あほ口調の呪いが掛かった残念令嬢ですが、超秀才の魔法省長官の実験体になりました
タイトルを思いついて書きました。
ゆるめ設定です。
(冒頭にまさかのタイトル入ってましたので削りました)
私の名は、ジゼル・ペリシエ。れっきとした侯爵令嬢ですわ。
私を溺愛して止まないお父様からは、「私の可愛いジゼルよ。お前はどこに出しても恥ずかしくない淑女だよ」といつも褒めていただけますの。
必ず最後に、悲しそうにこのひと言を付け加えられながら。
「その呪いさえなければなあ~……っ」
大きくて長い溜息をひとつ吐くところまでが、一連の流れ。
溜息を吐きたいのはこっちの方ですわ!
……あっ、いえ、私ったらはしたない。
私は懸命に訴えます。
「そんなこと言ったってえ、アタシのせいじゃないしい~!」
「ああ、あほっぽい……っ! 亡き妻がこれを見たら何と思うか……!」
「アタシだって、こんなん嫌だしい~!」
そう。私には呪いが掛けられております。言葉にするのも情けない呪いですが、その名も【あほ口調の呪い】。泣けてきますわ。
「原因のお兄様はあ、自分だけ能天気でえ! ちょっとひどくなーい!?」
「そうだよなあ。でもあいつには付ける薬がなくてなあ」
「ひどおいっ! アタシ関係ないのにい~っ!」
わっと泣くと、お父様は私の頭をヨシヨシして慰めてくれます。
これ気休め! ただの気休め! 何の解決にもならないですわ! ……はっ! いえ、お父様の優しさに対して、私ったらなんて酷いことを。
するとお父様が、とんでもないことをのたま……仰るではないですか。
「ジゼルや、それでだな……非常に言いにくいのだが」
「ええ~? なあにい~?」
お父様が懐からそっと取り出して渡してきた物を手に取り、私は目を見張りました。
なんと、王家からの舞踏会の招待状ではないですか。
「……うっそお~ん」
お父様が申し訳なさそうに眉を垂らします。
「国王陛下には呪いについてそれとなく話してあるのだが、その、お前が社交界デビューもせずに引きこもっているとどこからか噂を聞きつけたらしく、お節介なことを……」
お父様、曲がりなりにも国王陛下に向かってお節介だなんて、口は災いの元でございますわよ。
「お父様あ~、不敬になっちゃうってばあ~!」
……私の喋り方こそ、不敬そのものになりますけどね。
「行きたくないしい〜っ!」
涙目で訴えると。
「行かせたい訳があるか! はず……いや、可愛いジゼルが傷つくのをみすみす放ってなどおけない!」
今、恥ずかしいって言おうとしましたわね?
私がジト目でお父様を見ると、お父様は引きつり笑いをした後、ぽつりと「……申し訳ない」と仰りました。
これ、断れないやつですわね……。
悟った私は、もう返す言葉もございませんでした。
◇
舞踏会当日。
何人かいらっしゃった婚約者候補は「呪われた令嬢とは結婚できない」と全員蜘蛛の子を散らすように去っていかれたので、私にはパートナーとなる方がいらっしゃいません。
ですが、舞踏会会場に入るには、エスコートが必須。
私は泣く泣く、呪いの元凶を作ったお兄様にエスコートしていただくことになったのです。
お兄様も私も、自画自賛にはなりますがそれは美しい癖のない銀髪と宝石のような青い瞳を持っております。
自らを褒め称えるのはいかがなものとは思いますが、かなり美しい部類に入る顔の造作をしていると思います。
ですが、私の欠点が呪いならば、お兄様にはまた別の欠点がございました。
「ねえジゼル。可愛い子がいたら僕は声を掛けに行くから、ひとりでいい子にできるよね?」
無類の女好きであるお兄様は、会場に入ったら早速私を放置してハンティングに精を出す気満々ではないですか。
「お兄様ったらあ、サイッテ~!」
私の言葉を聞いた周りの紳士淑女の皆様が、ぎょっとした顔で私を見ます。……しまったですわ。私は精一杯声を潜めました。
「アタシ無理い……っひとり怖いしい〜……」
そもそも、私がこのような状態に陥ったのは、この節操なしのお兄様の行動が発端なのです。
しかし、お兄様は自分が被害に遭わなかったからか、お気楽なまま。全く、いいご身分ですわ。
「この困ったさん」
綺麗な顔を困ったように綻ばせて、私の鼻の頭をツン、と突く様に、周りの淑女たちは「……はううっ」と切なげな溜息を漏らします。
皆様お分かりでないかもしれませんが、この人大分中身残念ですわよ? それでもよろしいのかしら。
女と見れば誰彼構わず声を掛け、口説き始めるのが日課。
なかなか起きてこられないお兄様のお部屋に様子を窺いに行き、女性の艶かしい肌を目にして叫んだ回数は、もう数え切れません。
さすがにお父様が見かねて「外でやりなさい」と伝えたところ、今度は着替えを取りに帰る以外はほぼ家に帰らない始末。
今回の舞踏会の参加についても、お父様が部下を使って必死に居場所を探し出し、なんとか連れて帰ってきて下さったのです。
これが跡取りかと思うと目眩がしますが、「ジゼルが優秀な婿を迎えたらいける」と目論んでいたお父様の方が、きっと何倍もクラクラしていることでしょう。
「あ! あそこにいるのは僕の親友マルセネーヌじゃないか!」
「あらあジェラール様、昨日ぶりですわね」
お兄様は金髪美女の元へ行くと、自然に腰を抱きます。キスマークを消してくるのが大変だったとか仰っていますので、そういう親友でいらっしゃるようですわ。
「じゃあジゼル、後ほど!」
お兄様は爽やかな笑顔で 私に手を振ると、お二人でどこかへと消えていってしまいました。
――秒でしたわね。
あれでよく今まで刺されずに済んでいるものだと思いますが、どうやってか関係のあったご令嬢とは別れた後も良好な関係を続けておられるそうです。全くの謎ですわ。
「ちょっとお〜。ひどすぎるしい〜……」
呟きすら、あほ口調。泣きたいを通り越して泣けてきましたわ。
私は給仕の者からグラスを受け取ると、とにかく目立たぬようにと開放されている露台へと向かうことにしました。
まがりなりにも淑女なのでダンスもお手のものですが、あれは会話を交わさねばなりません。このあほ口調がバレた途端、会場が笑いの渦に包まれることは必須。
ダンスに誘われない為には、目立たぬようひっそりと闇に紛れるのが一番ですわ。お父様に言い聞かされて参りましたし、 私とて笑い者にされたくはありません。
サササッとたまに家の中で目にする黒くて素早い虫の如く露台へ向かうと、なるべく人のいない一角へと移動します。
夜の風は剥き出しの腕には少し肌寒いですが、嘲笑よりは遥かに耐え易いでしょう。
赤ワインをチビチビと口に含みながら、 私は早く終われ、早く終われと祈り続けました。
◇
どれくらい経ったのでしょうか。
あまりにも退屈なので、星空を眺めては点と点を繋げていると、いつの間にか隣に男性が立っていらっしゃるではないですか。
混雑しているのかと思いきや、皆様ダンスに向かわれたのか、露台には殆ど人がおりません。
デビュタント前に引きこもりになった私は、家族以外の男性には不慣れです。
ここは再びかの黒い虫の如く素早く移動を、と思ったその時。
その方が私の前に立ちはだかりました。
「あ、あのお〜?」
しまった、あほ口調が少し漏れてしまいましたわ。咄嗟に口を押さえますと、少し酔った様子の男性がニヤリと笑います。
「お嬢さん、どなたかと待ち合わせですか?」
ここで答えると、間違いなくあほ口調がバレます。私は口をつぐんだまま首を横に振ると、男性が目の前まで来ました。
「お名前をお伺いしても?」
「ジ、ジゼル・ペリシエ……」
すると男性は驚いた顔になります。
「――ああ! あの節操なしの妹君か!」
節操なし。一切間違ってはおりませんけど、その節操なしの妹に向かって言います?
男性はニヤニヤすると、私の肩に手を回してきました。――ひっ。
「ジゼル、君もあの兄と同じく奔放なのかな?」
首を横にブンブン振りますが、男性の顔がどんどん近付いてきます。これは乙女の危機ですわ!
「は、離してってばあっ!」
「蓮っ葉な喋り方、かわいいね」
顔はもう目の前にあります。このままでは、私のファーストキスが!
無我夢中で叫びました。
「アタシ、そんな軽くないしい〜っ! あっちいけってばあ~、このヘンタイ!」
迫力ないことこの上ないですが、精一杯の抵抗を見せます。するとなんと男性は、突然笑い出したではないですか。
「……あはははっ! なんだこの頭悪そうな女!」
「アタシい、侯爵令嬢よぉ〜っ! 失礼しちゃ〜う!」
「こんな頭悪い侯爵令嬢なんて、嫁の貰い手もねえだろ! あはははっ!」
……あんまりです。 私、これでも成績は優秀ですのよ。
男性は 私の腕を掴むと、 私を引き寄せました。
「でもまあ、顔は最高に美人だな。夜の相手には丁度いい」
私は咄嗟に、手に持っていたグラスの中身を男性の顔面にぶち撒けました。
「アンタなんか無理だしいっ!」
まあ、この口調も十分失礼に当たるとは思いますが。
男性が怯んだ隙に、会場内に逃げます。
「――この女ッ!」
憤怒の形相で追いかけてくる男性。恐怖のあまり半泣きになりながらも、人の波を縫い逃げていきました。
すると。
「きゃっ!」
突然目の前を横切った黒いマントの男性に、正面からぶつかってしまいます。
「おっと危ない」
背の高いその男性は、勢いで後ろによろけた私の両肩を軽々と掴み、転ぶのを防いでくれました。
「い、いったあい……っ」
「申し訳ない、人を探していたもので前を見ていなく――ん?」
「え?」
男性は黒髪を後ろの高い位置にひとつに束ねています。少しきつめな印象の整った顔立ちに、一瞬で目を奪われました。
緑色の瞳が、私を睨むようにジッと見つめてきます。な、何ですの。
「……失礼ですが、もしやペリシエ侯爵令嬢では?」
「そ、そうだけどお」
しまった! またつい喋ってしまいましたわ! 慌てて口を押さえようとしましたが、肩をガッチリ掴まれたままなので叶いません。一体どうされたのでしょう。そしてどうして私の名を?
黒髪の男性は、ブツブツとなにやら独り言を呟き始めております。
「なるほど……これは見事に頑丈な呪いだ」
まさか、この御方は私の呪いが見えているのでしょうか。これまで、どこの祈祷師にも魔術師にも見えなかった、この呪いが。
となると、かなりの魔力の持ち主ということになりますわ。……この御方は一体。
「なんと禍々しいピンクだ」
ピンク? 私に掛かっている呪い、ピンク色ですの?
男性が、何故か楽しそうに微笑みます。
「これは研究し甲斐がある実験体だ」
実験体。この御方、私を実験体にするおつもりなのでしょうか? でも何故?
すると突然、私の腕が掴まれ後ろへと引っ張られました。
「いたっ」
「いたぞ、この女!」
先程の男性です。明るい所で見ますと、赤ワインの染みが無惨ですわ。
「別の男に声を掛けたのか? 折角この俺が声を掛けてやったっていうのにこの尻軽おん――ングッ!」
突然伸びてきた腕が、男性の口を片手で鷲掴みにします。一体どういうことかと腕の主を探しますと、私の肩を掴んだままの黒髪黒マントの男性ではないですか。
「むぐうっ! おま、何を……っ!」
黒髪の男性が、スッと目を細めました。
「お前というのは、この魔法省長官であるテオ・デルブレルに対し言っているのか?」
「ひっ」
私を追いかけてきた男性は一瞬で顔色を変えたと思うと、「し、失礼致しました!」と立ち去っていきます。
魔法省長官……確か二十五歳という若さながら、その秀才ぶりと研究熱心さから異例の大出世を遂げた御方、とお父様から聞いた覚えがありました。「優秀だからお婿さんにほしいんだけど、接点がなくてなあ」と仰っていましたので、恐らくは独身かと思われます。
「デルブレル長官閣下……?」
そんな方が、何故私をご存知だったのでしょうか。
すると、答えはすぐにやってきました。
「やあやあ長官! ペリシエ侯爵令嬢は無事に見つかったようだね」
ふくよかなお腹の、やけににこやかな中年男性がデルブレル長官にお声を掛けます。……頭の上の王冠。何となく察しましたわ。
国王陛下が、私を見て微笑みました。
「ペリシエ卿から話を聞いてね、君たち二人を引き合わせることを思いついたのだよ」
今回舞踏会に招待されたのは、その場を設ける為だったそうです。なのに陛下にご挨拶する前にお兄様が親友とどこかへしっぽりとしに行ってしまわれたので、一向に顔を見せない私をデルブレル長官が探し回っていたそうですわ。……お兄様…………。
「じゃあ、二人とも頑張って!」
「畏まりました」
「はあ……?」
こうして訳の分からぬまま、私はデルブレル長官と共に解呪の方法を探すべく、毎日魔法省で過ごすことになったのです。
◇
翌朝、私を迎えに来られたのは、デルブレル伯爵家の馬車でした。
お父様は大喜びで「でかしたジゼル!」と私の手を取って跳ねていらっしゃいましたが、呪いの研究対象と本人から聞いた瞬間、シュンとなってしまわれました。何を期待されていたのでしょう。
「それでは参ろうか、ジゼル殿」
「デルブレル長官閣下あ、よろしくお願いしまあすっ」
あほ口調の呪いと理解いただけておりますので、遠慮なく喋って構わないと仰っていただけましたの。
あまりにあほ口調なので恥ずかしさはありますが、「実際は何を言うつもりだったのか」を筆談で示し研究の一貫とするそうですわ。それが何の役に立つのかは分かりませんけど。
男らしくて凛々しいお顔を綻ばせると、デルブレル長官が仰りました。
「これから解呪されるまでの長い付き合いとなる。俺の名前を呼ぶ度に長ったらしいのを書き留めるのは億劫だからな、俺のことはテオでいい」
「テオ様……」
「うん、それでいい」
どうやら効率化を重視されていらっしゃるらしいテオ様の仰ることにも一理ありますね。テオ様のお手をお借りして馬車に乗り込みますと、テオ様は紙束とペンを取り出しました。
「では早速だが、その呪いについて知っていることを教えてほしい」
「はあい。一族のお、恥なんですけどお……」
私のあほ口調でどこまで伝えられるか不安でしたけど、頑張って説明致しました。すると全てを聞き終えたテオ様が、書き付けを読みながらまとめていきます。
「なるほど。ジゼル殿の兄君であるジェラール殿は、町で偶然知り合った女性と恋仲になった。だがジェラール殿は熱しやすく冷めやすい質の為、女性に別れを告げないまま別の女性にハマった」
「いつものことよお。ひどいでしょお~?」
「まああの見目では、女は途切れまいな。――で、ジェラール殿を諦め切れなかった女性はジェラール殿を探し出し、あろうことか別の女性と抱き合っているところに遭遇した、と」
いわゆる修羅場ですわね。ちなみに何故私が知っているかといいますと、それが我が家で起きた出来事だからですわ。あの時は本当に恐ろしかったです。
「激怒した女性は実は森の魔女で、魔女は正体を現し浮気者のジェラール殿に呪いを掛けようとした」
「そうでえーす」
「だが魔女は、ジェラール殿の『君が嫌いになった訳じゃない。今でもちゃんと好きだ』という言葉に直前になって迷い、呪いの狙いがぶれて影から見守っていたジゼル殿に向かっていってしまった」
「とばっちりだしい〜、サイテー」
口調はあほですが、私は思い出して凹んでおりました。するとテオ様が、書き付けを見ながら私の頭をぽんと撫でたではないですか。……お優しすぎて、ちょっぴり照れてしまいますわ。
「魔女はあまりのことに気が動転し、そのまま森へ逃げ帰ってしまう。慌てて捜索隊を出したペリシア卿だったが、見つけたのは採取したきのこに交じっていた毒きのこを食したと思われる魔女の遺体だった」
「びっくりでしょお?」
「翌日の食事の仕込みもしてあり洗濯物も干してあったことから、事故と断定。以降、解呪の為魔術師や祈祷師に診てもらったが治らず引きこもらざるを得なかった、と」
これまで魔術師や祈祷師に聞いた話をまとめると、編み物のように複雑に編まれた呪文を解くには、逆から解いていかないといけないのだそうです。
編み目を理解しないまま無理に解くと絡まってしまい、頑固な呪いに変わってしまうことがあるのだとか。
森の魔女はとても優秀な魔女だったそうで、かなり気合いの入った呪いを瞬時に唱えることができたそうです。複雑に編まれた内容を知るのは、亡くなってしまった彼女ひとり。
下手くそな呪いでしたら、解呪も簡単だったらしいのです。編み目がガタガタですからね。世の中の大半の呪いはその部類だそうですが、「今回は不運でしたとしか」と、代金も受け取らずに帰られる始末。参ってしまいますわ。
「そしてジェラール殿は、現在も懲りずに遊び回っている、と。跡目がそれで問題ないのか?」
ズバリ聞きにくいことを聞いてきますわね。ですがここまで家族の恥部を晒したのなら、もう全てお見せ致しますわ。
「問題ありありだしい〜。お父様はあ、アタシにお婿さんを掴まえてえ、跡を継がせたくってえ……」
なのに社交界デビューも果たせず、婚約者候補には逃げられ。このままではいき遅れと呼ばれる日も近いのです。
テオ様は真顔で書き付けに「婿養子が必要」と書いていらっしゃいますけど、その情報いります?
テオ様はくるくると書き付けを丸めると、背広の内側にしまい込みました。
「よく理解した。じっくり観察と実験をしていこうと考えていたが、どうやら事は急を要するらしいな」
実験する気満々だったのですね、テオ様。
「ならばここは魔法省長官の名にかけて、必ずやジゼル殿の呪いを解くと誓おう」
だから安心するがいい。
低めの聞き心地のいい声で言われて、私はこの二年間で初めて安堵というものを感じたのでした。
◇
私の呪いの解明には、まずは検証が必要。
どういった時に呪いが発動し、どの部分に影響があるのか。それらを探る為、数々の魔道具やテオ様自身の魔法も駆使して、それこそ実験体さながら色々と調べていただきました。
結果分かったことは、私の脳には影響が及んでいないこと。私が声を発する度に喉の辺りに魔力が集中していることから、この呪いは言葉に出す瞬間にあほ口調に変換されてしまう呪いだと判明致しました。
「ジゼル殿が書く内容があほ口調でないことからも、これは確実と言えるだろう」
「やったあ、判明すごおい!」
この御方の口から「あほ口調」の単語が出てくると違和感しかありませんが、本人は至って真面目なので笑う訳にもいきません。
「テオ様あ、これ、今日中に決裁して〜って言われた分だからあ」
「ああ、分かった」
呪いがどういったものかが判明するまでのひと月、私は毎日魔法省の長官室にお邪魔させていただいたのですが、まずは驚いたのは――。
「テオ様あ! ゴミはこっちだって言ってるしい!」
「あ、ああ、すまん」
ひと言で言い表すならば、汚部屋。壁一面の本棚はまだいいですが、床に積まれた魔導書は足の踏み場もないまま、開かれた状態で床に転がっています。
更には、一体何日宿泊しているのでしょう。脱いだ服の山に、ゴミ箱から溢れ出したゴミの山。その中から黒い例のあの虫が出てきた時は思わず叫びましたが、テオ様に瞬時に炎の魔法で焼き尽くしていただきました。……その前に溜めないでいただきたいんですけどね。
テオ様には当然秘書官様もいらっしゃるのですが、少なくとも私が来てからの間は一度も中に入れていただけていませんでした。後に聞いたお話ですと、あちこちに散らばった魔導書や書き付けを勝手に動かされて以来、出禁にしてしまわれたとか。
……あれらの場所、決まっていましたのね。
テオ様は研究に夢中になると飲食も忘れておしまいになるのですが、没頭すると部屋の外から声を掛けても返事もしないそうです。聞こえていらっしゃらないようですわ。
なので、秘書官様が持ってこられた食事は置きっぱなしで冷めていくまま。そんな時、困り果てていた秘書官様がお気付きになられたのです。
「部屋の中に入ってる人いるし」と。そう、私です。
「ジゼル様、ああ本当に貴女がいらしてくれてよかったです!」
と涙ながらに毎回受け渡される食事に、決裁待ちの書類。これまでとてつもない苦労をされていた片鱗が見え隠れして、「任せてだしい〜」とつい言ったら、とうとう本格的に泣いてしまわれました。お労しやですわ。
テオ様は、私の状態を調べたり実験をした後は、ご自身の考えに没頭してしまわれます。その間、私はすることがございません。
ですがここで思いついたのです。引きこもりであった私には、得意になったものがございました。
そう、整理整頓という名の分類です。
発端は、我が家の古い書庫にある本が種類別に並べられていなかったことから、次巻が見つからず大掃除を始めたことでした。歴史は歴史、魔導書は魔導書、物語は物語の場所に分類した結果、とても見やすく探しやすい書庫になりましたの。
長官室の床が汚泥のような混沌とした状態になっているのは、この分類がなされていないから。原因を見抜いた私は、テオ様の了承を得て本棚の分類を始めたのです。だって、暇なんですもの。
それに。
長官の大きな執務机に肘を突いてパラパラと魔導書をめくるテオ様の美しいお姿を、脚立の上から眺めることができるこの幸せ。
テオ様が時折私が生存しているか確認するが如く探される眼差しも、ツボなのです。「あ、いた、よかった」という表情がありありと分かるのですもの。
勿論研究対象としてというのは理解しておりますが、これまで孤独に過ごしてきた私にとって、誰かと同じ空間でずっと過ごすことが堪らなく嬉しかったのです。たとえそれが空気のようにしか思われていなくても。
コンコン、と扉が叩かれました。
「はあ〜い」
急いで脚立から降りようとしたら、脚立がぐらついてしまいました。危ないと思った瞬間、私の身体がふわりと宙に浮きます。
私の下に歩いてきてゆっくりと落ちてきた私を逞しい腕で受け止めたテオ様のお顔を、直視することができません。
「あ、あの、ありがと〜……だし」
「たまたま俺が見ていたからいいようなものの。気を付けるんだぞ」
「は、はい……」
実はつい先日も脚立の上に乗ったまま本に夢中になってしまい、同じように落ち掛けたことがありました。その時も同じ台詞を聞いたのですが……いいえ、たまたまですわよね。
ふわりと床に下ろされた私は、扉の前で待っていらっしゃるであろう秘書官様の元へと急ぎます。
「お待たせえ~」
「ああジゼル様! こちら、お昼のお食事となります」
それで、と秘書官様が少し恥ずかしそうに目を伏せるではないですか。何でしょうかと思っていますと。
「こ、これ……甘い物、お好きだといいんですが」
「わあ! おいしそーだしいっ!」
秘書官様が渡して下さったのは、可愛らしい袋に入ったクッキーでした。喜んで受け取らせていただくと、突然秘書官様の顔色がサッと青くなります。どうされたのでしょう?
「……毒味する」
「ど、毒など入っておりませんがっ」
「念には念をだ」
いつの間にか後ろに立たれていたテオ様が、眉間に皺を寄せながらクッキーをひとつ摘みました。そのまま匂いを嗅ぐと、口に含みます。
もぐもぐとしばらく咀嚼した後、クッキーの袋ごと持っていってしまわれました。
「ジゼル殿、食後に二人で食べようか」
と仰られて。
何故か秘書官様は肩を落とされているようですが、どうされたのでしょうか。
「ジゼル殿、食事にしよう」
「はあ〜い」
テオ様が中へと戻っていき、私をお呼びになられました。
「ジゼル殿の読んだ本の話を聞かせてくれ」
「そんなんでいいのお〜? 全然いいしい〜」
テオ様は、私が読んだ本についての感想や考察を聞かれるのが楽しいらしいのです。私個人の感想などあまり参考にならないとは思うのですが、
「これまで自分の興味に熱中して、他者の意見を聞いてこなかったのだ。君の意見は俺では考えつかないので毎回発見があって楽しい」
と仰っていただけるのです。私を励まそうとしていらっしゃるのでしょう。
でも、不思議なものですね。
呪いは解けていないというのに、最近はあまり気にならなくなってしまったのです。
解呪をお願いしている立場からしたら、いけないことなのでしょう。
でも――呪いが解けたら、私がここにいる意味はなくなってしまいます。
私は狡い人間なのだと自覚した瞬間でした。
◇
テオ様と共に過ごすようになり、三ヶ月が経ちました。
長官室の本棚分類は半分ほど進み、床も半分ほど見え始めています。テオ様に書類管理も頼まれましたので、今ではすっかり秘書官見習いですわ。元引きこもりの私が、おかしなものですわね。
テオ様の考察は、かなり進みました。結果、呪い自体を無効化にするよりも、設定された解呪方法を実行した方が危険が少ない、とテオ様が判断されたのです。
なんと、森の魔女は解呪方法も用意していたらしいのですわ。それを教えてから逃げて下さればよかったのですけどね。
無効化にはまだ研究が必要ですが、解呪条件は魔法を読み解き判明したのだとか。さすがは魔法省長官ですわ。
そんな時、テオ様が突然私に質問をしてきたのです。
「ジゼル殿は、意中の男性はいるのか?」
「へっ?」
コホン、とテオ様が咳払いをする。
「これは呪いの解呪に必要な情報なのだ」
「意中って言ってもお……」
「ここで聞いた話は外には漏らさない」
そうは仰られても、正直に言えるものと言えないものがございます。
目の前には、王命により私を研究対象とし呪いを解くべく日々努力されていらっしゃるテオ様。
優しく聡明なテオ様のいつも真っ直ぐな緑色の瞳に惹かれてしまったのは、一体いつからだったのでしょう。研究に没頭する姿を見て、支えてあげたいと考え始めてしまったのは。
何故妻帯されないのかと聞いた時、「婚約者がいたのだが、研究に没頭している間に愛想を尽かされた。以降、求められても応えられないからと断っている」と仰ってました。
テオ様にとって、研究が恋人なのです。私は、研究対象であるからこの部屋に入ることを許されております。ですが、私の呪いが解かれたら?
……言えるでしょうか。テオ様の困った顔しか思い浮かびません。
ですが、何も答えないことはこれまで費やしていただいた時間に対しあまりにも不義。嘘を吐くことも考えましたが、――でも……どうしようもなく惹かれているのです。裏切りたくはなかったのです。
ですから、私は言葉を選びました。あほ口調に想いが乗らないよう、細心の注意を払いながら。
「アタシい、好きな人いるけどお……」
「いるのか……」
何故か意外そうなテオ様。引きこもりでしたからね、そう思われても仕方ありません。
「でもお、絶対叶わないからあ」
「……叶わない? それは何故だ?」
本人に聞かれたくはありません。困らせるだけの言葉を口にできるほど、私は口調とは違ってあほではございませんの。
「ダメなものはダメだしい……」
すると、なぜかテオ様は突然立ち上がり、私に詰め寄り始めました。
「なぜだ! あほ口調で幻滅されているのか!」
いいえ、ちっともされておりません。いつも私のあほ口調の先にある私の本意を汲み取って頂けていただける、唯一の御方ですわ。
私が首を横に振ると、テオ様が奥歯をぎり、と噛まれました。
「……ジゼル殿、解呪の方法なんだが」
何故か辛そうにボソボソと呟かれるテオ様。
「それってなあにい〜?」
「……呪いをかけられた者が、心から好いている相手に愛を乞い、キスを返してもらう。するとあほ口調の呪いは解呪される筈だ」
「……!」
なるほど、森の魔女が考えそうなことだと思いましたわ。他の女性に目を向けてしまった兄様に再び一番にしてもらう為、必死で考えた呪いだったのですね。
テオ様に告白をして、キスをしていただく。
もしそれができるのならば、私は一生その思い出を抱えて生きていくのでしょう。
叶わなかった恋の、胸の痛みと共に。
「ア、アタシ」
テオ様が、懇願するように私の手を両手で包みました。
「ジゼル殿の事情は、俺からその男に全て話そう。ジゼル殿には辛いかもしれないが、呪いを解くには必要な情報なんだ。だから頼む、どこの誰なのか、俺だけに教えてくれないか」
必死なテオ様を見て、私は罪悪感に苛まれました。
テオ様は、王命を受けてこの三ヶ月間私の研究をなさってきたのです。
ここで話してしまったら、テオ様はきっとキスをして下さる。だって、それがテオ様のお仕事なのですもの。
……そんな悲しい失恋がありますでしょうか。
意図せず、涙が溢れ出してきてしまいました。
「ジ、ジゼル殿……っ」
ああ、この御方を困らせてしまっているのは私の我儘のせい。テオ様は国王陛下のご命令でここまで私によくして下さったというのに、恩を仇で返すような所業は、侯爵令嬢の風上にも置けません。
「テオ様あ……っ」
「な、何だ!」
「陛下にはあ、ジゼルの協力が得られなかったとお、説明してよお〜」
「は……?」
驚いた表情のテオ様。分かっております。あまりにも身勝手な私の主張に、呆れ返ってしまわれたのでしょう。
「無理い……無理だしい……っ」
「ジゼル殿……待っ」
私は逃げるように部屋を飛び出しました。
泣きながら長官室から出てきた私を見て驚いた秘書官様が、急ぎ馬車の手配をして下さり。
そして私は再び、引きこもりに戻ったのでした。
◇
魔法省から逃げるように帰ってきてから、どれくらいが経ったでしょうか。
最初の数日は何度かお父様が私の部屋にいらして、「長官閣下がジゼルに会いたいと仰っているのだが」と仰りました。
お忙しいのにわざわざいらして下さったとお聞きし、居た堪れない気持ちになりましたわ。
ですが、私が次にテオ様にお会いしてしまったら、もう後はございません。
残酷なキスなど、いらないのです。そんなものをいただくくらいなら、一生お会いせず楽しかった日々だけを思い出に生きていきたい。
……ですが、あのお兄様です。お父様が儚くなってしまった時、お兄様にこの家を支えていくことができるでしょうか。
――無理ですわね。
でも、私が何とかせねばというのは理解していても、心が追いつかないのです。
考えるのは、あの御方のことばかり。心と身体がチグハグ過ぎて、おかしくなりそうです。
「テオ様……っ会いたいしい……っ」
床の本は増えていませんでしょうか。
書類を溜めて秘書官様を困らせていませんでしょうか。
お食事はきちんと取られているでしょうか。
今となっては夢のように幸せだったあの穏やかな空間に、最早私の居場所などありません。なのに、時折目が合うと微笑んで下さるテオ様の姿が、どうしても忘れられないのです。
あの笑顔が困惑に変わる姿を、見たくないのです。とてつもなく怖いのです。
私は臆病者なようです。今なら、何故森の魔女が呪いを外したのか分かる気がしましたわ。
そんなことをしても、相手の気持ちが自分に戻ってこないのが分かっていたから。だけどそれが証明されるのを見たくなかったからなのではないでしょうか。
私の場合は、私の恋心が本物なので告白してキスをしていただければ解呪できます。
ですが、テオ様の優しいお顔の中に、憐憫の色を見たくないのです。これは仕事だと、これで終わるのだという事実を。
――私は、この恋の終わりを言い渡されるのが怖いだけなのですわ。森の魔女と何も変わらないのです。
そんなことを考えては涙を流しておりますと、私の部屋の扉が突然叩かれました。
返事をせずにいると、カチャリと扉が開かれていきます。
ひょっこりと顔を覗かせたのは、何故か服がよれているお兄様でした。普段は身だしなみはとても気をつけていらっしゃるのに、どうしたのでしょう。
「入るよ、可愛いジゼル」
「お、お兄様……?」
どういった風の吹き回しでしょう。お兄様はお優しい方ですが、気を遣われたのか、呪いの後は必要以上に私に関わろうとはしてこられなかったのですが。
お兄様は私が寝そべる寝台まで来ると、軽く腰掛けました。そっと手を伸ばし、私の頬に流れた涙を掬います。
「こんなに泣いて。一体どうしてそんなに悲しんでいるのさ」
「い……言えないしい……っ」
すると、お兄様は顔を綻ばせました。……よく見ると、シャツのボタンがなくなってボタンのあった場所が破れているのですが。
「ジゼル、僕は恋愛に関しては百戦錬磨だよ? 相談するにはいい相手だと思うけど」
……確かに仰る通りですわ。他はダメダメでも、こと恋愛に関してはお兄様の右に出る者はおりません。なんせ魔女まで落としてしまうのですから。
「……誰にも言わない〜?」
「うん」
お話ししたら、この気持ちにも少しは整理がつくのでしょうか。長官室を整理整頓したように、少しずつでも。
「……アタシの呪い〜、好きな人に告白してえ、キスしてもらったら解けるんだってえ〜」
「へえ? それでジゼルは誰か好きな人がいるのかな?」
私はこくんと頷きました。
「でもお、脈なしだしい、お情けでキス? 虚しくってえ……」
「なるほど、義務でキスしてもらうのがジゼルは嫌なんだね」
「そういうこと〜」
そうかそうか、とお兄様はしきりに頷いていらっしゃいます。更によく見ると、髪の毛も乱れてますわ。……本当にどうされたんでしょう?
「ちなみにジゼルは、いつの間に恋をしたのさ? ずっと家に引きこもっていたのに」
「……自然に好きになっちゃってたしい……」
お兄様が、私の頭を優しく撫でました。
「相手はなんでダメだと思ってるのかな?」
「だってえ……」
言おうとして、悲しくて涙がポロポロと溢れます。でも、口にすればスッキリするのでしょうか。
「アタシい、ただの研究対象だしい……っ」
お兄様の目が、穏やかな弧を描きました。意味が分かりませんわ。
「好きって言ってえ、困った顔されるの、めっちゃ嫌〜……」
「やっぱり相手はあの方かあー」
何故かお兄様がくすくすと笑い出します。
「ジゼルの想い人は誰だって凄い剣幕で来られてね」
「? どゆことー?」
「ジゼルの告白を断るなんて許し難い所業だけどジゼルの傷は自分が癒してみせるとか、僕に必死に言われても。僕はジゼルじゃないのに」
「……お兄様〜?」
お兄様はゆっくりと立ち上がると、部屋の外へと歩いていきました。
「君たちに必要なのは、言葉に出して伝え合うことだよ」
君……たち? どういう意味でしょうか。
ポカンと見守っていると、お兄様は扉の影に手を伸ばします。
すると、引っ張られてきたのは黒いマントを纏う腕。
「誠心誠意相手を口説くのさ。それが恋愛成就の秘訣だよ」
お兄様は、慌てた様子のテオ様を室内に押し込むと、扉をパタンと閉められていってしまいました。
何故テオ様がここに。
そして私は気付いたのです。
先程の言葉を聞かれていたのでは、ということに。
「テオ様……っちょっとやだあっ! 聞いちゃってたのお!」
テオ様は、何故か驚いたお顔で答えます。
「き、聞いた」
「うっそお〜」
テオ様が、一歩近付かれました。
「……自惚れでなければ、ジゼル殿は……」
そこまで言ってから、何故かテオ様は突然ご自分の頬をパン! と叩かれたではないですか。
「テ、テオ様あっ?」
テオ様は寝台の横までくると、床に膝立ちして私を見つめます。
「いや、俺から言おう。……ジゼル殿」
「は、はあ〜い」
こんな時にも真剣味が薄れる、あほ口調。
「俺はこれまで、恋をしたことがなかった。研究をしている時が一番幸せで、恋人など不要だと思っていた」
……今私は一体何を説明されているのでしょうか?
「だが君と過ごすようになり、君との何気ない会話、ふとした仕草の愛らしさ、細やかな管理に居心地の良さを覚えた」
……細やかな管理。確かにしておりましたわ。私、分類は得意なのです。
「俺は卑怯者だ。このままこの時間が続けばいいと願い、解呪方法はとっくに分かっていたのに君に伝えなかった」
「……えっまじ〜?」
テオ様は、私のあほ口調にも真摯に頷かれました。
「呪文を解けば、見知らぬ男にキスされるのをみすみす見なくても済む。そう思って粘っていたのだが、国王陛下から進捗を聞かれてな。……ジゼル殿の為にさっさと解呪してあげなさい、と」
そんなことがあったのですね。ちっとも知りませんでした。
それにしても、先程から「まさかな」と思う発言がチラホラと聞こえてくるのですが……。いえ、自惚れてはなりません。期待すればするほど、傷付くのは自分なのですから。
「だが……あの日から君が俺の前からいなくなり、俺は自分でもおかしいと思うくらいに動揺した。同じ空間にジゼル殿がいない喪失感に耐え切れなかった。そして気付いたんだ。この気持ちの正体に」
何でしょう。ですが、テオ様は何度も口を開いては閉じてを繰り返すだけで、次の言葉が聞こえてきません。
私は、気になっていたことを尋ねることにしました。
「どうしてお兄様とお?」
テオ様が苦しそうに微笑する。
「ペリシエ卿に、ジゼルの想い人に心当たりはないか尋ねたのだ。だが分からず、もしかしたら兄君なら何か気付いているかもと言われ、必死で探した」
「よく見つけたねえ〜すごお〜い」
王都中に恋人がいるお兄様ですからね。ですが、それであの弾け飛んだボタンの意味が分かりましたわ。
「女の元から無理やり引き剥がしてきたので多少乱暴になってしまったが、俺の話を聞く内に『答えは目の前にあるのに』と笑っていてな。俺にはさっぱりだったのだが」
「恋の百戦錬磨だしい」
「だな。ということで、ジゼルから聞き出すから隠れて聞いていてと言われ……盗み聞きとなってしまったが……」
しょんぼりと肩を落とすテオ様。私の解呪の為に、文字通り王都中を駆け回って下さったのですね。
ここまでしていただいたのに、いつまでもクヨクヨとしている自分が情けなくなって参りました。
テオ様が、意を決したように真剣な眼差しを私に向けます。
「――ジゼル殿。俺は貴女が」
私はそっと指先をテオ様の唇に置いて、言葉の続きを止めました。
だって、私ばかり逃げていて情けないではないですか。
「テオ様あ。アタシ、テオ様が好きだしい〜……っ」
すると、テオ様の瞳がどんどん潤んでくるではないですか。
さあ、言うのですジゼル! 私は自分を鼓舞しました。
「キ、キスしてほしいしい〜……んむうっ!」
突然私の手首を掴んだテオ様が立ち上がったかと思うと、私に抱きつき私の唇を塞いだではないですか。
――テオ様の唇で。
すると、喉の辺りから何かが抜けていく感触がありました。これはまさか。
ゆっくりと唇を離されたテオ様が、赤いお顔をして私にお尋ねになります。
「……ピンク色は消えたが、どうだ?」
「の、呪いが解けましたの?」
声に出した瞬間それは証明されました。
私は笑顔になると、テオ様に伝えます。
「テオ様! 私、元に戻っていますわ!」
「うん」
すると、今度はゆっくりとテオ様のお顔が近付いてきました。もう解呪は終わったのに、これってまさか。
触れ合う直前、テオ様が仰りました。
「愛している。ずっと傍にいてくれ、ジゼル」
「……!」
私のあほ口調の先にある、私自身を見て聞いて下さっていたテオ様。私も、そんなテオ様を心からお慕いしております。
再び重ねられた唇のせいでその言葉は出ませんでしたが、私は返事の代わりに、テオ様の身体にそっと身を預けたのでした。
こちらは後日談ですわ。
テオ様の正式な婚約者となった私は、その後も魔法省でテオ様をお助けしていくことになりました。
秘書官様が複雑そうなお顔になられていましたが、お仕事を奪うつもりはないとお話ししたところ、「ご婚約おめでとうございます」と仰っていただけました。今はお仕事のお話だったと思うのですが……?
テオ様は婿養子となって下さることが決まり、お兄様は相変わらず浮名を流しております。
山の魔女に手を出してしまい私が今度は【雄ッス口調の呪い】をとばっちりで受けたりと色々とありましたが、テオ様は「時間はこれからたっぷりあるからゆっくり研究していこう」と仰って下さいました。
「テオ様、オレ、幸せッス」
「俺もだよ、ジゼル」
テオ様と手を繋ぎながら歩んでいく人生をもらえたのですもの。
呪いも案外悪くないものですわね。
面白かった、と思われましたら、是非ブックマーク/評価をいただけるとありがたいです。