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異双生のブレイブ  作者: らんぷ雷太
1/2

Ep.1 異世界

 ────目が覚めると異世界にいた、なんとも突拍子も無い話。


 僕の記憶が確かなら、最後に見た光景は数時間前の自室の天井だった。

 無駄に明るい夏の月光が遠慮無しに瞼を通り抜け、ねっとりとした蒸し暑さに妨げられ眠れぬ夜だった。ノンとレムの狭間で繰り返し目覚め、何度も見せつけられた白く青がかった天井。そのまま起きれば陽の光によりさらに白い天井を見ることになっていただろう。


 なのに目の前には定番の“見知らぬ天井”すら用意されておらず、そよ風が肌をくすぐるようなだだっ広い草原のど真ん中に身一つで放り出されている自分がポツンと。

 想定外の急展開にもはや驚きの感情はかき消されていた。



「あぁ、ここ…。異世界なんですね……」



 寝覚めの一言がコレだった。


 何故異世界だと思ったのかは理解できない。ただふとそう感じたのだった、ふんわりした感覚ではなくズシリとしたまるで確信めいたものに近い。

 ここは異世界、誰が何を言おうと絶対に異世界なんだ。そう思わせる何者かの意志さえ感じ取れる気がした。


 ──もしや夢なのでは?

 そんなありふれた現実逃避に自らの生み出す否定の刃が突き刺さる。


 ──夢だというなら、なんだ?この生々しさは。

 ほっぺをつねって確かめてみるかい?いいや決してその必要はない、身の回りの全てがそう囁いていた。


 暖かな湿り気のある南風が緑を揺らすと、草のベッドが肌をこそりと撫でる。それが気持ち悪いくらいに繊細な触り方に感じる。

 さて君の夢はここまでリアルだろうか?──いいや。

 眩しすぎるあの太陽に逆らうように、顔を(しか)めて細目になる。心地よい温度とともに運ばれた光は睫毛の隙間に乱反射をすると、視界を一面のプリズムが覆う。

 さて君の夢はこんな精巧な光の粒を生み出せるのか?──いいや。


 優しい否定の言葉が有耶無耶に、僕の叛逆の意思を掠め取るように付け入った。

 もう抗うことさえできないのに、そこで極め付けの現実が飛び込んでくる。



「おにぃ、起きた?」



 視界の端に現れた彼女は、僕の妹だった。


 コバルトブルーの煌めく瞳がこちらを照らす。

 彼女の白すぎるほどの肌は色素を反射しながら、手のひらがおーいという声とともに何度も僕の目線の上を横切っていた。善意による意識確認のジェスチャーだろうが、影と光の二重波攻撃(コンボアタック)が目に痛かった。

 空色の上から薄いコピー紙を被せたような青い白色の髪は、ややガサツに結ばれたポニーテールを後頭部に形取っている。左のこめかみから飛び出したような執念深い癖っ毛は本日も健在だ。

 同じシャンプーを使っているはずなのに、僕よりいい香りのするのが何となく(しゃく)に障る。


 そこで再び確認が入る。

 さて君の夢にはこんなに現実味のある妹をこうも完璧に再現できるだろうか?──いいや。


 もはや死体蹴りに近い、本当は目覚めたその瞬間から本能が知り尽くしていた。ここはどうしようもなくリアルな世界、それも見知らぬ異世界なのだと。

 視覚、触覚、聴覚、嗅覚……いや味覚はどうだろう、舌に意識を向けるがしっくり来ない。

 ともかく、五感の全てがすっかりこの世界を認めていた。


 勘弁して欲しいと思いつつ諦め全てを受け入れると、僕は跳ねるように背を浮かせて上体を起こしてみた。草のベッドも存外悪くなく、体の痛みは感じられないどころか、むしろ何処か全身が羽に包まれているような不思議な軽さを感じた。

 毎日怠さを持ち上げながらベッドに別れを告げる、あの憂鬱な感覚がまるで存在しない。驚きつつ腰を捻りながら体を見回し動作確認をしていると、さっきより大きな声を掛けられる。



「お〜〜いっ!おにぃ起きてる〜〜〜〜!?」

「いやどう見ても起きてるでしょう!?」

「知ってるよ!」

「じゃあ聞かないでください!」



 ああだめだ、別にダメな事ではないけど。

 つい日頃の癖でツッコミを返してしまう。決して売り言葉に買い言葉というワケではないが、もう身に染み付いてしまった習慣を今更置き去りにする事は叶わないのだと思う。


 はぁと溜息を漏らしながら、体に引っ付いた草をパッパと振りはらい[[rb:徐>おもむろ]]に腰を上げる。

 二本足で大地を踏みしめると、同じく姿勢良くピッと起立した妹が言う。



「異世界だね!」



 ──うん。

 それ以外に何を言えと、異世界なのはもう十分に理解している、それ以上の理解を求めるのだろうか。一体どこへ向かうのだろうか……などと馬鹿げた考えを浮かべた瞬間に引っ込めた。


 言葉は要らないというか、なんとなく喋るのが面倒くさいのが正直なホンネ。

 そう背中で語るように僕は彼女に背を向けると、叫ぶ彼女を後にしてひたすら前に歩み出したのだった。



「うえぇぇ!?ちょちょっとっ、待ってよおにぃ〜〜〜〜〜〜!?」




 > > >  




 ──いや、実際のトコロ、あまりにも過密な情報量につい頭がショートしてたのだとおもう。

 なぜ妹を置き去りにしてひとりでに歩き出したのか?正常な思考を取り戻した僕にはもう理解できないだろう。



「まあ怒ってないよ、おにぃたまに変なところあるもんね」

「いやぁ……本当すみません」

「ほらほら、昨日の敵は今日の友って言うでしょ!全然許してあげるよっ!」

「なんですかそれ……?」


 

 にしてもその膨れた頬で怒っていないとはわかりやすい嘘だ。もっとも僕が嘘であると見抜くのを織り込んだ上でわざとやってるのだろうけど。


 そんな雑談?を交えつつ心が安定してきたのか、今更不安に駆られた僕は、一回自己紹介のようなものをして自分について振り返る。これは記憶喪失の心配も兼ねての事でもある。



 よしまずはだ。


 僕の名前はナカムラ(中村) サクラ()で。

 妹の名前がナカムラ(中村) ハル()だ。


 いや、間違って無い。

 男の僕がサクラで妹がハルだ。男なのにサクラって女性っぽい名前だから……正直あまり呼ばれたくはない。お互いの名前が逆だったらと何度考えただろう、一方こんな事を今更言っても仕方ないとも思えるが。


 唯一のメリットといえば春と桜で関連が強いので、兄妹一緒に名前を覚えてもらいやすい所か。そもそも言語の違う可能性であるこの世界でそれが通じるかは未知数だけど。

 因みに僕が妹を「ハル」と呼び、ハルが僕を「おにぃ」と呼んでいる。


 昨日までは二人とも東京の地方に住む高校二年生(17)だった。

 それが今日は異世界にいる在籍不明の無職(17)だ。異世界に高校生なんて職業があるとは思えなかった。

 珍しい学校で、兄妹である僕達は所謂「おなクラ(同じクラス)」だった。兄妹なのにだ、先生やクラスメイトからは当然下の名前で呼ばれることになるので、それはもう恥ずかしかった。

 しかし幸いそこではイジメと呼べるものは無かった、これはハルの性格が明るく誰とも良質な関係を構築できていたからだろう。ハルはムードメーカー並びにトラブルメーカーでクラスに起こる出来事の渦中にいる事が多かった。

 僕はそれを影で見ており、たまにハルが行き過ぎた行動をするとそれを抑える調整役のような存在だった。

 と言っても格差はあるわけで、実質的の僕はハルの『金魚のフン』のような存在だった。イジメがなかっただけ感謝できると思う。


 本来の目的を忘れ、ただ人生の薄暗い部分を振り返り心が痛んでいた。

 どうやら所々が口から溢れていたようで、隣で歩を等しくしていたハルは僕を嗜める。



「い〜やそんな事ないよ、おにぃはすごいもん!もしおにぃをイジめる奴がいたら私が吹っ飛ばしてやるから!」



 まさにそれ、その雰囲気ががクラスの連中に伝わっていたからこそ僕はイジメられなかった。それだけだ。

 妹に守ってもらうなんて不甲斐ない兄だと思うが、ありがたい気持ちも当然ある。



「……ありがとうございます」

「ん?どういたしまして?」



 ともかく、記憶喪失の心配はなさそうに思える。

 考えるとそもそも失った記憶は思い出すことが出来ないので、本当に忘れてしまった記憶が存在する事実も否定できない。そう思うと何だか怖くなるので、この考えはここで打ち切る事にした。


 それからはただひたすらハルと一緒に歩き続けるだけだ。

 導き手(ガイド)]も居ないのだから、僕達自身で歩いて次の目的を見つけるしかない。

 運動不足に自信があった僕なのだが、幸いこの世界では身体が異常な程に動かし易い。想像した通りに身体が動かせないことなどアタリマエだったのに、まるで今更自分の手足が馴染んだように振舞うことが出来る。

 たった身体をまともに動かせるだけで、こんなに気持ちに余裕ができるなんて知らなかった。



「何だか嬉しそうだね?」

「はい。結構……運動もいいものだな〜と」

「でしょでしょ!おにぃも一緒に今度運動する?」

「……確か陸上部でしたよね、ハードそうだし遠慮しておきます」

「えぇ〜?つれないなぁ」


 

 その“今度”とは一体いつなのか。


 ともかく、あらゆる苦難を力に変えバネにできるハルと僕は違う。

 ただ何となく楽しいな程度の認識なのだから、冷水からぬるま湯に浸かり慣れているところを、いきなりアツアツの風呂に突き落とされるようなものだ。温度差でカラダがどうにかなってしまう。


 まぁでももう少し慣れてきたら、ハルの運動に付き合うのも悪くなさそうだ。


 ──などと思っていると、ふとハルが遠くを指差した。



「お、アレアレっ!もしかして、街じゃないかな!?」

「え!?う〜ん……いやぁ、見えませんけど?」

「私には見えるんだけどなぁ、おかしいなぁ」



 ハルが嘘をつく可能性は十分にあるが、からかう顔では無い……がしかし僕には見えない。

 疑心暗鬼を抱きながら十分程度歩くと──確かに見えるような気がする。するだけだ。


 恐らく鼠色の建物か。

 遠景にぼんやりと青がかったように混ざっており、正確な判別ができない。



「おにぃは目が悪いもんね」

「余計なお世話ですっ!」



 むしろハルの目が良すぎるだけだ、僕だって一番下の輪っかみたいな奴(ランドルト環)までは見える程度に目は見えるのに。何を取ってもハルの方が上なんだから、全く自慢の妹だ。


 とりあえず、これで進路は確定した。

 目指すはあの街だ。話し合いの結果両者の意見がかみ合った上で、あそこに向かう事にする。


 便利な文明の鉄馬車も、鉄の鳥も、鉄の連結箱も、恐らくこの世界には無い。馬車ぐらいはあるかも知れないが、ヒッチハイクでもするつもりだろうか。

 いいや、ただひたすら歩くしかない。

 既に目的は視界に捕らえていた。道中に起こる可能性のある些細なトラブルに目を瞑れば、たった脚を駆使するだけのことだ。


 ここから僕ら兄妹の旅は始まるのだと、何処か期待にざわつく心を抑えたつつ、二人は口並みを揃えた。



「「いざ、異世界!!」」

第一話、拝読ありがとうございます!


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