第5話 体力試験
エリーさんの話では冒険者の試験自体はギルド脇の広場で行われるらしい。なので早速行ってみることにした。
「聞いてないよ……」
ちょっとした運動場くらいある広場には、オレと同じ目的で来たであろう大勢の人々が屯していた。その数ざっと100人以上。ほとんどはオレと同じくらいか少し上――20歳未満の若者だ。
種族的にはオレと同じ人族が最も多く全体の半分以上を占めている。次に多いのが獣人たち。イヌ科やネコ科っぽいケモミミ、ワーウルフっぽい雑多なタイプの獣人が3~4割ほど。あとはリザードマンやホビットといった種族も少数ながらいた。以外にもファンタジーにおけるマイナー種族であるエルフやドワーフなんかはいないようだ。あと以外に女性が多いのも気になる。冒険者って男の仕事ってイメージがあるんだけど、全体の4割くらいは女の人だ。なにか理由があるんだろうか?
参加者は全員がバッジタイプのナンバープレートを割り振られ、試験中は番号で呼ばれるらしい。オレの番号は102番だ。まだ開始まで一時間くらいあるけど、けっこう後発だったんだな。
<竜眼>で参加者を一通り確認してみるが、レベルに関してはほぼ全員が一桁台だ。一番高い奴でも11しかない。ステータスもスキルのレベルも軒並み低い。
どうしよう。1人だけレベル389なんて物凄く場違いな気がしてきた……
あとステータス見ててもう1つ不思議に思ったのが、みんな「天職」を持っていないということだ。天職ランが「なし」になっているのではなく、ステータス欄に天職という項目自体が存在していない。なんでだろう?
っていうか、そもそもなんでこんな大勢集まってんの? この人たちみんな10級昇格試験を受けに来たわけ? 多すぎないか?
「この辺りで昇格試験を行っているのはここエンディム支部だけなので、必然的にこの街以外からも試験を受けに集まって来るんです」
ご説明ありがとうエリーさん。それでなんであなたがここにいるんですか? サボりですか? 職務放棄ですか?
「休憩です」
にっこりと笑うその表情は、元々美人なことも相まって実に可愛らしかった。けど何故だろう。オレはこの人、なんか苦手だ。
「それではこれより10級昇格の為の試験を執り行う。参加希望者はこちらへ集まれ」
試験官らしき中年の人族男性が声を張り上げると、屯していた参加者たちが各々そちらへ集まっていく。
「始まりますよ。頑張ってくださいね?」
「あ、ありがとうございます」
なんでエリーさんはオレのこと応援してくれるんだろうか? 素直に喜びたいのだが、なんか裏があるような気がしてならない。
エリーさんに見送られてオレもそちらへ向かうと、さっきの中年男性以外にも数人の職員が並んでいた。
「私が今回の試験官代表を務めるボーウェンだ。知っていると思うが、10級の昇格試験は体力測定、模擬戦の二項目があり、それぞれの成績内容を精査した上で我々が合否を判断する」
オレは初耳なんですが? てか二つも試験があるのか。筆記試験が無いのは幸いだった。まだこの世界に来たばかりで常識とかまったく知らないからな。
「まず体力測定だ。言うまでもないが、我々冒険者の仕事は戦うことだ。その為に最も重要で基本的な能力が「体力」だ。体力があれば疲れにくくなる。疲れにくくなればそれだけ経戦能力を高めることが出来る。さらに万が一、魔物から逃げなければならなくなった場合でも、持久力を鍛えていれば逃げ切れる可能性が高くなる。要するに、体力の無い冒険者は早死にする。判るな?」
なるほど。確かにその通りだ。戦闘中に体力切れを起こして、疲れたから戦えない、走れない、なんてことになったら死ぬだけだからな。
「では早速最初の試験、体力測定を執り行う。コースはエンディムの街を一周。ここからメインストリートを東へ進み、街の東門から外壁沿いの道を通り、西門を横切って運河沿いの道路を走り、再度東門からメインストリートをここまで戻ってきてもらう。途中の要所には係員がいるので誘導に従う様に。なお言うまでもないことだが、近道などの不正を行った者はその場で失格とする」
街を一周って……遠目で見ただけだから良く判らないけど、この街の外周って30kmくらいあったぞ? ちょっとしたマラソンだ。
あと最初のもらったこのナンバープレートなんだけど、少し気になったので<竜眼>で鑑定してみたら、発信機が内蔵されていた。つまりオレたちの居場所は試験官側にリアルタイムで把握されているということだ。当然だがオレたちにその事実は教えられていない。つまり見られていないからと言って、なにも知らずにこっそり近道したりしたら即座にバレるって訳だ。用意周到なことで。
「それでは、スタート!」
ボーウェンさんの合図でオレたち受験生は一斉に走り出した。そのまま広場を出てメインストリートの端を走っていく。最初の内こそ100人が一塊になって走っていたが、すぐに速力、体力の差が出てばらけ出した。当然と言うべきか、先頭集団のほとんどが獣人だ。やっぱり人族に比べて身体能力が高いんだろうな。
オレは先頭集団の後方辺りをキープし続けた。前世のオレは文字通りのインテリ文系で運動などほとんどやっていなかった。なのにいくら走っても全然疲れないし息も上がらない。ステータスが高いせいだろうか? 本気になればもっと速く走れるけど、やりすぎて目立つのはまずいので先頭集団のペースに合わせて走ることにした。
試験内容はただ走るだけだし、これなら楽勝だろう。
あれ? そう言えば、合格の条件を聞いていないぞ? 何位までとか、制限時間とかはないのか? ただ走るだけ? ま、いいか。
「あー、まいったなこりゃ……」
街半ばに到達しようとした時、前方で困り果てたような男性の声が聞こえてきた。何事かと視線を向けてみれば、道路脇で微妙に傾いたトラックの脇で、人族の男性が途方に暮れているのが見えた。よく見れば車の左前輪が道路脇の側溝に落ちてしまっていて困っているらしい。
一瞬、オレの中に葛藤が生じだ。
見た感じそれほど大したトラブルには見えない。前世の地球でもよく見られた、運転ミスによる自業自得の失敗だ。この世界には車があるんだし、当然レッカー車もあるだろうからそのうち自分でなんとかするだろう。自分たちが手を貸す必要はない。実際、オレの前を走る受験生たちも彼の横を素通りしていく。試験中であることを考えれば、オレも彼らに習うのが当然だろう。
けど、いまのオレは「シン・スカイウォーカー」だ。自分で考案した「理想の自分」の集大成とも言うべき存在なのだ。
シン道大原則ひとつ――困っている人を見掛けたら、可能な限り手助けするべし!
シン・スカイウォーカーに恥じぬ生き方をしようと決めた手前、オレはそれを破ることはどうしても出来ないかった。
「良かったら、手伝いましょうか?」
なので、オレは足を止めて困っている男性に声を掛けた。
「良いのかい? オレとしては助かるんだが……」
男性は笑顔で喜んでくれたが――
「なにやってんだ、あいつ?」
「試験中だぞ? 馬鹿じゃねーの?」
一緒に走っていた受験生たちは誰一人止まることなく、あきれ顔で通り過ぎていく。
なんとでも言ってくれ。試験より大事なものがあるんだ。
「構いませんよ。車を溝から上げれば良いんですね?」
「そうなんだが、1人じゃいくらなんでも……」
男性が言い終わる前にオレは車の前に屈みこんだ。
脱輪しているのは前輪だけで後輪は大丈夫。これなら前方を持ち上げるだけで簡単に戻せる。見たとこ車自体は普通車くらいの大きさだし、なんとかなるだろ。そう思って車のバンパーの下を持ち上げると、思ったよりもすんなり持ち上がった。なんか男性が唖然としてるけど、気にせずそのまま車を道路上に戻す。
「はい、戻りましたよ」
「あ、ああ……ありがとう。力持ちなんだな……」
「どういたしまして。じゃあ、もう落ちないように気を付けて運転してくださいね」
そう言い残してオレは再び試験に復帰した。良いことした後は気持ちが良いな。
先頭集団からはだいぶ離れてしまったが、まあ大丈夫だろう。しかし、再度走り出して幾ばくもしない内に、新たなトラブルに出くわした。
「ミーちゃん!」
それは幼い子供の声だった。前方の街路樹の脇で、7、8歳くらいの男の子が木の上を見上げながら泣いていた。
泣いている子供を見過ごすなど、シンの道に反する!
「どうしたんだい?」
なので当然、オレは男の子に声をかけた。子供と接するのはこの世界に来て初めてだが、努めて優しい口調になるように努めながら。
「ミーちゃんが、降りられなくなっちゃったの!」
泣きながら男の子が指さす先には、街路樹の上――枝の一本にしがみ付くようにして震える子猫の姿が。高さは10メートルくらいか? こりゃ自力で降りるのは無理っぽいな。木に登って降りられなくなった猫。前世ならレスキュー隊案件だ。けど、オレならなんとかなるだろう。
シン道大原則ひとつ――子供と動物には優しくするべし。
「大丈夫。お兄ちゃんにまかせな」
オレは男の子を安心させるようにポンポンと頭を優しく叩いてから、オレは頭上の子猫を見据えつつ身を屈め、思いっきりジャンプする。思った通り高ステータスのお陰でオレの身体は易々と宙を舞い、一瞬で子猫の掴まっている木の枝の高さまで到達する。目を見開いてビックリしている子猫の首根っこを掴むと、そのまま重力に従って落下。普通に地面に着地した。
「ほら。もう逃がしちゃダメだよ?」
「う、うん。ありがとう、お兄ちゃん」
何故か引き攣ったような笑顔でお礼を言ってくる男の子に子猫を手渡して、オレは再び試験に復帰する。しかし、もう少しで東門に到達するという辺りで、またしてもトラブル発生。
「だ、誰か、引ったくり! 引ったくりよー!」
悲鳴じみた声が聞こえて視線をやると、車道を挟んだ反対側の歩道でお婆さんが倒れているのが見えた。必死に手を伸ばすその先には、ガラの悪そうな男がバッグを抱えて反対側へと走っていく。
異世界でも引ったくりがあるのか……
シン道大原則ひとつ――お年寄りには労りを以って接すべし!
シン道大原則ひとつ――犯罪者死すべし慈悲はない!
躊躇は無かった。
逃走する引ったくり犯に狙いを定め、渾身の力を込めて地面を蹴る。それだけでオレの身体は車の行き交う車道を易々と飛び越え、その勢いのまま引ったくり犯に襲い掛かった。
「ひっ!?」
一瞬、引ったくり犯が恐怖と驚愕の入り混じった面でこっちを見たが、オレは容赦なく引ったくり犯に飛び掛かり、空中でバッグを持った腕を掴むと宙で身体を一回転させ、その勢いを利用して引ったくり犯の腕を捩じり上げて投げ飛ばし、そのまま地面に叩き付けて組み伏せた。
「ぎゃああああ! う、腕がぁ! 腕がああああ!!」
少々勢いがありすぎたせいで犯人の腕が折れてしまったみたいだが、構うものか。
「か弱いお年寄りの荷物を奪おうとする悪い腕はこれかなー?」
「痛ででででで!! ち、違う! こ、これは演技で――」
「はぁ?」
意味の解らない言い訳を抜かす犯人だったが、幸いにも近くに憲兵がいたらしく、事情を説明した上で引ったくり犯を引き渡し、何故か青い顔でお礼を言ってくる被害者お婆さんにバッグを返して、オレは試験に戻った。
その後は何事も無く、コースは運河沿いの道へと差し掛かった。流れは穏やかで水も綺麗。泳いだらさぞ気持ち良いだろうな。岸辺に設置された埠頭には漁船らしき小型の船が何隻も停泊しているところをみると、魚も豊富に生息しているのだろう。
ここに至るまで既に10kmは走っている。同じ受験生たちの中には既に息が上がっている者も出始めた。にも関わらずオレは
「きゃああ! 私のポンちゃんがぁ!」
今度は女の人の悲鳴。見れば、少し離れた場所で若い女の人が運河の方を見ながら叫んでいる。視線を向ければ、なんと小さな子犬が運河に流されているではないか!
「誰か! 誰かポンちゃんを助けてぇ!」
見たところ、散歩の途中で犬が川に落ちてしまったんだろう。
シン道大原則ひとつ――犬命最優先!
こう見えてオレは犬派であり、愛犬家だ。実際に犬を飼っていたこともあった。犬の命は人間の命と同じか、それよりも重いと思っている犬大好き人間だ。
そんなオレの前で河に流されるとは、いい度胸(?)だな、ポンちゃん!
ってことで、オレは躊躇なく河へと飛び込んだ。一応、オレは前世で水泳の経験はあったのだが、平泳ぎで25メートルプールを泳ぐのがやっとのレベルだった。しかしいまは<遊泳LV98>のお陰か、自分でもビックリするくらいのスピードで泳ぐことが出来た。しかも前世では全くできなかったクロールで。
あっという間に流されている子犬に追いついて、キャッチ。幸いにもチワワくらいの小型犬だったので片手で抱えることが出来た。川に流されていたのがよほど恐かったのか、キャンキャンと鳴きながら暴れているが、泳ぎの邪魔になる程ではない。小犬を抱えたまま楽々と岸へと戻ると、何故か飼い主の女性が唖然とした表情で突っ立っていた。
「はい、どうぞ。今度からはちゃんと見てて上げてくださいね?」
「ど、どうも、ありがとう。気を付けるわ」
キャンキャンと鳴く小犬を呆然とする飼い主に手渡して、オレは再度、マラソンに戻った。
あ、服びしょ濡れになっちまった。まぁ、良いか。走ってる内に乾くだろ。
その後も試験中に何度かトラブルに見舞われることとなった。
路上で脚を怪我して動けなくなってるお爺さんやら、迷子になった子供やら、不良に絡まれている女の子やら……
もちろん見過ごすことが出来ず、オレは全部を助けることになったんだが、お陰で試験はほぼ最下位に近い形で終わることになってしまった。
オレってこんなにトラブルに遭う体質だったっけ?
首を捻りつつも、オレは頭を切り替えて次の実技試験に臨むことにした。