7 ファビオ誕生の後
長男ルシオ誕生の2年後、セレナは次男を出産した。「ファビオ」と名付けられたその子も、ルーベンに非常によく似ていた。クラーラは大喜びだ。セレナはムッとする反面、これでクラーラが子供に害をなす心配はないだろう、と安堵もした。
もしもセレナにそっくりの女児でも産まれていれば、それこそクラーラに何をされるか分かったものではない。セレナだけではなく、執事のセバスティアンも危惧していたことだ。
ルーベンそっくりのルシオとファビオ兄弟を、クラーラは構いたくて仕方ないようだ。セレナは出来るだけ子供たちをクラーラに近付けないようにしていたが、ルーベンは逆に子供たちをクラーラに見せたくて堪らないらしい。そのことで、セレナは何度もルーベンと衝突した。だが、ルーベンは必ずこう言うのだ。
「どうしてダメなんだ? クラーラは私の妹のようなものだと、いつも言っているだろう? 彼女はルシオとファビオのことを甥っ子のように思って可愛がっているんだ。会わせないなんて可哀想だろう?」
対して、セレナの言い分もいつも同じだ。
「クラーラさんは貴方の妹ではないし、子供たちの叔母でもありません。他人を必要以上に近付けるなど非常識です。何度申し上げればお分かり頂けるのですか!」
セレナとルーベンの話はいつも平行線だった。どうしてこんなにも話が通じないのか? セレナは歯噛みする思いだった。ルーベンは、他の事に関しては至極常識的な男なのだ。それが、何故かクラーラの話になると途端に頑なになり、全くセレナの言葉を受け付けようとしない。セレナは不思議で堪らなかったし、不気味だとも思った。そして時折、以前この屋敷の侍女頭が漏らした言葉を思い出すのだ。
――「”洗脳”の一種ではないでしょうか?」――
アルファーロ侯爵家は、上位貴族の例にもれず慈善活動に関わっている。ルーベンの両親が健在だった頃は、ルーベンの母が積極的に活動していたらしい。男児を二人産み、跡取りをもうけるという貴族の妻としての大きな役目を果たしたセレナは、次にルーベンの母の行っていた活動を引き継ごうと動き始めた。
ルーベンの母は、アルファーロ侯爵家が毎年多額の寄付をしている孤児院に足繁く通っていたらしい。それは、いわゆる「視察」とは違ったようである。もともと面倒見の良かった彼女は、孤児達の日常生活の世話をしたり遊びに付き合ったり文字や計算を教えたりしていたそうだ。
両親が亡くなった後、当主となったルーベンは、その孤児院への寄付は継続していたが、自身が孤児院へ出向くことはなく、代わりの者を視察に行かせることもなかった。突然の事故で両親を失い、急遽家督を継いだルーベンに、そのような余裕があるはずもない。執事のセバスティアンからこれまでの経緯を聞いたセレナは、とにかく一度自らが孤児院へ顔を出すことにした。
急に当主が代わって以降、寄付は続けてくれているものの、一度も誰も視察にすら来ないアルファーロ侯爵家。孤児院側からすれば、いつ見放されて寄付を打ち切られるか分からない、と不安を感じているのではないだろうか?
セレナはルーベンに申し出た。
「亡くなったお義母様は、随分と孤児達のことを気に掛けて面倒を見ていらっしゃったと、セバスティアンから聞きました。及ばずながら、私がお義母様のしていらした事を引き継ぎたいと思いますの」
「そうか。それはいいね。母上は本当に足繁くあの孤児院に通っていたのに、私は孤児院の事を気に掛ける余裕などなくて、もう何年も金だけ送って後は知らん顔だったからな。君が行けば、あちらも喜ぶだろう」
ルーベンは、母親の事を思い出したのか柔らかい表情でそう言った。
そうしてセレナは、早速、孤児院を訪問することにした。