第19話 アリエルの事情
凄まじい轟音と共に激しい爆炎が吹き荒れる。それによってもたらされる熱波が、遠く離れた場所にいるオレのところにまで押し寄せ、チリチリと肌に軽い痛みと灼熱感を齎した。
「やられた……」
呆然とした呟きが無意識のうちに口から洩れたのを自覚しながら、オレは為す術なく見守るしかなかった。
炎に包まれて崩落する――峡谷橋を。
恐らく、あの狙撃手が事前に爆弾を仕掛けていたのだろう。橋の継ぎ目辺りから激しい炎を噴きだしながら中空で分解し、瓦礫と化して谷底へと落ちていく。
エスタール市へと続く最短にして唯一の道が、失われてしまった。
「う、嘘……」
絶望的な声と共に崩れ落ちたのはアリエルだ。その後ろでは、護衛であるラティナも呆然とした表情で崩落した峡谷橋――その残滓の如く両岸に僅かに残った残骸を見据えている。崩落で出来た橋の空白部分は100メートル以上。とても渡れる距離ではない。
理由は聞かされていないが、彼女たちはなにか切羽詰まった事情を抱えていて、一刻も早くエスタール市へと戻らなければならない必要性に迫られていた。それこそ、魔物の跋扈する危険地帯であると知りながら、この最短ルートを踏破しなければならないほどに。だが、あの橋が爆破されてしまったことで、実質このルートは通れなくなってしまった。他に道が無い訳じゃないが、他のルートを通った場合、目的地に着くには数日は掛かる。
オレは改めて件の狙撃手の方へ視線を向けた。<竜眼>に写ったその姿は、もうピクリとも動いていない。完全に事切れている。おそらく最後の力を振り絞って橋を爆破したのだろう。死に瀕してなお、任務を果たそうとするその執念に個人的には感服したい気持ちではあるが、やられた側としては素直に称賛なんて送れないし、悔しい気持ちの方が大きい。
っとそんなこと考えてる場合じゃないな。
「ラティナさん。あの橋以外に向こう側へ渡る方法は?」
「……ない。あの橋以外は、迂回するルートしか」
くそ、やっぱりか!
「そ、そんな……それじゃあ、間に合わない! すぐに、今日中に戻らないと、お父様が助からないんです!」
「お嬢様!」
感情が高ぶったせいか、アリエルが言ってはならないことを口走ってしまったらしい。慌ててラティナが制止したが、少し遅かったようだ。
「お父様? 領主様になにか――あ、いや。やっぱいいです」
箝口令が敷かれている、というラティナの言葉を思い出して、オレは出かかった質問を慌てて引っ込めた。これって絶対に知っちゃいけないやつだと、直感が言っている。
「……いや、ここまで協力してもらったし、君には話しても良いだろう」
とか思ってたら、僅かな思案の後に何故かラティナが話し始めてしまった。
おいやめろ! オレはそういうのには関わりたく……いや、護衛を引き受けた時点で関わってるか。それなら今更だし、知っても良いか。なんせ自分に関係することだしな。
「断っておくが、いまから話すことは決して口外しないでほしい」
「……判りました」
これまでの出来事に加え、アリエルの取り乱しようや、深刻そうなラティナの表情から察するに、かなりやばい事態が起こってるってのは想像がつく。
「アリエル様のお父上、エスタール領主カイゼル・フォン・エスタール様が、数日前から危篤状態になっておられるのだ」
はい爆弾発言しましたー。
「領主様が危篤? なにがあったんですか?」
「食事に毒を盛られたそうだ」
「毒!?」
さらに爆弾追加発言! 食事に毒!? 危篤の理由が事故でも病気でもなく毒を盛られるって、完全に暗殺じゃん。領主に対する暗殺って、絶対ヤバいじゃん!
「幸い、処置が早くて一命は取り留められたそうだが、意識不明の危篤状態が続いているらしい。専属の医師や神官、魔導士も手を尽くしているが、現状維持が精いっぱいらしく、今夜が峠だと……」
「それはまた……それで、犯人は?」
「毒が盛られた料理等から、すぐに屋敷の調理師の一人と特定された。だが逮捕の為に自宅に踏み込んだところ、服毒死しているのが発見されたそうだ。自殺なのか、口封じなのかは判らない。動機や背後関係も不明。無論、関係者には箝口令が言い渡されているから、これらの事実は一般には知られていない」
暗い顔で話すラティナの言葉を聞いて、オレは自分の頬が引き攣るのを感じた。
なんか切羽詰まった事情があるんだろうと思ってはいたが、領主の毒殺未遂って……はっきり言ってシャレにならない大事件に巻き込まれたみたいだ。
そもそも犯人は死んだと言われているが、それだって本当に犯人か判らない。ひょっとしたら身代わりにされただけ、って可能性もあるだろうし。
ん? 待てよ。ってことは、アリエルが帰宅を急ぐ理由って……
「じゃあ、アリエル様はその……領主様の最期を……?」
「いや、そういうわけでは……」
てっきり助かる見込みのない父親の最期を看取る為に急いでいるのかと思いきや、ラティナは何故か歯切れ悪く否定してきた。この様子だと、部外者には言いにくい事情があるみたいだな。
「私なら、お父様を助けられるからです」
「お嬢様!?」
そんなことを考えていると、他でもないアリエル本人が暴露してしまった。慌てたラティナが止めようとするが、彼女は暗く沈んだ表情で続けた。
「詳しいことは申し上げられませんが、私のスキルを使えば、死の淵にあるお父様を治療することが出来るんです」
その言葉で思い出した。最初に会った際に見たアリエルのステータス。その中にあった、とあるスキルの存在を。
<浄化の祈り>
1日に1度限り、毒、呪い、石化等のあらゆる状態異常を回復させる。
なるほど、すべて繋がった。
要するにアリエルがここまで帰宅を急いでいたのは、この<浄化の祈り>で父親を救う為だったのか。
スキルの効果が確かで、父親の危篤の原因が毒であるなら、彼女の<浄化の祈り>で確実に回復させられる。だから亡くなる前に、一刻も早く、どんな危険を冒しても父親の元に戻る必要があった訳か。
毒に侵された父親を救う為に……
ちなみにアリエルの<浄化の祈り>。特殊系だけあってかなり凄いスキルだ。先日、ネットで調べて知ったことなんだが、そもそも特殊系スキルは他のスキルとは違い、覚えたくて覚えられるものではなく、才能なんかと同じで生まれや種族、血筋、環境なんかの影響で発現するのがほとんどらしい。
いや、ちょっと待てよ。アリエルが急ぐ理由は、危篤の父親を助ける為だろ? ってことは……
「もしかして、アリエル様が狙われる理由って……」
「……恐らく、そういうことだろう」
苦虫を嚙み潰したような表情で、ラティナがオレの言葉を補足してくれた。
まあ、考えれば当たり前なことだ。
エスタール伯爵は死に瀕しており、それを救えるのは娘のアリエルだけとなると、黒幕がアリエルを抹殺しようと考えるのは自明の理。彼女を殺せば伯爵の死は確実となる訳だし、最悪、アリエルの抹殺に失敗しても、伯爵が亡くなるまで足止めするかして時間を稼げば良い。
橋を爆破したのもそれが狙いだったんだな。だから渓谷橋のすぐ手前のこの場所を襲撃場所に選んだのか。このタイミングで橋を壊されれば、せっかく時間をかけて来た道を、同じだけの時間をかけてわざわざ引き返さなければならない。車を破壊して移動手段を奪えば完璧だ。
目的がアリエルの抹殺、もしくは時間稼ぎだったとすれば、確かに最高の場所とタイミングだ。
盗賊。狙撃。橋の爆破――の三段構えの作戦だった訳だ。
ん? 待てよ?
「ラティナさん。アリエル様のスキルのことは、一般には知られているんですか?」
「……君は本当に察しがいいな」
嘆息して肩をすくめるラティナのその言葉が、オレの推測が正解であることを物語っていた。
先にも言った通り、特殊系のスキルはかなり珍しく自力での習得が難しく希少で分、その効果は絶大だ。アリエルの<浄化の祈り>も然り。1日に1回という制約を差し引いても、ありとあらゆる状態異常を回復させるのだから、その有用性は計り知れない。
なら当然、その力を欲しがる者は多いだろうし、中には力尽くでも、なんて考える無粋な輩もいるはずだ。不測の事態を避ける為にも、スキルを有していることを秘匿しようと考えるのは当たり前。
さっきアリエルが口にした時もラティナは慌てていたことから、彼女が<浄化の祈り>を有しているという事実が伏せられているであろうことは簡単に推察できる。
要するに、アリエルが<浄化の祈り>を――伯爵を救う手段を持っていることを知る人間は限られている。というか、ごく一部の関係者しか知らないはずだ。
にも拘わらず、父親の暗殺未遂と同時期に彼女が狙われたということは――
「犯人は、アリエル様のスキルの存在を知っている人間……もしくはその中に、情報を漏らした者がいる」
――つまりそういうことだ。だとすれば、オレたちの通るルートに待ち伏せがいたことも当然と言える。
なにしろ、父親を救う為にアリエルが帰郷することは伯爵家も知っている。ってか、実家の方から海外留学していたアリエルに連絡が行って、彼女は急いで帰る事態になったんだからな。つまり、その内部にいるであろう犯人ないし、裏切り者も当然、そのことを知っていることになる。
待ち伏せに遭うのは自明の理だったな。
なぜエスタール伯爵が狙われたのかは知らないが、やっぱり貴族って怖いわ。父親を毒殺しようとした挙句、それを救いたいだけの娘まで殺そうとするなんてな。
「お父様……」
父を救える可能性が絶望的になったことを突き付けられ、アリエルが膝からその場に崩れ落ちた。地面に付いた彼女の手に、きつく閉じられた瞼から零れ落ちた涙が弾ける。嗚咽を漏らして泣き始めた彼女の背を、ラティナが優しく撫でている。
なんと声をかけて良いか判らず、オレは沈黙した。
伯爵家の内情は知らないが、アリエルは父親の為に危険を冒してまで帰郷を急いでいた。まだ知り合って1日ほどだが、アリエルが表裏のない純真無垢な性格の持ち主であることはよく判った。心から父親のことを慕っている、ということも。
父親を助けたい――彼女の願いはただそれだけだった。
(父親、か……)
オレにとっての『父親』とは、いわば『怪物』だった。毎日のように酒に溺れ、些細な事、意味の無いことで激高して理不尽に暴力を振ってくる化け物だ。物心ついた時から、ずっとだ。殴られない日の方が少なかったくらいだ。
だから、父親を救いたい、というアリエルの心からの願いには、オレとしては正直なところ複雑だった。
「くぅ~ん……」
そんなことを考えていると、いつの間にか足元にやってきたモコが悲しそうな瞳で見上げてきた。うるうるしたつぶらな瞳からは、「なんとかしてあげて」という言葉が伝わってくる。
(そういえば、モコも母親の為にがんばってたっけ……)
最初に会った時の、母親の亡骸を守ろうとストレイウルフに立ち向かっていたモコの姿と、アリエルが重なった。
(そうだな。他所は他所。オレはオレ。請け負った依頼に個人的な感情を挟むなんて冒険者失格だし、なによりシンらしくないからな!)
シンとして生きていくと決めた以上、それは絶対に曲げられない。シン・スカイウォーカーは、救える命を、泣いている少女を絶対に見捨てない!
安心させるようにモコの頭を撫でた後、いったん自分の感情は棚上げして思考を切り替える。
領主であり、アリエルの父親でもあるエスタール伯爵が毒に倒れ、それを救うにはアリエルをなんとしても今日中に領都へ送り届けなければならない。しかし最短ルートの橋が落とされ、迂回ルートに戻っていては間に合わない。
一見すると万策尽きたかに見える状況だが、実はそんなことはない。ぶっちゃけ、オレならどうとでもできる。
確かに橋を落とされてルートを寸断された訳だが、転移魔法、飛行魔法を使えるオレにはなんの意味もないんだからな。峡谷を渡るだけなら、他にもいろいろ方法はある。
ただ、オレが転移魔法や飛行魔法を使えることは、出来れば他人には知られたくない。相手が貴族やその関係者ならなおさらだ。後で絶対に厄介なことになる予感がある。
どうする? 今後のことも考え、かつアリエルたちを救うのに最善な手はどれだ?
暫し黙考した後、オレは意を決して口を開いた。
「アリエル様。ラティナさん。お二人とも、口は堅い方ですか?」
「え?」
いきなりなんの脈絡もないことを尋ねられ、アリエルが一瞬、泣くのを忘れて不思議そうな顔でこっちを見た。
「オレには、この状況を打開する手段を持っています」
「本当ですか!?」
オレの言葉にアリエルが弾かれた様に立ち上がった。ラティナの方は驚いてはいるものの、同じくらい訝しんでもいる風に見えた。
「ええ。ただ、お二人がオレの提示する条件を飲んでいただけるなら、喜んで提供します」
「飲みます! お父様を救えるなら、なんでもします!」
オレが話す前から言い切ってしまうアリエル。必死なのは判るが、年頃の娘さんが男相手に「なんでもします」なんて言うのはまずいんじゃないかな? しかも伯爵令嬢だよ?
「お嬢様、少し落ち着いてください」
アリエルに比べて冷静だったラティナが、ひとまず彼女を宥めて落ち着かせる。
「シン君。状況を打開する、と言ったが、それはつまり、峡谷の向こう側へ渡ることが出来る、という意味か?」
「それに加えて、予定よりもずっと早く、お二人を領都へ送り届けることが可能です」
「本当ですか!?」
さっきと同じセリフを叫ぶように言って、アリエルがオレに詰め寄ってきた。
ってか、近い近い近い!
必死の形相で、鼻と鼻が触れ合いそうな距離まで迫ってきたアリエルに触れないよう、顔を仰け反らせると、背後からラティナが肩をつかんで彼女を引き離してくれた。そこでようやく落ち着いたらしいアリエルは、自分の取った行動を鑑みて顔を真っ赤にしていた。
「いったいどうやって?」
彼女に比べて冷静だったラティナが当然の疑問をぶつけてくる。
「オレの秘密の方法を使って、です」
「秘密の方法?」
「ええ。本来であれば他人に知られたくない、見られたくない秘密の方法です。なので、条件というのは『これから見せるものに対して、誰にも口外せず、また詮索も一切しない』というものです。約束していただけますか?」
「約束します!」
即答するアリエル。それだけ必死なんだろうが、もう少し考えても良いと思うんだよ。仮にも貴族令嬢だし。一方のラティナの方は少しだけ考えた後――
「……判った。私としても、領主様の命が助かるのであれば、異存はない」
と、彼女も約束してくれた。だが、これはあくまで口約束でしかない。2人が約束を守ってくれる、という保証はないし、ついうっかり口が滑って、なんてこともあり得る。特にアリエルとか迂闊そうだしな。けど、いまは2人を信じるしかない。
「けど、いったいどうやって? 橋は落とされてしまったし、車も破壊されてしまったこの状況で、どうやって私たちを領都まで送るつもりなんだ?」
「確かに普通なら詰みな状況ですが、幸い、オレのドライグは無事です。こいつならあと2人くらいは乗れますから」
もともとドライグは普通のトライクよりも大型で、3人までなら相乗りすることが可能な設計になっている。
つまり、移動手段は失われてはいないのだ。
「いやいや、乗り物が無事でも、橋が落とされてはどうにもならないだろう?」
「確かに。けど、ドライグであれば問題ありません」
見せた方が早いだろうと、オレは実演して見せることにした。
ドライグに跨ってエンジンを起動させ、ハンドル付近にあったボタンの一つを押す。
「ふぇ!?」
「な――」
眼前で起こった現象を見て、アリエルが変な声を漏らし、ラティナが絶句する。当たり前だろう。数百kgはあろうかという大型トライクが、宙に浮いたのだから。さらに三輪のタイヤが折りたたまれるようにして車体内部に格納され、代わりに両サイドから翼が展開された。
ドライグ・スカイモードだ。
「御覧の通り、オレのドライグは空を飛ぶことが出来るんです」
そう、実はドライグには可変機能が付随されていて、普通に陸上を走る『ノーマルモード』、空を飛行する『スカイモード』、水上を走る『マリンモード』の3つのタイプに変形することが可能なのだ。これによって、普通のトライクでは走ることの出来ない様々な地形を走破することが可能になっている。ちなみに『マリンモード』には水上バイクのように水の上を走るだけでなく、潜水艦のように水中に潜行することすら出来る。
トライクの名の通り、陸海空、3点すべてを駆けることが出来る、最高の乗り物なのだ!
……うん、暴論だということは判ってるよ? これはあくまでゲーム内での架空の乗り物として「こんなトライクに乗りたいな」っていう、オレの夢と希望と浪漫を詰め込んでデザインしたものだったんだ。それがまさか現実に乗ることが出来るようになるなんて、思ってもみなかったしさ。
「凄いです! 空まで飛べるなんて!」
――なんて子供みたいに目を輝かせているアリエル。なかなか浪漫の判る子のようだ。
「こ、こんな物、いったい……」
一方で、ラティナの方は瞬きすら忘れた様子で唖然としている。
「君はどこで……いや、いい」
やはりと言うべきか、ドライグの性能と入手ルートが気になったようだが、先ほどの約束を思い出して口を噤んでくれた。
実際、オレとしても説明のしようがないからな……
異世界転生だか転移だかして、最初から無限収納に入っていた、なんてさ。
「これなら峡谷も地形も無視して、領都まで一直線に飛んでいけます。急ぎましょう、領主様を救うの為にも」
こうしてオレたちはドライグで空を駆り、領都へと急ぐのだった。




