真の能力 新たな仲間
「や、やったのか…… ?」
視界を埋め尽くしていた、毒々しいピンクが消える。俺は目を細めて、奥の様子を見た。
「いや、ピンピンしてる!?」
数十いたゴブリンは、そのまま同じ場所にいた。しかも、かすり傷一つついていない。
まさか、見た目全振りの、クソ雑魚魔法だったのか!?
しかし、何か様子がおかしい。
「ハァハァハァハァ!」
ゴブリンたちは突然興奮したように、大きく肩を揺らし、荒い呼吸をし始めたのだ。そして、次に起こった奴らの行動は、常軌逸していた。
「グゥッ!」
一体が、棍棒でもう一体を叩き始めたのだ。すると、やられた方が同じことをやり返す。他の奴らも、もれなく同様のことを始めた。
「一体何が……」
おかしい点はそれだけじゃない。
叩かれたゴブリンは、ひどくうっとりした顔をしているのだ。まるで棍棒で殴打されるのを喜んでいるような。
「ハァ! ハァ!」
「グゥッ! アゥッ!」
「ウゥ! イエスッ!」
ゴブリンの叩き合いは数分で終了した。全ての個体が地面に倒れ、伸ばした足をピクピクさせている。
俺はしばらくの間呆気にとられていた。
「俺は何を見せられていたんだ…… そ、そうだ! 開け、俺の個人情報!」
俺が唱えると、目の前に俺の能力値が載ったステータス画面が表示された。この世界では誰もが使える光魔法の一種だ。
「な、なんだこれ!」
画面の内容に、俺は目を疑った。
「全部の能力が桁違いに上がってる…… ま、待てよ、今までの俺の魔力は10だったはず。1万ってなんだ…… ?」
見たところレベルは上がっていない。なのに、HPから魔力まで、ステータスが軒並み上昇しているのだ。そんなこと、普通はありえない。
確か、最強と言われるルークの魔力が7万くらいだったはず。
「ルークには及ばないが、これなら上位のパーティーに引っ張りだこのレベルだぞ!? なんで、こんなことに……」
「あ、ありがとうございます、命の恩人様! 私シェリーって言います! あんなすごい魔法を使えるなんて、さすがはルーク様のパーティー!」
さっきの女性ーー シェリーはさっきと打って変わって、こびるように俺を讃える。
「え、いや…… 俺は別にそんなんじゃ……」
「お願いです、私もあなた様のパーティーに入れてくれませんか? 絶対あなた様のお役に立って見せますから! あなた様は最高です! 顔もかっこいいし!」
シェリーは俺の両手を握ると、その美しく整った顔を近づけてきた。銀色の髪がふわりと揺れて、甘い香りが鼻に届く。
「うへへ、悪い気はしないな」
言いながら、ふとステータス画面に目を戻した時だった。
「あれ!? 俺のステータスが!」
俺は二度見、三度見した。だが、表記された数値は一向に変わらない。
「元の数値に戻ってる!? な、なんで!?」
「あ、あの、どうかなさいましたか。愛しの勇者様」
「あ、いや、ダニエルでいいよ。それが、俺のステータスがーー 嘘!? また減ってる! ていうか、元の数値より低くなってるぞ!?」
画面に映し出される1。HPから魔力に至るまで全てが1に下がっていた。これでは赤子と同じレベルではないか。
「まさか……」
俺はハッとして、シェリーの方を向く。
俺のご都合的に明晰な頭脳は、この一瞬間で、ある法則性を導き出していた。
「なあ、俺を罵しってくれないか?」
「は…… ?」
「頼む! なんでもいいから俺を馬鹿にしてくれ!」
俺は顔の前で両手を合わせた。
あまりの急展開に、シェリーは視線をさまよわせる。
「えーっと…… あんまりモテなさそうな顔ですね」
「うぐっ!」
俺は胸を抑えて、そのままうずくまる。
突き刺されたような鋭い痛みと同時に、例の熱い感覚がした。ゾクゾクして、まるで体内の血が沸騰でもしているような感じだ。
「だ、大丈夫ですか? ダニエル様」
シェリーは膝を曲げ、恐る恐る俺の顔をのぞいてくる。
「もう一回だ」
「え、もう一回?」
「早く、俺を罵ってくれ!」
「わ、わかりました…… えっと、頭大丈夫ですか? さすがに、ちょっと気持ち悪いですよ?」
「ぐあっ!!!」
俺は再びうずくまる。呼吸が早くなっていく。
「あの、ダニエル様?」
「ふふ、ふふふふふふふ」
「え…… ?」
「ふはははははは! そういうことか! わかった、全てわかったぞ!」
俺は勢いよく立ち上がった。
「あの、ダニエル様?」
「どうしたんだい、愛しのシェリーちゃんっ」
俺は唇を思い切り突き出し、投げキッスをお見舞いしてやった。
「うわっ、なに? きも」
「ああっ!!! いいぞ、その響き……」
俺はおかしくてたまらなかった。痛いはずのそれに、無上の快感を見出していたのだ。
今まで罵詈雑言を受けたことなどなかったから知らなかった。この特性を、そして、この性癖を。
「俺はドMだったんだ…… ! これが俺の真の能力だったんだ! ふははははは! 痛気持ちいい! 最高の気分だ!」
「えっと、やっぱり私、ここら辺で……」
「だめだよ、シェリーちゃん。同じパーティーに入るって、頼んだのは君の方だろ? ベイビー? かわい子ちゃんなら、誰でもウェルカムだよ」
シェリーは何も言わず、ただ引きつった笑みを浮かべていた。