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第20話 バグ大戦2

 顔にしたたる雫でリーディスは眼を覚ました。見慣れない場所だ。窓の外は明るいのに妙な薄暗さを感じるのは内装のせいだろう。天井や壁に床の全てが黒系統の色に染められているのだ。特に、血管を思わせるような壁の模様は、彼の記憶を激しく刺激した。


「ここはもしかして、邪神の塔か……!」


 それから身動ぎするなり気付く。両手足が壁と同化しており、体の自由が利かないのだ。そして辺りを見渡したなら、仲間達も同じ境遇であると知った。寸前まで側にいたケラリッサやリリアにルイーズ、その先を見ればソーヤ親子。マリウスとミーナの姿も端の方に見えた。


「起きろみんな! しっかりするんだ!」


 呼びかけにいくつかの呻き声があがる。だが最初に明瞭な返答をしたのは、全く予期せぬ方角からだった。


「ギャアギャアうるせぇっての。騒いだってもう手遅れなんだよ」


「その声は……エルイーザ!」


 そちらの方に眼をこらしたなら、やがて暗さに慣れ、視界が広がってきた。本来であれば邪神の座るべき玉座にエルイーザは居たのだ。頬杖をつくポーズになぜか寒々しい殺気を覚え、思わず身が震えてしまう。


「お前、その姿はどうしたんだよ!?」


 リーディスは彼女の下半身に眼を向けながら叫んだ。確かに上半身はエルイーザそのものなのだが、腰から下は全く別であった。数え切れないほどの触手で埋め尽くされており、蛸や烏賊が取り憑いたかのようである。


「すげぇだろ、美しいだろ。これが真の力に目覚めた者だけに許される姿だよ」


「何言ってんだお前! そんなの、いつぞやのマリウスみたいな……」


 リーディスは言い切る前に胸の中で反芻はんすうした。エルイーザの不可解すぎる暴挙は、偶発的な事故が発端であるのは間違いない。だがそれ以降の暴走はどうか。眼前で晒す合成獣同然の姿は。そこまで思い至った所でようやく全てを理解した。


「お前、バグにやられたのか!」


「んな事知るか。別にどうだって良い。いや、むしろ願望を実現できる力を貰えたんだから、感謝してるくらいか」


「眼を覚ませよ! 今のお前は乗っ取られてるんだぞ!」


 唯一の肉親デルニーアも、悲痛な声で叫んだ。


「姉さん、気をしっかり持って! 貴女は乱暴者だったけど、心根の優しい人だったじゃないか!」


「小うるさくなってきたな。そろそろ本題に入んぞ」


 エルイーザがアゴをしゃくると、すぐにピュリオスが動き出した。未だに目覚めない者達目掛けて、気付薬をかがせた。それでようやく全員が意識を取り戻した。


 エルイーザは辺りを睥睨へいげいするなり立ち上がった。それからおもむろに歩き始めると、リーディスの前で足を止めた。


「いいか、一度しか言わねぇから良く聞けよ。お前らには2つの道を用意した。ひとつはアタシの忠実な下僕として仕える道。その証明にはこれを飲んで貰う」


 彼女の掲げた左手には、金色のグラスが出現した。淵からは黒いモヤが溢れ出ており、真っ当な代物でない事は明らかである。


「そしてもう1つの道は、モブキャラ落ちだ。人格情報の全てを消去して、村人Aとして生きてもらう」


 エルイーザは右手を掲げると、漆黒の穴を虚空に生み出した。だが今回の穴は、これまでに見たものとは一線を画している。漆黒の中を青白い稲妻が駆け巡り、所々で放電が見られた。ただならぬ何かであるのは尋ねるまでもない。


「そんなの、どっちも嫌に決まってるでしょ!」


 たまりかねたリリアが叫ぶ。それを切欠に、皆が説得に乗り出した。


「自分を見失ってはダメよ! 本当のアナタを取り戻して!」


「エルイーザさん。貴女は芯の強い人だ。邪念に負けるような人じゃ無かったはずです!」


 いくつもの言葉が飛び交う中、エルイーザが怒号で答えた。


「うるっせぇんだよ! アタシには世界を左右するだけの力があるんだ。それを使う事にためらう訳ねぇだろが!」


 エルイーザの逆立った髪先から、眩い光が飛び出した。青紫の光は、稲妻が空へ逆流するようにして駆け抜け、やがて雲の向こうへと消えた。今のは魔力を放出したものだと、そしてただならぬ力であった事を、リーディス達は察した。


「見ろよクソども。これが力の片鱗だ!」


 室内に幾つもの幻影が生み出された。それは外の様子を映し出したものであり、イサリやカバヤ、ウェスティリアなどの街が見える。だが次の瞬間に地面は割れ、建物は崩壊し、そこに住まう人々は一斉に逃げ惑った。地割れはみるみる内に大きくなり、やがて多くの建物が地中へと引きずり込まれてしまった。


「どうだ。アタシの手にかかれば、世界のリセットなんか朝飯前だ」


「何て事を……姉さんは仮にも女神でしょうが! 人々の繁栄と平和を願う神様なんでしょう!?」


「吠えんじゃねえよデルニィ。アタシを止めたきゃ力づくで来な」


 エルイーザの指がデルニーアの頬を撫でた。優しく、滑らかに。そしてアゴ先までなぞると、指先で顔を跳ね飛ばした。


「テメェが『腰抜け』なんて肩書きじゃなけりゃ、その縛めも解けたのにな」


 愉快そうに笑いながら、今度はリーディスの前まで歩み寄った。彼女の両手には再び、グラスと漆黒の穴が現れる。


「さぁリーディス、選べよ。どっちがお望みだ?」


「待て。お前は何を企んでるんだ」


「ブッ潰してやるのよ、こんなクソつまらねぇ世界なんざ。いちいち星評価がどうのとか、票が何票とか、やってられっかよ」


「この世界が気に入らないってんなら、どう変えるつもりだ!」


 当然の問いにエルイーザは頬を大きく歪ませた。その言葉を待っていたかのようである。実際、それからの彼女は極めて饒舌に語り倒した。


「化石みてぇなファンタジーなんかお終いだ。超絶にアイディアの尖った世界に塗り替えてやる」


「分かんねぇよ。もっと具体的に言え」


「絶世の美女エルイーザさんと完璧イケメン軍団が織りなす、ちょいエロのドッキドキ乙女ゲーに生まれ変わんだよ」


「……はぁ?」


「半裸が正装の男達に囲まれた紅一点。日がな一日モッテモテ。誘惑と汗臭い色気に溢れた煌びやかな世界にしてやろうってんだ。ちなみに女どもは全員媚びへつらい役な」


 これには皆が絶句した。願望をひけらかすにしても、もう少しマシなものを出せと思う。


 そしてイケメン軍団というが、それは誰が担うのか。リーディスやマリウスなどは別に醜男ではないが、女性を夢中にさせるようなデザインではない。冒険や戦闘が映える様に作られているのだ。


 そもそもエルイーザがヒロインを張るのにも無理がある。彼女の荒すぎる気質は王道からは遠いし、今や見た目も人間の枠から外れてしまっている。横暴なタコ女がちやほやされる物語など、最先端すぎて誰の性癖にも引っかからない事は確実だ。


「お前って、そんな願望があったのか?」


 呆れかえったリーディスがため息混じりに言った。だが、その指摘は乙女心に何十倍もの重みで突き刺さった。


「うっせぇ! 人の趣味せいへきを笑うんじゃねぇ!」


「うわっ、ちょっと待て……」


 リーディスは抵抗する間も無く、漆黒の穴に飲み込まれた。彼の存在を証明する物は欠片も残さずに。


「さぁて。お前ら、言葉は慎重に選べよな?」


 エルイーザの重たい声が響く。それは遺された者たちの耳に木霊した。


 最強戦力であり、統率役のリーディスが真っ先に消されたのだ。要求に屈するのか、それとも同じ運命を辿るのか。彼らの未来には色濃い暗雲が垂れこめていた。




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