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8話 ~暴虐の雨~

 突然のお泊まりを経て、十六夜家から登校した三人は、出たところを学校の生徒に目撃され学校中の噂となった。


 それを考えもしなかった竜胆は、時間をずらして登校しなかったことを激しく後悔した。


 それでも奇異や好奇の視線は午前中で落ち着き、家からの連絡で満月が早退したということ以外は、いつも通りに放課後を迎えることが出来た。



「弦月、今日は家まで送るぞ」

「……えぇ、お願いするわ」


 ホームルームを終え、あとは帰るだけとなった竜胆は、離れた席の弦月の元まで赴きそう告げた。


 その提案を弦月は少しの間を置いて受けた。


 大丈夫だと断ろうとしたものの、彼の瞳を見てそれをやめたのだ。


 彼は弦月と共にいるところを、ヘイグの眷属に見られてしまったことを懸念しているのだろう。


 そのうえ十六夜家より先までの道のりを、いつも共に帰っている満月がいないことも心配を増長させている。


「じゃあ行くか」


 そう言って先を行く竜胆を追うように、弦月も教室をあとにした。




 まだ日が落ちていない現在、時刻は四時を少し過ぎた頃。


 満月のように人間に紛れていない吸血鬼であれば行動時間ではないはずだ。


 今のうちに弦月を送り届けなければならない。


「これから下校には必ず俺と満月が付き添う。生徒会とかで残ることがあっても待つし、俺が何かの用事で遅くなるとしてもお前が待っててくれ」

「えぇ、分かったわ」

「まぁ考えすぎかもしれないけど、警戒することに越したことはないしな」


 そうして帰宅の途に付いた二人は何事も無く十六夜家を過ぎ、もうすぐ蒼井家にたどり着こうとしていた。


「まぁ昨日今日じゃ流石に何も無かったか」

「えぇ、そうね。それより、ヘイグ・ブルーハの潜伏先は分かったのかしら?」

「父さんの側近の人……いや、吸血鬼と日輪家の吸血鬼たちが協力して探してるみたいだ。 もしかしたら今日満月が早退したのもその関係なのかもな」

「満月もヘイグの捜索に加わっているというの……? もし戦闘になったりしたら……」


 ヘイグ・ブルーハの件に日輪家が関わっているということを知った弦月は、その顔を蒼白に染め上げた。


 親友である満月が危険にさらされることを危惧しているのだろう。


「いや、満月はその件には関わらないように配慮されるはずだ。側近の吸血鬼、クドラクさんがそう言ってたし、満月を危険に巻き込むようなことはあいつの家族が許さないだろ」


 下の子である満月は両親や兄、家の者たちから宝のように大切に育てられてきた。


 そんな彼女をヘイグの一件に関わらせることなど、誰も賛同しないだろう。


「なら良いのだけど……」

「あぁ、だからこの件には極力関わらない方が良い。 事態が収束するまで待っていよう」



「んなつれねぇこと言うなよ、出来損ない」



「「!?」」


 そんな会話をしていた二人の背後から、突如として声がかけられた。


 咄嗟に振り返った二人の目に映ったのは、赤い短髪をかき上げた背の高い青年であった。


 加えてかき上げられた短髪の下には、怪しく光る紅の双眸が見て取れた。


「お前は……」


 竜胆は読み通り、ヘイグの眷属が襲撃に来たのだと考え、臨戦態勢に入る。


「あ? 出来損ないのくせにこのオレと……」

「ッッ!!」


 しかし青年の狂笑に歪んだその顔を見て、彼がただの眷属ではないことを確信した。


 まさか、そんなことがあり得るのか。


 人間との混血であり、吸血鬼の特性を中途半端にしか受け継いでいない出来損ないの竜胆を排除するために。



「ヘイグ・ブルーハとやり合おうってのか?」



 真祖の王 ヴァールハイト・アルカードの第五子 ヘイグ・ブルーハが直接襲撃に来ることなど。


「弦月、俺の後ろに下がれ!!」

「っ……!」


 ぞっとするほど冷たい汗が背筋を伝い、即座に弦月の手を引いて自身の背に隠した。


「やっぱり出来損ないなだけあるな。人間の女なんか連れ歩きやがって」


 何なんだ、この底が知れないほどの殺気は。


 邂逅してから膨らみ続けているヘイグの殺気。


 竜胆はもちろん、それは人間である弦月にも肌で感じることが出来るほど大きなものであった。


「あんたがヘイグ・ブルーハか……。ならちょうど良かった、あんたに話があったんだ……」


 竜胆は静まらない動悸を無理やり抑え込みながら、言葉を続ける。


 その言葉に、ヘイグは眉間に皺を寄せながらも続きを促した。


「俺に王位継承の争いに加わる意思はない。俺を相手にしてるだけ時間の」

「だからなんだ?」

「は……?」


 ヘイグへ戦わずして勝利を譲るような竜胆の発言は、彼の苛ついた荒い言葉で断ち切られた。


「だから何だって言ってんだよ。戦う気があろうがなかろうが、てめぇの中に流れてる血が邪魔なんだ。真祖の王の血を引いてるのは、王位を継ぐヤツ一人だけでいいんだよ」

「何言って……」


 ヘイグの暴論に竜胆は言葉を詰まらせてしまった。


 彼は同族であろう混血であろうと、自分の邪魔をする者は排除しようとしているのだ。


「つーことでくたばれよ、出来損ない」


 刹那、ヘイグの姿が粒子状に爆散して掻き消える。


 この現象は吸血鬼の【霧化】に違いないのだが、彼の場合はその色が通常の吸血鬼とはあまりにも違いすぎていた。


 昨夜襲撃に現れたヘイグの眷属も、父の側近であるクドラクも影のような黒い霧として身体を変化させていた。


 しかしヘイグのそれは、鮮血のような赤色だったのだ。


 一瞬にして血飛沫が撒き散ったかのような紅が眼前に広がり、そして瞬きの間で完全に空気に溶けた。


「ッッ……!」


 明らかに通常の吸血鬼とは一線を画すヘイグの特異性を目の当たりにした竜胆は、全身から汗を吹き出しながら彼の出現場所を索敵する。


 通常の吸血鬼であれば霧として分散した身体が粒子として見えたり、それが出来なくとも気配だけは感じ取れる。


 だがヘイグの【霧化】は完璧にその存在を世界から消失させているかのように、何の痕跡も辿れない。


「あ? 霧化中の気配すら察知できねぇのかよ?」


 ヘイグの姿は見えず、気配すらない中で声だけが響く。


 直後、緊張の糸を張り詰め続けながら警戒する竜胆の眼前に、突如としてヘイグが出現した。


「くたばれよ」


 言葉とともに放たれたのは高速の手刀。


 風切り音と共に、竜胆の頭上から足元までそれが振り抜かれる。


「竜胆っ!!」


 目にも留まらぬヘイグの手刀は、竜胆の存在を文字通り一刀両断したかのように見えた。


「ッ……! 大丈夫だ」


 しかし彼の身体が陽炎のように揺らめき、ヘイグからほんの少し離れて手刀の攻撃範囲外で再び実体を得た。


 直撃は免れたようだが、制服の肩口が見事に切り裂かれ、滲む血で赤く染まっている。


「なんだぁ、今のはよ? 霧化にしちゃ中途半端だな」


 ヘイグは自身の攻撃を不可思議な現象によって躱した竜胆に、しかめっ面で問いかける。


「弦月……逃げろ」

「無理よ……。人間の私じゃ吸血鬼から逃れることなんてできない」

「俺がなんとか時間を稼ぐ。だからお前は満月の家に行って助けを呼んでくれ」


 血が溢れ続ける肩を押さえながら眼前のヘイグを見上げ、背後の弦月に言葉をかける。


「行け!!」


 それでも動こうとしない弦月に、強い視線を向けた竜胆は声を荒らげた。


「っ……!」


 ヘイグが一歩踏み出そうとした瞬間、竜胆が普段出さないような大声を弦月に放つ。


 それに反応した弦月は、日輪家がある方向へ駆け出した。



「待てよ」



 しかしその行先が鮮血のような霧に覆われ、弦月は足を止めてしまう。


「なッ……!?」


 ついさっきまで、いや瞬きの前までは目の前で実体を持っていたはずだ。


 それがどうしてそこにいる。


 ヘイグは竜胆が知覚するよりも早く霧化し、移動、再び実体化して弦月の進行方向に現れたのだろう。


「人間の女、テメェの血は美味そうだ。少し大人しくしてろ」

「ぁ……」


 ヘイグが言葉を切った瞬間、弦月の全身から力が失われ、地面に崩れ落ちた。


「今、何を……?」

「あ? 見えてすらいねぇのかよ。ただ首を打っただけだろうが」


 弦月が意識を失うまでの過程を、竜胆は全く目視することが出来なかったのだ。


「出来損ないどころかただの雑魚じゃねぇかよ……。 こんな奴潰すためにわざわざ東の果てまで来るんじゃなかったな……。七番目が最も恐れるべき存在なんて、あのババァ嘘じゃねぇか」


 呆然とする竜胆を見下しながら、ヘイグは落胆したように呟く。


 その瞳には呆れを通り越した、侮蔑の感情が宿っていた。


「テメェを殺して、この女を連れて帰るか」


 ヘイグは地面に倒れ込んでいる弦月を、つま先で突きながら嗤った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まさかの登場!とても手に汗握りました! 戦闘の緊張感や必死の攻防が伝わってきて、どうなるのかとひやひやしながら読みました!
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