそうなります。中にはそのまま本当に結婚してしまう例も存在しますが」
だとしても胸糞の悪い話だ。優秀な子供が欲しいという理由だけで、そんな種馬みたいな真似が出来るなんて。しかも自分の子供に対して責任を負わないとか……
いや、けどここへ来る前に出くわした、ゴブリンやワイバーンみたいな魔物が跋扈する世界では、現代日本と違って人は死にやすいはずだ。そういう側面で捕らえれば、良策と言えるのかもしれない。
「同じ冒険者でも、天職持ちとそうでない人とは一線を画します。しかしその分、希少な存在でもあります。それこそ10万人に1人いるかいないか、くらいの。実際、このエンディム市やその周辺の冒険者たちのなかで、天職を有しているのはボーウェンさんだけです」
「……」
「あ、ちなみにボーウェンさんは奥さんが2人いるんですよ」
なに言ってんだこの人!? 他の冒険者のプライベートをサラッと暴露しちゃったよ!
ってか、奥さんが2人? あの人も冒険者で天職持ちだったよな? ひょっとして……
「ちなみにボーウェンさんは契約結婚じゃなくて、普通に結婚してますよ」
思考を読まないでくれませんか?
そっか、ちゃんと普通に結婚してたんだな。真面目そうな人で好感持てそうだったからほっとしたよ。
「ちなみに子供は4人います。全員女の子です」
なんでこの人、こんなペラペラ他人のプライベートしゃべってんの? 受付嬢なんだから、そんな口が軽いのはヤバいんじゃないの?
「ボーウェンさんはこの辺り唯一の天職持ちと言うこともあって有名人ですから、結構みんな知ってますよ? この前も家族みんな女ばかりで肩身が狭い、って嘆いてましたし」
……あの人、意外と家庭では苦労してるんだな。女の中に男が1人。そりゃ肩身も狭いだろ。
「話が反れましたが、天職を持つ人間と持たざる人間は、素質や実力に明確な差があります。それ故に、天職をもった人は社会にとっても重要視されていますし、特に上位職を有する人は相応の働きを求められることと引き換えに、特権階級としての地位が約束されています。そして天職の有無は遺伝の影響を受けやすい。だから天職を持った人間の子供が欲しいと望む人は星の数ほどいます。しかし実際に天職を持った人間は少ない。そういった人たちの為にこの制度があるんです」
生まれつき勝ち組と負け組が別れてしまうのか……世知辛いな。
「しかも、15年前の魔族との戦争で多くの有能な天職持ちが戦死して、その数が大きく減少しましたから、優秀な天職持ちを増やして魔族に備えたい、という各国の思惑もあって、国としても大々的に推し進めています」
魔族いるのね。魔族は人族と敵対的、ってのはラノベのテンプレだが、この世界でもそれは同じか。
レベルやステータス、天職なんてものがあり、しかも才能の有無によってそれらの上昇率は違う。魔物が跋扈している世界であり、魔族と言う敵対種族もいる。人的被害も当然、多い。それらの脅威に対抗できる人材の育成は急務。
契約結婚やら重婚だのを認めるのも頷ける。頷けるけど、やっぱり釈然としないな。
「まあ、そういう事情で天職持ちはどこの国でも特別待遇を受けられます。もし、英雄天職でも生まれようものなら、当人だけでなくその家族も一生安泰ですから」
「英雄天職?」
また聞きなれない単語が出て来たぞ。
「ご存じありませんか? 職業名ではなく異界の英雄の名前を冠することから「英雄天職」と呼ばれている特殊な天職のことです。例を挙げるなら、「フレイヤ」、「アキレウス」といった感じで。希少な天職の中でもさらに希少で、過去を含めても確認された英雄天職は20人に満たないと言われています。その力は上位の天職持ちすら優に凌駕し、同時に極めて強力かつ特殊なスキルを有していて、中には英雄天職のことを「勇者の職業」と呼んでいる人もいるくらいですね」
「……」
エリーさんの話を聞いている内に冷や汗が出てきた。
フレイヤ。アキレウス――その名前は当然、知っている。地球の神話上の神、英雄だ。
オレの天職は「ジークフリート」。北欧神話の英雄の名前。
思いっきり英雄天職じゃん!
エリーさんの話が本当なら、かなりヤバい。
魔族との戦争。
特権階級の天職。
勇者の職業と言われる英雄天職。
これってもし英雄天職であることがバレたら、色々ヤバいことになるんじゃないか? どこかのゲームみたいに、王様から碌な装備も与えられずに魔王を倒してこい、とか言われたり?
そんなの絶対嫌だぞ。オレは魔王とか魔族とかに関わるつもりなんか無い。誰にも邪魔されず、異世界ツーリングがしたいだけなんだ!
とにかく、英雄天職だってことは絶対に知られないようにしないと。
「どうかなさいましたか?」
「い、いえ、なんでもありません!」
エリーさんの問いかけに、慌てて返事を返す。声が上ずってなかっただろうか?
「そうですか。簡単になりましたが、契約結婚という制度と設けられた理由は以上になります。冒険者ギルドで仲介している以上、全ての冒険者が契約結婚制度を使用することが可能です。良かったら登録していきますか? ただその場合、ご自身のレベルや天職名を公開する必要がありますが」
「いえ、結構です。オレが契約結婚を利用することはありません」
今度はごく自然に言葉が出てきた。
確かに国レベルや、人類全体の視点に立てば有用な制度かもしれないが、オレは到底、利用する気にはなれなかった。
なにかある度にオレに暴力を振るい続けた父親や、親であることを理由に金の無心をしてきた母親の顔が、どうしても頭から離れないんだ。
それに――
「……子供は道具じゃないんだ」
気づけばオレは無意識のうちにそんなことを呟いていた。
「なにか?」
「いえ、なんでもありません。説明していただいてありがとうございました。取り合えず、この依頼の承認をお願いします」
オレはやや強引に話を切り上げて、エリーさんに薬草採取の伝票を手渡した。
「判りました。薬草採取ですね。ライセンスカードをお願いします」
言われた通りに差し出すと、PCに差し込んで慣れた手つきでキーボードを叩いていく。
「はい、受注完了しました」
そう言ってエリーさんからライセンスカードが返却される。意外とあっさり受注できるんだな。
「依頼にあった薬草類は主に街の北、コルツ山の中腹付近に多く自生しています。ただ、これを食べる草食動物を狙う魔物、ストレイウルフ等も出没する為、なかなか採取がおぼつかないんです」
「……街の冒険者たちは受けないんですか?」
ふと疑問に思ったのでエリーさんに尋ねてみる。
「コルツ山には薬草以外にも多くの植物が自生していて、判別が難しいんですよ。外見のよく似た植物もありますから、探索と判別にはそれなりの労力と知識が必要となります。そんな苦労の割に薬草の1つ1つは買取価格も安いので、腕の良い冒険者は忌諱する傾向が強いのです。あと、何故か薬草採取を底辺の依頼と見下す傾向があって、なかなか受けてもらえないんですよ。実際、どこに生えているか判らない薬草を10本採取するよりも、ストレイウルフを1匹狩る方が簡単で、買取価格も高いですから。あと、薬草を集めるよりも、魔物を倒した方が聞こえも良いですし」
なるほど。確かにそれはあるかもしれない。
実際、「魔物を倒した」と「薬草を採取した」の二つで、どちらの方が聞こえが良いかと言われれば、確実に前者だ。冒険者は戦闘関連の依頼を遂行することが多いからなおさらだ。
さらに、魔物の討伐と薬草の採取。どちらが難易度が高いかと言われれば、確実に後者だ。
魔物のうろつく森の中で、魔物を警戒しつつ、多くの植物の中から目的の薬草を探し出すことよりも、その魔物自体を狩っていた方が楽に決まってる。薬草採取の依頼に人気が無いのは、当然かもしれない。
けど重要度はより高い。なにせ薬草が無ければ医薬品が作れず、街の人たち、ひいては怪我が多いであろう冒険者の生死にも関わってくるんだから。
「念の為、コルツ山周辺の地図をお渡しすることも出来ますが、持っていかれますか?」
「そうですね。そうします」
オレはエリーさんの好意に感謝して、冒険者としての最初の依頼に赴いた。