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8 孤児院訪問





 前もって連絡した上で、初めてセレナがその孤児院を訪れると、年老いた院長が出迎えてくれた。

 


 ――院長は緊張していた。何せ先代当主夫妻が亡くなってからというもの、アルファーロ侯爵家からは毎年金だけは送られてくるが視察もなく、院長が寄付への感謝を綴った手紙を送っても、執事から型通りの短い返事が届くだけ。院長は、自分の手紙を当主本人は読んですらいないのではないか、このままではいずれ、この孤児院は見放されて寄付も打ち切られるかもしれない、と非常に憂いていた。そこへ突然、アルファーロ侯爵家から連絡があり、現当主の妻であるセレナがこの孤児院にやって来たのだ。

 現アルファーロ侯爵夫人がかつて国王の側妃であったことは誰もが知っていることだ。王家の威光がとりわけ強いこの国では、国王の側妃が平民と直接言葉を交わすなどあり得ない。いくらセレナが既に後宮を去った身であっても、院長にとって恐れ多いことに変わりはないのである。しかも現在のセレナはアルファーロ侯爵夫人。アルファーロ家からの寄付金は、この孤児院にとって生命線である。何か無礼があってセレナを怒らせれば、いよいよ寄付金打ち切りの悪夢が現実のものとなるかも知れない。絶対に粗相があってはならない――



 セレナは緊張感漲る院長の態度に内心苦笑しながらも、子供達の様子を注意深く見ていた。きちんと食事を取っているのだろう。栄養不足の子はいないようだ。年齢の高い子はセレナの訪問に緊張はしているが、表情が暗い子は見当たらない。幼児は元気一杯だ。子供達はセレナを歓迎して歌を披露してくれた。もっと早く来れば良かった。子供達の歌を笑顔で聴きながらセレナは少し後悔していた。

 足繁く通って来ていたルーベンの母が突然亡くなってしまって、この孤児院の子供達もずいぶんと寂しい思いをしたのではないだろうか。院長は最大の理解者を失い、切実に孤児院の将来を心配しているだろう。もっと早くアルファーロ侯爵家が関わる慈善活動に目を向けていれば――だが、過ぎたことを悔やんでも仕方がない。

 

 セレナは院長に言った。

「亡くなった義母の代わりは務まらないかもしれませんが、私なりにこの孤児院の子供達に出来ることをしていきたいと思います。寄付の継続は勿論ですが、教育や就業支援などにも積極的に取り組みます。そして、なるべく私自身がこちらに来て、子供達に直接関わりたいと思うのですが宜しいでしょうか?」

「も、勿論でございます。ありがとうございます。勿体ないお言葉です。子供達もさぞ喜ぶでしょう」

 院長は目に涙を浮かべて、そう言った。どうやら大層感激しているようだ。セレナはそんな院長に微笑むと、早速子供達の輪に入り一緒に遊び始めた。



 

 セレナの日常は忙しい。屋敷では女主人として使用人達をまとめ、まだ幼いルシオとファビオに目を配り気を配り躾をする。侯爵夫人としてお茶会などの社交も多い。したためる御礼状や御機嫌伺い等の手紙も相当な数にのぼる。そして最近では、週に2度の孤児院訪問が加わった。

 ルーベンの母が亡くなって以来、孤児達の教育や就業支援が手薄になっていることを知ったセレナは心を痛めていた。せっかくきちんと教育や支援を受けていたのに、それが不十分な状態になるなど、孤児院の子達が不憫でならない。セレナは人脈を使って理解のある協力者を探し、教育や就業支援を依頼した。そして、セレナ自身も子供達を直接指導した。


 そんなセレナが孤児院に通ううちに実態を知り、何よりも気になり始めたのが孤児達の養子縁組に関する問題であった。孤児院の子を養子にと望む者に対し、無条件で子供を引き渡していると知ったセレナは非常に驚いた。世の中には考えられないような非道な行いをする人間がいる。庇護してくれるはずの親のいない孤児は、とても弱い存在だ。悪意ある大人の手に渡れば、逃れるすべも訴え出るすべも持っていない。だからこそ水際が大事だ――セレナはそう考え、養親希望者に細かい条件を設け、その上で院長と共にセレナ自身が面談をすることにした。するとそれは思わぬ抑止効果をもたらした。疚しい動機で子供を引き取ろうとしていた者は、”侯爵夫人自らが面談する”と聞いただけで逃げ出したのだ。

 養親希望者に多くの条件を設けた上に更に面談でふるいに掛け、子供自身の意思もよくよく確かめてから養子縁組をまとめるようになると、必然的に引き取られていく子供の数は減った。しかし、こういう事は効率が良ければいいという訳ではない、とセレナは信念を持っていた。引き取られた後に子供が悲惨な目に遭うようなことはあってはならないのだ。絶対に。







 一方、クラーラは相変わらず頻繁にアルファーロ侯爵家を訪れていた。昼間、セレナが外出している間に、悪びれることなく屋敷に上がりこむクラーラの様子を使用人から報告される。その度に、セレナは溜息をついた。厚かましいクラーラもクラーラだが、それを許しているルーベンもルーベンだ。二人ともおかしな事をしているつもりは全くないらしい。一体、どういう神経をしているのか? 

 そして気になるのは、やはりルーベンがクラーラを息子たちに近付けることだ。何度セレナが意見してもめてくれない。ルーベンは、日々成長するルシオとファビオの姿をクラーラに見せて、息子自慢をしたくて仕方ないらしい。クラーラはクラーラで、ルーベンにそっくりなルシオとファビオを「可愛い、可愛い」と際限なく甘やかすばかり。躾に良くないこと、この上ない。


「あの女、消えてくれないかしら……」

 一人呟くセレナ。きっとクラーラも自分に対して同じことを思っているのだろう――そう考えるとゾッとして、セレナは思わず両腕で自身を抱きしめた。

 

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