イーチェの花言葉
この森には、トリ族とアリ族、クマ族が居ます。
トリ族は森の空を優雅にパトロールしています。一方で、アリ族は大地をコツコツと育んでいました。たまにアリジゴク君が悪戯をします。クマ族は、森の恵みを見届けていました。
さて。ここで森に大きなイベントが訪れます。
「ひょ~、人間ウォッチングだ!」
トリ族の長ビュンが嬉しそうに言いました。いつもと変りない森の中に、人間がやって来ることを真っ先に察知したのですから、そりゃもう大騒ぎです。
ところが、昨日降った雨で地盤が緩んだ大地をせっせと固めているアリ族の長ロクは良い顔をしません。小さな足を「ふん!」とぬかるんだ地面に突き刺して、ほんの僅かな水しぶきをあげます。
「はぁあぁー。ろくでもねぇろくでもねぇ! 人間なんてどうせ、地面は歩くためのカーペットくらいにしか考えてねぇんだ。せっかく俺たちが創りあげてきた造形美を軽々と涼しい顔して壊していきやがるから参ったもんだぜ!」
「ふぅん、ロクってば相変わらず頭がお堅いねぇ。ま。空から俯瞰した時には地面よりも木々の方が目立つけどな。な、クマ族の長。ズリーさんよ。お前もそう思うだろ」
「あ。う、うーん……?」
クマ族の長。ズリ―。そう呼ばれた彼は、どうも会話を聴いていなかったようです。そんなズリ―をからかったり呆れたりするビュンとロク。
ビュンは言います。
「おいおい、ズリー。お前がこの森の一番の古株だろ。しっかりしてくれよ」
ロクも続けて言いました。
「お前は良いよな。食って寝て散歩するだけで、役目を果たせて。ま、悪い人間だったら追い払ってくれよ! クマ族総出でな!」
「うん。悪い奴なら追い払う」
ズリーは早速人間の臭いを嗅ぎつけました。しかし、その者の体臭は鼻が曲がるほど臭かったのです。ビュンとロクは様子を伺っていました。
ズリーは曲がりそうな鼻をブンブンしながら、
(うぅ、腐敗した水たまりみたい……)
本当に近づいて良いのかと困惑した様子です。しかし、約束は守らねばなりません。彼は森を守る役目のある者。もし人間が森に危害を加える者だった場合。排除しなければいけません。それがこの森のルールです。
(――――あ。居た!)
ズリーが人間を発見します。その差、中くらいの木々を五本ほど通してでした。クマ族の長というだけあって、ズリーは大きいから、人間は彼を見て大きく声をあげました。怯えているようです。
……しかし。
(ん。何か言ってる?)
人間の言葉に耳を傾けるズリー。
「……ろしてくれ……殺してくれ!」
(!)
なんと、数メートル先の人間が自分を呼んでいる。しかも「殺して」と要求してきたからビックリです。これは何かわけがあるのかもしれないと、ズリーは近づいて見ました。
人間は、髭やムダ毛が生えっぱなしで、顔はカピカピです。
(この人。水浴び。してない……)
ばっちぃ。
ズリーはそう思いました。ならば、水浴びさせてやろう。そう思った彼は、先ず怖がる人間の服を摘まみ上げて、森の加護のある池に「ポイ」しました。
「うわぁああ!」
足が着くにもかかわらず、人間は溺れているようです。ズリーが人間の頭を三回ジャブジャブさせました。この池は名前の通り森の加護があるため、人間は清潔な男性の姿になりました。ラベンダーの香り付きです。
池に映り込んだ自分の姿を見た男性が、ズリーに早口で尋ねました。
「俺はどうしたって言うんだ。クマに食べられて、人生の一幕を終えるはずだったのに……もしかして、天啓ってやつか? 俺は、生きてていいのかなぁ。なぁクマよ! 俺は天に生かされているのか!?」
「おまえ。自殺のためにクマ族を利用する。悪い奴?」
ズリーが爪を見せると、「ひぃいい!」と怯えたように木にしがみつき登ろうとする男性。しかし人間なのでそう簡単にできるわけもなく。ドスンと落っこちてしまいます。
頭の周りにお星さまがキラキラしている男性にズリーは尋ねました。この人が良い奴か悪い奴かを見定めなくてはいけないからです。
「おまえ。どうしてこの森で自殺しようとした」
「うぅーん……はっ! そうだそうだ! 俺は知ってしまったんだ。この世界の真実を! すべてはこの森の『イーチェの花言葉』の中に隠されている! そのためにはこの森で一度死ぬ必要があるのだ!」
「イーチェの花。そんなの見たことない」
「そう、それこそがこの世界の真実!」
ズリーは、正直変な人間だと思いました。イーチェの花言葉なんて、この森で聴いたことはないからです。外界の花でしょうか。
(ま。悪い奴じゃなさそうだからどーでもいいや)
ズリーが背を向けると、男性はこの森を散策し始めました。真っ先に怒ったのはアリ族の長ロクです。
「やいやい人間め! 来て早々地面を泥だらけにしやがって! この! この!」
しかしながら、アリキックは、人間には効きません。そんな様子を楽しげに見ていたトリ族の長ビュンは、
「やーやー! もっとやったれ~!」
と盛大にヤジを飛ばします。
ズリーは、何だかもうどうでも良くなって、ごはんが食べたくなりました。近くにある木に片手をあてて、大きく揺らします。
「――――あ。どうもハチでーす~!」
「あぎゃああ!?」
ぶーんぶーん。
巣ごと落ちてきたハチさんに怯えた男性は、悲鳴を上げて逃げ回りました。ズリーは蜂蜜をたんまりと食べてご満悦です。
ここで、ズリーがいつもかけている森の加護のおまじない。
「いつも恵みをありがとう。この森愛するすべてのモノたちへ。返します還します、命の循環。水と時が流れるこの森で。あぁおいしおいし」
するとどうでしょう!
ズリーの右手から、花形のエンブレムが現れたではないですか! 彼は、揺らした木にそれをペタリと貼り付けました。有ったはずの木が無くなり、新たな芽が出来ます。小さな小さな芽でした。
そんな事など知らずに、男性はハチさんに追いかけられて、森を出て行きました。
男性がチラッと言っていた『イーチェの花言葉』。
完全な男性の妄言だったかもしれません。けれど、この世に存在するとしたならば、どんな花言葉になるでしょうね?
それは、ズリーにもビュンとロクにも。わかりません。
「あぁおいしおいし」
森には能天気なズリーの声と、それを笑う森の者達の声で溢れていたとさ。
おしまい。
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