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第3話 ドライグ

 緑に覆われた豊かな樹冠が風の速さで景色が眼下を流れていく。空を飛ぶ鳥はこんな景色を見ていたのかと、感動のあまり踊り出したい気分だ。


 そう、オレはいま空の旅人となっている。


 最上級物理魔法の1つ――【飛翔天駆(スカイ・ハイ)】。


 簡単に言えば空を自由に飛ぶことが出来る魔法。いわゆる舞〇術やト〇ルーラみたいな感じだ。一応オレ独自の設定として、魔力の力場を作って自分の身体を包み、力場を操作することで空を飛ぶことが出来る魔法――みたいな感じだ。<物理魔法>のレベル95で覚えられる。

 どういう原理かはオレ自身も判らない。だってゲームの中だけの魔法として考案したものだからな。それがまさか現実に使えるようになるなんて夢にも思ってなかったし。


 初めて使うにも拘らず、まるで以前から使用していたかのようにスイスイと扱えるのはなんとも不思議な感じだが、この際それはいい。


 どうやらオレがこの世界に来て最初にいたあの場所は深い森の中だったらしい。ゴブリンみたいな魔物が徘徊してる危険な場所だったっぽいので早々におさらばし、街ないし村を探すことにした。もちろんどこかも判らない森の中を当てもなく歩き回るほど馬鹿じゃないので、手っ取り早く【飛翔天駆(スカイ・ハイ)】で空から探すことにした訳だが、甘かった。


 見渡す限りの山と森。どこの未開地域だと突っ込みたくなる。かれこれ1時間近く飛び回っているのに一向に人家が見つからない。飛べども飛べども自然と動物と魔物ばかり!

 これ、空が飛べなかったら確実に野垂れ死んでるぞ? 誰だか知らないけどオレをこの世界に送った奴、相当性格が悪いな!


 まあでも、その代わりと言ってはアレだけど別に面白いものを見つけた。


「島が浮いとるぅぅぅぅぅ!!」


 重力? なにそれ美味しいの? と言わんばかりに物理法則ガン無視してなにも無い空間に巨大な島が、飛ぶでもなく流されるでもなく微動だにせず浮いていた。


 まるでファンタジーのワンシーンを切り取ったかのような幻想的な光景。それを目の当たりにしたオレの感動は容易く天元突破した。


 よく見れば浮いている島はひとつだけじゃなかった。周囲を見渡せば大小無数の島が同じように浮いているのが見える。

 大きいものとなると山ほどもある巨大なものだが、小さいものはせいぜい一軒家くらいしかない。だが島の上には地上のそれと同様、多種多様な植物が多い茂っており、多くの鳥たちが飛び交っているのも確認できる。

 そんなファンタジーなものを目の当たりにした以上、直接乗り込む以外の選択肢を取ることをしないのが正しいゲーマーであり、ラノベ愛読者の行動というもの! 


 すぐさま浮き島へと進路を取る。付近にある浮き島の中でも一番大きいそれは、山が2つ連なったような形状をしていた。島の上部はすっぽりと緑に覆われていて人がいる形跡はない。

 だがその代わり、別のものがいた。


 野太い雄叫びが浮き島の一角から聞こえて来たかと思うと、巨大な翼をもったなにかが飛翔した。一瞬、大きな鳥かと思ったがそうではなかった。鳥と違って長い尻尾があるし、そもそも羽毛がない。代わりに全身が爬虫類めいた硬質感のある鱗に覆われていて、翼は骨と飛膜で出来ている。なにより長い首の先に備わった頭には肉食恐竜めいた頭部と鋭い牙を備えた口が存在している。


 その姿を見れば誰もがこう思うだろう。


 ドラゴン――と。


 けど違う。あれはドラゴンじゃない。()()()()()()()()


 ドラゴンには腕が存在するが、いまオレの前に現れたドラゴン擬きは鳥やコウモリと同じように前脚が翼になっている。したがってこいつはドラゴンじゃない。それを証明するかのようにオレの視界に映るドラゴン擬きの頭上にその正体が表示された。


 ワイバーン LV42


 やはりワイバーン。地球じゃドラゴンの一種とされているが、『シン・ジークフリート』の世界ではドラゴンの劣化版――亜竜といえる存在だ。知能は動物並みで吐息(ブレス)は吐くが魔法の類は一切使えない。


 それにしても――オレがデザインした姿そのまんまじゃねーか!


 だとすれば、ワイバーンの武器は炎属性の吐息(ブレス)と後ろ脚の鉤爪。噛み付きに尻尾の毒針だ。


 そんなことしてる間に、ワイバーンが鼻から息を吸い込みながらかま首をもたげた。

 ヤバい、吐息(ブレス)のモーションだ!


 オレの予想を裏付けるようにワイバーンの口から炎の塊が吐き出され、高速でこっちに飛んできた。


「うをっと!!」


 思わず横移動で炎弾を回避する。

 どうやらこの浮き島はワイバーンの縄張りだったみたいだ。

 初弾を躱したオレに向かって、布を引き裂くような奇声と共にワイバーンが突進してきた。けど吐息(ブレス)に比べたら圧倒的に遅いので今度は急上昇で難なく躱す。


 やれやれ、完全に敵だと認定されたな。LV42。最初に戦ったゴブリンたちとは雲泥のレベル差だが、オレにしてみれば誤差みたいなもんだ。とはいえ空中戦の経験なんか無いしどう戦おうかと思案していた時、ふと思いついたことがあった。


 徐に腰の《リンドヴルム》を引き抜いて――


「ライフルモード!」


 オレの声に呼応するかのように、手の内にある《リンドヴルム》が淡い光と共に形状を変えていく。数秒もしない内に長剣だったはずの《リンドヴルム》が、オレの身長と同じくらいの銃身をもったライフルへと姿を変えていた。


 この機能を知ったのはホントについさっきのことだ。

 先にの説明した通り、『シン・ジークフリート』における最強武器である《リンドヴルム》は主人公(シン)のクラスによって形状を変える。剣士系の職業なら剣に、魔法使い系なら杖に変化する。


 いまのオレの職業は「ジークフリート」だが、他の職業のスキルも併せ持っている。実質的に習得できるすべての職業を兼業していると言っても過言じゃない。だから、もしかしてと思って色々と試したみたところ、《リンドヴルム》はオレの意志に従って形状を変化させる機能が備わっているということが判った。剣、槍、斧、銃、エトセトラ。

 これはかなり利便性の高い機能だ。この機能とオレのスキルを組み合わせれば、状況に応じて戦闘スタイルを変えることで様々な敵に対処することが出来るだろう。

 その為にも落ち着いて練習をしたいとこなんだが、まずは人里を探して金を稼がないと。


 なので、とっと決着を付けさせてもらう!


 ライフルモードの《リンドヴルム》は通常のライフルとは違い、実弾ではなく魔力、魔法を遠距離に飛ばす機能がある。せっかくの実戦なんだし色々と試しておこう。まずはシンプルに通常攻撃に用いるノーマルの魔力弾をかましてやる!

 そう意気込んでオレはライフルの銃口をワイバーンへと向ける。


 先ほど突進をいなされたワイバーンが、旋回して再度こっちへ向かってきた。だが今度は突進することなく離れた場所からまた吐息(ブレス)を吐こうと首をもたげた。その一瞬を見逃さず、オレは引き金を引く。


 きゅぼぅ! という独特の発射音とわずかな衝撃と共に発射された純白の魔力弾は、狙い違わずワイバーンのどってっ腹に命中し――そのままなんの抵抗も無く背中へと突き抜けて彼方の空へと消えて行った。


「は?」


 思わず口から間の抜けた声が漏れた。

 なにいまの? 威力ありすぎない?


 胴体に人が通れるほどのどでかい風穴を開けられたワイバーンは、一瞬身じろぎした後、完全に絶命して力なく落下していく。


「おっと!」


 オレは墜落するワイバーンに追い縋ると、その身体に手を触れて死体を<無限収納(インベントリ)>へ収納した。ゲームやラノベなんかではワイバーンの鱗や牙は高値で売れるという設定がよくあるし、なにかの役に立つかもしれない。残しておいて損は無いだろう。


 色々試す間もなく呆気なく片付いたのは予想外だったが、まあいいさ。邪魔者がいなくなったところで、オレは改めて浮き島へと向かう。


 改めて見ると「島が浮いている」というより「山が浮いている」と言った方が正しいかもしれない。山と言ってもさほど高くはなく標高は300メートルほどだ。だがその山は地上200メートル以上の中空に浮いているので、実質標高500~600メートルということになる。


 山の天辺、むき出しの岩の上に着地して周囲を見回す。空に浮く島からの絶景。一面の緑の絨毯に澄んだ自然を称える山々。蒼穹という言葉を形にしたかのような青い空に、ポツポツと浮かぶ浮き島や岩。

 地球では絶対に見ることの出来ない神秘的な絶景に、これがファンタジーの光景かと改めて感動せざるを得ない。


「お!?」


 しばし夢心地で景色を堪能していたオレは、視界の片隅にある物を見つけて思わず目を見開いた。


「道だ!」


 緑の絨毯を思わせる森林を引き裂くかのように伸びる黒い一本の線。かなりの距離があるのでよく見えないが、定規で計ったかのように真っ直ぐ敷かれた様は自然ではありえない。間違いなく人工的に作り出された道だ。


「よし、あの距離なら……」


 このまま【飛翔天駆(スカイ・ハイ)】で飛んで行こうかとも思ったが、せっかくなので実験がてら別の移動系魔法を試すことにした。


「【神出鬼没(ワープ)】」


 魔法を念じた瞬間、視界が一瞬だけホワイトアウトし、次の瞬間にはまったく別の光景が広がっていた。


 空間魔法――【神出鬼没(ワープ)】。


 いわゆる空間転移。テレポートというやつだ。ゲーム内では過去に行ったことのある街や村に移動できる他、戦闘中は自分、もしくは味方を距離や障害物を無視して任意の場所に移動させることが出来る。消費するMPは1000とかなり大きいが、いまのオレなら大したものではない。


 これによってオレはそれまでいた浮き島の山頂から、例の道のすぐ側まで一瞬で移動することが出来た。


「こいつは……」


 森を切り開いて作られたその道を見て、オレは思わず絶句した。

 ファンタジー物のラノベにあるような土を踏み固めただけの道じゃない。アスファルトかそれに酷似した舗装材によって整備されたれっきとした道路だった。しかも中央には白線まで引いてある。明らかに「自動車」が通行する為に作り出された車道だ。


 これでこの世界がテンプレ通りの中世ヨーロッパレベルのファンタジー世界ではなく、地球のそれに近いか、ひょっとしたらそれ以上の文明、科学力が存在していることが確信できた。


 だとすれば色々と好都合だ。オレは<無限収納(インベントリ)>を発動させ、中からある物を取り出した。


 炎のような赤い塗装を施された大型のトライクだ。


 ちょっとした小型車並みの車体に、前部一輪、後部二輪仕様。三角形の全体フォルムにSFチックで鋭角なデザインを組み合わせた様はどこかドラゴンのようにも見える。


 魔導式戦闘用大型トライク――


『シン・ジークフリート』における主人公専用のトライクで、フィールド移動に使用する乗り物の1つだった。もちろんオレ自身がデザインした完全オリジナル。

『魔導式』の名の通り、乗り物であると同時に魔導具の一種でもある。つまり搭乗者の魔力を消費して動く仕組みであり、当然乗り続けているとMPが減っていく。ただし改造することによって新たな機能が解放され、あらかじめ魔力を注入しておくことでMP消費無しで動かすことが出来るようになる。

 また『戦闘用』とあるように、いくつもの武装や戦闘用の特殊な機能が組み込まれている特注仕様!


 固有名は《ドライグ》。


 名前の由来は「ドラゴンをモチーフにしたトライク」だったので、「ドラゴン」と「トライク」を組み合わせて「ドライグ」だ。オレの完全な造語だったのだが、後で調べたらイギリスの伝承に同じ名前の赤い竜がいると知った。車体を赤くしたのはその為だ。


 ただ『シン・ジークフリート』ではドライグあくまで「乗り物」であり「アイテム」ではなかった。当然、アイテムボックスに収納することは出来なかったのに、何故かオレの<無限収納(インベントリ)>に入っていたのだ。しかもMAXカスタム状態で。


 ならば細かいことは気にせず「実際に乗ってみたい」と思うのが正しいゲーマーの行動ではないだろうか? 

 誰だって一度は思うはずだ。ゲームやアニメに出てくる架空の乗り物に乗ってみたい、と。ガ〇ダムとか。

 ましてやそれが、自分でデザインした乗り物であるならなおさらだ。


 あとちなみにだけど、オレってこう見えてトライカーだったのよ。仕事でストレスが溜まったりすると気分転換にトライクで知らない土地へ遠征し、その地の風や空気を感じながらドライブするのが密かな楽しみだったのだ。

 なんで車でもバイクでもなくトライクなのかって? オレが初めて自分の稼いだ金で買ったのがトライクだったから。

 車は値段が高い。加えてドライブする場所の生の空気を感じる、ということが出来ない。バイクは転倒事故とかが怖かったから、間を取ってトライクにした。トライクでのドライブが大好きだったから『シン・ジークフリート』にも主人公専用の乗り物としてトライクを組み入れたのだ。オレが「こんなトライクに乗ってみたい!」と思った願望そのまんまのデザインで!


 まずは燃料となる魔力の注入だ。ハンドル中央部に据え付けられているソフトボール大の魔石。これに魔力を流し込むことでドライグに注入される仕組みになっている――という設定だ。

 実際に魔石に手を触れて魔力を流し込んでみると、確かに自分の身体からなにかが流れ出て行くような奇妙な感覚に襲われた。ステータス画面を開いてみると、MPが結構な勢いで減少していく。最終的に2000ポイント消費したところで満タンになった。

 これで走行可能になったはず。


 実際にシートに跨ってみると、それだけで得も言われぬ高揚感が満ちてくる。キーを差し込んで捻ると、甲高い起動音を発してエンジンが稼働した。右手のアクセルをゆっくりと捻るとそれに合わせてドライグが動き出す。もうこの時点でオレはテンションMAXで、思わず叫びだしたい衝動を抑えるのに必死だった。

 

 その衝動に突き動かされるままにアクセルを思いっきり捻った途端、爆発的な勢いでドライグが急加速し、一瞬、身体が思い切り後ろに引っ張られたがどうにか持ち直し、身を屈めて走らせ続ける。あっという間に時速100kmを超え、さらに加速していく。


「YAーーーHAーーー!!!!」


 気づいたらオレは大声で叫んでいた。叫ばずにはいられなかった。


 主人公(シン)の専用の乗り物をトライクにしたのは、それがオレの夢だったからだ。


 ドライグはオレがデザインした、オレのオリジナル……オレだけのトライク。


 こういうデザインのトライクに乗って自由に旅がしたい――そんなオレの夢を断片的に叶える為だったのだ。

 それがいま、実際に叶っている。

 夢にまで見た光景が現実になっている。


 叫ばずにはいられなかった。


 視界が歪む。頬を流れる熱いものがなんなのかなんて気にも留めない。

 夢でも幻でも良い。死ぬ前の走馬灯だったとしても構わない。

 オレをシンに転生させ、ドライグに乗って走るという夢を叶えてくれたなにかに、心の底から感謝しながら、オレはドライグを走らせ続けた。

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