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第11話 テンプレ

 子シエルカニス改め、モコを仲間にしたオレは、採取した薬草を持ってエンディムの街へ帰還。早速、冒険者ギルドに向かい、受付にいたエリーさんに採って来た薬草を提出して依頼完了を報告する。

 既に周囲は本格的に暗くなってきているにも拘らず、オレは無一文のままだ。早いとこ報酬をもらわなきゃ、今日の宿代すら無いのだ。モコの食事代もな。


「採取した薬草は22種類。375本ですね。少なくとも私が<鑑定>した限りでは、すべて本物と出ています」


 とエリーさんはこれまで通り冷静に報告してくれていたのだが、背後では他の受付やギルド職員が、さらにオレの後ろでも冒険者たちがざわついている。


「この短時間に薬草300本? ウソだろ……」

「さすが、エリーさんが見込んだだけはあるな」

「ていうか、あの頭の上に乗ってるのなに? すっごい可愛いんだけど!」


 なんかいろいろ言われている気がするけど、気にしない!

 だが、モコに注目が集まるのは仕方がない。なにしろメチャクチャ可愛いからな! それがオレの頭の上にちょこんとお座りしている光景に、女性冒険者や受付嬢たちがメロメロになるのは当然だろう。


「さらにワーベアの魔核(コア)ですね。私の<鑑定>が確かなら、LV30は下らない大物の個体のようです。しかもこっちはブラック・ファルシ――それが27個も」


 ブラック・ファルシと聞いて、周囲のざわつきが一層、大きくなる。

 なんだ?


「ちなみにシンさんは、ブラック・ファルシがなんなのかご存じですか?」


 エリーさんには珍しい、少し困ったような顔で尋ねてきた。


「いえ、よく知らないんですけど……なんかの素材じゃないんですか?」


 自作ゲームの知識を言う訳にはいかないので、オレは適当に答えた。するとエリーさんは困ったような感じを強くして、溜息を付いた。


「ブラック・ファルシは「ファルシ類」という素材の一種で、いくつもの種類があるんですが、中でもブラック・ファルシはもっとも希少なもので、エリクサーを作成する際の素材として用いられます」


 あ、やっぱりこの世界でもブラック・ファルシはエリクサーの素材なのね。


「ファルシ類は基本的に人工栽培が可能で、実際に多くの農場で栽培されているのですが、エリクサーに使われるブラック・ファルシだけは人工栽培が極めて難しく、栽培法は国の委託を受けた大手企業が独占しており、一般に出回ることはほとんどありません。今回のように天然物が偶然発見されるパターン以外は」


 人工栽培可能だけどその製法は大手の企業が独占してる? ってことは、必然的にエリクサーを独占しているに等しくないか?


「天然のブラック・ファルシは地中で身を付ける為、発見が極めて難しいのです。実際、私も見るのは初めてなんですよ」


 ん? つまり天然のブラック・ファルシって、めちゃくちゃ貴重ってこと?


「詳しく鑑定してみないとなんとも言えませんが、もし本物であればかなりの値が付くことになります」


 マジか! つまり大当たりってことだな。初めての依頼で宝物を掘り当てたってことか。


「あと、そのワンちゃんですが……」

「わふ?」


 エリーさんに呼ばれたモコが、可愛らしく首を傾げている。可愛い。


「薬草探してる最中に偶然見つけて……懐かれたので連れてきました」

「わん!」


 元気よく返事をするモコ。可愛い。


「それはいいのですが……ひょっとして、シエルカニスの子供ではありませんか?」

「知ってるんですか?」


 そう言えば、この世界でシエルカニスはどういう扱いなんだろう? 『シン・ジークフリート』では魔物でも動物でもない、幻獣という種類の生物の一種と言う設定だが。


「シエルカニスについて、シンさんはご存じなんですか?」

「いえ、名前以外はよく知らないです」


 まさか、自作ゲームを作った際に亡き愛犬を元にデザインした幻獣です、とか言えないし、適当に誤魔化した。


「そうですか……判りました。それでは薬草と魔石の鑑定と報酬の算出を行いますので、しばらくお待ちください」

「了解です……」


 何故かエリーさんはそれだけ言い残すと、オレが採取した薬草類と魔石を以ってカウンターの奥へと引っ込んでいった。

 なんだ?


 ひとまずオレはモコを連れて、窓際に設置されているテーブル脇の椅子に腰かけ、結果を待つことにした。で、その間、モコを思うさまモフモフした。


「わふ~ん♪」


 テーブルの上に寝転がったモコのお腹を撫でてやると、ご満悦の表情で気持ち良さそうにしている。

 前世でも嫌なことがあると、こうやってモコをモフモフして癒されたもんだ。サラサラの感触の毛並みはまさに極上品。一生撫で続けても飽きないだろう。加えてモコ自身の可愛らしい仕草や鳴き声もあって、周囲に花の幻覚が見えてしまうくらいの癒し空間と化した。

 こうして再び愛犬をモフモフ出来るというだけで、オレは感無量だ。


 あと、ちなみにこれがモコのステータス。


  名前:モコ

  種族:シエルカニス

  年齢:1歳

  性別:雌

 レベル:1

  HP:184

  MP:190

  SP:100

  魔力:85

  体力:97

  筋力:76

  敏捷:98

  防御:50

  耐久:40


 スキル

 戦闘系

<噛み付きLV15>


 魔法系

<火魔法LV10><土魔法LV10>


 称号

 シンの家族


 まだ1歳の女の子でした。ちなみに前世でオレが飼っていたチワワのモコも女の子だった。

 レベルは1でステータスもスキルも全然大したことないが、重要なのは称号だ。


 シンの家族。


 従魔でもペットでもなく「家族」というのはオレにとっても嬉しいワードだ。誰が称号を考え、どういう基準で付けているのか知らないが、随分と良い仕事をしてくれるじゃないか。


「あの、ちょっといいですか?」


 時間を忘れてモコと戯れていたオレの意識を、若い女性の声が現実に引き戻した。

 見れば、数人の若い女性冒険者らしき人たちが、何故か赤くなった顔と期待に満ちた目でオレの方を見ていた。


「えっと……なにか?」


 複数の女性に話しかけられるとか、オレには未知の経験だ。少し声が上ずってしまったのは仕方ないだろう。


「あの、もしよかったらですけど……」


 なにやらもじもじそわそわと、落ち着かない様子で言葉を濁す女性冒険者。

 もしかして、逆ナンってやつか? パーティ勧誘されちゃうのか!?


「私たちにもその子を撫でさせてくれませんか?」


 と思ったら、モコ目当てでした。

 まあ、判ってたけどね。そんなうまい話がある訳ないって。けどせっかくの異世界転生なんだし、ちょっと期待するくらい罰は当たらないと思うんだ。 


 あと、モコの可愛らしさは犯罪級だからな。可愛いもの好きの女の子が我慢できなくなるのは仕方ない話だ。


「ええっと……モコ、構わないか?」

「わふ?」


 こういうのは当人の承諾が必要だよね? なのでモコに尋ねてみたところ、オレの顔と期待に満ちた女性冒険者たちを交互に見た後――


「わふんっ!」


 いいよ、と言わんばかりに前脚を上げた。


「構わないみたいです」

「「「きゃああああああああああ!」」」


 途端、黄色い悲鳴の大合唱と共に女性冒険者たちが雪崩打って、それこそ血に飢えた野獣のような勢いでモコに殺到した。


「うわ~、可愛い!」

「か~わいい!」

「可愛いいいいいいいッ!!」

「かぁ~わぁ~いいぃ~!!」

「フカフカで柔らかーい❤」

「やーん、この子欲しい~!」


 あっという間に女性冒険者たちにもみくちゃにされるモコ。慣れた手つきでナデナデされてモコも「わふ~ん❤」と嬉しそうだ。モテモテだ。


 モコモコでモフモフでモテモテ。モが多いな。


 べ、別に羨ましくなんか無いんだからね!

 可愛いものは正義。犬好きに悪い奴なんかいないっていうし、モコが大人気なのは世の摂理なんだから仕方がない。


 ただ、ちょっとばかし気になることが。

 この女性冒険者たちと違い、好意的でない視線でモコを見ている輩がいる。少し離れた席についている、冒険者らしき5人組。全員が中年くらいの人族の男で、ハッキリ言って柄が悪い。そいつらがさっきから値踏みをするような視線でチラチラとこちらを――いや、モコを見ているのだ。あの手の連中がモコの可愛らしさに興味を惹かれるとは思えないし、なんなんだろうな?

 まあ、<悪意感知>が反応している時点で邪なことを考えているのは確かなんだが。


「お待たせしました、シンさん。鑑定が終わりましたので、カウンターまで来てください」


 お、やっと終わったか。席から立ち上がると、それに反応してモコが女性冒険者たちの間からするりと抜けて、オレの頭の上にお座りした。女性たちから残念そうな声が漏れる。悪いね、モコはオレの家族なのだよ。


「お待たせしました。鑑定の結果、シンさんが採取した薬草はすべて本物と確認されましたので、買取合計が20万6500テラ。ワーベアの魔核(コア)も定価通り2万テラの買取となります。あと、ブラック・ファルシなのですが――」


 薬草と魔核(コア)だけで22万超か。薬草の一本一本は安いが、さすがに300本以上集めれば相応の金額になる。<薬草探知>と<竜眼>による鑑定で偽物を取ってしまう心配がないからな。

 一先ず今日の宿代はなんとかなりそうでほっとしたよ。既に外はだいぶ暗くなってるしな。

 んで、例のお宝ブラック・ファルシはいくらだ?


「鑑定してみたところ、27個すべてが本物でした。状態も良く、どれも一級品との鑑定結果が出ましたので、すべて合わせて537万2100テラとなります」

「ファッ!?」


 思わず変な声出しちゃったオレは悪くないと思う。後ろで盗み聞きしていた冒険者たちもびっくりしてる。


「えと……金額、間違ってません?」


 だって予想してた買取価格のより桁ひとつ多いし!?


「間違ってませんよ? 言ったじゃないですか。かなりの金額になる、って」

「いま、まあ、そうですけど……」


 確かに言ってたけど、まさかここまでの金額とは思わないじゃん。ブラック・ファルシってホントにお宝だったんだな。


「なんので、薬草と魔核(コア)と合わせて、買取価格は総額545万8600テラとなります。ちなみに、冒険者になって最初の依頼で稼いだ金額としては、エンディム支部では歴代一位だそうです。おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます?」


 なんか良く判らない内に返事をしてしまった。ちょっと冒険者ってボロすぎないか? さすがに金額が多すぎて引くわ。まとまった金が欲しかったから、ありがたくはあるんだけど……


「では、こちらが代金となります」


 異世界の金と言えば金貨をイメージするが、エリーさんが差しだしてきたのは札束だった。一応、硬貨もあるが、現実世界で見慣れている分、なんか感動が少ないな。


「あと、シンさんが自覚しておられないようなので忠告しておきますが、シエルカニスの子供には注意してください」

「わふ?」


 エリーさんの意外な言葉に思わずモコ自身が首を傾げていた。

 注意? こんなに可愛らしく人懐っこいのに、なにを注意しろと?


「シエルカニスは幻獣の中でも滅多に人前に現れないことで知られています。仮に現れることがあったとしても、決して人には懐きません。また愛らしい外見に似合わず誇り高い性格で、過去に捕獲されたものは人の与えた餌を一切口にせず、そのまま餓死してしまった事例もあるくらいなんです」


 マジっすか!?

 チワワと同じ容姿なのに意外だ。いやでも、誇り高いっのは納得だな。実際にモコも死んだ母親を守る為に、自分よりずっと大きな魔物に立ち向かってたからな。

 可愛くて誇り高くて勇敢。最高じゃん!


「でも、モコはこんなに懐いてますよ?」


 指でモコの首を撫でてやると、気持ちよさそうに「わふ~ん❤」と鳴いている。


「ですから、正直私も信じられないんですよ。シエルカニスがこんなに人に懐くなんて……」


 どうやら本当に珍しい事らしく、エリーさんは珍しく困惑していた。

 うーん、そう言われると不思議に思えてしまうが、詳しい理由はオレ自身にも良く判らない。

 母親の亡骸を埋葬したからか。それとも傷を治してやったからか……

 そんなことを考えながらモコの方を見ると――


「わふ?」


 うん。可愛い。細かいことは良いや!


「ですが、シエルカニスはその容姿や希少性から、一部の好事家には大変人気があります。加えてモコちゃんは人に懐いている上に可愛らしいですから、場合よっては数百万出すから売って欲しいという人もいるでしょうね」

「わふっ!?」

「モ、モコは売りませんよッ!?」


 思わずモコとオレはお互いに抱き合ってしまう。なんて恐ろしいこと言うんだこの人!


「誰もそんなこと言ってませんよ。モコちゃんにはそれだけの価値があるということを理解しておいてほしいんです。シエルカニス自体はそれほど強くありませんから、多少腕の立つ人間なら力尽くで捕まえることも出来ます。それを今日、冒険者になったばかりの新人が連れ歩いている……見る者によってはカモがネギを背負っているように見えるでしょうね」

「……なるほど」


 そういうことか……

 脳裏に過るのは、さっきモコに良からぬ視線を送っていた冒険者たち。そちら目線を送れば、既に本人たちの姿は無かった。ただ、感じられる気配からギルドを出て駐車場に向かっているようだ。そこにはオレのドライグも停めてある。


 こりゃ面倒なことになりそうだ……


「もちろん、ギルドとしてもそのような不正行為、犯罪行為を見逃すつもりはありませんから、ご安心ください」

「そ、そうですか……」


 どうやらエリーさんも気づいてたみたいだな。で、この後の展開も予測していて、既に手は打ってある、と。

 やっぱこの人、怖いわ……


「なにか失礼なこと考えてませんか?」

「滅相もない!」


 にっこり微笑むその笑顔が恐ろしく見えて、オレは高速で頭を振ったのだった。

 怖い……



 その後、報酬を受け取ってギルドを出てドライグを停めてある駐車場に向かうと、予想通りさっきの5人組が待ち構えていた。


「よう坊主。新人のわりに随分とご活躍みたいじゃねぇか?」


 下卑た笑みを浮かべ、いかにもチンピラといった小物くさいセリフを吐くこいつがリーダーだろうか? 無精ひげを生やした中年の人族だ。他の仲間たちも同じような容姿だが。一応、冒険者らしい格好はしているのだが、身に付けている装備や武器は貧相で、しかも傷だらけな上に薄汚れていて、手入れがされていないことが良く判る。だがそれでも、2人程銃を持っている奴がいるから要注意だ。1人は拳銃だが、もう1人はライフル銃だ。


<竜眼>でステータスを確認してみると、リーダーの名前はオズマ。オッサンかと思ったが、実年齢は29歳だった。その割にはレベルは25とかなり低い。一応<剣術>スキルを持っているようだが、レベルは僅か50。天職は無し。他の仲間もだいたい同じくらいのステータスだ。ちなみに全員がオレと同じ7級冒険者らしい。


「……なにか御用ですか、()()()()()?」


 一応、年上な訳だし敬語で答えてみた。


「こいつ、<看破>スキルを……」


 初対面なはずなのに名前を呼ばれたことで、目に見えて狼狽えている。


 そう、オレにはあんたらのステータス、スキルが筒抜けだ。これがなにを意味するか、判るかな?


「おい、オズマ」

「狼狽えんじゃねぇ! 感知系スキルを持ってるだけのただのガキだ!」


 狼狽える仲間をオズマが声を荒げて一喝した。


 やっぱ判ってないみたいだな……


 オレの言葉の意味も。ついでに()()()()()も。


「クソガキが。良いスキル持ってるからって調子に乗ってんじゃねぇぞ?」


 出鼻を挫かれたせいか、幾分か怒気を孕んだ声でオズマが凄んできた。


「調子に乗ってるつもりはありませんが? それで、オレになにか用があるんじゃないんですか?」

「チッ!」


 凄んでもオレが一向に脅える様子が無いことにいら立ったのか、オズマがますます顔を歪めて地面に唾を吐く。


「おいガキ、怪我したくなかったら今日、稼いだ報酬とその犬をこっちに寄せ」

「わうッ!」


 自分に敵機を向けられたことに気付いたのか、モコがオレの頭の上で鋭く吼えた。

 やっぱりこいつら、それが目的か。冒険者物のラノベではテンプレ展開なんだが、実際に経験してみると不愉快でしかないな。

 実際、父親の暴力やイジメを経験した身だからなおさら。


「なんであなたたちに、命懸けで稼いだ金やモコを渡さなきゃならないんですか?」

「てめぇみたいなガキが、オレたちを差し置いて大金を稼いでいることが気に入らねぇんだよ!」


 なんだそりゃ? 


「だいたい今日登録したばかりの新人が、そんな大金稼げるわけねぇんだ!」

「そうだそうだ。インチキしたに決まってる!」

「バツとして、全額没収だ!」

「そもそも、たかが薬草採取なんかで、魔物狩り専門のオレらより稼ぐとか生意気なんだよ!」


 なんだこいつら? 言ってることの意味が判らん。

 要は、薬草採取で魔物狩り専門の自分たちより良い報酬を得たのが気に入らないってこと? 

 新人が先達の自分たちよりも稼いでいるのが気に喰わないと?


 いや、違うな。たぶん理由なんかなんでも良いんだ。たぶんオレが新人で弱そうだったから、簡単に金を巻き上げられると思ったんだろう。そう言えばエリーさんが、「薬草採取」は「魔物討伐」よりも下に見られがちだと言ってた。

 新人で、薬草採取しかしてないオレが、自分たちよりも強いはずがない――そう思い込んでるんだろう。 

 そしてたぶん、こいつらがカツアゲ紛いの真似するのはこれが初めてじゃないな。たぶんかなりの回数、同じことをしてる。前世で何度もカツアゲをやられた経験から判る。こいつらの言動は常習犯のそれだ。


「意味が判りませんね。薬草採取と魔物討伐、どっちもれっきとした依頼でしょ? 実際にオレは薬草採取の最中に魔物を仕留めてますよ?」

「はっ! お前みたいなガキに、ワーベアを倒せるわけねぇだろ? 大方、偶然死んでた死骸から魔核(コア)を抜き取っただけに決まってる」

「そうなだ。本当に倒したってんなら、なんで毛皮を取って来なかったんだよ? ワーベアの毛皮はギルドで高く買い取ってもらえるんだぜ?」


 おっとそいつは初耳だな。なるほど。ワーベアの毛皮は高く売れるのか。けど、オレが仕留めたワーベアは毛皮もろとも木っ端微塵になったから無理だな。そもそもオレ、グロ耐性ないし。


「あいにく死体は損傷が激しくて、毛皮は取れなかったんですよ」

「語るに落ちてんなぁ。頑丈なワーベアを、てめぇなんぞがそこまで傷つけられるわけねぇだろうが!」

「だとしても、あなたたちには関係ない話ですよね? 薬草も魔核(コア)も、ギルドの方でも了承されて買い取ってもらったんですから。あなたたちに文句を言われる筋合いはありませんが? そもそもあなたたいはどういった権利があって、オレがギルドから正式な手続きを得て支払われた報酬を要求してるんですか?」

「口の減らねぇガキが!!」


 売り言葉に買い言葉で反論していると、目に見えて連中の沸点が近づいて来たのが判った。

 しかし、あれだな。前世では父親や同級生たちに幾度となくこうやって凄まれ、脅されて怖い思いをしてきたが、いまはそんな恐怖は微塵も感じられない。

 シンに生まれ変わって、その辺りも変わったんだろうか?


「痛い目を見たくないなら、黙って有り金前部とその犬を寄こせって言ってんだよ!」

「へへ、受付との話を聞いてたんだぜ? その犬、あのシエルカニスなんだろ?」

「……だったら?」


 オレだけでなくモコにまで下卑た悪意を向けられ、少しカチンときた。


「ガキのお前は知らねぇだろうがな、そいつは闇オークションで1000万で売れることもある、お宝なんだよ」

「お前みたいなガキには宝の持ち腐れだから、オレたちが有効活用してやろうって言ってんだ! 黙って寄こしやがれ!」


 こいつら、モコを売り物にしようっていうのか!


「まあ待て、お前ら」


 そんな男たちを、リーダーであるオズマが何故か止めに入った。


「おいガキ。そのシエルカニス、メスか?」

「……だったらどうだと言うんですか?」


 オレの返答を聞いた途端、オズマはその生理的嫌悪感を催す悪笑をますます深くした。


「実はな、オレのダチがたまたまオスのシエルカニスを捕まえたんだってよ」

「……!?」

「そいつがメスなら好都合。ダチの捕まえたシエルカニスとそいつをまぐわせて、子供を産ませるんだ。シエルカニスは一度に4~5匹の子供を産むらしいからな」

「なるほど、さすがオズマ!」

「2匹のシエルカニスに子供を産ませてそいつらを売れば、1匹を売るよりも遥かに儲けが大きい!」

「まさに金の生る木って訳だ!」

「うまくいけばクソみたいな冒険者稼業ともおさらばして、一生遊んで暮らせるぜ!?」


 ――ブチィッ!!


 オズマたちの会話を聞いていたオレの中で、音を立ててなにかがキレた。

 まさか異世界に来て、ペットの繁殖業者と出くわすとは思わなかった。


 オレはこの手の繁殖業者が死ぬほど嫌いだ。

 というのも、前世でオレの愛犬だったチワワのモコは、元は繁殖犬だったのだ。そこからボランティアに保護され、里親募集を経てオレの元へとやって来たんだ。


 モコの気持ちを想像したことはあるか?


 狭い部屋に閉じ込められ、何度も無理矢理子供を産まされ、お腹を痛めて産んだ子供を全て奪われる――いったいどれほどの絶望を味わったか!? 


 それでも人間を嫌わず、最後までオレに幸せを届け続けてくれたんだ。

 いまオレと一緒にいるモコは、確かにかつての愛犬だったモコとは違うが、モコに対するオレの気持ちはまったく違わない。


 モコを金蔓としか考えていないクソどもに返す答えは1つしかない


「断る」

「……あ?」


 思えば、こんな奴らに敬語なんか使ってやる義理はない。他者の財産を力尽くで巻き上げ、動物を金儲けの道具としか関上げてない奴らなんて、人間以下、いや、魔物以下の蛆虫野郎どもだ。


「断ると言ったんだ。お前らなんかに渡すものは無い。とっとと消え失せろ」

「てめぇ!?」


 オレが吐き捨てると、いよいよ連中が頭に来て自分たちの武器に手をかけた。馬鹿な奴らだ。


「調子に乗ってんじゃねぇぞ?」


 オレの一番近くにいた男が、腰に下げていた銃を抜いてオレの頭に突き付けてきた。

 オーケー。これでこいつらは、自分の処刑執行書にサインをした。


 オレが黙っていると、銃を向けられて身を竦ませていると勘違いしたらしい男は、再び下卑た笑いを湛えて――


「黙って寄こせって言ってんだ」


 オレの頭の上で唸り声を上げるモコに手を伸ばす。


「汚い手で――」


 奴の指がモコに触れる前に、オレの手が下からその手を掴んだ。ついでに銃を持っている方の手も。


「――モコに触れるな!!」


 ゴキャッ!!


 そのまま指に()()力を入れる。それだけで男の両手は乾いた音を立てて、あっさりと砕けた。握っていた銃ごと。


「ぎゃああああああ! 手が、オレの手がァァアアアァァアアア!!」


 潰れた手を抱え込んで、男が絶叫を上げて地面をのた打ち回る。


「てめぇ、よくも!?」

「クソガキがぁ!!」


 それを見たオズマたちが色めき立ち、今度こそ本当に武器を抜いて躍りかかって来た。

 

 シン道大原則ひとつ――家族や仲間に手を出す奴は再起不能に処すべし!


 腐っても冒険者らしく動きはそこそこ良いが、それでもオレの目からすれば亀みたいに鈍い。こんなもの、武器や魔法を使うまでもない。素手で充分だ。

 まず一番近くにいた剣を持った奴に肉薄する。奴の目にはオレの動きが捉え切れなかったらしく、驚愕の色を浮かべる顔面に鉄拳を見舞ってやる。一応、殺さない程度に手加減はしていたが、それでもモコに対する言動に頭に来ていた分、思ったよりも力が入ってしまったらしく、奴の顔面が鼻を中心に大きく陥没してしまった。潰れた鼻から噴き出した血と、折れた前歯が宙を舞う。

 汚ねぇ。手に唾が付いた! 後で消毒しないと。


 気を取り直し、奴が悲鳴を上げる前にオレはさらにもう1人との距離を詰る。こっちは槍を持っていたが、やはりオレの動きには対応できなかったようで、穂先がこちらを向く前に両膝にミドルキックをかましてやった。まるで小枝の様にあっさりと膝が砕け、そこを視点に男の足が曲がってはいけない方向――逆くの字に曲がってしまう。


「ゴびゃッ!?」

「ひぎゃあああ!!」


 顔面を陥没させられた男と両膝を折られた男。悲鳴が上がるのはほぼ同時だった。既にオレは奴らには目もくれず、オズマともう1人を睨みつける。


「な――」

「なんだてめぇはッ!?」


 錯乱した声を上げて男は手にしていたライフルを、躊躇なくオレに向けてぶっ放してきた。マズルフラッシュと共に吐き出された弾丸が、高速で回転しながらオレの方に飛んでくるが、高ステータスのお陰かそれすらも遅く見える。避けても良いんだが、流れ弾で誰かが怪我したり死んだりしても寝覚めが悪いから、誰にも迷惑が掛からないよう、オレは弾丸を手で真下に叩き落とした。90度直角に軌道を曲げられた弾丸は、そのままアスファルトの地面に弾痕を残して埋没する。


「なッ!?」


 愕然とする男の腹に拳を叩き込む。かなり強めに入ってしまった一撃で、男は悲鳴の代わりに血と胃液、腹の中の内容物を口から吐き出して崩れ落ちた。

 死なず、意識を失わない程度に手加減はした。そのまま地獄を味わってろ。


「ば、化け物ォ!?」


 仲間たちが全員斃されるのを目の当たりにしたオズマが、さっきまでの勢いが嘘のように情けなく悲鳴を上げ、躊躇なく仲間を見捨て、こちらに背を向けて逃げ出そうとする。


 逃がすわけないだろ。お前はモコを繁殖犬にしようとか抜かしてたな? そういう奴にピッタリな処刑方法がある。


 去勢だ!


 背を向けたオズマの股間を容赦無く蹴り上げる。股座にめり込んだ靴先を通してなにかが潰れたような感触と一緒に、硬いものが砕けた手応えが伝わって来た。勢いを付けすぎて、奴の息子どころか骨盤も逝ったかもしれん。


「~~~~ッ!!」


 声にならない悲鳴を漏らしてオズマが地面に倒れ込み、こちらはのた打つことすら出来ずに股間を押さえて震えている。見てるこっちまで痛くなってくるが、後悔はない。

 モコを酷い目に遭わせようとした奴らに、慈悲なんかいらない。


「て、てめぇ……覚えてやがれ……殺してやる、必ず、ぶっ殺してやる……」


 地獄の苦痛に悶え、口から泡を吹きながらオズマが血走った眼でオレを睨みつけてきた。大した執念だ。だが馬鹿だ。まだ自分の置かれた状況に気付いていないんだからな。


「残念だが、それは不可能だ。そうですよね?」


 オレがここにはいない第三者に声を掛けると――


「ええ、その通りです」


 涼やかな応えと共に現れたのは、受付嬢のエリーさん。さらに周囲の物陰から、紺色の制服を着た男たちが10人以上も現れた。彼らが着ているのは街の入り口にいた警備兵と同じ制服。つまり、そういうことだ。


「な、なんで……」


 突然現れた受付嬢と警備兵に、オズマが地面に突っ伏したままひどく驚いていた。

 やっぱり気付いてなかったんだな。彼らが()()()()この場に潜んでいて、オズマたちがオレを脅迫している様子をすべて見ていたことに。


「オズマ! 何度も何度も問題行動ばっかり起こしやがって。今度という今度は見過ごす訳にはいかん! お前ら全員、逮捕する!」


 警備兵のリーダーらしき壮年のおっちゃんが、倒れたままのオズマを睨みつけながら顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。その様子から、やはり奴らは過去にも問題行動を繰り返している、というオレの予測が正しかったようだ。たぶんこの人は、そのせいで散々苦労をさせられていたのだろう。


「な!? ふ、ふざけんな! これが見えねぇのかよ! やられたのはオレたちの方だぞ!? なんでオレらが逮捕されるんだよ!?」

「バカ野郎! お前たちの方から仕掛けたからに決まってるだろうが! 全部見てたし聞いてたぞ! お前らがふざけた因縁ふかっけてこの子から金を前き上げようとしてるところも。銃を突きつけたところもな!」

「ぐっ――」


 先に銃を付けくけた以上、こちらは正当防衛だ。当然、ボコボコにしても罪にはならない。そもそもオレは、全員に一撃ずつしか入れていないから、ボコボコですらないけどな。


「ちなみに映像にも撮りましたから、言い逃れは出来ませんよ?」


 そう言ってエリーさんが手にしたカメラをオズマに見せつけた。


 ってか、よく見たら警備兵のリーダーのおっちゃん、どっかで見た覚えがあると思ってたら、今朝街の入り口にいた人じゃん。ガラの悪い冒険者に気を付けろ、って注意してくれた人だ。

 なんでこの人がエリーさんと一緒にいるんだ? とか思って2人を交互に見比べていたら、当のエリーさんがにっこりと微笑んで――


「父です」


 まさかの親子でした!?

 ってか何度も心を読まないでいただけますか、エリーさん!


 しかし、いかにも仕事できるって感じの美人OLっぽいエリーさんと、この厳ついおっちゃんが親子とはねぇ。言っちゃ悪いけど、全然似てないな。


「お前いま、全然似てないなとか思ったな?」

「お思ってません!」


 ぎろりと睨まれて、オレは反射的に身を正して返事をしてしまっていた。オヤジさんまで心を読まないで!


「別に構わねぇよ。エリーは母親似だからな…………怖いところも」

「お父さん?」

「な、なんでもねぇ!」


 にっこりと微笑み娘の声に、おやっさんはさっと視線を逸らした。見ていたオレまでヒヤッとなった。なるほど、エリーさんの容姿と性格は母親譲りか。


「オズマさんのパーティは、これまで新人冒険者から金銭を巻き上げる等の恐喝紛い行動を度々を繰り返していて、ギルドや憲兵も問題視していたんですよ」

「だが、事情聴取しても「やっていない」の一点張りな上、証拠もなく手を焼いていたんだが、ようやく年貢の納め時だな」

「さっき、シンさんの依頼の報酬額やモコちゃんのことを盗み聞きしていたでしょう? だから絶対にやると思ってました」

「て、てめぇら……嵌めやがったな!?」


 自分たちが罠に嵌められたことにようやく気付いたオズマが、憎々し気に吐き捨てたがもう遅い。

 オレ? 当然、気付いてたよ。っていうか、モコのことを注意されたとき、エリーさんがそれとなく伝えてくれたからな。彼女もオズマたちがモコを盗み見ていたことに気付いていたし、さっきの言いようだとこれまでも散々、同じことを繰り返していたであろうオズマたちの行動を予測して、警備兵に連絡を取ってくれていたんだろう。ギルドを出た時に、駐車場の周囲を取り囲むように複数の気配が潜んでいることも判ってた。

 万全の包囲網が敷かれているとも知らず、オズマたちは警備兵が見ている前で犯罪行為をやらかした訳だ。

 目撃者多数に、証拠映像も押さえられた。犯罪行為を行ったら冒険者の資格剥奪だ、って言われたし、奴らの望み通り冒険者稼業ともおさらば出来ることだろう。


 さらに周りを見れば、騒ぎを聞きつけたらしい野次馬たちも集まってきていた。そりゃ、町中で銃をぶっ放したり悲鳴を上げたりすれば集まってくるわな。


「すまなかったな、坊主。この街の冒険者が迷惑を掛けちまって。こいつらには然るべき罰を与えるから、勘弁してくれな」

「いえ、気にしないでください」


 自分の責任でもないだろうに、おやっさんはオレに頭を下げて謝ってくれた。口は悪いけど、真面目で職務には誠実な人なんだろう。


「しかし、オズマたちを呆気なくのしちまうとは、見かけによらず随分と腕が立つんだな。エリーの見立て通りでビックリしたぜ」


 エリーさんの見立て通り、ね。なんか色々と見透かされてそうで、この人苦手なんだよな……


「それで、シンさんはこの後、どうなさいますか?」


 にっこりと微笑みを浮かべる笑顔は天使みたいなんだが……っと、イカンイカン! また余計なこと考えてたら心を読まれる。


「取り合えずまとまった路銀も手に入りましたし、今日は一泊して、明日の朝、街を立とうと思います」

「そうですか。では、ペット同泊可能なホテルにご案内しましょう。またどこかで、ご縁があることを祈っています」


 そう言って微笑むエリーさんの笑顔は、やはり最後まで怖かった……

ご愛読いただき、誠にありがとうございます。今回で毎日更新は一旦停止して、不定期更新になります。だいたい2~5日間隔で更新していこうと思いますので、引き続きご愛読の程、宜しくお願いします。

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