第18話 Side とある殺し屋
遅れて申し訳ありません。
私の名はシルワ・ルサールカ。
広義におけるところの、エルフと言う種族の1人だ。
エルフ――この世界に住まう全ての種族の中で、最も長命且つ美しい種族であると言われている。実際にそれは正しい。人族の寿命がせいぜい100年かそこらなのに対して、我々の平均寿命は1000年に達する。
外見が美しいというのも嘘ではないし、それ以外にも優れた魔法能力や身体能力を有しているのも事実だ。
だが、この科学技術の発達した近代文明の前には、それらはなんの意味も為さない。
その長命と容姿ゆえにかつては多くの種族から崇められていた我々エルフだが、時代の流れと科学技術の進歩に乗り遅れてしまったことは否めない。
それもこれも、自分たちの長命と美しさを過信し、その上に胡坐をかいて来たツケが回って来たと言う他ない。
かつてはすべての種族から崇められ、敬われた自分たちこそがこの世界で最もと尊く、優れた種族であるというエルフ至上主義。そのプライド故に文明と科学技術の発展によって齎される影響を過小評価しすぎた結果、いまやエルフはプライドと寿命だけが取り柄の、時代遅れの原始的種族などと蔑まれている始末。
時代の流れから取り残されたエルフ族の多くは、セレスティア大陸の南にあるアルカ・レストという島に引き籠り、他国、他種族とは極力接触を持たない排他的な生活を余儀なくされている。
我が種族ながら愚かなことだ。
無論、そういった者がすべてではない。我々エルフの中にもそれまでの習慣や排他的な同族と見切りをつけ、良くも悪くも、世界や他の種族と積極的に関わろうとする者たちも少なからず存在する。
私か? 私は悪い意味で世界に関わった方だな。
なにせ、殺し屋などと言う忌むべき存在なのだからな。
エルフという種族の特徴は、なにも寿命の長さや容姿だけではない。魔法系統の能力や身体能力も優れていることに加え、突出しているのが視力だ。
エルフと言う種族は、ほぼ例外なく生まれつき<視力強化>のスキルを有する。そこから訓練を積むことによって<暗視>や<遠見>といった派生スキルを得る者や、中には上位スキルである<千里眼>を会得する者もいる。
そのように魔法や身体能力、視力に秀でたエルフは遠距離からの狙撃能力に置いては突出している。
つまるところ、狙撃手こそがエルフの天職だと言っても過言ではない。
私はそんな狙撃能力を生かして、裏社会で長い間、フリーのスナイパーをやって来た。自慢するわけではないが、この道150年以上。数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの依頼を受け、その全てを熟してきた。狙った標的を仕留め損ねたことは一度もない。そのおかげか、裏社会ではそれなりに名が知れていた。
そんな私の元に、妙な依頼が舞い込んできた。
依頼主はとある貴族。依頼内容は、エスタール伯爵令嬢アリエルの暗殺、もしくは『足止め』だ。
ただ殺すだけならともかく、足止めというのはどういうことなのか? 意味が判らず依頼主に尋ねると、詳しい内容ははぐらかされたが、依頼主はエスタール伯爵家に対して工作を仕掛けている。もうじきそれが成就して、依頼主は多大な利益を得ることが出来る。それに対する唯一の不安要素が、伯爵令嬢であるアリエルなのだそうだ。彼女は元々海外に留学していたが、実家での異変を聞き及んで急いで戻ろうとしている。工作が成就する前にアリエルが伯爵家に戻ってしまった場合、依頼主の計画はすべてご破算となる。
故に伯爵家に戻る道中でアリエルを殺してほしい――例え殺せなくても移動手段を奪うなどして数日間、足止めしてくれれば充分だ、と。
しかも依頼主によれば、今回は私以外にも複数の暗殺者を雇って二重三重の罠を張っているそうだ。加えて聞くところによれば、とある裏組織から機械系の魔物であるダムド・チェイサーを購入し、アリエルとその護衛を道中で襲わせる計画だという。私は万が一、ダムド・チェイサーから逃れた場合の2番手として雇ったらしい。さらに途中、立ち寄るであろうフィジーの市長までも買収して片棒を担がせているというから驚きだ。
私も長いこと暗殺に従事してきたが、たった1人を殺す為にここまで念を入れる依頼者は見たことが無い。私以外にも殺し屋を雇っていることは気にくわないが、いかんせん金払いが良いので受けることにした。仮にダムド・チェイサーがターゲットを始末しても前金は払うという話だったからな。なにもしないで金だけもらえるのだから、私としては得しかない。
それにしても気になるのは、ダムド・チェイサーをテイミングして売り飛ばす組織だ。
十中八九『グレイ・ドーン』だろう。
大昔から……それこそ私が生まれるずっと以前から社会の陰で暗躍してきた世界最古の犯罪シンジゲートだ。ダムド・チェイサーなんてものを扱えるとしたら奴らしかありえない。私自身、何度か連中と関わることがあったが、殺し屋である私ですら吐き気を催すような最低の下衆どもだった。正直、もう二度と関わりたくない。
まあ、過去の話は置いて、いまは目の前の依頼だ。
私はダムド・チェイサーがしくじった場合に備えてフィジーで待機しておけと指示を受けた。運が良ければダムド・チェイサーがターゲットを始末し、私はそのままなにもしないで金だけもらえていたはずだったが、どうやらそう上手くはいかないらしい。
内通者である市長からアリエルが無事に街に到着した、という報せが舞い込んできた。護衛は始末したが、運良く――我々にとっては運悪く――その場を通りかかった冒険者がダムド・チェイサーを倒してターゲットを救ったそうだ。それを依頼主に伝えたところ、電話越しでも判るくらい怒り狂っていたな。器の小ささが知れる。
しかし、気になるのは件の冒険者だ。<千里眼>を使って観察してみたが、どう見ても成人したばかりの子供にしか見えない。いかにもなり立て冒険者といった感じの。
だが、殺し屋としての私の勘が告げている。あの少年はただ者ではない――と。実際、仕草や視線から私の存在に勘付いている様子だった。こちらの位置までは気付いていないようだったが。そもそもただの子供にダムド・チェイサーが倒される訳がない。
市長の話では、ターゲットはあの少年をそのまま護衛として雇ったらしい、と言うことだったが、これは厄介なことになったかもしれん。1人殺せば終わる簡単な任務だが、そうもいかないようだ。
ターゲットはあくまでアリエルだが、あの少年の存在は今後、私にとって厄介な存在になり得る予感がある。見極めておいて損は無いだろう。
幸い、一刻も早く領都へ向かいたいであろう連中が通るルートは判っている。フィジーから領都までの最短コース。魔物が多い上に途中には大きな峡谷がある。狙撃には絶好の場所だ。魔物が多い故に事後の隠蔽工作もやりやすい。死体を車ごと峡谷へ落としてしまえば良いだけだ。行方不明になっても、魔物に襲われて死んだと誰も疑わない。
私は近くの森に巣くっていた盗賊どもを買収し、峡谷沿いのルートで襲わせる算段を整えた。私自身はそこから数キロ離れた森の中で、隠蔽系のスキルとアイテムを使って息を潜める。
ここから峡谷沿いの道までは凡そ3km。この距離ならネズミでもヘッドショットを決められる。使用するのは対人用ライフルではなく、対物に特化した大口径の魔導式狙撃銃――《ミーティア》だ。大国の、ごく限られた特殊部隊だけが使用している凶悪な対物狙撃銃。風除けの魔法が施された弾丸は、射程距離内であれば戦車の装甲を貫通する威力がある。人間の頭などスイカも同然。
小娘1人を殺すのには過剰戦力だろうが、どうにもあの少年の存在が私を不安にさせていた。
ひょっとしたらこれでも足りないかもしれない、と。
……やはり、念には念を入れておこう。万が一、いや、億が一にも狙撃で仕留められなかった場合の予防策を。
全ての準備を終えて暫く。予想通り例の少年を伴ったターゲットがのこのこやって来た。雇った盗賊どもと、私が待ち伏せているとも知らずに。
盗賊どもがターゲットを始末してくれればそれに越したことは無いのだが、恐らくそうはならないだろう。
そしたやはり、私の予感は的中した。件の少年は盗賊たちのトラップをあっさり見破った上、10人以上の盗賊たちを難なく制圧してしまったのだ。しかも拳銃の弾丸を素手で受け止める、という離れ業までやってのけた。さすがに我が目を疑ったよ。
間違いない。あの少年は今後、私の脅威になり得る。ターゲットだけでなく、あの少年もここで確実に消しておくとしよう。
だが、まずは依頼を済ませないとな。
私はなにも知らずにのこのこ車から降りてきた伯爵令嬢の頭に狙いを定め――引き金を引いた。
そして、瞠目することとなった。
命中しなかったのだ。
照準は完璧だった。放たれた弾丸は、ボケっと突っ立っていたターゲットの頭への命中コースを正確に辿っていた。確実に命中するはずだった。伯爵令嬢は頭部を微塵に砕かれ、無残な首なし死体になっているはずだった。
完璧な狙撃だったのに……阻止された。
突然出現した、半球状の魔法防壁に阻まれて――
冗談だろう? あの少年が発動させたのか? このタイミングで? 狙撃するタイミングを読まれていた? あり得ない、この距離だぞ!? それとも、相手の攻撃に合わせて自動的に発動するタイプの魔法か? 判らない。
いずれにせよ、初弾を外したことに変わりはない。だが、それでもこの状況、私が有利であることに変わりはない。なにせ見晴らしの良い峡谷沿いの道。隠れる場所は無いのだ。
しかし、あの魔法障壁は厄介だ。だが過去にも魔法防壁に守られたターゲットを仕留めたことならある。
対魔法処置を施されたミスリル製の特殊徹甲弾。希少な魔法金属であるミスリルで造られたこの弾丸には、魔力を中和する特別な魔法処置が施されている代物だ。
滅多に手に入らない上に馬鹿高いので使いたくなかったが、やむを得ん。私は特殊徹甲弾をライフルの装填し、防御障壁ごしに伯爵令嬢に狙いを定め、発射した。
だが、私は再び瞠目することとなった。満を持して狙い撃った特殊徹甲弾が、初弾と同様に防御結界に弾かれてしまったのだ。信じられないことに。
馬鹿な。上級クラスの防御障壁すら貫通してターゲットに致命傷を与えられる代物だぞ!? それが、貫通するどころか小石のように弾かれるなんて……ただの魔法障壁ではないのか?
いずれにせよ、こんな事態は初めてだ。しかし、まだ失敗した訳ではない。依頼主の要求は伯爵令嬢の殺害、もしくは足止めだ。その為にこの場所を狙撃ポイントに選んだのだ。
殺すことが出来ないのなら、足を奪えばいい。
今度は通常の徹甲弾をライフルに装填。ターゲットは防御結界に守られた伯爵令嬢ではなく、その外側に放置された送迎用の車だ。こちらはボンネットに撃ち込んだだけであっけなく爆発してしまった。後はあの少年が乗っていた珍しいトライクを破壊すれば連中の足を完全に奪えるのだが、こっちは防御結界に守られていて狙うことが出来ない。
だが、あれほどの強固な結界をいつまでも張り続けられるはずがない。じきに魔力切れを起こすだろう。その際に伯爵令嬢かトライクのどちらかを撃ち抜けば私の勝ちだ。そう考えてスコープ越し少年の表情を観察しようとして――
――少年と、目が合った。
背筋が泡立つという感覚を味わうのは何年ぶりだろう。まだあどけなさすら残した年若い少年が、射貫かんばかりの鋭い視線で私を睨みつけていた。
あり得ない。彼らのいる場所からここまでは3km強。加えて見通しの悪い木立の中で、隠蔽スキルとアイテムによって二重に姿を消しているのだ。見えるはずがない!
だがしかし、間違いない。確信を持って言える。あの少年は私が見えている。こちらをじっと見つめたまま微動だにしない視線がそれを物語っていた。
弾道から逆探知されたか? それとも……あの少年は、私の想像を超える化け物だったのか?
パニックになりかけた頭を、深呼吸で落ち着ける。仮に位置が判ったとしても、この距離だ。攻撃は届かない。攻撃が届かない以上、私の優位は変わりない。変わりない、はずだ。
そんな私の願望にも似た予想を嘲笑う様に、障壁の向こう側にいる少年が腰に下げていた剣を抜いた。そしてなにか呟いたと思った次の瞬間、少年の剣が一瞬のうちに黒光りするライフルへと変化した。
そして、真っ直ぐ私に向かって銃口を向けた。
心臓を鷲掴みにされたかのような恐怖が、私の全身を駆け巡った。
銃口を突き付けられる恐怖。
普通に考えれば、狙えるはずがない。大口径の対物狙撃銃ならともかく、たかだか携行式のライフルなどで、3km以上離れた的を狙えるはずがない。魔力弾であろうが物理弾であろうが、届くはずがない。しかし、そんな私の理性に反して第六感、本能とも言うべきものが叫んでいた。
撃たれる! 殺されるぞ!! と。
理性を逸脱した私の身体は、本能的な恐怖に突き動かされるがまま半ば反射的に少年の胸に照準を合わせ、引き金を引いた。同時に、少年の姿を捉えていたスコープ越しの視界が真っ白に染まり――
次の瞬間、突風のような衝撃波が駆け抜けていった。
「?」
奇妙な感覚。酔っぱらったかのように視界がぐらりと揺れ、姿勢を保つのが難しくなる。引き金に掛けていた手で自分の胸の辺りを探って……ようやく私は、自分の胸に大穴が空いていることに気付いた。
やはり当てて来たか――
生暖かいものが口の中から溢れ、下半身から力が失われて為す術なく後ろ向きに倒れてしまう。
……どうやら、年貢の納め時らしい。まあ、殺し屋なんてしている以上、いつかはこうなることは覚悟していた。不思議と悔しさや恐怖といった類の感情は湧いてこない。自分以上の狙撃手と戦い、敗れたからだろうか?
私の放った弾丸はどうなったか? 咄嗟の判断で撃ったものだが、狙いは正確だったはず。ならば私の弾丸も命中しているはずだが、おそらくあの少年は死んではいないだろう。何故かそう確信できた。どうやら、とんでもない化け物を相手にしてしまっていたらしい。完敗だ。
狙撃手としては負けた。だが殺し屋としての意地は示させてもらう!
混濁し始めた意識の中、震える手でポケットからそれを取り出した。
私の切り札。億が一に備えて仕掛けておいた爆弾の起爆スイッチ。狙撃手としては負けたが、依頼だけは果たさせてもらう。残された最後の力を振り絞ってボタンを押す。
爆発音が合図であったかのように、私の意識は闇に堕ちた。
今年最後の投稿です。旧年中はご愛読いただき、誠にありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。それでは皆さん、良いお年を。