第14話 カーチェイス
ダムド・チェイサー。
昔、一時レトロなゲームにハマってたことがあったんだけど、その中に「剣と魔法の世界」なのに何故か車型のモンスターが出てきてビックリしたことがあったんだ。意外性に富んでいて印象深かったので、自分で作るゲームには必ず車型のモンスターを登場させたいと思ってたんだ。
リビングアーマーとか自分の意志で動く鎧があるんだから、自分の意志で動く車があったっておかしくないよな?『ジークフリート・シリーズ』は「剣と魔法と科学の世界」だからなおさらだ。
だからダムド・チェイサーを初め、いくつかの車型のモンスターをデザインして『シン・ジークフリート』にも登場させていたのだが、ちょっと後悔している。
自分でデザインしておきながら、実際に目の当たりにするとその禍々しい姿に怖気が走る。正面から見るとまるで怪物の顔のように見えるのだ。
いまにも運転席から野太い手が出てきて「第3部完!」とか言ってきそうだ。
当たり前か。それがモデルなんだから。
ちなみに、ステータスの詳細はこんな感じだ。
ダムド・チェイサー
レベル:45
HP:2340
MP:1890
SP:3000
魔力:2500
体力:3260
筋力:4100
敏捷:4000
防御:2920
耐久:4010
スキル
<暴走車LV38><高速移動LV31><体当たりLV40><追跡LV43><執念LV50>
解説
生命が宿り、魔物化したスポーツカー。
うん、結構強いな。少なくとも、これまで戦った魔物の中では一番だ。
ちなみにダムド・チェイサーは、『シン・ジークフリート』では普通にエンカウントするモンスターであると同時に、ゲーム内でチャレンジできるレーシング系のミニゲームでもエネミーとして登場させていた。ちょうど今回みたいに、主人公がドライグを駆ってMPCと競争するレースゲームだ。コースには多数の障害物と共に、ダムド・チェイサーのようなエネミーも配置されていてシンを妨害してくる、って感じだ。
「まさかこの身で体験することになるとはな!」
そうこうしている間に、後方から猛スピードでダムド・チェイサーが迫ってきた。そのままオレの真後ろに着けると、さっそく攻撃を仕掛けてくる。
【ホイール】――
ダムド・チェイサーの前輪からホイールが外れ、ブーメランカッターよろしくオレの方に飛んできた。それも、複数枚が同時に。咄嗟にドライグを横にずらして回避すると、ダムド・チェイサーは空いた空間からそのままオレを追い抜いて例の黒い車へと追い縋っていく。オレのことは無視して。
「あくまで狙いはあの車か……やらせる訳ないだろ!」
オレに――いや、ドライグに背中を見せるなんて自殺行為だぜ?
そもそもドライグが、単にイカしたデザインのトライクだと思ってたら大間違いだよ?
ドライグのハンドル付近にあるボタンの1つを押すと、カシャっという音と共にドライグのヘッドライトの上部が展開し、中から2対――計4門の銃口が迫り出してきた。
「弾けろッ!!」
ハンドル付属のトリガーを引くと、パパパパパという軽快な発射音を響かせて青白い魔力弾がパルスレーザーの如く連続で発射された。
「わんっ!?」
オレの頭上でモコがビックリ仰天しているのが頭皮を通して伝わってくるが、いまは後回しだ。視線の先で、放たれた魔力弾の驟雨がダムド・チェイサーの後部を捕らえた。ケツにいくつもの弾痕を穿たれたダムド・チェイサーが、悲鳴じみたエンジン音を立ててスピードを落とす。
前にも述べたと思うが、『シン・ジークフリート』に置けるシン専用の乗り物である『ドライグ』は、魔導式戦闘用大型トライクだ。“戦闘用”の名の通り、いくつもの武装や戦闘機能が搭載されている。いま見せたのがその1つ――魔導機銃『カラコール』。弾丸化した魔力の塊を高速で連続発射する。一発一発の威力は低いが、機銃のように連続発射できるのが強みだ。
だが、やはりダムド・チェイサーを仕留めるには至らなかったらしい。10発以上命中したはずだが、ダメージこそ受けたもののまだ平然と走っている。
そして、今度こそオレにターゲットを変更したようだ。ダムド・チェイサーに追われていた車が、この隙を逃してなるかとスピードを上げて離れていく。ダムド・チェイサーは後を追うことをせず、まずはオレを仕留めることに方針転換したらしい。
ひとまず、オレに注意を惹き付けることには成功した。
機銃の射角である正面を避け、スピードを緩めつつ大きく迂回する形でドライグと並走し、そのまま体当たりを仕掛けてきた。
「甘い!」
そう来るだろうと予想していたオレは、ダムド・チェイサーが衝突を仕掛けてくるタイミングを見計らって、別の兵装を発動させた。
攻性魔導障壁『テストゥド』。
所謂バリアみたいなもので、ドライグの周囲に短時間だけ球状の魔力障壁を展開する。ただ、これは単なる防御障壁ではなく、名前に“攻性”とあるように、障壁に接触した相手にダメージを与える効果がある。
実際、展開された『テストゥド』にまともに衝突したダムド・チェイサーは、体当たりを阻まれただけでなく衝撃を跳ね返されて、逆に自分が弾き飛ばされてしまった。そのままバランスを崩し、蛇行しながら脱落するかに見えたが、すぐさま体勢を立て直して再度、猛追してくる。しつこい奴だ。
後方から体当たりしてくるかと思いきや、何故かそのままオレを追い抜かして再び前へと割り出してくる。バカめ、ドライグの前へ出たら『カラコール』の餌食だぜ!
機首をダムド・チェイサーに向けて引き金を引こうとした時、ダムド・チェイサー後方の排気口から真っ黒な煙が噴きだしてきた。
「【排気ガス】か!?」
ダムド・チェイサーの特殊攻撃だ。真っ黒な排気煙を吐き出して視界を奪い、ダメージだけでなく盲目、窒息等の状態異常効果をもたらす。確かにこれは『テストゥド』では防げない。しかし、オレには耐性スキルがあるので効果は――そこではたと思い至る。
ダメだ、モコがいる! モコは一切、耐性スキルを持っていない! しかもレベルは1。これ喰らったら死ぬかもしれない!
急ハンドルを切って排気煙が到達する前に横移動し、範囲外に逃れる。
「!?」
<危機感知>がけたたましく警鐘を鳴らし、オレはそれに従ってドライグに跨ったまま身体を大きく横へと反らした。一瞬前までオレの頭があった空間を、空き缶のような物体が通り過ぎていく。真後ろへと飛んで行った物体を視線で見送ってから前方へ戻すと、さらに複数、同じ物体がこっちに向かって飛んでくる。地面でバウンドしながら飛んでくる落下物を、ドライグを蛇行させてどうにか回避する。
見れば、空き缶のようなものはダムド・チェイサーの運転席と助手席に当たる部分から排出されている。
「【ポイ捨て】か……」
これもダムド・チェイサーの特殊攻撃。ただしミニゲーム限定の。
プレイヤーの前方からこうして空き缶のようなものを投擲し、喰らうとダメージを受けるだけでなく、一時的に強制停止させられる厄介な攻撃だ。
「上等だ!」
こちらも『カラコール』で応戦。だが向こうも走りながら射程外に逃れて回避されてしまう。
冷静に考えると、これは思ったよりまずいかもしれない。
いまは対向車等が無いから対等に撃ち合えているが、もし他の車が来たら確実に戦闘に巻き込んでしまう。ドライグの性能を試すのに良い機会だと思っていたが、ここは一気に勝負を決めてしまうべきか?
そう考えていた矢先、前をダムド・チェイサーは驚くべき行動に出た。
オレたちはいま、時速200km以上で爆走している。にも拘らず、奴は速度を落とさないままスピンターンを決めて見せたのだ。
ようは、猛スピードで走行しながら車体の向きを180度変えたのだ。しかもフロントをこっちに向けてバックで走り続けている。
「なッ!?」
これにはさすがに驚いた。少なくともゲームでは、ダムド・チェイサーはこんな動きはしない。オレ自身がプログラムしたんだから間違いない。
オレとダムド・チェイサーは、お互いに向き合ったまま車間を開けて走行し続けるという、奇妙な形となった。
なにをするつもり――いや、まさか!?
「モコ、目を閉じろ!」
「わ、わふっ!」
一瞬後、オレの予測通りダムド・チェイサーのヘッドライトが凄まじい光を放った。
【ハイビーム】。ダムド・チェイサーを始めとした、車系のモンスターのほぼすべてが使用する特殊攻撃。ヘッドライトから強烈な光を放って相手を盲目状態に陥れる。
車で走行中に盲目状態なったらどうなるか――たとえ予め攻撃に気付いて対処しようとしたとしても、それには目を閉じるか、反らすかしなければならない。
いずれにせよ、一時的に前が見えなくなることには変わらない。
そして運転中に目が見えなくなれば、止まるか事故るかの二択しかない。
【ハイビーム】を放った直後、バック走行していたダムド・チェイサーが急ブレーキを掛け、一瞬の停止後、こちらに向かって再発進。正面衝突を仕掛けてくる。
こっちの目を眩ませたと思っているようだが――
「ところがぎっちょん!」
――生憎オレには<盲目耐性>がある。【ハイビーム】くらいでは目潰しにはならない。当然の如くトライクを横滑りさせて正面衝突を回避する。攻撃をスルーされたダムド・チェイサーが、苛立たし気にエンジン音を嘶かせてスピンターンし、再度オレを追いかけてくる。
「よし、そろそろ決着を付けるか……」
ドライグに搭載された武装――その切り札を使うべき時がきたようだ。
オレはそいつを起動させたうえで、ドライグのスピードを緩めてその場に停車した。
「わ、わんわんっ!」
「大丈夫だモコ、心配するな」
突然のオレの行動に、頭の上で戦いの推移を見守っていたモコが焦ったように鳴くが、オレはその頭を撫でながらこっちへ突っ込んで来るダムド・チェイサーを睨みつけた。
カーチェイスの最中に停車したオレの行動を奴がどう判断したのかは判らないが、どうやらチャンスと誤解したようだ。モーターをフル回転させて全速力でオレに向かって突っ込んで来る。だが敢えて動かない。そうして見る間に距離が縮まり、もはや回避不能なまでに近づいた瞬間――
「エアバックは付いてるか?」
オレは<無限収納>からある物を取り出した。
ちょっとした一軒家くらいの大きさの、どでかい岩だ。
昨日、薬草探しをしている最中に見つけたものだ。なんでこんな物を仕舞っておいたのかって? 以前読んだラノベに、アイテムボックスを武器として使うという内容のものがあったのを思い出したからだ。アイテムボックス内に予め重量物を収納しており、敵の頭上でそれを開放して質量攻撃に利用する、というものだった。
同じよなスキルを持ってるんだし、自分もやってみたいと思うのは当然だろう?
さて、猛スピードで爆走する車の目の前に、不意に大きな岩が現れたらどうなるか?
岩の向こう側でキキキキ―ッ! というけたたましいブレーキ音が鳴り響き、一瞬後、凄まじい衝撃音を轟かせて、岩の向こう側から前方部分が大破したダムド・チェイサーが、オレの頭上を越えて飛んで行った。
思った通り、スピードを出しすぎて衝突を回避できなかっただけでなく、岩と激突した衝撃で車体の後方から跳ね上がって岩を飛び越えてしまったらしい。
やっぱスピードの出しすぎって良くないね。
見ればいまのでかなりのダメージを喰らったらしく、HPが大幅に減っているのが見て取れた。
よし、止めを刺してやろう。
放物線を描いて落ちてくるダムド・チェイサーの落下地点にドライグの機首を向ける。ドラゴンの頭部をイメージした形状の機首が、上下に割れて展開し、中から眩い魔力光を迸らせる砲口が出現する。
収束魔導砲『ブランダーバス』。
ドライグの主砲とも言える兵装。『カラコール』と同じく前方にしか撃てないが、破壊力は比較にならない。ただし『カラコール』と違って連射することは出来ないが。
時速200kmを超えるスピードで爆走し、しかもそのスピードで生き物の如く自由自在に動き回るダムド・チェイサーに命中させることは至難だが、空中にぶっ飛ばされて落下中であれば問題無し。
落下地点とタイミングを慎重に測り、照準レティクルを合わせてトリガーを引く。
ゴウッと後方に飛ばされるような反動が掛かり、砲口から真っ赤な光球が、プラズマの尾を曳きながら吐き出された。狙い違わず地面に落下した直後、仰向けになったダムド・チェイサーの車体下部に突き刺さり、眩い閃光を発して大爆発を起こす。衝撃波と共に、一瞬前までダムド・チェイサーだったものの部品が四方八方に四散し、周囲の林やアスファルトの上に雨の如く降り注いだ。
うん。凄い威力。完全に木っ端微塵だ。
「交通ルールを守らないとこういうことになるんだ」
「わうーん?」
バラバラになったダムド・チェイサーに、決め台詞を吐くと頭の上でモコが首を傾げている気配がした。「関係ないと思うけど?」とでも言ってるのだろうか。言ってみたかっただけだよ。
「さて、逃げてた車は無事だろうか?」
オレがダムド・チェイサーとカーチェイスしている間に、スピードを上げて走り去っていったのは確認していたが、その後どうなったかは判らない。女の子が乗ってたみたいだし、無事だと良いんだが。
「どうせ一本道なんだし、無事でいるなら道なりに進めば出会うだろ」
一応、助けた訳だし無事か否かくらいは確認しておきたい。そう考えたオレは、ダムド・チェイサーにぶつけた巨岩を<無限収納>に回収し、再び道なりに走り始めた。