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3話 ~とある少年少女の日常Ⅲ ~

「あぁ、撫子さん~。流石のわたしでも、もう食べられないよ~」


 体育終わりの四限目、英語の時間にそんなことを漏らしたのは《眠り姫》の異名を持つ満月だ。


 大体の座学の時間は気持ちよさそうに眠っているため、この異名が付いたのである。


「人の親の名前を寝言で……」


 教室の最前列の席で眠っている満月を見つつ、最後列の竜胆は頭を抱えて呟く。


 対角の位置、廊下側の最後列の弦月にちらりと視線を送ると、彼女も小さなため息をついていた。


 二組の英語の担当はおじいちゃん先生のため、寝ていてもほとんど注意されない。


 それに甘えている満月は必ず爆睡しているのだ。


 だがその代わりにテストは竜胆や弦月の助力のもと、それなりに良い点数を取っている。


「むにゃ……。んぁ! りんくん、だめぇ~」

「「!!??」」


 そんな寝言に竜胆と弦月だけではなく、クラス中の生徒が驚愕した。


 そして一瞬、数十の視線が竜胆に突き刺さった。


「あのバカ……!!」


 頭を抱えながら苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる竜胆の背を聖が叩いた。


 それに振り返ると、にやにやとした表情の彼が声をかけてきた。


「お前、夢の中で満月ちゃんに何してんだよ。くすくす……」


 今にも笑い転げだしそうな聖に一発くれてやろうかと思った竜胆だったが、無視して再び前へ向き直る。


 そしてノートの切れ端を丸めて球状にしたものを握って振りかぶった。


 狙いは気持ちよさそうに眠る満月の額。


 横向きに寝ているため、斜め後ろの位置からでも狙いやすい。


 そして打ち出されたのは高速の弾丸だ。


「あいたっ!!」


 最後列から最前列へ、目にも止まらぬ速さで放たれた弾丸は見事に満月の額を打ち抜き、彼女の意識を覚醒させた。


 それを投げたのが竜胆であることは、その瞬間を見ていた聖以外誰も気づいていない。


 そしてタイミングよく授業終了のチャイムが鳴り響き、おじいちゃん先生が教科書を閉じて日直に挨拶を命じた。


 そして授業が終わり、各々が教室や学食で昼食をとる昼休みが始まる。



 竜胆、弦月、満月の三人は竜胆の席の周辺に集まって昼食をとっていた。


 竜胆は撫子手作りの弁当、満月も家から持ってきた弁当、弦月は購買のパンを各々口に運んでいた。

「で、お前は一体どんな夢見てたんだ……」

「な、なに、突然……?」

「寝言に撫子さんの名前と、竜胆の名前が出てきたのよ」

「わ、わたしそんなことを……」

「クラス全員の視線が俺に突き刺さった。どうしてくれるんだ……」


 竜胆は頭を抱えて呻くように嘆いた。


 それを見た満月がおろおろとしながら彼の様子をちらちらと伺っている。


「はぁ……。別にいつものことじゃない、あなたが視線を集めることなんて」

「いや、あの視線の集まり方はいつもではないと思うんですが……」


 クラス全員がはっとしてこちらを振り向くような視線の集まり方など、そうそうあることではない。


「そういうことじゃなくて。周りを見てみなさい、もう誰も気にしていないわよ」


 確かにそうであるが、結局また裏で正妻はどっち、愛人はどっちといったような論争が繰り広げられるに決まっている。


 しかし二人の前でそんなことを口にするのは微妙な雰囲気になるのでやめておく。


「ご、ごめんねりんくん。次からはりんくんの名前とか出さないように気を付けるよ」

「寝言のコントロールなんて無茶なこと心がけるんじゃなく、寝ないことに気を付けろよ……」

「だって日中って眠くなるんだもん、仕方ないよ~。りんくんは眠くないの?」

「眠くないこともないけど、あそこまで爆睡できるほどではないな」

「まぁ満月の昼寝は仕方ないことよ。何を言ったって簡単に治るものではないわ」

「ゆづちゃん酷い!? わたしだって起きてようと思えば起きてられるんだから!」


 その言われようにご立腹な様子の満月は、ぷんすかという陳腐な表現が似合う様子で両手を上下させる動きで二人を威嚇した。


「あ、俺次の五限も爆睡に賭けるわ」

「私は授業前に」

「もうっ!!」


 二人からの雑な扱いに可愛らしく怒った満月は、椅子から腰を上げて手を振り上げる動作を見せた。


 そんなとき、満月の背後に島を作って昼食をとっているクラスメイトの女子三人組の会話が耳に入ってきた。


「ねぇこの事件知ってる?」


 そのうちの一人はスマートフォンの画面を前の二人に見せながら、そんなことを問いかけた。


「あ~、この辺で結構被害者が出てるっていう吸血鬼事件でしょ?」

「!!」


 そんな会話に、満月が肩をビクつかせて異様な反応を見せた。


 その反応に竜胆と弦月は目で座れ、と指示して再び彼女たちの会話に聞き耳を立てた。


「そうそう。いつも夜から明け方にかけて被害が出てるみたいで、被害者には共通して首元に二つの丸い傷が残ってるんだって。被害者はみんな重度の貧血状態で見つかって、吸血鬼の犯行としか思えないから吸血鬼事件」

「事件が表立ってからまだ一週間たたないぐらいなのにもう十人近く被害者が出てるんだってね。なのに犯人の影も形も掴めてないんだって」

「こわ~、夜中は外に出歩かないようにしないとね」


 ぽっと湧いた吸血鬼事件なる話題はすぐに切り替わり、クラスメイトの女子三人組は別の話題に花を咲かせ始めた。


 その話を聞いていた竜胆たちは顔を顰めて考え込んでいた。



 そして昼休みが終わり五限六限と時間が過ぎていく。


 ちなみに満月は弦月の賭けた通り、授業が始まる前から睡魔に負けて眠りに落ちていた。

  

 特に何を賭けたわけでもないため、負けたところで何もないのだが。


「竜胆、放課後少し生徒会の仕事で残らなければならないから、先に帰っていてくれる? 後からあなたの家に向かうから」


 ホームルームの後、弦月は竜胆の席にやってきてそう報告した。


 弦月は容姿端麗、頭脳明晰なだけでなく、生徒会の書記もこなしている。


 学校の中枢機関である生徒会に所属する彼女は、普通の生徒に比べてやることが多いのだろう。


「……いや、終わるまで待ってるよ。 最近物騒みたいだしな」

「そうそう、三人で一緒に帰ろ~」


 竜胆は昼休みの吸血鬼事件の話を思い返し、そう提案した。


 いつの間にか近付いてきていた満月も、それに同調して待つことにしたらしい。


 その心遣いを理解したのか、弦月は小さく微笑んで言葉を継いだ。


「そう。なら終わり次第教室に来ればいいかしら?」

「……図書室にいるよ。ちょうど読みたい本もあったし」

「えぇ~、りんくん図書室行くの~? わたしが暇じゃ~ん」

「お前も少しは本を読めよ。俺が読みやすい本紹介してやるから」

「ん~、りんくんの見立てならわたしでも読めるかな~? んじゃ図書室でいいよ~」


 竜胆の提案に、満月は小さく首を傾げて考える素振りをした後、荷物をもって教室の扉へと歩んでいった。


「てことで終わったら図書室に来てくれ」

「えぇ、分かったわ」


 そうして三人で教室を出て図書室の前で弦月と別れ、竜胆と満月は図書館に入って時間を潰すこととなった。



 竜胆は自分の本を選んだ後、満月でも読めるような本を見繕って探し出した。


 その二冊を持って図書室の最奥の席に腰かける。


 読書を始めて一時間ほどした頃、ふと隣を見ると気持ちよさそうに眠る満月の姿があった。


 竜胆はその様子に苦笑を浮かべたものの、一時間も彼女が集中できる本を紹介できたことに小さな達成感を覚えていた。


 眠った満月の横顔を眺めていた竜胆は、一旦本を閉じて自身のブレザーを彼女の肩にかけてやった。


「ん……」


 肩にかかる重みにほんの少しの違和感を覚えたのか、満月は小さな声を上げたものの、すぐ安らかな表情に戻って安定した寝息を立て始めた。


 それからさらに一時間が静かに過ぎ、竜胆にも柔らかな眠気が襲い掛かってきた。


 春も半ばの図書室は暖かめのちょうど良い気温のうえ、静寂に包まれているため、満月でなくとも眠気に襲われてしまう。



「お待た……せ」


 それから十分ほどで弦月が仕事を終えて図書室にやってきた。


 しかしそこには机に突っ伏して完全に熟睡している満月と、その隣で本に指を挟んだまま椅子の背もたれに体重をかけて眠っている竜胆がいた。


 そこには声をかけて起こすのもはばかられるような、安らかな雰囲気が満ちていた。


「ふふっ……」


 弦月はその様子に微笑み、竜胆に自身のブレザーを掛けながら彼の隣の席に腰かけた。


 そして自前の文庫本を鞄から取り出して、文字の羅列に目を落とし始めた。



「……!」


 ゆっくりと瞼を持ち上げた竜胆は、遅れて自身が眠りに落ちていたことを理解する。


 そして入り口近く、貸し出しカウンターの上方にかけられている時計に目をやった。


 時刻は六時半を少し過ぎた頃、閉館の三十分前だ。


 時間経過から鑑みて、弦月の仕事はなかなか山積みだったようだ。


「なんかいい匂いが……」


 そしてふと自身の鼻腔をくすぐる甘くさわやかな香りに気が付いた。


 次いで自身の身体に、満月にかけたはずのブレザーがかけられていることに気が付く。


「……?」

「お、おはよう竜胆」

「!? 弦月、いたのか。終わったなら声をかけてくれればいいのに」


 隣からいきなり声を掛けられた竜胆はハッとして振り向き、そこに弦月の姿を認めて小さな息をつく。


「二人ともあまりにも気持ちよさそうだったのでね。……そ、それよりそれ、私のだから返してくれない?」

「ん……? あぁ、これか。かけてくれたんだ……な……?」


 赤面した弦月の言葉で、肩にかけられていたブレザーが彼女のものであったことを理解した。


 お礼を言おうとしたところで再びふわりと甘い香りが漂い、自身の目覚めのときの呟きを思い返す。


 この甘い香りは弦月のブレザーから漂うもの。


 起きがけにその匂いに包まれていたため、竜胆はいい匂いだと小さく呟いた。


 つまり弦月本人の前で彼女の匂いを良い、と呟いてしまったのだ。


「あ、いや……ごめん……」

「い、いえ……。あなたの好きな匂いでよかったわ……」


 二人は目も合わせずにブレザーの受け渡しを済ませ、お互いに俯き黙り込んでしまった。


 このとき弦月は付け足した二言目を猛烈に後悔していた。


 自身の発言によって顔から火が出るような羞恥に苛まれ、竜胆の方に目を向けることすらできない。


 対する竜胆も、自身の呟きを本人に聞かれてしまったことを恥じて俯いていた。


「ん~~~~! 良く寝た~! あれ、ゆづちゃんもういるじゃん」


 そして居心地の悪い静寂のまま数秒が過ぎようとしたときに、隣の満月が目を覚まして大きく伸びをした。


 それにより先ほどまでの微妙な空気が吹き飛び、竜胆と弦月の羞恥もようやく収まった。


「あ、あぁ。俺たちが寝てたから待っててくれたんだってさ」

「なら声かけてくれればいいのに~。てかりんくんも寝てたの?」

「あまりにも気持ちよさそうだったのでね。私も少し落ち着いて本を読みたかったし」


 満月にも竜胆の時と同じように説明して、弦月は立ち上がった。


「もうすぐ閉館時間よ、行きましょう」

「そうだな」


 立ち上がった弦月は、寝ぼけ眼を擦る満月に壁掛け時計を示しながらそう諭した。


 それに次いで竜胆が立ち上がり、満月も急いで立ち上がった。


 すると彼女の肩からブレザーが滑り落ちて、椅子の背もたれに引っかかった。


「あぁ、忘れてた」


 それを見た竜胆は自身のブレザーを満月にかけていたことを思い出し、椅子の背もたれから拾い上げた。


「あ、りんくんかけてくれてたんだ。ありがと~」


 満月は自身の鞄を拾い上げて肩にかけながら、眠そうで柔らかな笑顔を浮かべてお礼を言ってきた。


 それに軽く手を上げて応えた竜胆は席から離れて入り口に向かって行った。


 弦月、満月がそのあとに続いて三人は図書室を後にした。



「うわ~、すっかり誰もいないね~」


 三人が下駄箱を出たのは校舎の大時計が七時を指す十分前、部活で遅くまで残っている生徒以外はほとんど下校してしまっているだろう。


 日もほとんど隠れて、地平線を夕日が薄っすらとオレンジ色に染め上げ、夜の訪れを告げていた。


「満月、コンタクトはいいのか?」

「ん~、月が完全に出るまでは大丈夫だから、りんくんの家までなら大丈夫だと思うよ」

「そうか、ならすぐに帰ろう」


 満月はとある理由で夜に出歩くときはコンタクトをしている。


 今はまだ日が完全に沈み切っていないため、問題ないという判断を下したのだろう。


 それでもこの時期の日入りはあっという間のため、竜胆は急いで帰宅することを促した。

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