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ひじき姫  作者: 正髏丸
3/3

きおく

南の海を目指すシカオナですが、辺りが暗すぎて腕のコンパスが全く見えないようです。

青白く光るクラゲに腕を近づけてみますが、光が弱すぎて、やはり針の示す方角が分かりません。



シカオナは強い光はないかと、辺りを見渡しました。

すると、一際明るい光を見つけました。



恐る恐る近付くと、そこには恐い顔の巨大なチョウチンアンコウがいました。



その名の通り、頭にはまばゆく光る提灯をぶら下げています。これは強力な光を手に入れるチャンスかもしれません。



シカオナは勇気を出して話しかけました。



「あのぅ」


「あぁん? 何だい?」


「どうも。シカオナと言います」


「おう、アタイはここらを仕切ってるチョウチン組の組長、アンコだ。人魚がここに何の用だい?」


「ええと、実は……」



アンコの協力を得たいシカオナは事情を全て話すことにしました。



「ほう、確かに黒髪の人魚なんて見た事ねぇなぁ」


「お願いします。どうか南の海までお供して下さい」


「あぁ、いいぜ。だけど報酬として、今オメェが着ているその鎧をよこせ」


「あの、この鎧は渡すことが出来ません」


「あぁん!? オメェただでお供しろってか!?」



アンコは眉間にしわを寄せてシカオナを睨みつけます。



「組長。やっちまいやしょうぜ」

「組長。ボコボコにしちゃいやしょう」



いつの間にかシカオナはアンコウ達に囲まれていました。

雌が4体に、身体の小さな雄が10体程度。

逃げようとしても、アンコウ達がとうせんぼうします。



「昔、茶髪の人魚に依頼されて男の人魚をボコったことがあるけどよぉ。女の人魚をボコるのはこれが初めてだぜ。ふふ、野郎共! まずは鎧を奪い取れ! それ、突撃だッ!」



号令を掛けられた雄のアンコウ達がシカオナへ襲い掛かり、無理やり鎧を取り上げます。



「やめて、返して! それは大切なものなの!」


「あはは、そんなの知らねぇよ」



鎧を奪われたシカオナは、4体の雌のアンコウ達の体当たりを受けます。

どうしてこんな酷いことが出来るのか? シカオナには分かりません。



しかし、体当たりしてくる雌のアンコウの1体と目が合いました。彼女はどこか悲しげな表情をしていました。



シカオナは何となく思い出してきました。


――前にもこんな感じのことがあったなと。







「あはは、何この髪型! マジでヤバいんだけど!」



おかっぱの少女がクラスメイトに囲まれ、罵声を浴びせられている。



「返して、それは大切なものなの!」



おかっぱの少女が涙を流して訴えている。



「は? そんなの知らないわよ。そうだ、これ売っちゃおうよ! ねぇ、ナナ」


「さ、賛成~」



空気を読み、苦笑いしながら私は答えた。






――4つの小さな(あかり)が深淵の奥底へと沈んで行くのが見えた。

雌のチョウチンアンコウ達だ。彼女達は互いに頭をぶつけ合い、そして絶命したようだ。



私は彼女達がこれから何処へ行くのかを知っている。



そうか……、全部思いだした。

シカオナではなく、鹿尾ナナ。それが私の本当の名前だ。



「何だオメェ、何しやがった……」



アンコが驚いた顔でこちらを見ている。


正直、驚きたいのはこちらの方だ。

チョウチンアンコウと会話なんて初めてしたのだから。

これはテレパシーというやつだろうか?



「返せ」



冷たくアンコを睨み付けならそう念じた。



「は、早く鎧を捨てろ! こいつは何かヤバイ!」



アンコが指示を出すと、雄のチョウチンアンコウ達は鎧を放り投げた。

私は急いで鎧に駆け寄ると、一瞬にしてそれを装着してみせた。



私はヘルメットの硝子越しに、逃げていくアンコの光を見つめた。

どんどん小さくなっていく一点の光は、夜空を駆ける流れ星のようだった。










無数の発光生物はお星さま。









そして、私は宇宙飛行士。

この鉄の鎧は宇宙服にそっくりの潜水服だ。

昔、パパとママの職場で見たことがある。










まるで銀河の彼方を漂っているかのようだった。









私は暫くその場にとどまった。

そして、ボーっとしながら考えていた。









お空の向こうに宇宙がある。

そして、そのずっと向こう側にきっと天国がある。









だけどここは宇宙ではない。

宇宙とは真逆に位置する、深い深い海の底だ。









そしてこの先に何があるのか。それを私は知っている。











なるほど、やっと理解することができた。












私の正体。

それは人魚でも、人間でもない。



















地獄へ落ちる悪霊だ。
































どうやらアカモクの言っていたことは正しかったようだ。

私は邪悪な存在だった。



暗く冷たい深淵を、私は仰向けになって落ちていく。

真っ暗で何も見えない筈なのに、鎧をすり抜ける黒髪だけがはっきりと見えていた。



思い出すのはあの黒いお弁当。

貧血気味の私を気遣ってなのか、お弁当にひじきを大量に入れてくれたママのこと。








「ねぇ、ママ。知ってた? ひじきってね。鉄釜で作られてないと鉄分の量がそんなに多くないんだよ?」



地獄の手前で、私は天国にいる筈のママへと語りかけた。

返事が返って来るはずもないのに。














「そうなの? ナナは物知りなのね」


「え?」


「でもね。それでも私はやっぱりひじきをお弁当に入れたと思うわ」


「何で!?」



ママの声がした。私の声が鎧の中で反響し、ママの声が聞こえてくるのだ。



「何でって、それはひじきが好きだからよ。作り方が変わって鉄分が少なくなったとしても、その他にも栄養は沢山あるし、何だか支えたくなっちゃうでしょ?」


「それってどういう」


「人間も同じよ。何かを失って生き方が変わったとしても、その人が持つ魅力は他にも沢山ある。支えてくれる人も沢山いる。ナナはママがいなくても頑張ってる。とっても強い自慢の娘よ」


「ママ……」




それ以降、ママの声はしなくなった。



思えば私は流されて生きてきた。

あの時だって、イジメっこの哲実さとみちゃんに逆らうこともせずに、同級生を深く傷つけた。



そうしないと私が立場を失うから?

確かにそうかもしれない。

でも、それは同級生を傷つけて良い理由にはならないのだ。



例え哲実さとみちゃんに嫌われて学校での生活が変わったとしても、自分の意志で正しいと思える道を進むべきだった。

そうじゃないと、私はママやサムおじさんに顔向けができない!



私は、人魚の尾びれに似た不確かな足で空間を蹴り、ある場所を目指した。





――大地から泡が噴き出していた。硫黄の匂いがする、とても暖かい海だった。

ここは東の海にある世界最大の海底火山だ。



私は潜水服を岩陰へ隠すと、地面へダイブした。



暫くの間、土の中を泳ぎ続けた。そして、私はマグマの川が流れる広い空間へとたどり着いた。

まるでここは……。


「地獄のようですか?」



背後から話しかけられた。

そこには全てを見透かすような眼を持つ、中性的な見た目の誰かがいた。



「ふふ、ここはただの海底火山ですよ。シカオナ。あなたのことを見ていました。サルガッサムと出会い、ここへ訪れるまでの間、ずっと」


「あなたは海の神様ですか?」


「いいえ。私は地獄の門番です。名をハデスと言います。私は死者の魂が地獄から逃げ出さないように見張りをしている者です。あとは、そうですね。シカオナのように外から訪れた死者の願い事を叶える趣味があったりします」


「願いを叶える力があるのですか!?」


「願いを叶えると言っても、些細なものだけです。私に出来るのは監視と封印だけ。この世界に存在する魂を監視することと、魂を何かに封印することしか出来ません」



私は絶望した。ハデスの力では生き返ることが出来ない。

だけど、諦めきれなかった。私はダメもとでハデスに願い事を言った。



「どうかお願いします。昔イジメてしまった子に直接謝りたいんです。この願いを叶えることはできないでしょうか?」


「なるほど、分かりました。では魂を飛ばします」



そう言うと、ハデスは私の体を片手で持ち上げた。どこかへ投げるようだ。



「ちょ、ちょっと待って! 飛ばすってどこへ!? まだサムおじさんに鎧を返してないのですが!」


「その願いは貴方自身で叶えなさい!」



それはどういう意味ですか? と聞く暇もなく、私の意識はどこか遠くへと飛んで行った。










――目を覚ますと2人の人間がいた。2人とも白衣を着ている。

1人は見覚えのある顔だ。



「ついに完成したぞ。SHIKA0-7号!」


「あはは、本当にマッドですね鹿尾博士は。海で溺れて亡くなった娘さんをモデルにこんなアンドロイドを作るなんて。そんなだから奥さんにも逃げられたんですよ?」


「ふふ、あいつにも見せてやりたかったな。いや、直接見せに行ってやるさ。SHIKA0-7号は私の、いや、人類の海洋研究開発における最高傑作だ。特殊技術で作成した鋼鉄のボディは深海6000メートルを超える超深海帯(ヘイダルゾーン)の水圧にも余裕で耐えられる程の耐圧性を持っており、さらにマーメイドモードの尾ビレによるドルフィンキックは時速60kmを超える遊泳スピードを可能にする。その両目の水中カメラで新たな発見を人類にもたらすのだ! ついでにあいつの骨も見つけてこい! ふはははは!」


「で、操作性の問題は結局どうするんですか? 」


「あー、忘れてた」


「アハハ、サスガパパ、イツモカンジンナトコデツメガアマイヨネ」



私はパパに話しかけた。

すると、パパは驚愕の表情で鼻水を垂らした。



「なッ!? 勝手に喋った!? そんな馬鹿なッ!!」


「パパ、ワタシイソイデルカラ、チョットデカケテクルネ?」


「も、もしかしてナナなのか!? せ、せめて服は着て行きなさいッ!」



私はパパとお話をした後、お姫様が着るようなドレスを受けとった。私のリクエストだ。





その後、私は謝りに行った。かつてイジメていた、歪なおかっぱ頭のクラスメイトのもとへ。


どうやら兄が美容師を目指しているようで、カットの実験体にされているらしい。


私は彼女のお兄さんにお願いして、腰まで伸びる髪にパーマをかけてもらった。


その間、彼女とは沢山お話をした。

今度一緒に遊ぶ約束もした。





そして私は再び、海へ潜った。


「待っててね。サムおじさん、ママ……」




――ドレス姿のナナはホンダワラ王国を目指し、優雅に泳ぎます。


鹿尾菜ひじきのような黒髪をなびかせて。

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