第12話 Side エリー・ハウゼン
モコちゃんを頭の上に乗せたシンさんが、トライクに跨って夜の街へ消えていくのを見送りながら、私は今日一日の出来事を改めて振り返ってみました。
私が彼を知った切欠は、街の警備兵を務めている父からの個人的な連絡でした。
「いまし方、見たこともないトライクに乗った子供が街に入った。路銀稼ぎの為に冒険者登録をするそうだ。見た感じはごく普通の少年だったんだが……どうも気になる。そっちへ行ったら、それとなく注意しておいてくれ」
――と。そう言って父はその子の特徴などを伝えてきました。
え? 公私混同ではないか? 冒険者を統括するギルドと街の治安を守る警備兵は普段から連絡を密にして、良好な関係を保っています。でないといざ街に緊急事態が起こって冒険者の手助けが必要になった時に、冒険者と警備兵の連携活動に支障を来たしますから。それでなくても最近は、オズマみたいな実力もない癖に素行も悪い冒険者が、新人の冒険者を脅したりして問題行動を起こして、警備兵の手を煩わせる事案が起きてますから。
こういう手合いは街にとってもギルドにとってもホントに迷惑ですから、消えて欲しいんですけどね。おっと失礼。
話を戻しますが、元々父は勘の鋭い人です。そんな父が「気になる」というので、どんな子かと思っていたところ、やってきたのはまだ成人したばかりと思しき黒髪の少年でした。最初は年頃の少年にしか見えなかったのですが、しかしなるほど、確かに普通ではありませんね。
何故そう思うのか、って?
まず初めに、私の<看破>でステータスが見抜けなかったことです。私の<看破>のレベルは29。つまり彼はそれ以上のレベルの<看破妨害>スキルを有している、という事実の裏返しです。
もうこの時点でただ者でないことは確定です。<看破妨害>の習得条件は、<看破>に比べてかなり大変ですからね。それを少なくともレベル30以上で有している人間が、ただ者であるはずがありません。
しかもシンさんの口ぶりから、彼自身も<看破>スキルを持っていることも予測できす。しゃべり方や声のトーンに警戒心が見て取れましたから、私のステータスを見て<虚実看破>を持っていることに気付いて警戒したのでしょう。
ウフフ、可愛いですね。
受付嬢にとって、ステータスなんて見抜かれることが前提なんですよ? ステータスを見抜いた人と、見抜いていない人――つまり私が<虚実看破>を持っていることを知った人と、知らない人とでは態度や話し方なんかに明確な違いが生じますから。「<虚実看破>を持ってるけど、嘘を付かなければ大丈夫」なんて考えてる人の反応は判りやすいんです。<虚実看破>とはこういう使い方もあるんですよ?
それに、<看破妨害>でステータスを隠したところで、身に付けている物も隠さなければ意味がありません。シンさんが身に付けている衣服――一見すると多少金のかかった服に見えますが、<鑑定>で見たところどれも伝説級以上の一品であることが判りました。特に腰に下げている剣に至っては神話級ですね。
あんな物を普通に身に付けている人が、ただの少年な訳在りません。
さらに「虚偽の書き込みをしたら罰則。場合によっては資格取り消し処分」と警告した上で彼に書かせ、提出させた申込用紙の回答。
1.名前 シン・スカイウォーカー
2.年齢 15歳
3.種族 人族
4.天職の有無 有
5.天職名
6.魔法スキルの有無 有
7.レベル
8.スキル
9.出身地
10.戦闘技能 攻撃魔法と剣による戦闘
なんとも正直な回答ですね。
「天職の有無」の質問に対しては「有」と回答しているのに「天職名」は書かない。またレベルも明かさない。
もしこれが普通の冒険者志望の少年であれば、正直に自身のレベルや天職名を書きます。
だってその方が昇格するに当たって圧倒的に有利ですし、優遇措置も受けられます。働きによっては他にも色々と、ギルドに便宜を図ってもらえるなんてことも有りえます。天職持ちとはそれほどのものなのですよ。高レベルなら猶更です。
にも関わらず、彼は天職はあると答えたのに天職名は明かさなかった。
確かにシンさんは冒険者になって名を上げよう、なんて今時の若者特有の自己顕示欲や功名心なんかは感じられませんでした。また彼の言葉にあった「一人旅をしていて、路銀稼ぎの為に冒険者になろうと思った」「両親がロクでもない人間だったので、家を飛び出してきた」という言葉には<虚実看破>は反応しなかったので、真実を言っていると断定できます。
高レベルの<看破妨害>を有している――
伝説級、もしくはそれ以上の装備を身に付けていた――
私が<虚実看破>スキルを持っていることを見抜いている――
嘘を書いたら罰則と言う警告を行った――
旅の路銀稼ぎの為に冒険者になっただけで、功名心や野心は持たない――
天職はあると答えたのに、天職名は明かさない――
これらから導き出される結論は、シン・スカイウォーカーは相当な高レベルであり、「固有天職」か、もしくは「英雄天職」を有している、というもの。私の勘では十中八九、後者。
であれば、もし公になれば大騒ぎになるのは必死。しかし彼自身はそれを望んでいない。ですが嘘を付けば私の<虚実看破>に見破られるし、下手をすれば罰則&資格剥奪。となれば、「書かない」「明かさない」という選択肢しかありません。
だからシンさんは天職の有無については正直に「ある」と答えつつも、詳細は隠した。この推測は高確率で正しいと考えます。
もし彼が英雄天職であれば、一大事です。しかし、その時点では私の予測の範囲内でしかありませんでした。なので、ここは自分の目で確かめるべきと直感し、10級冒険者の昇格試験に臨む彼を観察しました。
体力測定ではギルドが仕掛けた「困っている人たち」を残らず助けていたことから、彼は基本的にお人好しで正義感が強く、困っている人間を見かけると放ってはおけない性格であることが伺えます。冒険者としては大変よろしいのですが、圧巻だったのは彼の身体能力です。フルマラソン中にも関わらず、お助けミッションを全てクリア。その際に見せた運動能力もそうですが、それほどの運動をした後でまったく疲労した様子が無いことには驚きました。ギルドの用意した体力回復用のポーションにも手を付けませんでしたし。
ですが、少々迂闊でもあります。もし自分の能力を隠しておきたいなら、嘘でも疲れた振りをしてポーションを飲んでおくべきでしたね。
あれじゃ、自分はただ者じゃありませんよ、と自ら宣伝しているようなものです。少し演技を覚えるべきですね。
そして次の実技試験。やっぱり他者の実力を知るには実戦が一番です。なので私は試験官であるボーウェンさんに無理を言って、シンさんと本気で戦って欲しいとお願いしました。最初は渋っていた彼も、私が折れずにお願いし続けると最後には了承してくれました。
その結果、やはりシン君はボーウェンさんに勝ってしまいました。しかも圧勝で。
ボーウェンさんはこの街、いえ、この辺境では指折りの冒険者です。20年以上も冒険者稼業を続けているベテランであり、3級冒険者。しかもレベルは47なのに加え、『魔法剣士』の天職を持っています。そんな彼に勝つなんて、まぐれでは絶対にありえません。
しかもシンさんはボーウェンさんとの戦いの最中、無詠唱で魔法を撃たのです。本来では上位級しか会得出来ない<詠唱破棄>を持っている証拠。
驚異的な身体能力――
異常な持久力――
ボーウェンさんを上回る<剣術>――
上位級の魔法スキル――
うん。間違いありませんね。彼は英雄天職持ちです。というか、こんな出鱈目な身体能力やスキル構成は英雄天職でしか有りえません。
ステータスは必ず一長一短が存在します。それは天職持ちでも例外ではありません。例えば戦士系の天職持ちは身体能力が優れている分、魔法に関する技能は低い、といった具合に。そしてそれらの概念が通用しないのが英雄天職です。
身体能力も<剣術>も魔法技能も秀でいるシンさんは、その典型的なパターンと言えます。
念の為、シンさんが薬草採取の依頼を持ってきた際、契約結婚について質問した時にそれとなく英雄天職の話を振ってみたら、あからさまに動揺していましたし。
さらにその後、彼が採取してきた薬草の数々。
ホントもう、呆れましたよ。どれもこれも、コルツ山の中腹付近にしか生えていないはずの薬草ばかりでした。
確かに私は事前に彼にそう説明しましたよ? 依頼にある薬草類はコルツ山の中腹にしか生えていない、と。
けどこの街から薬草が自生しているエリアまでは、どんなに急いでも半日は掛かるんですよ?
しかも山中には、ストレイウルフやワーベアのような魔物が多く生息しているんですよ?
さらに薬草が自生しているエリアには、同じような見た目の雑草とかも多く生えているんですよ?
だから他の冒険者の方たちは、薬草採取を受けたがらないんですよ?
それなのに。それなのに……出発してから3時間足らずで帰ってくるって、なんなんですか? しかも300本以上の薬草を集めて。さらに300本すべて本物で、類似の雑草の類は一切混ざっていませんでした。加えて特上のブラック・ファルシまで30個近く見つけてくるって……
魔物や地形、障害物を無視した高速の移動スキル、おそらくは飛行魔法の類を使えますね。さらに高レベルの<薬草探知>も。あと、地中に身を付けるブラック・ファルシは、<薬草探知>を持っていても見つけるのが難しいんです。少なくとも、見つけるには<薬草探知>をレベル70~80くらいに上げないと無理だという話です。そこまで<薬草探知>を上げている人は滅多にいません。
もうスキルのオンパレードですね。ホントに実力を隠す気あります? 馬鹿なんですか?
それとも世間知らずなの方でしょうか? 実際、シンさんの立ち振る舞いを見ているとそんなフシがあります。自分の実力を自覚していないというか、ベテラン顔負けのレベルとスキルを持っているのに、言動が妙に素人くさいというか……
例えるなら、ただの一般人がある日突然、強大な力を身に付けてそれを持て余している、といった感じでしょうか?
う~ん、自分で言って意味が判りませんね。そんなことある訳ないのに。
それは置いておいて、これでもしシンさんが悪人であったなら、私たちにとっても大変な脅威になり得たでしょうが、幸いにも彼はそれとは正反対の心根の持ち主でした。
彼に懐いていたシエルカニスの子供がその証拠です。決して人には懐かないはずのシエルカニスが、まるで親にするように甘えているのには、正直、私もびっくりしました。ただ彼自身、世間知らずなのは確かなようで、シエルカニスの価値に気付いていなかったので、それとなく注意しておきました。
少し離れた場所で、ギルドでも素行の悪いクソ――おっと失礼。色々と問題行動の多いオズマのパーティが狙っている、ということも。
彼らは元々は兵士だったそうで、素行不良で解雇されて喰う為に冒険者に転向したそうですが、そういう性格なので当然、他の冒険者とも折り合いが悪く、敬遠されています。実力もなく、大した実績もない万年7級の不良冒険者。これまで何度も若い新人の冒険者を脅して金を巻き上げたり、酔っぱらって騒ぎを起こすなど、ギルド職員の私はもちろん、警備兵である父も色々と迷惑を被っていました。真面目に働いている他の冒険者にとっても、冒険者の名誉を貶めて評判を下げる真似をしている彼らは、自分たちの面汚しとも言える存在ですから、1人の例外もなく嫌われています。
そんな彼らが、獲物を見るような目をシンさんとモコちゃんに向けていれば、なにを考えていいるのかなんて馬鹿でも判ります。なのでシンさんの薬草を査定する時間を使って、警部兵である父に連絡を入れておいたんです。オズマがまた問題行動を起こすかもしれないから来て欲しい、と。もちろん二つ返事で了解してくれました。それだけ父もオズマに対して鬱憤が溜まっていたんですね。逮捕できるチャンスを逃してたまるか、って。
実際、オズマが犯罪行為を犯して逮捕されれば、それを理由に冒険者資格を剥奪できますから、ギルドにとってもチャンスです。
シンさんとモコちゃんを囮にするのは罪悪感を覚えましたが、彼がオズマなんかに後れを取るはずがない、と確信もしていました。
で、結果は想像通り。
両手圧壊。両膝粉砕。顔面崩壊。内臓破裂。そして、子孫断絶と。
全員そろって再起不能にされてしまったのには、さすがにちょっと可哀そうと思ちゃいましたが。
私も隠れてその様子を伺っていたのですが、最初の内はオズマの理不尽な要求を冷静に突っぱねていたシンさんが、モコちゃんを繁殖犬にすると言った瞬間にキレたのがハッキリと判りました。
よっぽどモコちゃんのことが大事だったんですね。
ふと思ったんですが、いくら可愛らしいとはいっても、拾ったばかりの小犬にあそこまで感情移入できるものなんですかね? 私見ですが、シンさんのモコちゃんに対する感情は、まるで何年も共に暮らした家族のようでした。私は動物を飼ったことが無いので判らないんですが。
いずれにせよ、冒険者の面汚しどもは全員、再起不能+現行犯逮捕+冒険者資格剥奪のトリプルコンボ。あいつらにはホントに迷惑してましたから、父も私も溜飲が下がりました。
その後、事情聴取などの手続きをひと段落させたシンさんは、私が教えたペットOKのホテルに一泊した後、明日には街を出るそうです。元々、一人旅をしていて、路銀の為に冒険者になったと言っていましたからね。しかも、冒険者登録をしたばかりで3級冒険者を倒したり、大量の薬草を集めて数百万の稼ぎを得たり、希少な幻獣に懐かれたり、不良冒険者を返り討ちにしたりと色々やらかしていましたし。
あと、私の事を随分怖がってましたね。
気づいてましたよ、もちろん。うふふふ……
さてさて、一段落したら本部に報告を上げなきゃいけませんね。
なにを報告するのかって? 冒険者ギルドのデータアーカイブには、所属する全ての冒険者の登録情報が保存されているんですよ。レベルやスキル、天職なんかも。もちろん、シンさんの情報も彼が冒険者登録を行った時点で保存されています。
本部にシンさんの情報――3級冒険者を倒したことや、無詠唱で魔法を放ったこと。通常なら片道半日以上掛かる距離を3時間足らずで往復したこと。数百本の薬草を誤認無く収集し、おまけにブラック・ファルシまで見つけたこと。シエルカニスを手懐けたこと。不良冒険者5人を返り討ちにしたこと等を知らせた上で、以上の点からシン・スカイウォーカーは英雄天職である可能性大、と報告しなければなりません。
これは仕方の無いことなんですよ。報告は職員の義務ですから。
なにせ滅多に現れない英雄天職持ち。常に人手不足に悩まされている冒険者ギルドは絶対に放って置かないでしょうし、下手をしたら国も手を出してくるかもしれませんね。もちろん、本人が申告していない上に未確認ですから無茶なことは出来ませんが、あの正直でお人好しな性格でどこまで隠し通せますかね? もしバレたら大変ですよ? 時間の問題でしょうが……
別に他意はありませんよ? 私の事を随分と怖がってくれたことを根に持ってなんかいません。せいぜい厄介事に巻き込まれて困れ、なんて思ってなんかいませんよ? そう、これはあくまで冒険者ギルドの職員としての仕事の一環ですから。それだけです。うふふふふふふ……
おや、そんなことを考えていたら、父さんや他の警備兵の方たちが青い顔になっていますね。どうして私の事を見て震えているんでしょうか? 純真な乙女を見て怯えるなんて、イケない人たちですね。どうしてくれましょうか。
うふふふふふふ……