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序章という名の遺言

初めての投稿です。不慣れですが、よろしくお願いします。

 たまに、ふとした拍子に脳裏を過ることがある。


 人間が嫌いになったのは、いつからだろう――


 そう考える度に乾いた笑いが漏れてくる。


 飲んだくれでろくでなしの親父に、毎日のように暴力を振るわれていた頃か?

 それが原因で同級生からイジメを受けていた頃か?

 何度助けを求めてもなにもしてくれなかった母親に絶望した頃か?

 数少ない親友だと思っていた奴に陥れられて、濡れ衣を着せられて警察に補導された頃か?

 激高した親父にこれでもかと言うくらい殴られ、たまらず包丁で奴の腹を刺した頃か?

 心を病んだ母親が胡散臭い宗教にハマり、お布施が原因で破産した頃か?


 心当たりがありすぎて判らない。


 気づいた時にはオレは親とは縁を切り、可能な限り他人とは関わらないよう、人目を避けて隠れるようにして暮らすようになった。けど当然だがいまの日本社会で人と完全に関りを持たずに暮らすなど不可能だ。出来るとしたら、どっかの山奥や無人島でサバイバル生活を送るくらいだろう。生憎オレにはそんなバイタリティは無かったけどな。


 それに、オレには幼い頃から夢があった。


 自分の手でゲームを作る――という夢が。


 友達も碌にいなかった子供時代、テレビゲームと、愛読していたファンタジー物のライトノベルだけがオレの癒しだった。そしていつからか、オレは自分の手で、ファンタジーの世界を作ってみたいと思う様になったんだ。


 正直、その夢だけがオレの生きる希望だった。


 だから一人暮らしを始めた直後から、オレはその手の技術やプログラミングを猛勉強した。ちなみにその手の大学とか専門学校には行ってない。っていうかオレの最終学歴は中卒だし。それらの知識はすべて独学で学んだ。どうもオレにはそっち方面の才能はあったらしく、気付けば2年もしない内に超一流と呼ばれるくらいのプログラミング技術を身に付けていた。

 そしてフリーランスのプログラマーとして生計を立てる一方で、自分のゲームを作るという夢を実現する為に活動し始めた。


 まず最初に始めたのは、ゲーム作りをサポートしてくれるAI――人工知能を造ることだった。


 ゲームを作るにも1人では無理だ。かと言ってネットにある無料ツールを使っての安っぽいゲームにはしたくない。しかし、だからと言ってゲーム会社なんかに就職して他人と深く関わるのは御免だった。だから、自分の納得できるゲームを作るに当たって、それをサポートしてくれるアシスタントAIの存在が不可欠だったんだ。


 苦心の末に作り出したAIに、オレはARECHA――《アレサ》という名前を付けた。

 ネーミングの由来は――


 A=Aid。補助。

 R=Reliable。信頼。

 E=Embodiment。具体化。

 C=Create。創作。

 H=Hope。希望。

 A=Artificial Intelligence。人工知能。


 ――って感じで、オレが求めていた物を断片的に英単語にして、それらを掛け合わせたものだ。適当だろ? まあ、名前なんかどうでも良かったんだ。要は、オレの期待通りの働きをしてくれるかどうかだ。


 自画自賛になるけど《アレサ》はオレの最高傑作だった。


 ゲーム制作にあたってオレには足りない部分を的確にサポートしてくれた。

 グラフィックやデザインやBGMの作成。登場人物やストーリーの編集なんかをすべて担ってくれた。時間はかかったが、《アレサ》のおかげで、自分でも充分に納得のいくゲームを作ることが出来た。


 アクションロールプレイングゲーム『ジークフリート』だ。


 ジークフリート――言わずと知れた北欧神話の英雄。

 竜を殺し、その血を浴びて不死身になったという神話上の勇者。何故その名前をゲームタイトルにしたかというと、まあ、ありふれた話、オレの生い立ちと憧れからだ。


 先に言った通り、オレは父親から虐待されていた。虐待されるに甘んじていた。父親に立ち向かうだけの力と、勇気が無かった。だからオレは暴虐に抗える「力」と「勇気」に憧憬の念を抱いていた。

 だからこそかもしれない。オレがファンタジー物のラノベを愛読していたのは。

 ごく普通の少年少女が異世界に転移して、強大な魔物や魔王に立ち向かう、という夢物語が大好きだったのは。


 その結果、オレは「力」という定義を、ファンタジーにおける最強のモンスター――「ドラゴン」に重ねた。そして「勇気」から“魔王という暴虐に立ち向かう勇敢なる者”である「勇者」を連想した。


 ドラゴン。

 勇者。


 ドラゴンの力を持った勇者――即ち、ジークフリート。


 ジークフリートは竜を殺してその血を浴びた。

 そしてオレは親父を刺し、親父の血を浴びた。


 血塗れの勇気。


 あの時、酒に酔って暴れる親父を刺したのがオレの一世一代の勇気だった。いや、狂気かな? いまとなっちゃどうでも良いが。


 オレはファンタジーへの憧れと、自分の暗い生い立ちを盛り込んだ上で『ジークフリート』を作った。


 竜の力を宿した少年が、運命や悲劇に翻弄されながらも仲間と共に世界の異変やその元凶に立ち向かう、という感じのストーリーだ。


 物語の世界観に関しては「剣と魔法の世界」、「文明は中世ヨーロッパレベル」というテンプレからあえて逸脱させた。テンプレ的なファンタジー要素を残しつつ、「科学」や「機械」という要素を取り入れたうえで、文明レベルは現代の地球に近い「近未来」に設定した。


 なんでって? 簡単に言えばオレの拘りだ。

 まず、風呂にも入らず、歯も磨かない主人公は嫌だったこと。

 あと歴史の勉強とかで大昔の人物の逸話なんか聞いてると「こいついったいなに考えてんだ?」と思えることが度々あるんだ。

 人間てのは住んでいる環境や国、時代なんかが違うと考え方も極端に変わる生き物だ。現代人であるオレに、中世ヨーロッパ時代の人間の考えることなんか理解できない。だからゲームの世界観をその時代に設定してしまうと、登場人物の思考や行動なんかに齟齬や違和感が生まれると思ったんだ。一流のシナリオライターや小説家ならその辺も考えて物語を組み上げるんだろうけど、プログラマーのオレには無理だと考えた。けど妥協もしたくなかった。だから可能な限り世界観と登場人物の言動に違和感が生じないよう、ファンタジーな要素も取り込みつつ、あえて物語の時代を限りなく現代に近づけたんだ。


 モンスターが徘徊し、剣や魔法も存在する一方、自動車や銃といった現代の機械や武器もある。


 剣と魔法と銃の世界――

 魔物と機械――

 幻想と科学――


 それらが融合した世界だ。


 巨悪に立ち向かうという王道のRPGに有りがちなストーリーに、幾多のイベントやミニゲームといったワクワク感と楽しさに加え、親友の裏切りや家族、仲間の死という残酷さや悲劇も盛り込んでやった。我ながら会心の出来だと思ったよ。

 そしてそれを一頻り自分で楽しんだ後、ダウンロードサイトで格安で販売した。自分で作ったゲームが世間ではどのくらい評価されるのか、という好奇心と、小遣い稼ぎになれば良いくらいの軽い気持ちだったんだ。


 そしたらえらいことになった。


 最初の内は微々たる反応だったんだけど、時間が経つにつれて話題が沸騰し、爆発的に売れ出したんだ。ダウンロード数はあっという間に100万を超えて、雑誌やテレビにも取り上げられた結果、社会現象にまでなっちまった。「個人で作ったゲームにしては異常なクオリティだ!」って子供でも知ってるような大手ゲームメーカーの社長が褒めちぎってた。あれはホントにビビった。


 もちろん色んな所から問い合わせやら、ぜひ我が社で雇いたいという申し入れがウザいくらいあったが、おれっはその全てを断った。

 どんなに条件が良くとも、人と関わるのは嫌だったし、怖かったから。

 その代わり、それ以降もゲームを作り続けることにした。

 もちろん《アレサ》と一緒に。


 某有名なRPGシリーズに習って『ジークフリートⅡ』、『ジークフリートⅢ』って感じでナンバリングタイトルで。


 各作品の世界観に繋がりはなく主人公も別々だけど、様々な理由で主人公とドラゴンに関りを持たせることでタイトル詐欺にならないように注意した。オレと《アレサ》で考案したストーリーやゲームシステムは悉くヒットし、『ジークフリートシリーズ』は大ヒットし続けた。


 あの時がオレの人生の絶頂期だった。子供の頃の辛い経験は決して無駄じゃなかった、オレはこの為に生まれてきたんだと、心から理解した。生まれて初めて「幸せ」という概念を理解した瞬間だった。


 けど、第7作目を製作し終えた直後だった。


 唐突に、自分に時間が無いことを知らされた。


 癌だ。


 気付いた時には末期になっていて、あと数年、生きられるか判らないと医者に言われたよ。

 不思議と恐怖やショックと言ったものは無かった。クソみたいな人生を送って来たからか「そっか……」って感じだった。死ぬことへの恐怖はあまり感じなかった。もう一生分の幸福と喜びを得ていたから。


 残り時間が少ないのなら、オレがそれを使ってやるべきことは1つだ。『ジークフリートシリーズ』の最終作にして最高傑作、集大成を完成させることだ。


 オレと《アレサ》はこれまで培ってきた技術やノウハウを全てつぎ込んで、連日連夜コンピューターに向かいながら制作を続けた。オレの命と魂、人生の全てをこのゲームに次ぎこむつもりで。


 そして完成したのが『シン・ジークフリート』だ。


 なんで「シン」なのかって?


 ひとつは「真」という意味だ。

 これまでの『ジークフリートシリーズ』は序幕で、今作が本当の――真の『ジークフリート』なんだ、ということさ。


 ふたつ目は「罪」だ。罪は英語で「sin」という。

 これに関してはオレの感傷だ。


 オレの父親は我が子を虐待するという「罪」を平然と行った。

 親友だと思っていた奴に「罪」を着せられた。

 そしてオレ自身も父親を刺すという「罪」を犯した。


 オレの人生は「罪」と共にあったと言える。自分の人生の終わりが近づいて、これまでの喜びや幸福感に薄められていた「罪」というものに対する憤りや罪悪感が押し寄せてきたんだ。

 罪と共に生きてきたオレが、その人生の経験を基にして作ったのが『ジークフリート』だ。

 つまり『ジークフリート』というゲームは「(sin)」から生まれたんだ。


 だからかな? 最後の『ジークフリート』の主人公の名前をなににしようかと考えた時、真っ先に思い浮かんだのが「シン」だったのは。


 罪と共に生きてきたオレと、主人公を重ねたんだ。


 ちなみに苗字は「スカイウォーカー」にした。某SF映画の主人公と同じ性。罪を犯し、堕落した父親と、それに翻弄される息子――まさにオレと同じったから。


『シン・ジークフリート』を完成させた後、オレは残り少ない時間をこのゲームをプレイすることに費やした。

 楽しかったよ。そりゃあもう、本当に。生まれて初めて心から「楽しい」と思えたかもしれない。自分で作ったゲームを自分で楽しむなんてナンセンスだという奴もいるかもしれないが、オレが「楽しい」、「面白い」と思う要素だけをかき集めて詰め込んだゲームなんだ。楽しくない訳がない。


 そして主人公「シン」こと「シン・スカイウォーカー」は、オレが思い描いた理想の人物でもある。シンに成りきって、自分が描いた理想の世界を駆け回り、冒険の限りを尽くした。


 クリアした後になって気付いたよ『ジークフリートシリーズ』は、オレがこうありたいと願った理想の人生を、そのまま描いたものなんだって。


 オレは人間が嫌いだったんじゃなくて、怖かったんだって。


 碌でもない両親やオレを裏切った元友人のような存在が、怖くて怖くて仕方が無かった。また酷いことをされるんじゃないか、裏切られるんじゃないか、罪を被せられるんじゃないかって怯えて、近づくこうとしなかっただけ。

 オレは本当はこんなにも人と触れ合いたかったんだ、って。


 気づいたところでもう、なにもかも手遅れだけどな。

 

 けど最後くらいは、例えゲームの中であろうと、幻想であろうと、自分の思い描いた理想の人生を送ろうと、何度も何度もプレイしたよ。

 満足だった。本当に、心から楽しかったと思っている。


 だからいま、こうして短い人生の最期を迎えようとしている時でも、恐怖や心残りはまったく無い。安らかな充足感と共に逝くことが出来る。最後の最後だったけど、本当に楽しい人生だった。


 もし生まれ変わることが叶うのなら、オレは「シン」になりたい。


 そして、今度こそ…… 

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