第6話 実技試験
体力試験の後、さすがにそのまま実技に入るのはキツイので、1時間ほど休憩が挟まれた。街一周、約30km強のマラソンだったからな。オレは平気だけど、中には立つことも出来ずにその場にへたり込んでしまう者や、息をするだけでもやっとという有様な人もいる。とはいえ、脱落した者は1人もおらず、全員が最後まで走り切ったようだ。まあ、これから魔物と命懸けで戦おうって人間が、マラソンなんかで音を上げるなんて情けないからな。
あと、ギルド側は体力回復効果のあるポーションを予め用意していたらしく、希望者には無償で提供してくれるらしい。気前が良いね。
ほとんどの参加者はもらっていたが、オレは辞退した。ほとんど疲れてないのにもらうのは悪いしね。
その代わりと言っちゃあれだけど、ギルド職員の中に魔法が使える人がいたので、犬を助けた時にずぶ濡れになった服を乾かしてもらった。走っている内に乾くと思ったけど、ダメだったよ。
体力試験の疲れも抜けて服も乾いたところで、今度は実技試験だ。
場所は変わって今度はギルドの建物内の訓練場でやるらしい。ちょっとしたライブ会場くらいの広さがある訓練場に、オレたち100人余りの受験生は、ボーウェンさんを始めとした10人ほどの試験官っぽい人たちの前に集められた。
「では、これから実技試験を執り行う」
ボーウェンさんの言葉でオレを始めとした受験生たちの間に緊張が走る。
「内容は至ってシンプルだ。私を初めとしたここにいる現役冒険者と一対一で模擬戦を行い、その内容によって合否を判断する」
なんと。彼らはオレたちの先輩方たちだったか。道理で強そうだと思った。
「武器に関しては安全の為、こちらで用意した非殺傷タイプの物を使用してもらう。それ以外は魔法やスキルを自由に使ってもらって構わない」
ボーウェンさんたちの後ろには、金属製の武器が色々と用意されていた。剣、槍、杖、弓、銃まである。<竜眼>で鑑定してみた結果、どれも練習用の武器らしく、いずれも刃が付いておらず、銃も非殺傷タイプの物らしい。
魔法もスキルも使い放題って、随分と強気だな。まあでも、受験生の方はオレ以外のほとんどはレベル一桁なのに対して、試験官組は全員が30台後半から40台だからな。一番強いボーウェンさんに至ってはレベル47だ。実力、経験の差は歴然。普通に考えて受験生が勝てる訳がない。妥当な判断か。
「万が一怪我をしても、ポーションは用意してあります。治癒魔法が使える職員もいますから心配はいりません。遠慮なく全力で戦ってください」
そう付け加えたのはボーウェンさんではなく、何故か……何故かエリーさんだった。
なにしてんスか、あなた? 受付の仕事はどうしたんですか? 見物ですか? サボりですか?
なんてことを考えながらジト目で見ていると、オレの視線に気付いたのかエリーさんはこっちを見てにっこりと微笑んだ。
その笑顔、怖いんですけど……
「では、各々自由な武器を選択してくれ。なお、誰がどの対戦相手と戦うかに関してはこちらで決めるので、番号を呼ばれた者は出るように」
既に誰がどの試験官と対戦するかは決められているのか。まあ、そうでなければ特定の試験官に対戦相手が偏りすぎるってことも有り得るだろうしな。
説明を受けた受験生たちが各々武器を選択し始めた。ふむ、一応剣士だし、オレは剣にしとくか。
「模擬戦は三組ずつ同時に行うことになる。対戦時間は5分。時間切れになるか、どちらかが相手に一撃入れた時点で終了だ。ではまず、65番、21番、72番は前へ出なさい」
全員が武器を持ったところで、いよいよ試験が始まった。
とはいえ、レベル一桁台と30台後半の勝負だ。はなから戦いになどなりはしない。実際、本気で挑む受験生たちの攻撃を、試験官たちは鼻歌でも歌うかのように余裕綽々で捌いている。その気になれば瞬殺できるだろうに、あえて攻撃を往なすことに専念しているのは、やはり試験だからだろう。受験生たちの戦闘技能、センスを直に確認する為に。経験豊富な現役冒険者ならば、受験生たちの技量で魔物と戦えるかどうか容易に判別できるだろうし。
そうこうしている間に、早くも最初の模擬戦三組がすべてが終了した。当たり前だが試験官組の全勝だ。しかも戦いが終わってお終いではなく、試験官たちは戦った受験生たちの弱点や長所など、細かい部分を指摘し、アドバイスまでしてくれている。マジ親切!
最初の組が終わり、続いて試験官、受験生を入れ替えての第二戦。やはり先ほどと同じく試験官側が受験生側を一方的に往なす展開だったが、今度はさっきとは少し違った。受験生の中に魔法を使う者がいたのだ。赤い髪をポニーテールに纏め、剣を装備したホビットの少女だった。
「【火の弾】!」
彼女の掌に魔法陣が出現したかと思うと、そこからバスケットボール程の火の玉が飛び出し、試験官へ向かって飛んで行く。初級の<火魔法>とはいえ、当たれば火傷では済まないだろうけど、試験官は避ける素振りすら見せず手にした模擬剣で易々と火の玉を打ち消してみせた。
「ウソ……」
絶句して硬直したホビットの少女に、一瞬で間を詰めた試験官の一撃が命中し終了となる。
他人が魔法を使うところを始めて見たけど、発動までに随分と時間が掛かるんだな。試験官は敢えて発動するまで待っていたみたいだけど、もし実戦なら撃つ前に潰されていただろう。
あれ? でもオレの場合はノータイムで撃てたよな? やっぱりスキルレベルが高いからか? その辺りも要確認だな。
残り二組の模擬戦も終了となり、今回も試験官組の全勝で終わる。続いて第三組。お? 今度の試験官の1人はボーウェンさんだ。何気にこの人が一番強いからな。
こっそりステータスを覗いてみて判ったのだが、彼のステータスには他の試験官たちには無い項目があった。「天職」だ。
他の試験官、受験生たちのステータスには「天職」という項目自体が無かったのに、彼にはあるのだ。しかも「魔法剣士」だ。<魔法剣>のスキルを有し、他にも火、水、風、土属性の魔法スキルを持っている。さらに<剣術>スキルが他の試験官に比べて極端に高い。
なるほど、なんとなく判って来たぞ。
オレが『シン・ジークフリート』で設定した「天職」は、単純に「職業」だった。当然ながら主人公であるシンを初め、仲間となるキャラクター全員が有していた。
けど、この世界ではそう単純なものじゃない。恐らくだが、この世界における「天職」というのは「職業」ではなく、一種の「才能」なんじゃないだろうか? 天職があるとそれに関するスキルの習得、上昇率が無い者に比べて格段に高いんだろう。
実際、さっきのホビット少女も<剣術>と<火魔法>のスキルを持っている。一見、魔法剣士っぽいが、肝心の<魔法剣>のスキルが無い上、ボーウェンさんに比べてスキルレベルも低い。実戦経験の差もあるだろうけど、たぶんこの推測は間違ってはいないと思う。
試験官、受験生双方を含め、天職を持ってるのはオレとボーウェンさんだけだし。
天職持ちは、いわゆる「天才」と呼ばれる者たちなんだ。
あっ! だから冒険者の申込用紙の中に天職の有無を確認する項目があったのか!? 天職を持っている人間はそれだけ稀有で有能な存在だから!?
だとしたらマズったかもしれない。申し込む際に「天職有り」と馬鹿正直に回答してしまった。貴重な天職持ちとしてギルドから目を付けられるかも。いやでも、嘘を書いたら資格剥奪とか言われてたし、結局書かざるを得なかったか。
待てよ。ひょっとして、エリーさんがここにいるのってそれが理由なんじゃ……
恐る恐る彼女に目を向けると、にっこりと微笑まれた。
その笑顔、怖いです。
傍から見ても、やっぱりボーウェンさんの動きは他の試験官とは一線を画するものであることが判る。ひよっこ同然の受験生を事も無げにあしらい、それでいて相手に最大限の動きを引き出そうとする細やかな陽動まで含んでいる。それだけでこの人が歴戦の戦士であることが理解できてしまう。
冷静に考えると、これって結構まずい状況なんじゃないか?
仮にオレとボーウェンさんが戦った場合、普通にやればオレが勝つだろう。なにせレベル、ステータス、スキル全てで隔絶してるんだから。
つまり、手加減を誤れば彼を殺してしまいかねないということだ。けどオレは実戦経験がほとんどない。てか人と戦うこと自体が初めてだ。対してボーウェンさんを初めとする試験官たちは、見るからに経験豊富で技能もずば抜けて磨き上げられているのが判る。少なくとも経験、技術でオレは圧倒的に劣っている。
もし戦った場合、経験差、技量差で手も足も出ずに負けてしまうかもしれない。
かと言って手加減せず戦えば、まず間違いなく殺してしまう。
ここは素直に負けてしまうべきか? いや、そうなれば失格になって昇格出来ないかもしれない。ただでさえ体力測定の順位が最下位近い散々な結果だったんだから。加えていまのオレには金が無い。取り急いで金を稼ぐには冒険者しか無いし。
いや、よく考えてみたら、冒険者に拘らなくても金を稼ぐ方法ならあるんじゃないか? いまオレが持ってるアイテムとかを道具屋とかで売れば結構な金になったんじゃ……いや、そもそもどこで売れば良いか判んないか。
いや、そもそも慌てて金を稼ぐ必要も無かったんじゃないか? 食料ならストレージに大量にあるし、宿に泊まらなくてもキャンプセット系のアイテムがあるから、野宿でもそれほど困らない。
うわ、オレの馬鹿! 完全に早まった!
って、そうじゃない! 思考が反れまくってる。いまはそんなことより、どうやって試験官と戦うかを考えないと。
冒険者登録直後にSランク冒険者を倒して周囲を唖然とさせた挙句、「オレ、なにかやっちゃいました?」みたいセリフを宣うなんてオレには絶対無理! せっかく異世界に転生したんだから、目立たず、誰にも邪魔されずにツーリングの世界旅行を楽しみたいのだ。
「次で最終組だ。7番、81番、102番。前へ出ろ」
ぎゃあああ! そんなこと言ってる間にオレの番が来たぁ! しかもいつの間にか他の受験生の試験終わってるし! しかもオレの対戦相手ボーウェンさんじゃねぇかあああ!!
こうなったら覚悟を決めるしかない。もうどうにでもなれ!
半ばヤケクソな心境で模擬剣を手にオレはボーウェンさんの前に出る。こうして相対してみると、やっぱりベテラン感が半端ないな、この人。なんていうか、オーラが違う。
そんなボーウェンさんは、何故か離れた場所で観戦しているエリーさんになにかを確認するように視線を向けた。それに対し、彼女は小さく頷いている。なんだ?
「では、最終組の対戦を始める」
審判役の試験官の言葉に、オレは模擬剣を両手で構える。
「ん?」
そこでオレは異変に気付いた。再選相手であるボーウェンさんの雰囲気が、さっきまでとは一変していたのだ。まるでこれから真剣勝負に挑むみたいな本気の表情で、微塵の隙も感じられない完璧な型で剣を構えている。オレの睨む視線は刃の如き鋭さを宿している。
どう見ても本気なんだが?
他の受験生たちも彼の雰囲気の変化に困惑している。ちょっとまって? なんでそんなに本気になってるの? あの、これって模擬戦だよね? テストだよね?
「始め!」
開始の合図と同時に、ボーウェンさんの姿が視界から掻き消えた。
「ファ!?」
気づいたらオレは間の抜けた声を上げていた。瞬間移動じみた高速移動で前方に跳躍し、頭上から一撃必殺級の威力を以って振り下ろされる一撃を、咄嗟に剣を掲げて受け止めた。模擬剣同士が衝突した際に発せられた甲高い金属音と腕を通して伝わってくる衝撃が、彼の一撃の重さを物語っている。
初撃を防がれてボーウェンさんが驚愕の表情を浮かべているが、ビックリしたのはオレの方だよ! なんでこんな本気になってんの!? 他の受験生の時と全然動きが違うじゃん!
そんなオレの混乱を他所に、ボーウェンさんは瞬時に体勢を組み替えて、鋭い斬撃を次々を放ってくる。オレはそれらをどうにか往なしながら距離を取ろうと後退するが、ボーウェンさんは同じ速度で前進してきて全然引き離せない! しかも攻撃から攻撃へと移るモーションが絶妙で、まったく反撃の隙を与えてくれない。
ちょっと待て! ホントに待て!! なんでオレの時だけそんな本気なんだ!? オレ、なにかやっちゃいました? これ練習用の模擬剣でも当たったら怪我するレベルだぞ! 周りの受験生もみんな唖然としてるじゃんか!
そんなオレの心の声を他所に、ボーウェンさんはオレの膝を狙って低く這うような形で斬撃を放ってきた。咄嗟に高くジャンプして回避。
あ! しまった! やられたッ!
高々とジャンプしてしまったせいで身体が完全に宙に浮き、身動きできなくなってしまった。これを狙ってたのか! 重力と跳躍力が拮抗する、一瞬の空中浮遊状態。その瞬間を狙う為に!
それを裏付けるようにボーウェンさんが追撃態勢に入る。まずい、躱せない。
いや、落ち着けオレ。『シン・ジークフリート』でも、ジャンプ中に攻撃されると、回避も防御も出来なくなる設定だった。そういう場合の対策は、無詠唱の初級魔法で牽制すること!
眼下のボーウェンさんを狙い、咄嗟に左手から【火の弾】を放つ。もちろん、手加減して。
「うぉッ!?」
さすがに魔法での反撃は予想外だったらしく、驚愕に表情を歪めたがらもボーウェンさんはさすがの反応速度で間一髪、身体を横に投げ出して【火の弾】を回避して見せた。それのよって稼げた時間でオレは地面に着地する。
あったま来たぞ!? オレにだけ本気出しやがって! それならこっちもそのつもりでやってやる!
起き上がって態勢を立て直したボーウェンさんだが、その表情には多分に戦慄が含まれているのが見えた。
今度はオレの方からボーウェンさんに仕掛ける。手加減しているとはいえ、当たるつもりで放った袈裟懸けの一撃を、彼は難なく剣で止め、受け流した。そのまま身体を捻って反撃に転じた彼の剣と、オレの次撃が空中でぶつかり合った。
斬撃と斬撃の衝突は、ステータス差もあってオレの方に軍配が上がる。衝撃でよろめいたボーウェンさんに、間髪入れず追撃。姿勢を崩されている彼は後退して距離を取ろうとするが、そうは問屋が卸さない! さっきとは逆に後退するボーウェンさんをオレが追撃する形になった。とはいえ、さすがと言うべきか、後手後手に回りながらもオレの剣撃を悉く受け止め、往なし、躱わす身のこなしは、彼が相当に熟練した歴戦の戦士であることを如実に物語っている。
彼を見ていると、経験もないのに、チートだけで強くなった気でいる自分が恥ずかしくなってくる。
けど、だからと言って、やられてやるつもりは毛頭ない!
不利な体勢から反撃を試みたボーウェンさんの横薙ぎの斬撃を、オレは身を反らして躱すと同時に、身体を回転させ、がら空きになったボーウェンさんの鳩尾に蹴りを叩きこんだ。
「ぐぅ!」
倒れはしなかったものの、彼は衝撃に押されてたたらを踏んだ。
勝機!
このタイミングなら躱せないはず! オレはいまだバランスを崩したままのボーウェンさんの肩口に模擬剣を打ち込もうとして――
「そこまでです」
「!?」
静かだが、それでいて有無を言わせない威圧感の込められた声に、寸前で剣を止めた。
声のした方を見ると、柔和な……けどそれでいて、妙な迫力の感じられる不思議な微笑みを浮かべたエリーさんと目が合った。
「相手に先に攻撃を当てた方の勝ちというルール。なのでこの勝負、シンさんの勝ちです」
「あ――」
そう言えばそういうルールだった。つまり、さっき蹴りを見舞った時点でオレが勝ってたってことだ。
「ボーウェンが新人に負けた? ウソだろ……」
「あいつ、見ない顔だけど何者だ?」
「っていうか、さっき詠唱無しで魔法使ってたぞ?」
「それより、なんなんだあの動き! ボーウェンが圧倒されてたぞ!」
受験生、試験官問わずざわめきが広がっていく。全員が驚愕の視線をオレに向けていた。
やっちまったかもしれん……