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プロローグ 蜘蛛の下へ


 俺は縋るように、梯子を掴んだ。まずは右手、そして左手と、鉄さびた梯子を登るために手を伸ばしていく。更に、両の足も両手に揃えることで体はどんどん上がる。


「ホント。何が、したいのかなあ」


 自問は、空に向かって消えた。立入禁止された廃校の、今にも崩れそうな屋上に足が伸びた理由が分からないまま、それでも俺は更に上を目指す。

 たまたまそこに貯水槽の形が残っていたから、煙ではないが馬鹿な俺は登ってしまったのだろう。


「汚いな」


 頂上には鳥の糞やら彼らが営巣した後のゴミやら何やらが散乱していて、汚れずに腰を下ろすことは難しそうだった。明らかに、目指した先はここではない。だから、俺はもっと上を望んでみた。

 空は寂しく思えるほど雲がない快晴であり、日差しも強い。ただそれだけの、届かない場所だった。

 俺が羽を生やすことでもあれば、もっと近づくこともあるのだろうが、四肢で満足している状態でそんなことは起き得ないことであるし、わざわざ翼を運動させる労苦をそれだけのために味わいたくないというのも正直な気持ちだ。


「山は潜るもの。海外旅行も船が良さそうだし、紙飛行機だって、もう飛ばさない。だから、まあ俺にはここが限界っていうところかなあ」


 そして、俺は糞と残骸で出来た山に足を乗せた。汚くなっただろう靴底を無視しながら、先住者が残した何かを踏み躙ったことに満足を覚える。


「よし。行くか」


 さて、高い高いは、もう充分だ。死んで空に浮かぶことは想像できなくて、代わりに地に落ちていくことばかり想像できてしまえるような地虫らしい限界である。


 まあ、地を這うものであるからこそ、降りるのは早いものだった。わざわざ夜中にスプレーで書いたのだろう落書きや壊された扉等に、二度目となってはもう気を取られなくなっていたというのも大きいことだろう。

 そういえば、廃墟となった山間の校舎には少女の霊が現れる、とかいう噂があったことだって、閉ざされた校門の脇に空いた穴を通り過ぎた時に思い出したくらいである。


 行きはよいよい帰りは怖い。そんなことはなかったようだ。いや、まだ実際に帰路についたわけでもないのだが。


 まずは、自転車の鍵を外して。そうして俺は舗装された道路に背を向け、旧校舎脇の獣道に向かってマウンテンバイクを走らせた。


「ああ、痛い痛い。どうにかなんないもんかねえ、このクソ狭い道も」


 右も左も藪だらけ。無理に通れば、肌は当然のように葉で痛いほどに撫でられる。それでも、通いなれた道であるから、先はあまりに明白だった。しかし、こんな道を通う獣は俺くらいのものだろう。

 轍と僅かな隙間だけの道を個人で舗装するなんてあまりに無意味なことであり、だからといって時折頭部を弾く樹の枝の邪魔なことなどを無視することなんて出来ずに、苛立ちは募る。それでも、ペダルを回す足は止まらないのが不思議だ。

 一度目は導かれて、それ以降は興味と惰性。あとは、好意。それが尽きないから、今日もこんな無理をするのだ。自分が気分屋で、それに過ぎているということは、自覚している。


「ま、俺は馬鹿なんだろ。悪い、馬鹿だ」


 だから、きっと地獄に落ちてしまうのだろう。



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