6 ルシオ誕生
ルーベンのもとに嫁いで1年後、セレナは男児を出産した。ルーベンは目に涙を浮かべ、「セレナ、ありがとう」と繰り返した。ルーベンは既に両親を亡くし、兄弟姉妹もいない。彼にとって血のつながった我が子の誕生は、周りが考える以上に嬉しいことなのかもしれない。セレナはそう思いながら、危なかしい手つきで息子を抱くルーベンを見つめた。ルーベンは息子を「ルシオ」と名付けた。
ルシオが産まれた1ヵ月後、王宮からの使いがアルファーロ侯爵家を訪れた。国王エドガルドからの祝いの品を携えて。それは「ルシオ・アルファーロ」と名の刻まれた”魔除守護剣”であった。赤子を災いから守ると言われるその短剣は、柄に水晶があしらわれた、この国の伝統工芸品である。
魔除守護剣は一般的には産まれた赤子の親族の男性から贈られる。多くの場合、赤子の父方の祖父が贈るが、ルーベンの父は既に他界していて、もちろん国王はそのことを知っている。この国では魔除守護剣を贈った男性は、その赤子の後ろ盾と見なされる。故に親族以外が贈ることは、ほとんどない。
その魔除守護剣を、国王から賜ったのだ。それはつまり、国王エドガルド自らが「生涯ルシオに力添えをする」と約束したに等しいのである。
ルーベンは、最高級と思しき水晶が装飾されている、その短剣を見つめながら、
「何という名誉なことだ。陛下がこの子の後ろ盾になってくださるなんて……」
と、呟いた。この国は、とりわけ王家の威光が強い国である。執事のセバスティアンに至っては、感動を通り越し、真っ青な顔をして今にも失神しそうであった。その他の使用人達は歓声を上げた。
セレナは、下賜した自分のことを忘れず、気に掛けてくれるエドガルドの心遣いが、この上なく嬉しかった。エドガルドの子を産むという、かつての望みは叶わなかったが、自分はこうして母になることが出来た。ルーベンの妻として、ルシオの母として、前を向いて生きていこう――セレナはエドガルドへの感謝を胸に、自分の現在の家族への思いを新たにした。
一方、子供が産まれれば、さすがにあまりやって来なくなるだろうと踏んでいたセレナや使用人達の予想をあっさりと裏切り、クラーラは相変わらず頻繁にアルファーロ侯爵家を訪れていた。まさか赤子に危害を加えることはないだろうとは思ったが、セレナは念の為、使用人達に、ルシオとクラーラが一瞬たりとも二人きりにならぬよう、常に複数で息子の側に付くことを命じた。使用人達もセレナが何を危惧しているか薄々勘付いている様子だ。ルシオ付きの新たな侍女を雇い入れる際には、執事のセバスティアンが自らの親戚筋の娘を2人推薦してきた。
「確実に信頼できる者でお側を固め、ルシオ坊ちゃまをお守り致します故、ご安心ください。奥様」
セバスティアンはそう言って、ニヤリと笑った。
しかし、そもそもルーベンがクラーラに「もう、この屋敷に出入りするな」と、きっぱり言い渡してくれさえすれば、それで済む話なのだ。何故ここまでセレナや使用人達が気を張らなければならないのか。セレナはいい加減、嫌気が差していた。けれど、相変わらずルーベンはクラーラの襲来を迷惑だなどとは露ほども思っていないらしく、クラーラにルシオを見せびらかして親バカぶりを発揮するばかりだ。
子供を産むことが出来ないクラーラに、嬉々として赤子を見せるルーベンの無神経さも相当だと呆れるが、セレナや使用人に疎まれていることに気付いているはずのクラーラが、頻繁にやって来てルシオを抱きたがるのもよく分からない。結局、ルーベンもクラーラもセレナの理解の範疇を超えているのだ。
クラーラは、やたらと「ルシィちゃんはルーベン様にそっくりね。ルーベン様似で本当に良かった」と繰り返す。セレナに似なくて良かったと言いたいのだろう。だいたい「ルシィちゃん」とは? なぜクラーラが勝手にルシオに愛称を付けるのだ。いちいち癇に障る女だこと――セレナはますますクラーラを疎ましく思うようになっていった。