前世は吟遊詩人。ですが、今世は王女様です!
「おはようございます、エレナ様」
「……おはようございます……ルーナ」
朝日が差し込む、眩しい朝。空気も澄み切っていて、寒くも暑くもない。ちょうど良い気候だ。
朝でこの感じなので、昼頃には少し汗ばむような陽気になるだろう。
だが、気持ちの良い朝に変わりはなかった。
そんな中、メイドに起こされるほど惰眠を貪っていた者がいる。
エヴァー王国第3王女、エレナ・エヴァー王女である。御年10。
住居は当然、王城だ。しかし、彼女の部屋はその離れ。にある、小屋である。
部屋(小屋)はそんなに広くはないが、狭くもない。
ただ、家具はシンプルな物が多く、華美でない分、スッキリして見えた。
たった1人、控えていたルーナは何も言わず、エレナの身支度に取り掛かる。
エレナが好むのは華美ではないものだ。家具のチョイスも、彼女好み、と言えるだろう。
サラリ、と少しカールした金の髪に櫛が通される。
母譲りの美貌だ。
金の髪に青い瞳。
人形のような色合いと親譲りの美貌を持つのがエレナである。
しかも、賢く、勤勉である。
(あ〜あ、やっぱり、この髪は目立つよね。染めなきゃ、街に降りれないし、染めると髪が痛むのに……)
ただ、エレナ自身がそれを誇りの持っているかは別とする。
小屋暮らしをしているエレナだが、決して、放置されているとかではない。
その逆だ。
エレナには2人の兄と2人の同母兄姉がいる。異母兄姉はいない。
父である国王は母にベタ惚れらしい。なんでも、隣の国の王女であった母を無理やり連れ去ったとか……。
父は母に尻を敷かれているのだとか……。ちなみに姉さん女房である。
さて、1番歳が近い姉とも、5つ、離れているのだ。
歳の離れた妹。しかも、チョー可愛い。
そう、エレナは溺愛されていた。
両親、兄姉だけではなく、城に勤めている大臣や役人、執事、メイドからも。
エレナは城のアイドルであった。
本来なら、チヤホヤされて傲慢に育ちそうなところだが、エレナの場合はそうではなかった。
ご存じだろうか、エレナが1番最初に話した言葉を。
フルートっ!
それである。
パパでもママでも、お父様でも、お母様でも、お兄様、お姉様でもなく。
彼女の記念すべき第一声は、
フルートっ!
ただ、それだった。
さぁ、皆様はお分かりになるだろうか。
城のアイドル・エレナが城の本館から離れた、離れの小屋に住んでいる理由を。
「エレナ様、今朝も……?」
「ええ。当たり前じゃない」
なんとも言い表せない絶妙な笑みを浮かべ、彼女は差し出されたものを受け取った。
(ホント、これを手に入れるのに苦労したんだから。毎日続けないと、取り戻した意味がないじゃない。それをわかって下さらないなんて……お父様もお母様も酷いわ)
蓋を開けると、そこに入っていたのは……。
フルート
である。
(はあぁ〜。ホント、何度見てもいい。オークションに賭けられていたのは気に食わないけど、お陰で手元に戻ってきてくれたんだし、良かったかもしれないわ)
これは毎朝毎朝、思っていることである。
ルーナも変わらぬ主人にこっそりとため息をつく。
「ルーナ、何か言った?」
「いいえ、何も」
ルーナは何も言っていない。ただ、ため息をついただけである。
エレナのメイドがルーナしかいない理由。それはお喋りだったからである。
エレナは耳がいいのである。
しゃべってばかりで仕事をしない、煩い、悪口や噂ばかり……そんな感じで、どんどんエレナ付きのメイドは本館に返された。
最終的に残ったのが寡黙なルーナだったのである。
しかし、この小屋で2人で暮らし始めて早5年。
お互い、勝手はわかっていた。
現在時刻、8時。
早朝とは言えないが、まだまだ朝は早い。が、本日は休養日である。
エレナはフルートを構えると、そっと息を入れた。
フルートの音色が響き渡る。
音階練習から始まり、次々と音を奏でる。
そして、最高音を吹いたとき。
あちこちで、シャッとカーテンが閉められた。
そう、エレナが小屋で暮らしている理由。
それは、早朝から深夜までの騒音のためだ。
(は〜!最っ高っ!しかも今日は調子がいい〜!このまま城を抜け出して旅に出たいっ!)
……前世、というものが世の中にはある。
エレナは5歳になるまで、エレナであった。
が、5歳になった日の夜。
突然、高熱に魘され、3日3晩、苦しんだ。
そして、熱が引いた時。
エレナは、エレナだけれど、エレナではなくなっていた。
正確には、サラ・センドーとして生きた記憶があり、思考があった。
基本的には、エレナはエレナである。だが、時々、サラ・センドーがひょっこりと現れた。
サラ・センドーは吟遊詩人だった。
楽器を奏で、歌を歌い、旅をしていた。
さらに、驚くべきことに、サラ・センドーには未知の知識があった。
彼女はそれを、異世界、と言っていた。
どうやら、彼女は違う世界で生きていたが、突然、見知らぬ土地にいたらしい。
ただ1つ、楽器、そう、フルートを持って。
サラ・センドーこと仙堂沙良は14歳。中学校というところで、吹奏楽部、というやつに入っていたらしい。そこで、フルートを吹いていたらしいのだ。
その部活帰りだったらしい。この世界に来てしまったのは。
そこから楽器を奏で、旅をする吟遊詩人になった。観客は僅かながらの報酬をくれ、なんとか生きていくことができた。
が、18歳のある日。
突然、意識が消え、気づいたらエレナと一緒に高熱に魘されていた。
つまり、エレナの体には、エレナとサラの2人分の魂があるらしい。
そのため、時々思考が吟遊詩人のようになってしまうのだった。
エレナはそのまま小屋から出て歩き回る。
あちこちを、ただ心の向くままに。
ルーナはただ静かに、エレナの後に続く。
ただ、エレナが危険な場所に向かった時にはそっと方向転換をサポートしていた。
いつの間にか城に入っていたらしい。
高い天井をものとせず、ただ様々な曲を奏で、そして歩く。
城は複雑な作りになっており、普通なら迷子になって不安になるところだが、エレンの脳内に不安の2文字はなかった。
ただ、曲のことしか頭の中になかった。
幸いにも、ルーナは城の構造を完璧に暗記している。そう、隠し通路まで。
いざとなったら、彼女がどうにか連れ戻してくれるだろう。
そのことはエレナに不要なことを忘れさせるのに十分だった。
そして、フルートが出せる音域の中でも低い方の、ゆったりとした曲から一気に高音を使う曲に変化する。
そう、2オクターブほど一気に上がった。
エレナのフルート歴は合計、4+5で9。9年目になる。
かなりの練習量を積んできて、吹いてきたのだ。
始めたばかりの頃はこの時、どうしても濁ってしまったが、今ではクリアな音が出せるようになっていた。
そして通常の音域を超え、超絶高い音を連発する。
聞く方も辛いが、吹いている方もつらい。
ルーナは目を固く瞑り、耐えていた。が、エレナはお腹にめちゃくちゃ力を入れているし、耳はかなりヤバイしで、かなり物凄いことになっている。
カオスだ。
「エレナっ!」
バン、突然扉が開いたことにエレナは吃驚し、フルートから口を離した。
「……お父様」
徹夜明けらしく、目の下には隈ができていて、いかにも不健康そうだ。
顔色も悪い。
「どうされましたか?お顔の色が悪いです。子守唄でも吹きましょうか?」
エレナはしっかりと礼儀作法を身につけていた。
たとえ前世が一般人であろうと、吟遊詩人であろうと、心の中では言葉遣いが崩れていようと、ちゃんと切り替えはできた。
「いや、そうじゃない。その音は……」
「そうです!お父様、聞いてくださいましたかっ!?」
キラキラと目を光らせ、エレナは父王に詰め寄る。
「やっと、やっと、やっと!これほどクリアな音が出せるようになったのです!あの低音域からの超高音!今までの練習の甲斐がありましたわっ!」
「あ、ああ、そうだね。そうではなくて……」
興奮している娘をなんとか落ち着かせそうとする父。
「楽器の件ですか?メンテナンスは定期的にやっております」
「それは何よりだ……いや、違うんだ、私の言いたいことは……」
「ちゃんと朝5時以前の練習は控え、深夜12時以降の練習も控えておりますよ?」
「そうだな。約束を守っていて、エレナは偉いよ」
娘の勢いに飲まれかけている父。本題を見失ってきたいた。
「……あなた、何を勢いに飲まれているのです?それにエレナ。何をやっているのですか?」
冷え冷えとした、美しい声。
エレナはギギギ……と機械のように首を動かし、振り返った。
「……お、おお、お、おおか、おか、おかあお母様」
「だいぶ楽しい様子ね、エレナ。おかおかあお母様、だなんて」
フフフッと優雅に笑っているが、視線はは凍てついた氷のようだ。
絶世の美女と謳われた美貌がとても恐ろしく見える。
エレナと同じ、金の髪に青い瞳だが、エレナの可愛さに対し、お母様はひたすら美しい、だった。
美しい顔のまま怒る。
これほど怖いことが、あるだろうか。
「ねぇ、あなた、エレナさん。どういう事か……話してくれるわよね?」
「「は、はは、は、はい……」
その後、王の執務室にて王妃にキッチリ2時間、叱られました……。
さて、翌日。今日は平日だ。
早朝から、皆様お仕事をされているようで。忙しそうだ。
エレナはというと、しっかり5時に起きていた。
昨日と同じようにルーナに起こされて。
身支度を終えると、フルートを取り出す。
現在時刻、5時半。
そして、フルートを吹き始めた。
城を歩き回りながら。
「エレナっ!」
王妃様が血相を変えてやってくる。
「まだ5時よっ!?」
「もう、朝の5時です。これでも我慢したのですよ?ね、ルーナ」
「……ルーナ?」
「恐れながら、姫様に常識を求めるのは少々難しいかと」
「……そう」
はぁ、と王妃様は疲れたような(実際疲れている)溜息を吐く。
「そんなことがあっていい訳ないでしょう!?」
見事なお声です。
その声は城中に響き渡って。
「「「うるさいですっ!」」」
と言われましたとさ。
これはとある国の、とある家族の日常である。
お終い。
このヒロイン、実は……前世は吟遊詩人!
お読み頂き、ありがとうございました