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7話 ~守るべきもの~

 数分後、竜胆が敵を仕留めてリビングに戻ると、三人はバスタオル姿から元の制服やエプロン姿へと着替え終えていた。


「ゆ、ゆづちゃん……。元気出して……」


 着替えを終えて、三人は揃ってソファに腰かけていた。


 しかし真ん中の弦月だけはソファの上で体育座りをして、自身の両膝に顔を押し当てたまま動かずにいた。


「そ、そうよ。他の子じゃなくりんちゃんだから大丈夫よ」


 それは一体何のフォローなのだろうかと思いつつも、竜胆はそちらに歩み寄っていく。


 撫子のフォロー(?)によって、心なしかさらに顔を押し付けたように見える弦月は、竜胆の気配を察知したのか身体を強張らせた。


「ちょ、ちょっと満月ちゃんいいかしら~? お手伝いして欲しいことがあるの~」

「う、うん、何かな撫子さん~?」


 とんでもない棒読みで手伝いの提案をした撫子はソファから立ち上がり、満月も彼女に匹敵するほどの大根芝居をしながら立ち上がった。


 そしてそそくさと、二人してリビングから出て行ってしまった。



「……」

「……」


 撫子たちが出ていってしまったリビングには、顔を膝に押し付けた弦月と、それにどう対処していいかわからない竜胆だけが残された。


「悪かったよ……。何があったかよく確認しないで飛び込んで」

「……見たの?」

「は……? いや、その……」

「正直に言って……」

「み……見た……」

「比べたでしょ……」

「な、なんのことだよ……?」

「満月と比べたでしょって言ってるの……」

「いや、何でそうなるんだよ!?」


 顔を上げた弦月は頬を染めながら、恥じらいが突き抜けたかのように声を張り上げた。


 竜胆はいきなり話が思わぬ方向に飛んだため、声が裏返りそうになった。


「私は満月みたいに……無いから……」


 特にどこを示すわけでもなく呟かれた言葉を、竜胆はすぐに理解してしまった。


 弦月が満月と比較して劣等感を覚えるところなど、一つに決まっている。


「……ぷっ!」

「何笑ってるのよ……!」

「いや、やっぱりお前も女の子なんだなと思ってさ」


 思わず吹き出してしまった竜胆に、恥じらいを隠そうともしない素直な視線が突き刺さる。


 だがそれにひるむことなく竜胆は笑顔のまま答えた。


「いつも冷静で、俺たちのことをフォローしてくれるお前にも、歳相応の悩みがあってそれを気にしてるんだなって」

「当り前じゃない……。私だって十七歳の女の子よ……」


 竜胆に笑いかけられた弦月は、今度は口元だけを膝に押し付け、頬を赤らめながらぼそぼそと呟いた。


 その姿を見て苦笑いを浮かべる竜胆は、その裏で彼女の大切さを改めて感じた。


 弦月は吸血鬼という人間とは異なる者である満月や竜胆を受け入れ、平穏な日常を共に過ごしてくれている。


 だからこそ、彼女だけは絶対に戦いに巻き込んではならない。


 何を投げ打ってでも守らなければならないのだ。


 自分の手の届く範囲の大切な人たち。


 それは目の前にいる弦月や満月であったり、母である撫子、聖たち学校のクラスメイトだ。


 強大な力を持つヘイグ・ブルーハを倒せないとしても、彼女たちを危険から遠ざける力ぐらいは持ち合わせているはずだ。


 彼女たちに危険が降りかかるのならば、この手で必ず守り抜いて見せる。



「愛しいな……」

「この手で抱きしめてやりたい……」



「「!!??」」


 その台詞に驚いたのは口元を自身の膝頭に押し付けていた弦月だけではなく、傍に立っていた竜胆も同様であった。


 つまりこの臭い台詞を囁いたのは竜胆ではない。


 はっとして後ろを振り返った竜胆の目に映ったのは、こそこそとこちらを覗き見る撫子と満月の姿であった。


 彼女たちは竜胆に発見されるや、急いで扉を閉めて姿を消した。


「勝手にアテレコするなよ!」

「はぁ……」


 背後に鋭い突っ込みを入れる竜胆の傍で、弦月は安堵したような、しかしどこか残念そうなため息を吐いた。



「どうしてこうなった……」


 脱衣所での騒動のあと、弦月の機嫌を取ってから(取れていたのかは分からない)竜胆が少し自室へ赴いている間に、弦月と満月は制服から簡素なパジャマへと着替えていた。


 というか着替えさせられたというのが正確だろう。


 それも撫子が事前に二人の家に連絡して、彼女たちを泊める準備を進めていたためだ。


 そうなると風呂に入ったことさえ計算のうちだったのだろう。


「たはは……。まぁ家に連絡されちゃったし、お言葉に甘えるって感じで」

「昔は良く、こうして誰かの家に泊まっていたわね」


 撫子の用意周到さに苦笑する満月はその表情とは裏腹に、完全に泊まる気になっている。


 その横で弦月が懐古するかのような微笑を浮かべていた。


「あぁ、そうだな。 満月の家は広すぎて、俺と弦月は良く迷子になってたっけな」

「そんなこともあったわね」

「二人とも昔はわたしより抜けてるところあったのにな~。今はどうしてこんなに差がついちゃったのか……」

「元々だろ」「元々よ」

「二人とも酷い!?」


 声を揃えて満月を揶揄した二人は、彼女の反応を見て笑い合った。


 そして笑われた本人も釣られて笑い、それに慈しむような優し気な視線を送る撫子がいて、十六夜家のリビングは幸せな雰囲気が漂っていた。


「さぁ、こんな時間だし、りんちゃんもお風呂に入っちゃいなさ~い」


 ひとしきり笑い合った三人の元に、撫子の間延びした声が届く。


 その声を聞いた竜胆は壁に掛けてある時計を見遣り、もう時刻が九時を回っていることを知った。


「あぁ、そうするよ」

「じゃああたしとゆづちゃんはりんくんの部屋で遊んでるから~」

「ちょっと待て、なんで俺の部屋なんだ。別にここでいいだろ」

「え~、りんくんの部屋久しぶりなんだからいいじゃん」

「昔と特に変わってないぞ」

「別にいいよ~。ね、ゆづちゃん?」

「えぇ、この前あなたが言っていた本も読んでみたいし」

「あ~、まぁいいよ。散らかすなよ満月」


 まさか弦月まで乗り気になるとは思わなかったが、二対一では仕方ない。


 特に汚いわけでも、隠さなければならないものがあるというわけでもないのだから構わないだろう。


「人の部屋荒したりしないよ!!」


 満月にそんな忠告をしながら脱衣所に消えていった竜胆に、彼女は反抗の声を上げた。




「……」


 風呂から上がって自室へ向かった竜胆は、真っ先に目に入った光景に瞳から精気を失った。


 彼の視線の先には自身のベッド、そしてその上に大の字で寝ころんでいる満月の姿があった。


「気が付いたらもう落ちていたわ」


 その声はベッドの側面に背中を預けながら、手元の本に目を落としていた弦月が発したものであった。


 それだけ告げた彼女は再び文字の羅列に目を落とし始める。


 そして再び沈黙が降りた竜胆の自室に、満月のかすかな寝息だけが立っていた。


「どうすんのこれ……。確かこいつ、夜寝たら朝まで起きないよな……?」

「選択肢一、添い寝。選択肢二、あなたが満月を別の部屋に運ぶ。選択肢三、あなたが別の部屋で寝る」

「何言ってんだお前……。こいつ究極に寝相悪いから運んでる最中に殴られたりしそうで嫌なんだよな……。三が妥当だな」


 本から視線を上げず、一本ずつ指を立てて選択肢を挙げていく弦月に、呆れた表情で答える。


「で、私はどうすればいいの?」

「満月と同じ部屋がいいか? だったらここに布団敷くけど」

「嫌よ、落ちてきそうだし」

「確かに」


 弦月の懸念に、苦笑した竜胆は腕を組んで思考し、再び口を開いた。


「母さんの部屋はどうだ?」

「ダメよりんちゃん。お母さんはみんなより早く起きるから、ゆづちゃんを起こしてしまうわ」


 竜胆の問いに答えを返したのは同室にいた弦月ではなく、いつの間にか扉を開けて会話に入ってきた撫子だった。


 彼女はわざとらしく頬に手を当て、もっともらしい言い訳をする。


「ならどうするんだよ? この家部屋数はあるけどほとんどが物置になってるから使えないだろ。俺と弦月で一部屋ずつ取れるほど余ってないよな」

「なら二人で一部屋使えばいいじゃないの」

「……は?」「……え?」




 時は日付を跨いで少しした頃。


 暗闇に包まれた室内には、時計の針が時を刻む音だけが響いていた。


「……」

「……」


 先ほどの撫子の提案、いや家主の権限によって余っている一部屋に押し込まれた竜胆と弦月はお互いの存在を感じながら、眠りにつけずにいた。


 撫子は竜胆たちをまだまだ子供だと思っている節があり、昔のように同じ部屋で寝ることを何も気にしていないのだろう。


「やっぱり俺リビングで」

 その空気に耐えきれなくなった竜胆は、布団から身体を起こして部屋から出ていこうとする。

「竜胆」


 しかしそれを弦月が呼び声で遮った。


「……なんだよ」

「撫子さんのこと、守ってあげて。あの人は一見強く見えるけど、本当は酷く脆いから……」

「……分かってるよ」


 きっと撫子は父が危篤状態に陥っていることを、今朝より前から知っていたはずだ。


 それを竜胆に気取られないように毎日いつも通り過ごしていたのだろう。



 連日のフルコースはその気晴らしが理由だったのかもしれない。


 それに弦月と満月の急なお泊りも、彼女が父のことを考えないようにするために強引に取り付けたのではないだろうか。


「そう……。じゃあついでに、私のことも守ってね」


 先程まで背を向けていた弦月は、寝返りを打って竜胆の方へ向き直って微笑んだ。


 月光に照らされたその横顔は息を呑むほど美しく、しかしどこか儚げな危うさを兼ね備えていた。


「……あぁ」


 竜胆は返事をしつつ、彼女に背を見向ける。


 それが契機となったのか、二人は再び瞼を閉ざした。




 小鳥のさえずりとカーテンの隙間から差し込む朝日が、竜胆の意識の覚醒を促す。


 目覚ましよりも早く目覚めた竜胆は、起き上がろうとしたところで背中に違和感を覚えた。


「ん……? って弦月!?」


 竜胆の背にぴたりと密着していたのは、未だ眠ったままの弦月であった。


 彼の素っ頓狂な声によって目覚めた弦月は、竜胆の瞳をぼんやりと見つめて口を開く。


「ん……おはよう、竜胆」

「いやいやいや、なんでお前俺の布団にいるんだよ!?」

「……? ……!?」


 時間が経つにつれて寝ぼけた意識がはっきりとしてきたのか、現状を理解した弦月は目を見開いて飛び起きた。


「ご、ごめんなさい……。私、家ではベッドで、落ちないようにって考えて寝てるから……」


 つまり落ちる危険性がない布団では弦月もそれなりに寝相が悪く、竜胆の布団に入り込んでしまっていたのだろう。


「おはよー! りんくん、ゆづちゃん……ってどうしたの?」


 突然の来訪者、満月の元気な声が二人の一室に響いた。


 そして扉を開け放った満月が見たのは、お互いに正座して逆方向を向く竜胆と弦月の姿であった。


「アレだよアレ。朝の瞑想的な?」

「そ、そうね……。流石に苦しいんじゃないかしら……」


 竜胆の迷走した返事に動揺しつつも相槌を打つ弦月だったが、小声で付け足すように呟いた。


「ほぇ~、だから授業とかも集中してられるんだね~。あ、もうご飯の支度できたから起きなさいって撫子さんが」


 それだけ言い残して階下へと駆け下りていった満月に、二人は嘆息した。


「満月がアホで良かったな」

「でもちょっと心配になるレベルね。将来簡単に騙されてしまいそう……」


 二人の不審な行動を瞑想ということで納得した満月の安直さによって話題が流れ、今朝の状況のことはお互いに無かったことにした。




「おはよう。りんちゃん、ゆづちゃん」


 階下に降りると、いつも通り花柄のエプロンを纏った撫子が、柔らかな笑顔で二人を迎えた。


「おはよう、母さん」

「おはようございます」


 竜胆は椅子に手をかけながら、弦月はぺこりと浅いお辞儀をしながら挨拶を返す。


「もう、遅いよ二人とも! 私はもうお腹ぺこぺこなんだから!」


 一足先に起きたのだろう満月は、食卓の前でうずうずしている。


「お前昨日あれだけ食ったろ……」

「寝ちゃったから消化したんだよ~」

「動いていないからそれほど消費されるとは思えないのだけれど……。あ、寝相が悪いとその分カロリーを使うのかしら」

「いや、そんなに真面目に考えなくてもいいだろ……」


 満月の発言をまともに受け止めた弦月が、顎に手を当てて思考している様子を竜胆は呆れて見ていた。


「てか満月。お前ホントに吸血鬼なのか? 本来夜行性だろ?」

「あ~、そういうこと言っちゃうんだりんくん。人間世界に溶け込めてる証拠なのに~」

「お前の一日は半分以上睡眠だよな」

「眠りは人を豊かにするんだよ! あ、吸血鬼も!」


 そんな言い合いをしている二人の間に、撫子が大皿を置いて話を遮る。


「寝る子は育つ、食べる子も育つ。いっぱい食べてね~」

「は~い! ほら撫子さんもこう言ってるし」

「そんでも男の俺より食べるのは女子としてどうかと思うぞ」

「はうっ!」


 竜胆の指摘が突き刺さった満月の反応に、撫子も弦月も笑みをこぼした。


 そして準備が完了し、朝食が開始される。


 今朝のメニューは和食で、案の定量はかなり多いものの、四人がかりなので丁度いいぐらいだろう。それに満月がいればどうとでもなりそうだ。




 朝食を終え、全ての準備を終えた三人は玄関先で撫子に見送られていた。


「また来てね、ゆづちゃん、満月ちゃん」

「はい!」

「はい。今度は事前に言ってくれると助かりますが……」

「そ、そうよね~。強引にお泊まりさせちゃってごめんなさいね」

「いえ、久しぶりに三人で泊まって楽しかったですから」

「そう、なら良かったわ」


 弦月の整った顔に浮かんだ小さな喜びの感情に、撫子が慈しみに満ちた笑みを向けた。


「それじゃあ母さん」


 全員が靴を履き終え、撫子の方に向き直った。


 そして満月が満面の笑顔で、竜胆と弦月は小さな笑みを称えながら口を開く。



「「「いってきます」」」



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