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無駄に幸せになるのをやめて、こたつでアイス食べます  作者: コイル@オタク同僚発売中
はじまる日々

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腐ったハイビスカス


 フェイク。

 そうだ、航平はその可能性を頭から捨て去っていた。

 それほど設計図のデータは完璧な美人さんだったからだ。

 だからそれを再現できない自分の才能の無さを呪っていた。

 でも違う、違うんだ。


 現在発表されている流動量は公式データだ。これは噓がつきようがない測定値。

 流動量からの総発電量も一致してる。こっちは疑いようがない。

 そして俺は物作りの天才なんだ。天才の俺が一か月、何度も設計図通りに作って間違うはずがない。

 設計図通りに作っても、そのデータを下回るなら


「設計図自体がフェイクだろ」


 完璧な設計図すぎて、考えもしなかった。

 でも完璧で当然なんだ。だってこれは『旧バージョンの完成品』だからな。

 今は、発表されている数値が出る次世代のものを使っているはずだ。

 それを作って、見せろって?

 つまりこれは……


「じじぃからの挑戦状ってことか」


 この先にこの数値が出る『正解の設計図』があるはず。

 じじぃが「ここまで来い」と数字で笑っているんだ。

 自分の力と仮説を信じたら、やることはひとつだ。


 航平は学長室に広げていたファイルや資料を掴んで秘密基地に移動した。

 学長室で出来るほど甘い作業じゃない。じじぃたちがどれだけ時間をかけてアップデートしてるか知らないが、じじぃに出来るなら俺にも出来るだろ。

 スケジュールを確認したら、ここから数日間、どうしても動かせない会議はなかった。

 近藤に連絡して一週間の時間を貰う。

 秘密基地で航平はシャツを脱いで、背伸びした。


 どうしようもなく楽しいゲームの始まりだ。


 寝室にある製図用のテーブルを引っ張り出してきて、プリントアウトした設計図を貼る。

 ひたすら線を引っ張り、即データ化、そして演算をかけさせて数値を見る。

 パターンは無限にある。それを書いて、書いて、書き続けて、結果を見る。


 この部屋は元々常に薄暗い。だから二十四時間照明で、朝と昼と夜の境界線が無い。

 常に響く環境音は頭の中をシンプルに保ってくれる。スマホの電源は切り、誰も入ってこない安心感が頭を走らせる。

 近藤に集中することを伝えたから、芽依も来ないだろう。

 芽依……濡れてたけど体調を崩してないだろうか。

 そうだ、芽依のことを思い出したら水を飲もう。

 前は思いつきが止まらなくて水も飲まずに仕事した結果、脱水で死にかけた。

 その時にストックしたOS-1とラムネ、それに水と完全栄養食があれば一週間生きられる。

 気合いを入れて鉛筆を握った。


 パターンをひたすら演算させて、新しい可能性を探し続ける。

 ラインをいじるだけで無限のパターンがあるのに、これで結果が出ないとなると、それに接する部分にも着手が必要だ。

 そうなると厄介で、どこまで手を広げるべきなのか困る。

 問題がありそうな部分をいじると、ブレードがあっと言う間に疲労破壊してしまう。

 材料なのか、設計条件なのか、加工不良なのか外的要因なのか。

 過去の要因分析表は発表されてるはずなので、それを確認するが、多すぎて行き詰まった。

 もっと別の視点が必要だ。誰かと話したい。同等に話せて頭が回る……葉山。

 今、あいつは「プールと温泉がある家で仕事してぇ」って海外で仕事してはずだ。

 PCを立ち上げて葉山を選ぶと、プールサイドで緑と黄色のグラデーションになっている妙なドリンク飲んでいる葉山と繋がった。

 疲れもあり、思わず吐き捨てるように声が出た。


「なーーーーーにしてんだ、お前は」

『航平じゃん。聞いてくれよ俺さ、トロピカルドリンク飲みすぎてアレルギーになっちまった。この前エッチしようとゴムしたらちんちん痒くて死ぬかと思ったわ。もう生しかできねぇ。子孫繁栄させるわ』

「おい葉山。俺の状態を見ろ」

『なんだ、ボロボロじゃん。金儲けしてんの?』

「葉山。手伝ってくれ。正解がわかんねーんだ」

『お前が? 何、見せてみろよ』

「数値は出るようになったんだけど、どーーしてもここでぶっ壊れる」

『うーん……これさあ弾性変形に見えるから、トッパー根こそぎ捨てないと駄目じゃね?』

「やっぱそうなるかーー」

『外したらとりあえず変形はしなくなるから、そこから考えようぜ。だって航平、もう全部試した後なんだろ?』

「その通りなんだよなあ」


 むしろ葉山に『最初からやり直せ』と言われたくて連絡した所もある。

 航平が地味に可能性を見つけていくタイプなら、葉山は思いつきで大胆な方向でアイデアを試すタイプだ。

 もう何もないなら、自分では思いつかないようなアイデアを投げ込んでいくしかない。

 航平も葉山の特許関係の仕事を秘密で手伝うので、お互い様だ。

 話ながら足して引いて、作って壊して……どんどん洗練されていくデータが楽しくて仕方ない。

 結局元から全部ぶち壊して……結果が出た。


 手元にあった水もラムネも空っぽになっていたので、水道水を一気に飲んだ。

 気持ちが良くてたまらない。

 そのまま床に転がった。

 

「……できた」


 今使われているものより、数パーセント演算で上回った。

 これに似たものを『今現在、じじぃたちは使っているのだろう』。

 それでも誤差範囲しか上回れてないが、現在使っているものよりは耐久性が上がった。

 まだ先がある。あるけど、今はこれが限界だ。

 航平は葉山にお礼を言って回線を切った。



 いつから籠もってたか忘れたから、何日経ったのかも分からないが、とりあえずシャワーを浴びる。

 とんでもなく疲れているのに、頭が回り続けているのが分かる。

 部屋に転がっていたゼリー飲料を飲み干して、髪も乾かさず出来上がった設計図を見る。

 前のより、更に美人さんになった。まだ数値を上げられるが一回終了だ。

 これはたぶん、じじぃが仕掛けたテストで、これが正解。

 そしてレンタナと菅原重工に同じ古い設計図が渡されている。

 

 でも『どうしてこんなことをしたのか』という最大の謎は解けていない。


 レンタナのほうが業界としてのシェアは圧倒的で、菅原は数段劣る。

 だから菅原は馬場にフラれたはずなんだ。普通に考えたら馬場はレンタナと組むほうが利益が上がるはず。当然だ。

 それなのにこっちにもデータが来て、試されている。

 これはレンタナではなく、菅原重工と組みたいという暗号だ。

 馬場には欲しいものがあるんだ、きっと。 


 レンタナになくて、菅原にあり、馬場がほしいもの。


 それが謎の真ん中だ。それがあるから、こんな面倒なことをしてきてるんだ。

 そこまで提示して初めて、じじぃに交渉できる。


 朝なのか、昼なのか分からない鈍った光の中で考えて、はたと気が付く。


 そもそも、あのじじぃにこんなことをする脳があると思えない。

 純粋な技術者タイプ。むしろ頑固で頭が固い。

 こんな立ち回りが出来る誰かに利用されてる可能性が高いのではないか。

 親族関係者に頭が回るのがいて、じじぃを使ってる……? 

 設計図より周辺の人間を洗った方が良い気がする。

 航平はPCを立ち上げて、馬場一族のデータを調べた。

 借金、浮気、トラブル、離婚に愛人、どの家も同じようなトラブルばっかり抱えてやがる。

 その中でも菅原の力を使えば解決できるのものに絞っていくと……見えてきた。

 

「……ビンゴ」


 航平はPCのキーボードを叩いて膝を抱えて笑った。

 馬場のじじぃの一人息子がホテル業に手を出して、ハワイでホテルを焦げ付かせてた。

 これは菅原保持の海外企業が持っている土地を使えば楽に解決できるトラブルだ。

 というか、周辺の土地を全部買うしか方法がない。

 そのレベルのトラブルに巻き込まれていた。


「欲しいのは、菅原の土地と権利だ。それを隠密に何とかすれば、菅原と手を組むってことだ。そうだろう、じじぃ」


『タービンをもっとよくするアイデアを見つけたのは菅原だった。だから菅原と組みたいと言うために仕組まれたゲーム』だったんだ。

 一番したいことは、息子の尻拭いみたいだけどな。まったくどいつもこいつも子育て下手くそすぎるだろ。

『Crappy Hibiscus』……腐ったハイビスカス。これは息子のことだ。

 航平はスマホから馬場のじじぃの電話番号を探してかける。

 数コールですぐに出た。


「よう、じじぃ。二か月もかかっちまったよ」

『遅いな航平。俺が若いころなら一週間で分かったぞ』


 うそつくな!! と叫んだら電話口で馬場のじじぃは楽しそうに笑った。

 このじじぃは現場で何度か会ったことがあるが、本当に喰えねぇじじぃで……でも航平は面白くて大好きだ。


「まったくよー、俺が好きならそう言えよ、素直じゃねーな。最初から最新型くれよ」

『早く見せろ。お前が考えたアイデアが見たい』

「今の演算より2.3%上がるぞ」

『単体で? それはいい。これでバカな上層部も黙る』


 なるほどな。

 馬場の上層部はレンタナと合併したがっているが、馬場のじじぃは息子のポカを消したかった。

 それにレンタナの技術者は、俺ほど研究熱心ではない。


「こんなのレンタナが気が付けるはずないもんな」

『お前なら気が付くと分かってたからな』


 そう言われると、どうしようもなく気持ちが良い。

 ホテル関連に資料を見ながら口を開く。


「しかたねーから、ハイビスカスのほうは何とかしてやるよ。権利だけでいいのか」

『そっちにはもう気が付いたのか。仕掛けろと言ったのは喜代美さんだが、さすがだなあ。あ、怒られるな、あははは~~。じゃあ技術合併しよう。良かった良かった。今度来てくれ。合格だ』


 空笑いと共に電話は切れた。

 はあ? ……喜代美の差し金? 

 どっから、どこまでが? 

 ホテルが? このプロジェクトそのものが? 合併話が?


「……こええ……」


 航平はソファーに転がった。

 喜代美、本当は神社巡りじゃなくて、色んな会社に挨拶して美味しいトコロ巡りしてたんじゃねーか?

 ……もう何も考えたくない。

 芽依のパーカーを引き寄せようとして無いことに気が付き、芽依が泣いたワイシャツを着た。

 もう匂いはしないが、なんでもいい、疲れた。

 ……でも最高に、楽しかった。

 これだから技術屋はやめられない。

 あとは見合い写真のほうだ。あっちは何なんだ。

 あれもタービン関係だから、何かあるのか? でも馬場と技術合併すれば年間数兆円の利益が菅原に転がり込む。

 これでお役御免なのか、まだ駄目なのか。わからない。

 そう思いながら、航平は深い眠りに落ちて行った。


 ふと目覚めると寒い。寒くて引き寄せると……芽依の香りがした。

 ああ、落ち着く。それを俺に返してくれないか。俺にはそれが必要なんだ。

 それが欲しい。

 引っ張ると温かくなり、再び眠りについた。


 


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― 新着の感想 ―
[一言] 順序だよな 技術合併とハイビスカス解決は確定事項でここが前提 あとは理由付けのみ 宿題できてよかった、良かった 大ボスさんの慈悲だよね ただ慈悲ではあるけど、脅しでもあり、うーん酷いな(笑…
[一言] 更新お疲れ様です(*`・ω・*)ゞ できる女は好きですが、 同時に末恐ろしいですね笑 いつか飲み込まれそうです。 次も楽しみにしています!!!!!!
[一言]  心配して見に来たら、抱き枕にされた件
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