スキンヘッドの男
スキンヘッドの男は凄腕の殺し屋だ。年齢不詳、出身地、経歴も不明。名前すら持たない。
フリーランスで活動しているが、今は警視庁の刑事と密約を結び、非合法な裏の仕事を請け負っている。
5分で読める短編小説です
出勤前の早朝、林は場末のうらぶれた通りを歩いていた。
そこは軽自動車がやっとはいれるような幅員二メートルにも満たない細い路地で、道路に面し住宅は隙間無く建ち並び、頭上を無計画な電線が縦横無尽に張り巡らされている。閉塞感たっぷりの区画に、朝またぎの空は狭く見えた。都会を根城にするカラスが鳴いている声はやけに近い。
近頃は行政、民間を問わず、防犯カメラの普及は急速に増えた。だがこの一角は、そんなセキュリティが及ばぬ暗所に思えた。
林はスタンド看板を見つめ、「ここだな」と呟き、小ぢんまりとしたレストランの前で足を止めた。
店は煉瓦作りの瀟洒な洋風建築のツラ構えをしており、その雰囲気から味に妥協しない名店らしさが伝わってきた。入口の脇にはプランターの鉢が置かれ、緑のツルを伸ばし沢山のアサガオが咲いている。窓はマジックミラーによって中の様子は分からなかった。
取り敢えず準備中の札はないが、こんなに朝早くから営業してるのか、と林はやや控え目に店のドアを開けた。
思いと違って店内には食事をもてなす家庭的なぬくもりがあり、「いらっしゃいませ」とまた直ぐに、よく響くウエイターの声が飛んできた。
林は、そのサロンスタイルの青年に目礼を返すと、中の客を探した。
一目でわかる禿頭といい、山のような巨体が十坪足らずの店にあって、ひときわ異彩を放っている。さながらその後ろ姿は山頂にのぼった満月のようである。目当てのスキンヘッドの男は黙々と食事をしていた。
林は咳払いして向かいの席に座った。その途端渋い顔で言った。
「おいおい、朝からステーキかよ、どんな胃袋してんだ」
肉厚な赤みを均等に切り分け、鉄皿から口へと運ぶ腕の動きは、食事を摂るというよりは流れ作業を見ているようだった。
付き合いは古く、その丸太のような腕だけじゃない、胸や肩もまた一回り大きくなったような気がする。力士のような押し出しのいい体格をしていても、肥満はちっとも感じさせず、男らしい太い眉に目鼻立ちははっきりとし、頬や顎にたるんだ肉はなくシャープだ。
──そりゃあこの筋肉達磨ならあり得るか、と林は疑問を引っ込めた。
「頼まれたものはこれだ」
そう言って建築確認に使うビルの見取り図をテーブルに広げた。
「事務所は四階だ。金庫は奥の部屋にある。権利書もそこだろう」
男は満足げにたいらげ、紙ナプキンで口を拭いながら図面を覗き込んだ。
「ガスの配管はどこだ?」
「ガス──? ええと、多分ここだ。でもそんなもんどうする?」
指差した箇所に一瞥くれると、今度は几帳面に食べ終えたナイフやフォークを拭きはじめた。そして話題を変えるように「あの姉妹はどうした?」といった。
「ああ、元気だ。今は祖父母のところに身を寄せている」
「そうか。よーし」
そういった瞬間、明らかに男の雰囲気が変わった。野獣が狩りに出る精悍な殺気をまとった。林は思わず声を飲んだが、遅れを取らないよう気を張った。そして周りに目を配り、鞄から紙包みを取り出しテーブルに置いた。
「持ってけ、押収品だが足がつかないよう手は回してある」
「なんだ?」
「チャカだ」
「ふんっ」
男はそっぽを向いてしまった。
「単身乗り込むのに無謀だ。相手を侮るな、あの大友組だぞ」
「俺の心配はいい。それよりあんたは後始末をしっかりやれ」
そう言い捨てると席を立った。
「おい、待て!」
「まだなんだ?」
男は長身から見下ろし声を荒らげた。
「たまには野菜も食えよ、肉ばかりじゃ体に悪い」
ふんっ──と歯牙にも掛けず、スキンヘッドは店を出ていった。
◇
ドスの利いた男達の罵る声はビルの外にも漏れている。通行人は足を止め、怒号がする階を唖然と見上げていた。
スキンヘッドのショルダータックルによって壁に挟まれ、男は失神した。骨が砕け内臓も損傷したに違いない。
「手前ェ、この野郎ー!」
五人の組員は血相を変えスキンヘッドを取り囲んだ。またその様子を、なんら動じることなく隅のソファーで足を組み、傍観している男がいる。
正面と左側の若いのがあいくちを抜くと、不意に背後の恰幅のいい男が腰に巻きついた。
「今だ、かかれ!」
だが鈍い音を残し、男は床にひれ伏した。ハンマーのような肘鉄を脳天に食らい伸びてしまった。
思惑が崩れ、男たちは足をすくめた。その間隙をついて、スキンヘッドは上体を屈伸しながら突っ込み、地を擦るように下から右拳を振り上げた。ガツンと顎をとらえ、相手の男はひしゃげた声を漏らし、窓の方まで飛んでいった。
それを横でみていたリーゼントは襟首を掴まれ、抵抗することはもちろん、直撃を免れずスチール机で額を割った。
誰一人起き上がるどころか微動だにしない。
目に余る猛攻に、残った二人のチンピラは、ひぃー、ひぃーと言って縮みあがっている。まるでヒグマに遭遇したかのように総身の血が凍る思いだった。
「ちくしょうー!」
やぶれかぶれにあいくちを振り回していった。難なくスキンヘッドは相手の腕を掴み、子ども扱いして軽々担ぎ上げると、鐘をつくように放り投げた。男は顔面を強打し、白い壁に鮮血の花を咲かせた。
「おい! じゃあこいつを喰らえ!」
最後に残った男は、両腕を伸ばし拳銃を構えた。
それを見て、ソファーの男は怒鳴り声をあげた。
「おいバカ、よせっ! やめろー!」
閃光が散り轟音がビルを揺らした。爆風によって窓ガラスは飛散し、白煙を噴いて瞬く間に建物は呑み込まれていく。
「おいおい、街中でなにやってんだ、戦争でもする気かよ」
ビルから少し離れた場所で、林は気が気じゃなかった。
間一髪大友は、奥の部屋へ移りガス爆発から難を逃れていた。そしてそれはまた、スキンヘッドの男も同じである。
両者は向かい合っていた。スキンヘッドの方は先ほどまで激しい立ち回りをしていたとは思えないほど涼しい顔をしており、対照的に大友は、険しい顔で相手を睨みつけている。
「噂で聞いたことがある。どんな修羅場も傷一つ負うことなく素手で制するプロがいる」
大友の手には、抜き身が握られている。
「それはお前のことだろ」
「当たらずとも遠からずと言っておこう」
スキンヘッドはさばさばこたえた。相手を蔑視するかのように不遜な目付きをしている。
「殺し屋のくせに世直しのつもりか。お前のやってることは俺達ヤクザと変わりねえ」
大友は靴を脱ぎ刀を構えた。吸い付くように素足を着け、ややがに股に足を開き、姿勢を傾け両腕は垂らし必殺の突きを出す、その構えは我流に違いないが、並々ならぬ剣の使い手であることは明らかである。
「こんなことをして只で済むと思うなよ。いいか、お前がこのビルを出る時は、手足も胴体もバラバラになって、汚えゴミ袋に詰め込まれ肉塊になってからだ」
スキンヘッドは薄ら笑いを浮かべた。鋭く光る剣も、大友の嚇しも意に介さない。首を鳴らし、不敵に手招きした。
「御託はいい。来い、地獄をみせてやる」
大友はじわじわ距離を詰め、胸板に狙いをつけた。
──奴は剣を突く瞬間、右か左かどちらかに飛ぶはずだ。だが突いたと見せかけ一呼吸タメを作り、動きを見極め本命を叩き込む。
この突きは絶対にかわせない、二段構えだ。
大友は足を送り軽捷に穿った。とまた素早く足を組み換え、もう一歩さらに踏み込んだ。
その切先は金切り音をたて、相手の肩の上を走り抜けた。よく見ると、逸れた剣の刃はフォークの又に挟まっている。
面食らっている大友の脇腹に、素早くステーキナイフが刺し込まれた。胃の腑をさぐり、二度、三度えぐり返してから引き抜く。スキンヘッドは無慈悲な鬼のような手練を極めた。
それから部屋の金庫を漁り、裏口の非常階段へ向かった。助けを求め、壊れた玩具のようにのたうちまわっている大友には目もくれなかった。
◇
林は室内の惨状を眺め、軽い倦怠感におそわれていた。
──好き放題やりやがってあの馬鹿野郎。半殺しはともかく、ビルを吹き飛ばすなんて聞いてねーぞ。
虫の居所が悪く、腹を立て歯軋りした。
「おい、大友の容態はどうだ?」
「はい、随分苦しんだようですが持ち直しました。ところで林管理官──」
部下が訊いた。
「また例のスキンヘッドが目撃されています。どんな局面も無傷で切り抜けるというあの噂の男です。これも奴の仕業では?」
しかし林はずっと腕組みをしたきり、何も答えなかった。
──無傷か……。
うーん、怪我ない。
ん? 毛がない──?
そうか! だからあいつはスキンヘッドなのか。
オチはダジャレですけと、ハイライトはフォークとナイフです




