第7話 Side ボーウェン
始まりはエンディムの傭兵ギルドの受付嬢であるエリー嬢の一言だった。
エンディム支部の受付嬢の中でも特に勘が鋭く、観察眼に優れている子だ。
「将来有望な子が現れました」
彼女がそう言ってきたのは、10級傭兵の昇格試験が始まる直前のことだった。
冒険者ギルドは幅広い人材を獲得する為、登録には最低限の条件しか設けていない。ただし登録直後の10級は戦闘関係の依頼を受けることは出来ない。
冒険者を経て英雄や勇者と呼ばれるようになった偉人は多い。というより、この国の女王様ご自身が元冒険者だったくらいだからな。だからそれに憧れて、安易な気持ちで冒険者になろうとする輩は多い。碌な戦闘経験もない人間が、憧れや根拠のない自信がもとで冒険者になれば、早々に死んでしまう。そういう不幸を防ぐために、最下級の10級は戦闘関係の依頼の受注を禁止し、定期的に行われる試験で、問題ないと判断された者だけが昇格し、本格的な依頼を受けることが出来るという仕組みが出来たわけだ。
そういった冒険者以下のルーキーたちの適性を試験で判断するのは、ギルドから依頼された現役冒険者たちだ。
冒険者のことを誰よりも理解できるのは冒険者だからな。
この10級冒険者昇格試験は月に一度のペース行われている。もちろんこのエンディム支部以外でも行われているが、この一帯の地域で昇格試験を行っているのはエンディム支部だけだった。だから月に一度の試験を受ける為、周辺の街から多くの若者たちが集まって来る。街の住民たちも周知しているから、もはや一種の恒例行事でもあった。
今回、集まった志望者は118名。だいたいいつも通りの人数だ。女性の志望者が多いのは、元冒険者である女王陛下に対する憧れが強いからだ。
冒険者といっても、彼ら、彼女らは最下級の10級。ハッキリ言って冒険者未満の素人たち。巷で見かける若者と大差ない。
しかし、その中で1人、明らかに異質な雰囲気を放っている少年がいた。
受験番号102番――シン・スカイウォーカー。
エリー嬢が言っていた「将来有望な子」だ。
見た目は他の受験生と同じくただの子供にしか見えないが、なるほど、あれはただ者じゃない。纏っている空気が他の受験生とは明らかに違う。
なのに見た目や仕草はごくごく普通の少年にしか見えない。ひどくちぐはぐな印象を受ける子だ。
だが、いざ試験が始まると、圧巻の一言だった。
10級昇格試験は体力試験と実技試験の二つがある。
体力、持久力は魔物との戦闘を生業とする冒険者には必須。体力の無い人間は冒険者にはなれないと言っても過言ではない。
なので受験生にはこのエンディムの街を走って一周してもらい、持久力があるかどうかテストさせてもらう。これに関しては概ね他の支部でも同じなのだが、このエンディム支部ではそれ以外にもう1つ、独自の判定基準を設けている。
それは、利他の精神だ。
冒険者とは、報酬と引き換えに当事者が達成することの出来ない危険な、あるいは困難な仕事を当人に代わって遂行することを職務としている。それは魔物の討伐であったり、危険地帯に自生する薬草の採取であったりと、命に拘わるものが大半だ。
つまり、他者の代わりに自ら危険を引き受ける覚悟と心構えが必要になる。
突き詰めて言えば、冒険者の役目とは「困っている人を助ける」「他者の代わりに危険を引き受ける」ことだ。
依頼者の中には、本当に追い詰められ、なけなしの財をかき集め、冒険者に救ってもらおうと藁にも縋る思いで依頼を寄せてくる人間も多いのだ。
だが最近は、報酬目当てであったり、名を上げる為だけに冒険者になろうとする者が後を絶たない。そういう人間に限って本当に困っている依頼者には目もくれない。結果、解決できないまま行き詰ってしまう依頼者が続出するという事態になってくる。
過去の事例を見ても、冒険者として大成した人間の多くは、報酬を度外視し、そのような困っている人々を積極的に助けることのできる、利他の心をもった者が多くを占めているのが現実だ。
最高の冒険者とは、最も強い者でも、最も有能な者でも、最も金を稼げる者でもない。
困っている人間を救うことの出来る者だ。
なので、エンディム支部で行われる体力試験に置いては、他の支部では行っていない、独自の手法を採用している。
それは、ギルド職員や住民の協力の元、体力試験中の受験生の周囲でワザと「困っている人間」を演出して受験生たちがそれを助けるか否かを試す、というものだ。
自分の試験結果よりも、他者を優先できるかを。
利他の精神をもった冒険者は大成する者が多い。依頼を仲介するギルドとしても、そういった人間が増えることを望んでいる。
無論、助けなくとも試験結果に影響はないが、助ければ試験の査定にプラスが付く、という仕組みなのだが……結果的に、100名以上いた受験生の中で、困っている人間を助けに出たのはシン・スカイウォーカーだけだった。
その時の映像を後で確認したんだが、正直、開いた口が塞がらなくなったよ。
荷物を満載したトラックを1人で軽々と持ち上げたり、10メートル以上の高さの木の枝の上にいた猫をひとっ跳びで助けたのもアレだが、凄まじかったのはその後、引ったくり犯を捕まえた時だ。もちろん、犯人も被害者もこちらの用意した役者だったなのだが、そうとは気づかなかったシン君の反応は凄まじかった。
被害者役の老婆の悲鳴を聞くや否や、シン君は即座に車道を飛び越え、道の反対側の犯人に飛び掛かったのだ。
一緒に映像を見ていた職員の一人が「あ、死んだ」と呟いていた。実際、私も彼の動きが、獲物に襲い掛かる猛獣に見えた。犯人役の職員は彼に取り押さえられた際に腕を折られてしまったそうだ。
犯人の役をやらされたのは、これまで喧嘩1つしたこともなく、2人の娘の良き父親であり、家庭菜園とお菓子作りが趣味の善良極まりないギルド職員のビリーだった。絵にかいたような善人であるのに、生来の悪人面のせいで色々誤解されがちな上に、こういう時だけ損な役割を押し付けられてしまう可哀そうな男だったのだが、よほど恐ろしかったのか、後で「こんな役は二度と御免だ!」と半泣きで上司に訴えていた。
さらに度肝を抜かれたのが、持久走の後半――体力の限界が来て疲労がピークに達しているであろうタイミングで用意された「ワンちゃんレスキューミッション」だ。
……誰だ、こんな作戦名を付けた奴は。
内容は至極単純で、川で溺れている犬を見て助けるか否かを試す、というものだ。
ちなみにその犬である「ポンちゃん」は、ギルド職員の一人の飼い犬で、元々泳ぎが得意かつ大好きで、毎日のようにああやって川で泳いでいる。
つまりポンちゃんは普通に泳いでいただけであって、絶対に溺れる心配はなかったのだが、それを知らないシン君は飼い主の助けを求める(振りをした)叫び声を聞くや、即座に川へと飛び込んだ。
一緒に映像を見ていた職員の一人が「あ、死んだ(2回目)」と呟いていた。
ポンちゃんの元へと向かうシン君の泳ぎの速度が、魚雷じみた物凄い速さだったから。
彼に気付いたポンちゃんがビックリして逃げようとしたくらいだ。当たり前だろう。ポンちゃん自身は普通に泳いで遊んでいただけだったのに、そこへ魚雷人間が物凄い速さで迫ってきたら、魔物だって怖いし、逃げ出す。けど逃げ切れるはずもなくあえなく捕まってしまい、そのまま普通に引き上げられて飼い主に引き渡された。
キャンキャンと吼えてたけど、あれは絶対シン君に脅えていたよな……
これは後で知ったのだが、ポンちゃんはあれ以来、川で泳ぐのを怖がるようになってしまったらしい。可哀そうなことをしてしまった。
主にシン君が……
いずれにせよ、結果的に彼は試験中に配された「困っている人間」をあらかた助けてしまった。無論、彼はこれらが振りであることを知らないはずなので、一連の行動は彼の自主的な行いであると判断できる。
つまりシン・スカイウォーカーは、困っている人間を見捨てられない性格だと結論付けられた。
体力試験は100点満点ということだ。
加えて身体能力が尋常ではない。かなりの高レベル、高ステータスの持ち主だ。
しかし、実際の実力はどの程度か、と思案していたところに、エリー嬢がとんでもない頼みごとをしてきた。
「次の実技試験、彼とはボーウェンさんが戦ってください。ただし、全力で」
なにを言っているんだこの子は? と、最初は唖然としたよ。
自惚れる訳じゃないが、私はこう見えて3級冒険者だ。いまのレベルは47。加えて「魔法剣士」の天職を持っている。
確かに彼の身体能力には目を見張るものがあったが、それと実際の戦闘能力とは別だ。実際に彼は優秀で、将来は大成するであろう可能性を秘めているとは思うが、そこまでの実力者には見えない。私が全力でやれば、下手をすれば大怪我をさせてしまう。そう言って反対したのだが、エリー嬢は「大丈夫ですよ」と断言し、その後もしつこく嘆願され、最後には私の方が折れてしまった。
結果的に言えば、人を見る目が確かだったのはエリー嬢の方だった。
実技試験の際、私はエリー嬢に言われた通り、本気でシン君との勝負に臨んだ。最初の内こそ油断していたのだろう、私の攻撃に防戦一方だったが、それでも一撃すら浴びせることが出来なかった。これは<剣術>のスキルレベルが相当高いことを意味している。
攻勢に転じてからはさらに圧巻だった。碌に反撃できないまま押し切られ、最後は腹に蹴りを打ち込まれて敗北することとなった。しかし彼はその後も止まることなく、私の頭に剣を叩き込もうとした。そのモーションを見ただけで、「あ、死んだ」と私自身が感じたよ。もしあの時、エリー嬢が止めに入っていなければ、私の頭は真っ二つになっていたかもしれない。
だが本当に度肝を抜かれたのは、彼の身体能力よりも、無詠唱で魔法を放ったことだ。
つまり彼は<詠唱破棄>のスキルを持っている。
あり得ないことだ。人族で<詠唱破棄>は上位クラスの魔導士や僧侶しか習得できないはず。しかし、魔導士や僧侶系の天職を持つ人間は魔法の適正に優れている分、総じて身体能力が低くなる。例外があるとすれば私のような「魔法剣士」だ。だが、「魔法剣士」が使える魔法は本職に比べれば大したものではない。
武器に魔法を纏わせる【魔法属性付与】や、初級の攻撃魔法くらいだ。詠唱無しで【火の弾】を撃つことは出来ない。それは「魔法剣士」である私自身が誰よりもよく知っている。
しかし、シン君は私を上回る身体能力と<剣術>スキルを有していながら、<詠唱破棄>まで持っている。となると、ほぼ間違いなく「固有天職」の持ち主。あるいは「英雄天職」かもしれない。
ギルドの関係者で彼の戦いを見た者であれば当然、私と同じ結論に至っているだろう。エリー嬢に至っては最初から勘付いていたようだしな。
冒険者を志望した動機から見て、なにやら複雑な事情を抱えているようだし、栄達など望んでいるようには思えないのだが、人材確保に貪欲なギルドが彼ほどの逸材を放っておく訳がない。
きっとこの先も苦労が絶えないだろうが、私には祈ることしか出来そうもない。
まあ、頑張ってくれ。