覚醒
「お前はクビだ、ダニエル」
王都の宿屋で、ルークにいきなりそう切り出されて、俺はびっくりした。
「じょ、冗談だろ、ルーク? なんでクビなんだ? 今まで楽しくやってきたのに」
「楽しくやってきただ…… ?」
急にルークの目が鋭くなる。
「使い物にならねえ奴が良く言うぜ! お前はろくに魔法も使えない。それに、誰もが持ってるはずの特性もねえ。おまけに頭まで悪いとか…… さっさと出て行け、穀潰し野郎。これからはジェニファーと二人だけでやっていく」
「そうそう。あんたみたいな無能、いらないのよ」
金髪の美少女、ジェニファーは周りに飛ぶ羽虫にでもするように、空中を手で払う。もちろん、羽虫とは俺のことだ。
「そういうわけだ。あばよ、役立たずのダニエル君」
この短い問答によって、俺は三年間籍をおいていた、勇者パーティーから追放された。
去り際に、「やっと消えてくれた、あのくそ童貞」ジェニファーの声が聞こえ、なんとも言えない熱いものが胸にこみ上げてきた。そういえば、こんな酷い言葉をかけられるのは生まれてこの方初めてだ。
元々、俺は昔のよしみでルークと二人だけで冒険をしていたのだ。その時は楽しくやれていた。お互い、小言の一つもなかった。
だが、ジェニファーが途中で加入してから、なんとなく雰囲気が変わっていた。あの女がルークをそそのかしたに違いない。
「確かに自分に無能の自覚はあったよ! 特性もないし! でも、ちょっと可愛いからって、友情よりも、たった数ヶ月の女を選ぶなんて! まじ許せねぇ!」
ちなみに、特性とは一人につき一つ備わった、特殊な能力のことである。一説では神が与えてくれた御加護とも言われている。
ルークの特性は魔力強化EX。全ての魔法の威力を大幅に上げるという、まさに最強の特性だ。
対する俺は、なぜか特性を持ち合わせていない。無能の中の無能。神から見放された存在だ。
というか、今は恨み言を言ってる場合じゃない。
世界でも最強と名高いパーティーで、腐るほどあった収入。それがゼロとなった。荷物をまとめる暇もなかったのだ。
俺は王都を抜け出し、故郷へ続く林道を歩いていた。泊まる場所もないから、実家に戻るしかない。最強になると意気込んで出て行ったのに、親にはなんとどやされるだろう。
「帰ったら、どうやって働くか……」
俺は大きくため息をついた。まだ二十八歳だから、簡単な肉体労働くらいならできるが……
色々考えていく内に、この先の不安に押しつぶされそうになる。
そんな時だった。
「きゃー!」
普通じゃない、女性の悲鳴が聞こえてきた。
「な、なんだ?」
「誰か! 誰か助けて!」
俺は急いで声の方へ走った。
藪をかき分けていくと、女性の姿が見えた。ゾッとするような醜い人形をした、ゴブリンと一緒に。だが、あれは低級の魔物だ。
これなら俺でも倒せる!
「待て! その子には指一本ーー」
颯爽と藪から飛び出した俺は固まった。
一体だけではない。でこぼこした緑の小さい頭は、見た限り数十個は並んでいたのだ。
「え、こんなにたくさん!?」
俺は思わず叫んでしまう。そのせいで、ゴブリンの黄色く鋭い視線が一気に集まった。
「そこのお方! た、助けてください!」
女性が俺の方に気づいた。
「え、いや…… 俺は……」
「胸に付けてるそのワッペン! ルーク様のパーティーの方ですよね! お願いします! お金ならいくらでも払いますから!」
うっかりしていた。同じパーティーの証であるワッペンを外していなかったのだ。
「ち、違うんだ。俺は…… そんなんじゃなくて……」
「ググググ!」
突然、群れの内の一体だけがこちらに突っ込んでくる。一つの躊躇もない。
「一体だけしか来ないって! 俺ってそんな雑魚だと思われてるの!?」
普通は睨み合いが続く場面じゃないのか!
って、驚いてる場合じゃない。とりあえず向かってくるやつだけでも倒さないと。
「ちょ、ちょっと待て! まだ、魔法の準備が!」
呪文を唱えると現れる魔法の型ーー 魔法陣に体内の魔力を注ぎ込んで初めて本物の魔法となる。これが魔法の仕組みだ。
だが、残念なことに、俺は初級魔法ですら発動に時間がかかる。猛進なんかされたら、間に合わない。
「嘘だろ…… 俺、こんなところで死ぬのか……」
なんだか世界の動きがゆっくりになる。そして、頭には昔の数々の思い出が、コマ送りのように流れてきた。よく見れば、そのどれもが俺が足でまといになっているシーンだ。
走馬灯って奴か?
もう終わりだ。俺はここで死ぬんだ。仲間にバカにされ、そして、その日のうちに低級の魔物に殺される。
「グギギギィ!」
ゴブリンはもう目の前。
「まあ、俺にふさわしい最期かもな……」
俺は自嘲気味に笑う。もうどうでも良かった。
「え、嘘…… ゴブリン一体も倒せないの? あいつ、よりによって、勇者パーティーの偽物!? 無駄に期待させておいて……」
女性の声がはっきりと聞こえてくる。
「最低」
その声が、妙な熱を持って俺の心に響き渡った。
「この感じ……」
最低? 今俺は罵倒されたのか? しかも、心からの罵倒。
落ち込むべきところなのに。なんだこの感覚は。力が湧き上がってくる。
「うおおおおおおおおおおお!」
魔力が身体からほとばしる。同時に見覚えのない呪文が頭に浮かんできた。
「被虐趣味者の暴発」
唱えると、掌から魔法陣が展開され、そこからピンク色の光がゴブリンの群れを飲み込んでいった。
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