第9話 薬草採取
エンディムの街は運河沿いに築かれた街だ。街の南側を運河が、それ以外の東西北を山と森林に囲まれている。ちなみに運河の向こう側もまた、深い山になっており、実質的に四方を山林に囲まれている形となっている。そんな街の唯一の出入り口が、オレが走って来た運河沿いの道路というわけだ。
コルツ山はエンディムの北方面に接する山で、見た感じ標高が1000メートルを超えている。中腹辺りまでは木々に覆われているが、それより上はあまり大きな木々は生えていないらしく、山肌が剝き出しになっている部分が多い。もし日本であればハイキングや登山とかで人気が出そうな山だが、魔物が生息するこの世界では単なる危険地帯でしかない。
冒険者ギルドを出た後、エリーさんにもらった地図を頼りに、ドライグを駆ってコルツ山へと向かった。地図によると、森の中に細い山道が通っているらしく、ここを進めば山の麓近くまでは比較的短時間で着けるようだ。実際にドライグを走らせたら1時間も掛からなかった。
「この辺で良いかな」
人気が全くないことを確認してから、オレはドライグを<無限収納>へと格納し、徒歩で山の中へと分け入った。
訂正、【飛翔天駆】で森を飛び越えて。森林からはエリーさんの言う通り、多数の魔物の気配が感じられる。そこから伝わってくる感じだと、それほど強そうな魔物はいないようだが、いまは薬草採取が最優先だし、相手してたら時間が掛かりすぎるので今回はパスすることにした。
転移魔法で行っても良いんだけど、今回は練習がてら飛行魔法で飛んで行くことにしたのだ。
しかし、ドライグで走るのも気持ちよかったけど、空を飛ぶってのも負けず劣らず爽快だな。しかも眼下に広がるのは人の手の及んでいない雄大な大自然。あるもの全てが美しい。しかも飛行機なんかと違って、自分の意志で自由に飛び回れるってのは、前世では決して味わえなかった至上の解放感を与えてくれる。重力という楔すら断ち切ったいまのオレは、本当の意味で自由を満喫していると言っても良いだろう。
この世界に転生させてくれたなにかに、オレは改めて感謝を捧げた。
「確か、山の中腹辺りに生えてるんだったよな?」
エリーさんからもらった地図には、ご丁寧に薬草が自生しているエリアまで書き込まれてあった。
「この辺りか……」
あっという間に目的の場所へと到着した。この辺りは森林も途切れて人の背丈くらいの草が多い茂る、草原と言った風な場所だった。視線を巡らせれば、遥か眼下にエンディムの街が小さく見えた。それ以外は屹立した山々と、それを覆い尽くす森林、その合間を流れる運河があるだけで人工物は一切見えない。
なんというか、ホントに田舎なんだな。
っと、眺めている場合じゃない。薬草薬草っと。
早速<薬草探知>を使ってみる。ゲームでは、画面上に表示されるマップに薬草が生えている個所を表示する、という機能だったのだが、この世界では少し違った。薬草が生えている場所が、感覚的に判るのだ。結構曖昧な感じだが。
試しに一番近い反応がある場所に足を運ぶと、綺麗な薄紫色の花を咲かせた草が生えていた。
<竜眼>で鑑定を掛けると、ヴァイオレットマリーという薬草だと判明した。ちょうど採取依頼のリストにもある。草ではなく花の方が必要とある。買取価格は鮮度や大きさにもよるが、最大で一輪200テラ。
……なるほど。薬草採取が人気無いのも理解できる。買取価格が安すぎるうえ、鮮度や大きさによってさらに価格が下がる。にも拘らず、魔物の生息する森を抜けた先の、1000メートル級の山の中腹まで来なければ生えていない。しかも草自体がさほど大きくないから、結構探すのも難しい。
価格と労力がまったく見合っていない。そりゃ普通なら受けたくないわ。これって冒険者よりも依頼者である薬剤師ギルドに問題があるんじゃないか?
「まあ、オレならなんの問題も無いんだけどね」
飛行魔法で楽々移動出来て、<薬草探知>で生えている場所も特定できる。<竜眼>で鑑定できるから偽物と間違える心配もない。さらにさらに、<無限収納>があるからいくら採っても荷物にならな。
ビバッ、チート!
と言う訳で、オレはその周囲にある薬草を片っ端から採取しまくった。塵も積もれば山となる。買取価格は安くても、数を取ればそれだけ高く売れる訳だし。そうして精を出している内に、おかしなことが起こった。
<薬草探知>が反応した場所に行くと、そこになにも生えていなかったのだ。
「おかしいな。スキルがバグッたか?」
そう思って試してみたが、やはり他の薬草の位置は正確に探知した。バグではない。何故か<薬草探知>はなにも生えていない地面に反応している。
「いや、これもしかして――」
ふとある可能性を思いついたオレは、<薬草探知>が反応する地面を掘ってみた。
ビンゴ! なんか出てきた!
真っ黒いジャガイモのようなものが、大小合わせて20個ほど。鑑定すると「ブラック・ファルシ」という植物の実であると判明した。
ブラック・ファルシ――『シン・ジークフリート』に置いて、万能薬の素材となる植物だ。今回みたいに<薬草探知>で見つけ出すか、上位の植物系の魔物がレアドロップでしか手に入らない、という設定だ。いずれも滅多に見つからないレア素材だ。
この世界ではどういう扱いをされているのかは知らないが、少なくとも買取リストには載っていない。後でエリーさんにでも聞いてみよう。
「ん?」
ブラック・ファルシを<無限収納>に仕舞った直後、ふとなにかの気配を感じたのでそちらに目をやると、大きな鹿のような動物が数匹、草を食んでいた。
実際の鹿よりもかなり大きい。ヘラジカか、下手したらそれよりも大型だ。茶色の体毛に覆われていて、頭に生えている角は、日本にいる鹿のような枝分かれしたものではなく、インパラと同じで歪曲した竪琴形だ。
その名もアルコスインパラ。魔物かと思ったら、普通の動物らしい。そう言えば、エリーさん曰くこれらの薬草は草食動物の餌にもなっていると言いう話だったな。
しかし、気になる点が2つ――
「あんな鹿、オレは知らないぞ……?」
この世界で見た魔物――ゴブリン、ワイバーン等はオレが『シン・ジークフリート』を作成する際にデザインしたのと同じ姿をしていた。だが、いまオレの前にいるアルコスインパラなる鹿は知らない。鹿型の魔物ならいくつかデザインしたが、あれはまったく記憶にない。
そもそもオレが立ち寄ったエンディムの街も、『シン・ジークフリート』には存在していなかった。やはりこの世界、『シン・ジークフリート』と同じように見えて、違う世界なのだろう。
「ん?」
その時、平和に草を食んでいたアルコスインパラたちが、不意になにかに気付いて一斉に逃げ出していった。気づけばこちらに近づく大型の気配が1つ。今度は動物じゃない。魔物だ。
現れたのは、象よりもデカい熊だった。灰色と黒の斑模様の体毛に覆われた巨大熊。空腹なのか口からは涎を滴らせ、飢えに苛まれた炯眼はオレをしっかりとロックオンしていた。
こいつは見覚えがある。ワーベアという熊型の魔物だ。
ワーベア LV31
オレの推測を裏付けるように、視界に魔物の名前とレベルが表示された直後、ワーベアは雄叫びを上げ、巨体を揺らして突進してきた。
これ、マジで怖いな。野生の熊なんて見たことないけど、日本にいるツキノワグマとかも飢えるとこんな感じなのだろうか? 熊害ってマジヤバいな。
って、そんなこと考えてる場合じゃない!
熊は人間よりも遥かに足が速く、時速50kmで走れるというが、ワーベアの突進速度は明らかにそれを上回っている。到底、人の足で逃げ切れる速度じゃない。
まあ、逃げる必要なんてないけど――
オレは腰に下げた《リンドブルム》は敢えて抜かず、徒手空拳の構えを取った。大きく右の拳を引き絞り、突き出すと同時にある技を発動させる。
オレの拳が一瞬、強い光を放ったかと思われた瞬間、それは巨大な光の拳を形作り、ワーベアに向かって飛翔する。動体視力の鋭い人間なら、光の拳が人間のそれではなく巨大な爬虫類――竜の前脚を思わせる形状をしているのが判っただろう。
巨大な竜の拳は刹那に満たない間に数十メートルの距離を飛び、ワーベアの顔面に突き刺さると、悲鳴を上げる間すら与えずその巨体をミンチにしてしまった。
汚ねえ花火と化したワーベアの肉片、改造、骨などが辺り一面に飛び散った。
うげ、気持ち悪!! ってか、凄い威力だな。
いまオレが発動させたのは<格闘術>と<竜闘術>の混成技――【竜拳】。
両方のスキルがレベルが80以上でないと覚えられない上級技なのだが、思った以上の破壊力だな。まさかあの巨体を一瞬でバラバラにするほどだとは思わなかった。グロ耐性の無いオレには、少々ショッキングな光景だったが……
「ん?」
飛び散ったワーベアの肉片の中に、なにやら宝石のようなものが見えた。なるべく周囲を見ないようにしながらそれを取り出すと、握りこぶし大のルビーを思わせる宝石のような石だった。
鑑定してみると、「ワーベアの魔核」という結果が出てきた。
なるほど。魔物の核と言う訳か。
「これもオレの設定通りか……」
RPGゲームにおいて、モンスターを殺せば経験値とドロップアイテム、そして金が手に入るということは誰もが知っている常識だ。しかし、オレのオリジナルゲームである『ジークフリートシリーズ』では違う。魔物を殺すと経験値とアイテムは手に入るが、金は手に入らない。
この設定もオレの拘り故だ。
そもそもなんで野生の魔物が金なんて持ってるんだ? ってな。
ラノベ愛読者だったオレは、金の代わりに《魔核》というアイテムが手に入る、という設定にした。魔物の体内には魔石とかがあって、それを売ってお金にする、というのは異世界物のラノベでは定番だったからな。オレもその設定を採用したんだ。
モンスターを倒すと経験値とドロップアイテム、そしてその魔物の《魔核》が手に入り、その《魔核》を売って金に換えたり、錬成の素材にしたりする、という感じだ。
「これもギルドで買い取ってくれるのかな? 後でエリーさんに聞いてみるか」
そう考えてオレはワーベアの魔核を<無限収納>に収納し、再度、薬草採取に戻った。
その後も順調に薬草は集まり、20種類以上、500本余りの薬草が集まった時点で、日が暮れ始めた。ちょうど良い頃合いだし、そろそろ戻るか。
そう思った時、またしても林の奥から複数の魔物の気配が感じられた。
ただ、少し様子がおかしい。距離は割と近いのだがこっちに近づいてくる気配がなく、何故かその場でせわしなく動き回っていた。感覚を研ぎ澄ましてみれば、魔物以外にも小さな気配が1つ感じられる。なにかと争っているのだろうか?
気になってオレはそちらへと足を向けた。気配が近づくに連れ、鳴き声が聞こえてくる。
グルルルル、という猛獣特有の唸り声の他に、ワンワン! という鳴き声が。
犬か?
茂みの奥、少し開けた場所にそれはいた。
最初に見えたのは、虎ほどの体躯を持つ真っ黒な狼だった。オレの記憶が確かなら、あれはストレイウルフという魔物だ。それが2匹、歯を剥いてなにかを威嚇していた。
その先にいたのは――
ドクンッ! と、オレの心臓が一際大きく跳ねたのを感じた。
ストレイウルフに比べ、あまりにも小さすぎる身体。普通の犬よりもさらに小さい、小型犬ほどの大きさしかない。その姿はチワワに酷似していた。短い脚に大きな目。鼻先の短い顔立ちはまさしくチワワそのものだった。ただ、体毛は赤茶色で、キツネのようなふさふさした大きい尻尾を持っている。
チワワとキツネを足したような愛くるしい動物が、自分よりも遥かに大型のストレイウルフと睨み合っている。
だが、それはそんな状況よりも、オレはチワワ擬きの容姿に目を奪われていた。
そして、無意識のうちにその名前を口にしていた。
「………………モコ」