第一章 海洋研究所 6 馬子にも衣装
そうだ、私は空腹だ。
3日も寝続けていたのだから。
ヴァシリス様は、オランに部屋を追い出されて、
私は着替える事になった。
「姫さまのお召し物は、お屋敷から届けていただきましたので、これにお着替えに」
眠り続けている間に、取り寄せてくれたようだ。
「オラン、ありがとう。
あの、この寝着、ヴァシリス様のでしょうか?
どうやって着替えを、、、」
聞きたくないけど、確認しなきゃ。
「3日前の深夜に、坊っちゃまが、顔色を変えて、姫さまを抱えて、こちらに、お連れになったのです。
お医者様をお呼びして、その間に、私が姫さまのお着替えを失礼しました。
離宮は私以外に、女手がないもので、。
寝着は、坊っちゃまのために準備してあった新しいものですから、お気になさらずに。」
オランが着替えさせてくれたんだ。良かった。
着替えながら、オランと久しぶりのおしゃべりだ。
「ヴァシリス坊っちゃまは、姫さまが、研究所に来られるのを、それはそれは、ずっと楽しみに待っておられたのですよ。」
そんな風には見えなかったけれど、人手不足だったのかしら?
ヴァシリス様が最高位の超特級ヒーラーとは言え、特級ヒーラーが3年も不在だと、ヒーリングは大変だったはず。
しかし、あの物言いは、王子と見積もっても、腹が立つ。
頬を膨らませて、ふくれっ面になっている私にオランが、クスクスと笑う。
「坊っちゃまが、気を許して好き放題におっしゃるのは、姫さまだけですからね。たしかに、悪ふざけが過ぎますが、嬉しいのですよ。」
「わかっているのですが、ご聡明だからこそ、言葉が、冗談でも辛辣なのですよ。
幼い頃と違い、成人されて、辛辣さにより磨きがかかったような気がします。」
「王様の次に優秀な方ですからね。兄王子様方も、一目置いていらっしゃいます。
あのように、坊っちゃまと渡り合えるのは姫さまだけなのですよ。」
オランは、何度も笑いをこらえながら、話してくれるけど、
はあっと溜め息をついてしまった。
王子様にたてつく人なんて、いないよね。
それに王子の中では最も真面目で頭の良さは桁違いにダントツだった。
しかも物言いは王子言葉だから、上から目線で、命令調にはなるし、昔からこんな感じだったし、今更怒っても仕方ないんだけど。
でも、お母様は、お着替えを用意する以前に、
何故迎えに来てくれなかったんだろう。
お母様も巫女だから、思うところもあるのかな?
考えるのは、やめにしよう。
お母様が準備して下さったドレスは、初めてみるものだった。新しく作ってくださったのかな?
離宮にふさわしいシンプルで上品なものだった。
深い海のエメラルドグリーンに、サンゴの花のように、小花のレースが散りばめられている。
海近くで過ごせるように、丈は足首までで、お昼時間に許される程度に胸周りが少しだけ空いている。私のヒーリングカラー。
「姫さま、お綺麗ですよ。
さっダイニングへ。」
ダイニングに着くと、ヴァシリス様は食事を取らずに待ってくれていた。
待ち時間を愉しむように、海外の論文を手に、楽しそうに読んでいた。
「姫さまがいらっしゃいましたよ」とオランが声をかける。
「ああ来たか」と顔をあげて、目を軽くみはった。一瞬、顔がほころんだ。
「ほう、馬子にも衣装だな」
カチン!
そう!このひと言が、カジキマグロなのだ。
オランが、笑いを堪えて私をチラッとみた。
食事の時くらい、口喧嘩は控えろ、という顔だ。
先に今回のお礼を言わなくちゃ、口喧嘩になる前に、微笑んで、言葉を選んだ。
「私も少しは成長していますから、、
ヴァシリス様、この度は、ありがとうございました。
ヒーリングエネルギーが無くなったとは言え、3日も仕事をほったらかしにして申し訳ありませんでした。」
「うむ、仕事は気にしなくて良い。あれだけのヒーリングができる特級ヒーラーは、今までいなかったのだし、
他のヒーラーなら10人で向かっても、今回の亀獣は助けられなかったろう。
ヒーリング後の回復期間は、全てのヒーラーの業務に含まれるので詫びには及ばぬ。」
「まあ、そうなのですね。安堵しました。」
「仕事内容を把握する前に、配属3日にして、
大ヒーリングをすることになったのだから、
仕方あるまい。少しずつ教えていくので、案ずるな」
「ありがとうございます。」
さあ朝ごはんだ、と席につこうとしたら、のたまった!
「まあ、礼を言うならば、
私が離宮まで運び、休養させた事の方が、
特例措置だがな。」
カジキマグロめ!
私の頬が膨らみ始める前に、オランが声をかけた。
「さあ姫さま、ご挨拶は済みましたから、
お席にどうぞ。
坊っちゃまも、読み物をお仕舞いになって。
お話は、朝食を召し上がりながらどうぞ。」
さすが、オラン、一触即発は回避された。
オランに感謝。
お読みいただき、ありがとうございます。
2人の気持ち、近づきそうです。