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5話 ~王位の継承者候補~

「ただいま」

「お帰り~、りんちゃん。あら、二人とももう来たのね~。上がって上がって」


 十六夜宅に入るや、撫子が出迎えに出てきて、弦月と満月に来客用のスリッパを差し出した。


「ありがと~、撫子さ~ん」

「お邪魔します」


 満月はにこにことスリッパを履きながら、弦月は律儀に満月の靴まで揃えながら挨拶した。


 竜胆は靴を脱ぎ、自身のスリッパに足を通してリビングへと向かった。


「あら、りんちゃん。ブレザーの袖、破れてるわよ?」

「え……?」


 すれ違いざまにそう指摘された竜胆は、自身のブレザーの肩口が綺麗に破れていることにいまさら気が付いた。


 そしてそれが眷属の吸血鬼の手刀によるものだと遅れて理解した。


「ご飯の後に縫っておくから貸してちょうだい。理由もそのときね」

「あ、あぁ。頼むよ」


 撫子の双眸に全てを見透かされたような気がして、竜胆は一瞬言葉に詰まってしまった。


「わ~すご~い!! いつもの事ながら一人で作ったとは思えないね!?」

「うふふ、好きなだけ食べてね~」


 リビングに入ってすぐ、満月はテーブルに並ぶ料理を見て目を輝かせた。


 その純粋な反応が嬉しかったのか、撫子は頬に片手を添えて柔らかな笑みを称えた。


「……」

「お前は俺の苦労を分かってくれて助かるよ……」


 それを見て虚ろな目をこちらに向けてくる弦月に対し、竜胆はため息のように言葉を零した。


 満月はいつも大喜びだが、弦月はこの苦労を理解してくれているからありがたい。


「座って座って~」


 三人はそのまま撫子に促されて弦月と満月、竜胆と撫子の二対二の形で向き合って椅子に座った。


 そして全員が手を合わせて食前の挨拶をする。


「「いただきま~す」」「「いただきます」」


 満月と撫子の間延びした声と、竜胆と弦月の静かな声が重なり食事が開始された。


 満月は早速自身の取り皿に何種類かの料理を盛り付け、口に運んだ。


 するとすぐに、目を見開いて撫子の手腕を絶賛する。


「ん~~~! おいし~~!」


 弦月もそれに次いで料理を取って口に運ぶ。


 そして味が口内に行き渡るや、静かに感想を零す。


「とても、おいしいです」


 弦月の感想は単調なものに聞こえるが、その瞳からはあふれ出る喜びの感情が見て取れて、撫子も満足そうであった。


 竜胆にとっても二人が喜んでくれることと、撫子の料理を褒められることは嬉しく、彼は小さな笑みを浮かべていた。


 そんな彼も二人に続いて料理を食し、その味とこの幸せな時間を嚙みしめる。


 みんなでいつまでもこうして幸せな時間を過ごし続けていければ、と考えているのは竜胆だけではないだろう。



 それから学校であったことを撫子に聞かれた三人は、竜胆と満月が力を抑え忘れて体育でとんでもない記録を出した話や、満月が授業中に寝てばかりいるといった他愛もない話をして笑い合った。


 そして食卓に並んでいる皿がどんどん空になっていき、やがてその全てが空き皿となった。


「はぁ~、ごちそうさまでした~」

「ご馳走様でした」

「お粗末様でした~」


 満月と弦月が揃って手を合わせてそう言うと、撫子が笑顔で答える。


 二人が食べ終えたのはほとんど同じタイミングだったが、明らかに食べている量は満月の方が多く、全体の三分の一は彼女が食したのではないだろうか。


 食事を終えて片付けを始めた撫子を三人で手伝い、再び席に着くや、竜胆は話を切り出した。


「母さん、さっきのブレザーのことなんだけど」

「えぇ、何かあったのでしょう?」


 いつもニコニコしている撫子の目が、真剣な光を帯びて竜胆の瞳を見つめた。


 そのため彼も緊張した面持ちで言葉を継ぐ。空気の変わりように弦月と満月も表情を引き締めた。


「下校中に一人の吸血鬼に襲われたんだ。真祖の王の血を受け継ぐ、ヘイグ・ブルーハの眷属だって名乗ってた」

「!!」

「母さん、もしかしてそのヘイグっていうのは、俺の異母兄弟にあたる吸血鬼なんじゃないのか?」


 あの吸血鬼との交戦時から抱いていた疑問を撫子に投げかける。


「……えぇ、ヘイグ・ブルーハはあの人の前の奥さんとの子供よ」

「やっぱりか……」

「え?え? りんくんのお父さんは再婚なの?」


 何も知らない満月は、そんな気の抜けるような問いかけをしてくる。


 それに答えたのは意外にも弦月であった。


「竜胆のお父さんは真祖の王として吸血鬼の頂点に君臨している。 王であることと吸血鬼の不死性を考えれば、昔の子供がいたとしても不思議ではないわ」


 その言葉に撫子は小さく頷き、そして言葉を継ぐ。


「ゆづちゃんの言う通り、あの人には前の奥さんが六人いたの。 そしてそれぞれの奥さんとの間に一人ずつ子供をもうけた。上から順にヴラド・ヴァンピール、エルゼベート・ロザリア、キュルテン・ギルティン、ジルドレイ・ルガド、ヘイグ・ブルーハ、フリッツ・ウピオル。そしてりんちゃん、あなたが七番目の子供よ」

「……!」


 前妻がおり、兄姉がいることはなんとなく予想できていた。だがそれほどの数になるとは思いもしていなかったため驚いてしまう。


 しかしその兄が竜胆を狙っている理由は皆目見当がつかない。


「そのヘイグさんは、なんでりんくんを狙うのかな?」


 竜胆の心を見透かしたように満月が問いかけると、その問いに撫子は逡巡するかのように小さく俯いた。


「眷属の吸血鬼は、王位を受け継ぐのはヘイグ様だとか言っていました。 もしかして竜胆のお父さんに何かあったのでは……?」


 弦月の指摘に撫子の肩がびくんと跳ね上がる。


 眷属の吸血鬼の言葉から竜胆も薄々そうではないかと予想していた。


 しかし不死性を持つ吸血鬼が、それも真祖の王として数百年君臨し続けてきたあの父がよもや死んだということもあるまい。


 しかし明らかに尋常ではない撫子の反応に、竜胆の心臓の鼓動が早まる。


「……あの人は今、危篤状態なの……」

「「!?」」


 撫子の発言に、竜胆たち三人は目を見開いて驚いた。


 吸血鬼の血を受け継ぐ者と、吸血鬼の友人を持つ人間にはその事態の異常性が良く理解できたのだ。


 不死性を持つ吸血鬼が危篤状態などあり得るのか。


「吸血鬼殺しを生業とする聖十字の一族の長と戦って、相討ちになったそうなの」

「聖十字の一族……」


 吸血鬼殺しの中の吸血鬼殺し。それが聖十字の一族だ。


 彼らは全員が大なり小なり銀の聖十字を身に着けており、そこに込められた祈りの力は、唯一吸血鬼を死滅させる力を持っていると言われている。


 一族の長といえば、身の丈よりも巨大な十字架を軽々と振るう化け物じみた人物だと噂で聞いたことがある。


 彼らと吸血鬼は遥か昔から今に至るまで、闘争の歴史を刻み続けてきた。


 現代では吸血鬼の存在を信じる者はほとんどいなくなってしまったが、それは滅ぼされたからではない。


 そもそもの絶対数が少ない吸血鬼たちは、生き辛くなった現代の表舞台から姿を消したのだ。そのため彼らは空想上の化け物として現在のように語られている。


「あの人が先頭に立って、今まで通り吸血鬼殺しと渡り合っていくのは無理だと考えた宰相が、七人の子供の中から次の王を決めると宣言したそうなの……」

「だから継承者候補の竜胆が狙われた、ということですね」

「そんなのって……! りんくんはそのことすら知らなかったのに」


 撫子の説明に合点がいったように弦月が呟き、満月が複雑な表情で竜胆の顔を見つめる。


「ごめんなさい、それはわたしの責任なの……。何日か前にあの人の側近の吸血鬼さんが家に来て、そのことを知ったのだけれど、りんちゃんに伝えるのが怖かった……」


 王位継承の争いに竜胆が巻き込まれることを危惧して、撫子はその事実を伝えることが出来なかったのだろう。


 しかし逆にそれを知らなかったからこそ、警戒を怠ってしまっていたともいえる。


「りんちゃんには争いのない平和な日常を送って欲しいと思って伝えなかったのに……。まさかりんちゃんを狙って日本に来るなんて思わなかった……」

「撫子さん……」


 今にも泣きだしそうな撫子の肩に、弦月の手がそっと添えられる。


 その手に重ねるように満月の手が重ねられ、撫子は二人の手に触れて微笑んだ。


「ありがとう、二人とも……」


 その光景はまるで一枚の絵画のようで、見ている側に心地よい安堵感を与えた。


「母さん、心配しないでくれ。俺はその王位継承戦に参加する気はない」

「でももう狙われちゃってるのよ……!」


 撫子は俯かせていた顔を上げ、目尻に涙を溜めた瞳でそう訴えかけてくる。


「あぁ、だから王位を争う気が無いことをヘイグに伝える。それで終わりだろ」

「そうね、それがあなたらしいわ」

「うん、平和主義のりんくんっぽい!」


 竜胆の意向に賛成した弦月と満月は小さく笑った。


 それを見た撫子は安心したかのように息をつき、目尻を拭った。そして急に立ち上がり、弦月と満月の手を取った。


「よ~し! 三人でお風呂に入りましょう!」

「え……!?」

「いきなりどうしたの撫子さん!?」

「元気づけてくれたお礼よ! 髪も身体を綺麗に洗ってあげる!」

「二人とも困ってるだろ、母さん!」

「あら、りんちゃんも一緒に入りたいの~?」


 撫子に手を引かれ困惑する二人を見かねた竜胆は、彼女に注意を促す。


 しかしそれを聞いた撫子は、にやにやとした表情でこちらを見てきた。


「それはっ……!」

「で、でもりんくんなら……」


 撫子の発言に弦月は盛大に頬を染め、満月はもじもじと上目遣いでこちらを見てきた。


「あ、でも今日は二人がいるものダメよねぇ~。一緒に入るのは明日にしましょう」

「竜胆、あなた……」

「おい弦月、そんな冷たい目で見るな! 母さんの冗談だから、そんな事実は一切ないから!」


 この歳になってまで母と一緒に入浴しているという事実無根の話によって、盛大に引いた弦月の冷たい視線を必死に断ち切る。


 それを見て微笑んだ撫子は二人の手を引いて浴室の方へと歩いて行った。


「え、本当に入るんですか……? 三人だとちょっと……」

「ゆづちゃん、ここのお風呂はちょ~大きいよ! 三人くらい簡単に入れるよ~」

「あなた、どちらの味方なの……? というか満月の家のお風呂なんて、銭湯ぐらいあるじゃない」


 そんなことを言いながらも、心の底から嫌がっているわけではない弦月の表情に、竜胆は小さく笑った。


 こうして三人がじゃれているところは本当に姉妹のようで……。


 実母の年齢不詳さに慄いてしまう竜胆であった。

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