神武
何かがオレの意識を呼び寄せる。
「うぅー」
目を覚ますと、そこは自分の家のベットであった。
窓の近くにあるカーテンが開けられていることから、差し込んだ太陽の光で目覚めたんだろう。
「おはよう」
そんなことを考えていたら、部屋の入口から声が聞こえた。
振り返るとそこには師匠がいた。
「おはようございます」
取りあえず返事を返しておく。
「今日はどうするんだ?」
今日も修練校がある。サボることもできるが。
オレの最後の記憶は師匠から刀を振り下ろされる記憶。それがちらつく。
「今日は…修練校に行きます」
「今日から強くなった所を見せられるな」
確かにそうだ。昨日の経験でオレは一気に強くなったと思う。学校でも通用するくらい。
「オレが倒れた後はどうなりました?」
「クローリーを担いでここまで帰った。で、目覚めるまで待ってた」
「色々、ありがとうございます」
「気にするな」
そっけない態度というか、なんというか。よく分からない。
「一つ聞いていいか?」
「はい。何ですか?」
何を聞かれるんだ? どちらかと言えば質問をしたいのはこちらだ。
「クローリーは力を手に入れて、目的を達成できたとする。そしたらその後、どうするんだ?」
目的とは男子生徒を打ち負かすこと。そして、その後オレはどうするのか。どうしたいのか。
そんなこと決まってない。強いて言えば、自分の故郷に帰りたいくらいだ。でも、そんなの叶うはずがない。
「特には、決まってないですね」
「そうか。…なら、一つお願いがある」
「お願い?」
「クローリーが同級生に勝ったら、持ってる剣を俺に譲って欲しいんだ」
「剣って修行で持って行ったあれのことですか?」
「そうだ。今持っている力を失うことになるだろうが―」
え、いやいや、力を失うことより、家宝の剣を渡すことなんてできない。
「いや、できません!」
オレは師匠の言葉を遮ってそう言った。
「仮にも命を失ってでもか?」
え、命を失う? で、でも、戦いの世界では命がなくなることもあるでしょ。
「覚悟は、できてます」
「本当か? クローリーは常人の何倍にも生存率が低くなるんだぞ」
「え、そんな、なんで? オレが狙われてる⁈」
師匠の話してることがよく分からない。
「正直に言う。俺はお前のことが分からない。もっと言えば、お前のことが怖い。実力を隠している可能性があること、その歳になるまでどのようにして生き延びたのか」
師匠はオレのことを怖いと言った。どうしてだ? 実力? 生き延びる? 一体師匠は何を言っているんだ? 全然分からない。
「えっと、何の話か全く分からないんですが…」
「すまない。俺は疑っていたんだ。クローリーのことを。でも君は俺のことをある程度信じてくれた。だから俺も君と仲間を信じて突き進んだ」
オレが師匠のことを少なからず疑っていたのは本心だが、師匠もオレのことを疑っていたのか。まぁ、お互い会って直ぐだったしなぁ。
「つまりどういうことですか?」
「俺にも分からん」
「えぇー!」
話がまとまってないじゃん。自分から話を広げておいて。
「本題に戻すが、命が惜しいなら俺にその剣を渡してくれ」
あぁ、そうだ。これが本題だ。一体何の話をしてたんだか。
「ダメです。あれを渡すことはできません」
家宝の剣を渡すことはできない。これは信用とか信頼とかの問題ではない。
「それが死を近づける物でもか? 今までどう過ごしてきたかは知らないが、これからも通用するとは限らない」
やっぱり師匠はどこかオレの分からない話をする。
「何で死ぬんですか? 何で狙われるんですか?」
オレ自身が疑問に思っていることを言ってみた。さっきから師匠は命だとか死だとか、そんなことばかり言っている。
「それは…あの剣がクローリーの元から離れれば君が死ぬからだ」
え? なんだって? 剣が離れると死ぬ?
「で、でも今は持ってないのに、全然平気じゃないですか」
「今はな。でも、その内あの剣が恋しくなるはずだ」
「そう、なんですか?」
「あぁ。厳密に言えばタイムリミットのはずの一日を過ぎた時、クローリーの元に剣が無ければ死ぬ。これは間違いない」
「えぇぇ」
何だが急に怖くなってきた。
「剣ってちゃんと持って帰って来てくれました?」
「当たり前だ」
おお、良かった!
オレはベットから飛び跳ねて部屋を出ていき、ぼろい居間のほうに出る。するとそこには小汚い袋から顔をのぞかせる家宝の剣の姿があり、壁に立てかけてあった。
オレは心底安心する。
「続きだが、世の中にはクローリーの剣を強引に奪いに来る奴がいる」
「そんなにあの剣が欲しいんですか?」
「当然だ。クローリーが持ってる剣を含め、他の物も同様に自分が所持者になれば強力な力を手に入れることができるからな」
「強力な力…」
「厄介なのは、強い人物にそれを感知されることだ。だから、強者はクローリーが能力を使っていることを感知すると、その能力を奪いにやって来る。自分より格下ならいいだろうが、どうだ?」
師匠はオレの顔を見てくる。
「自信はないです」
「そうだろ。だから早死にする。奪われて一日経過で死ぬ奴もいれば、戦闘で負けて普通に死ぬやつもいる」
つまり、今のオレでは敵意を持った人物に遭遇した時、間違いなく剣を奪われる挙句、命までなくなるって話か。
「どうすればいいんだ?」
「俺はクローリーの命を失うことなく、あの剣から分離させることができる」
「嬉しいけど、やっぱあの剣は渡したくない」
「何がそこまで断る理由になる?」
師匠の顔には「どうして?」と書いてあるような表情だ。
「命は勿論大切だけど、渡せない理由があるんです」
「理由を教えてくれないか?」
あまり家宝であることを教えたくはないが、ここは仕方ない。
「あの剣、オレの村では家宝として祀られていたんです。だから、簡単には手放せなくて。分離させてから近くに置くことはできないですか?」
師匠は考える様子を見せる。そして。
「完全に分け切った方がお互いのためになるだろう」
「そう、ですか」
どうやらそんな都合よくは出来てないらしい。
「急に難しい話をしてるから大変だよな」
「まぁ、そうですね。驚いたって言うか」
「話をまとめるとこうだ。クローリーが持ってる剣は家宝であるから手放せない。でも、その剣自体には物凄いパワーが込められていて、強敵を引き付けやすい。だから命を間違いなく狙われる。ここで君が取れる選択肢は二つ。一つは残念だが剣を手放し、命を大切に生きること。もう一つは、剣と共に人生を歩むこと。この二つだ」
師匠はそう結論づけた。
この選択はオレの人生を左右することになる。重要な選択だ。
「俺は前者を勧める。クローリーのためにも」
「…」
オレはどうしたいんだ? 自分でももうよく分からない。師匠の指示を受け入れた方がいいのは確実なんだろう。だけど…。
「やっぱ、オレは剣と共に生きる!」
「…本当にいいんだな?」
師匠は真剣な眼差しを向けて来る。きっと、オレを説得することを諦めたのではなく、オレの選択を受け入れてくれたんだろう。
オレは頷く。
「クローリーが持ってる剣のような存在の物をこの世界では神武と言う。その所持者はウェポン使いと言われるんだ」
「じゃあオレはウェポン使いってことになるのか」
師匠は凄いな。何でも知ってる。色々教えてくれるし。
「師匠は何でも知ってるんですね!」
「クローリーからしたらそうかもしれない」
師匠はあんまり嬉しくなさそうだ。と言うか、師匠は表情をあまり変えないタイプなのかな? 喜怒哀楽の起伏が少ない気がする。
「あ、そうだ! 師匠、修行一人でクリアしたんですよ」
「そうだね」
え、それだけ?
「なんで師匠あの時倒れちゃったんですか?」
そういえば、修行は一人で全て遂行してたな。
「あれは、クローリーを試していたんだ」
「試していた?」
なんで? 逃げるか逃げないか的な?
「クローリーがどんな人間でどう行動するか」
なるほど、ある種のテストだった訳か。
「結果は?」
「良いと思う。ルールを守って行動し、成功条件もクリアできていた」
「おぉ~」
これは嬉しいお言葉だ。
「でもまぁ、出会った時からのことを踏まえると、何も知らない無知なガキだな」
「えぇー」
酷い言われようだ。
師匠はオレのことを警戒していたけど、普段の言動と修行の言動でオレが無害な男だと思えたってことなんだろうな。
逆に、オレの中で師匠に対する疑問は多い。
オレが倒れる前に見た師匠の行動は一体何だったのだろうか?
ここまでの知識量とオレのウェポンに対する執着の無さ、他にも色々と聞きたいことが多い。そもそも名前すら知らないわけだし。
「師匠―」
「時間―」
ここでオレと師匠の言葉が被ってしまう。
「時間?」
「随分話込んだから、修練校の時間大丈夫かなって」
確かに、随分長い間話をしていた気がする。
部屋に掛かっている時計は8時45分だった。学校が9時から始まるため、もう急いで家を出る必要がある。
「うわ、まずい!」
オレは急いで服を着替え始める。
「師匠はこの後どうするんですか?」
着替えながら師匠に質問を投げる。
「俺は仕事だ」
師匠は何の仕事をしているんだろうか? 強いだろうから傭兵だろうか? 気になるけど聞く暇なんてない。
オレは準備を済まし、師匠と一緒に家を出る。
「師匠、修行を付けて頂きありがとうございます!」
「俺は機会を作っただけ、強くなれたのは自分の力だ」
師匠らしい言葉? な気がする。
「では、行ってきます!」
「クローリー」
「はい?」
オレが行こうとした矢先、止められる。もう時間も無いのに。
「修行の褒美に何か一つ質問に答える。何でもいいよ」
え、今? 聞きたいことなんて山ほどある。でも何でこのタイミングなの?
オレは頭を軽く上にしたまま目線を左右に動かし、一番聞きたいことを考える。
「じゃあ、師匠の名前は?」
師匠は最後まで自分のことについては何も言わなかった。教えないとは言われたけど、今なら答えてくれるんじゃないか?
「俺の名前か。俺はイース・ウェザールだ」
おぉ、教えてくれた。もう満足でいいだろう。
「じゃあ、師匠、行ってきます!」
「あぁ、気をつけてな」
師匠の表情は終始真顔だったが、この時だけは少し朗らかな笑みが浮かんでいた気がする。
オレは全速力で修練校に向かうのだった。




