序章
序章~目覚め~
某日正午、ザグー王朝旧青竹ヶ原樹海付近、詩歌語川の下流、
人里離れた樹海の静けさを引き裂く音色がこだまする、
眩くも儚い白昼の元に佇む龍巌邸。
そんな場所に今日も客人が一人、
「龍巌、きたぞ。」
玄関に入り目に飛び込んできた大量の楽譜と切れた弦を持参した袋に収納し、奥の作業場に向かう。
「おや?今日は随分早いね?」
「ああ、お前に仕事が入ったからな...で、早速だが今度の『調律』頼めるか?」
「勿論だよ、準備は出来ているよ、そこに座ってくれ」
そう言って俺の前にある木馬を指し示す。
その正面には鏡がある。
「俺は『調律』の準備に入る、お前はまた弦を頼む。」
「分かったよ」
そうしてお互い自分の仕事に取り掛かる。
数分後、地下街へ向かう途中違和感を感じたにしとは
ふと立ち止まり、
「流石に気温が低すぎる...まだ真夏の昼間なのに...」
そう独り言を呟いたと同時に後ろから見知らぬ声が、
「さらばだ。西田敏夫。」
次の瞬間、凍てつく感触と共に、風の鳴く声を聞いた。
そして同時刻、準備を終えた龍巌が玄関へ向かうと突如として、
視界が暗転した。
気づけば辺り一面は砂浜だった。目の前に手紙が一通、
「この世界を統べる者の御名において、貴殿らに最後の審判を下しに来たり、汝らの罪科を問う。
神の怒りに触れたる汝らは全てを失ったものなり、汝らは裁かれ
なければならないのだ!」
手紙を読んだ直後だった、背後から殺気を感じた龍巌が咄嵯の判断で飛び退くと、先程まで立っていた場所から突然衝撃波が発生したかと思えば次の瞬間、大地が裂けた。
そこにいたものはなんと水晶で構築された龍だった。
相手が異能使いであると確信しながらも、目の前にいるものを敵と認識し攻撃を開始した。
龍は無数の鋭い水晶の礫を放つ、しかしそれらは空を切り、
ただ砂塵を起こすのみにとどまる。
龍は間合いに入った龍巌を瞬時に凍結させ粉々に打ち砕こうとしたその時、眼前にいるはずの龍巌の姿がなかった、
その直後龍が上空へ飛び上がると同時に何かが変化したような気がしたが、すぐに確認する間もなく龍は地面へ向かって墜落していった、龍は衝撃により轟音と共に砕け散った。
それとほぼ同時に水晶の破片が大量に周囲に降り注ぐ中、
何者かが歩み寄ってくる足音が聞こえた。
そこには傷一つなく悠然とした姿で佇んでいる一人の青年がいた。
その風貌を見た龍巌はこの男が何者なのか理解した。
彼はザグー王朝の第八使徒、現名をチルノ。
「何故使徒が私を?」
そう言葉をかけるが返事はない。
そしてそのままこちらを見据えながら静かに言い放った。
「西田敏夫は死んだ。」
突然のカミングアウトに理解不能という顔をしている龍巌に向かって更に続ける、
「王朝は全世界に侵攻し、世界政府の樹立を発足する。
そのための障壁になりうる貴様らを処分しにきたのだ...」
「貴様は王朝に背き使徒を脱退した反逆者であり、
今後王朝に牙を剥く危険因子でもある!」
「さぁ選べ。今ここで自らの意思で消え去ることを!
それとも己の意思すら持たぬ愚鈍な存在になるか?今、ここで!」
「......」
思考の果てに出た結論はこれしかなかった。
「私は自らの行いを悔いてはいない、だから消えるつもりもない、たとえ命を賭すことになろうと私の信念を貫かせてもらう。
それが俺の生きる道だ...」
それを聞きチルノは不適に笑みを浮かべると右手に巨大な結晶を生成しそれを振り下ろすと周囲の空気中の原子を振動させると
同時に圧縮し一気に開放することで強烈な衝撃波を放った、
それと同時に周囲の空間にに亀裂が入る程の爆発が生じた。
それはまさに龍巌への死刑宣告であった。
「さらばだ、第十三使徒。」
チルノは一言呟くと更に結晶の衝撃波を解き放った。
「……」
耳を裂くような爆音が弾けた。
砂浜に静寂が戻る頃には、そこに誰一人としていなかった。
ただあったのは、一人の去る足跡と砕け散った水晶だけだった。
「はぁ...はぁ...」
右腕から脇腹へ大袈裟に裂かれたにしとはその痛みに堪えながら立ち上がり走り出した。
だが出血量が酷いためか足取りがおぼつかず意識も薄れていく、
それでもなお一歩また一歩踏み出していた、
それはまるで己の命を燃やし尽くしてでも信念を貫きたいと言っているようだった。
しかし無慈悲にも再び彼の歩みを止めんとする声が響く、
それはこの国で最も力を持った人間である。
彼は血だらけで倒れている彼に視線を送ることもなく冷たく言った、その言葉は彼が何よりも欲したものを奪い去ってしまうかも
しれない言葉なのだから……。
「残念だけどね、君はもう終わりだよ。」
そう言い終えてすぐに後ろを振り返る、
その男の周辺は冷気で真っ白に染まり、
ゆっくりと此方に近づいてくる、
その姿はにしとにとって死神に見えただろう。
そして次の一瞬にはその死神の白刃が心臓を貫く、
そのはずだった、しかしそうはならなかったのだ、
何故ならそこには炎の壁が出現していたのだから。
「どういうことだ!?これは!?」
かえるは思わず声を上げる、
目の前では信じられないことが起こっていたからだ。
通常異能の力を行使した場合自身の体力が著しく低下し、
身体機能が極端に低下するはずなのである、
とくに重症を負った人間に異能など扱えないはずなのだ、
それなのに、目の前に広がっている炎の壁は一体なんなのか。
かえるの疑問は絶えなかった。
「な……」
瀕死の人間が急に異能に目覚めるなんてそんな馬鹿げた話
あるわけがないと否定しようとしたとき、彼は立ち上がった。
その男は紅蓮の炎のような髪に紅の外套を纏っていた、
ついさっきまであんなに弱々しかった男が自力で立ち上がり、
こちらに向かってきている。焦燥。
かえるは無意識のうちに自分の腰に差している刀に手を当て
構える。
「き、貴様なぜ動ける!あの傷では立ち上がることさえ不可能な
はずだぞ!」
ふとかえるは気づく、
自分が凍らせたはずの足が元通りになっていることに、
出血が止まっていることに、出血する傷がなくなっていることに。
かえるの問いに対し、にしとは何も言わずに拳を握ると
真っ直ぐかえるに狙いを定めるように構え、
地面を蹴り上げ一瞬で間合いに入り込む、
それはまさに瞬間移動に近いほどの速度だったが、
なんとか目で捉えることができた。
(しまった)
そう思った時にはすでに遅すぎたようだ...
いや、遅かったのではなく、
かえるにとっては既に終わっていたというのが適切だろう。
何故なら振りかざされた一撃が当たる寸前にかえるの前方に
炎の柱が出現していたのだから、
それはまさしく神速の攻撃であったのにも関わらず、
かえるは自身の前方に巨大な氷塊を生成し、
にしとの全方位から大量の氷柱が襲い掛かったが、
にしとを取り巻く炎によって遮られ、氷は水に還り、
水は蒸気へと昇華し、攻撃を当てることは叶わなかった。
そして絶対零度すら溶かし尽くす火柱はかえるの胴体を貫き、
肉片は一瞬で炭化していった。
気づいた時にはにしとは自分の遥か後方だった。
かえるはその一瞬にして繰り広げられた攻防の末、
ただ愕然としていた、
今までに戦ってきたどの異能者の戦いとも違いすぎるものだった
からだった、それに今の動き、間違いなく異能によるものだが、
先程までは発動できなかったものだ、ということはつまり……
「なるほど...覚醒したか...っ、その...再生も異能...というわけか...」
にしとは答えなかった。
彼は薄れていく意識の中で、
最期まで未だかつてない異能に思いを馳せ続けていた。 序章 終




