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21話 ~決戦~

「さてと、そろそろ来る頃かぁ?」


 廃遊園地の最奥に位置する廃墟の中の、半ばから折れた柱の上に腰を下ろしていたヘイグは入り口がある通路に目を向けて笑った。


 その直後、鉄扉が内側に吹き飛んで廃墟内の埃を巻き上げた。


 そしてその方向から聞こえてくるのは三つの異なる足音。


 ヘイグはそれを聞くや、三、四メートルはある柱から飛び降りて弦月の横に着地した。


「約束通り来たぞ、ヘイグ・ブルーハ……!!」


 先頭に立っているのはくすんだ灰髪を伸ばす、紫がかった瞳の少年だった。


 その後ろからは、赤みがかった茶髪のボブカットに赤い瞳を持つ少女と、指通りのよさそうな黒の短髪に赤い瞳を持つ青年がヘイグに視線を注いでいた。


「竜胆、満月、新月さん……!!」


 自分のことを助けに来た三人を見て、弦月は声を震わせた。


「本当にたった三人で来やがったのか? そんなわけねぇよな?」


 ヘイグは歪んだ笑みを浮かべながら、ポケットに片手を突っ込む新月に言葉を投げかけた。


 彼はポケットに入っている携帯端末を片手で操作することで、周囲に潜伏する仲間たちへ合図を送っていた。


「まぁ三人で来ていたとしても、テメェは約束を違えた……」


 言葉と同時にヘイグの手刀が振り上げられる。


 しかしその刹那、竜胆の姿が掻き消える。


「させるか……!!」


 そして瞬きの後にはヘイグの眼前に姿を現し、手刀を止めようとしていた。


 しかし彼に覆いかぶさるようにして現れた影が二つ。


 それは廃墟の闇の中に身を隠していた、ヘイグの側近二人であった。


 あと一歩のところで、ヘイグがこちらをせせら笑っている。


 左右からそれぞれ振り下ろされる拳と踵は、竜胆を的確に狙って放たれていた。


「ッッ!!」


 竜胆は目を見開いて、攻撃を黒紫色の双眸で捉えた。


 直後、陽炎のように竜胆の身体が揺らめいたことによって、同時に命中するはずだった側近たちの攻撃が空を切る。


「邪魔は」

「させないよっ!!」


 そして攻撃を空振った側近二人に、それぞれ跳び蹴りと掌底が繰り出された。


 突然の介入に反応が遅れた側近たちはそれぞれ左右に吹き飛び、廃墟の壁をぶち抜いて外へと吹き飛んだ。


 直後、満月と新月は側近たちを追ってそれぞれ外に飛び出していった。



 その間に振り下ろされていたヘイグの手刀と弦月の間には、陽炎のように姿を消したはずの竜胆が現れていた。


 そして竜胆は振り下ろされた手刀を軽く往なし、回転したヘイグの背に掌底を叩きこもうとしていた。


「こんな見え見えの罠に引っかかるなんてな」


 見下すような言葉の直後、ヘイグの身体が紅の霧として爆散し、竜胆の背後に現れた。


 掌底を放った竜胆は隙だらけであり、背後からの追撃に対処できそうにない。


「その台詞、そのまま返すぞ」

「ッ!?」


 だが、背後に現れたヘイグの眼前には、竜胆の蹴撃が迫っていた。


 彼は掌底の勢いを利用して、すでに回し蹴りを背後に放っていたのだ。


 予想だにしていなかった攻撃に、ヘイグは腕を交差させて防御態勢に入るしかない。


「吹き飛べ」


 防御の中心を撃ち抜いた竜胆の蹴撃は、言葉通りヘイグの身体を吹き飛ばし、廃墟の壁に叩きつける。


 その衝撃によって弱っていた壁が崩落し、彼の姿が瓦礫に埋もれて見えなくなった。



「弦月、大丈夫か……?」


 竜胆は弦月の傍に片膝をついて、彼女を拘束する鎖を断ち切りながらそう問いかけた。


「え、えぇ、何もされていないわ」

「本当に、無事で良かった……」


 竜胆は嚙みしめるように呟きながら、彼女の手を取って立ち上がらせた。


 その手には弦月が少しだけ痛みを感じるほどの力が込められていたが、彼女がその痛みを訴えることはなかった。


 込められたその力が、弦月への想いの強さだと分かってしまったから、彼女にとってもその痛みは嬉しいものであったのだ。


「弦月、もう少し待っててくれ。 全部、終わらせるから」


 竜胆はヘイグが吹き飛んだ方向から弦月を庇うように立ち、そう宣言した。


 そして彼女に向けられていた優し気な瞳は一変し、敵を屠る強い意志を宿した。


「立てよ、ヘイグ・ブルーハ」


 そしてヘイグが下敷きになっているであろう瓦礫の山に向けて、挑発的な言葉を放つ。


 それに過剰反応したかの如く、瓦礫の山が内側から爆散し、礫を飛ばしてきた。


「出来損ないが、一発当てたくらいで調子に乗るなよ……」


 瓦礫の山から姿を現したヘイグは、すでに自傷によって出血しており、あの強力な【血流操作】を行っていた。


 彼の周囲には血の欠片が浮遊しており、触れるだけで壁を蒸発させている。


 ここからが本番だ。本気になったヘイグと渡り合えなければどうにもならない。


 それが出来なければ、ここで弦月もろとも殺されて終わりだ。


 これまでの比とならないほどの殺気を放つヘイグを前に、竜胆は緊張の糸を一気に張り詰めさせ、臨戦態勢に入った。


   ◆◆◆


「オラオラァ!! 逃げてばっかりで何もできねぇのか!?」


 ヘイグは【血流操作】によって自身の血を鞭のように伸ばし、遠方から竜胆を狙い撃ちにしていた。


「……!」


 この一方的な攻勢は数分間続いている。


 しかし竜胆は一度も攻撃を受けていない。それどころか擦り傷ひとつ負っていないのだ。


「竜胆……」


 竜胆が戦う姿を見て、弦月は彼の名を呟いた。


 一週間前にヘイグと対峙したときには、これほどまでに余裕を持っていなかったはずだ。


 強大な兄に対抗するためにどれほどの努力を重ねたのだろう、と弦月は彼の勇姿を見守りながら考えていた。


「あぁ……鬱陶しいな、その力」


 ヘイグは鞭を躱され続け、竜胆の認識阻害の能力に対して表情を歪めた。


 そして血の鞭を振るうのをやめた。


「めんどくせぇから、肉弾戦でぶち抜いてやるよ……!」


 一瞬にして切り替えられた遠距離と近距離の戦法。


 ヘイグによる本気の接近は、もはや瞬間移動の域であった。


「ッッ……!!」


 刹那の接近に、竜胆は驚愕しながらもヘイグの動きを読もうとする。


 振り上げられた右手は手刀の形を取っており、竜胆を袈裟斬りにするつもりだ。


 この距離まで近付かれては、認識阻害もそう上手くは行かないだろう。


 そのうえ彼の腕は強酸性の血液を纏っており、防御も許されない。


 それならば取る行動は一つだけだ。


「死ねよ、出来損ない!!」


 振り下ろされる紅の手刀。


 鮮血の尾を引くそれは、竜胆の肩口目掛けて振り下ろされた。


 ヘイグの手刀が肩に埋まる寸前、竜胆は彼の肘の関節を外側から打った。


 そうすることによって手刀は受け流され、竜胆の眼前の空を切る。


「吹き飛べ……!!」


 手刀を左手で打った勢いを利用してそのまま回転、ヘイグの脇腹めがけて渾身の回し蹴りが放たれる。


 しかし命中の寸前、ヘイグは受け流された右手の下を通して、無理矢理左手を脇腹と竜胆の蹴撃の間にねじ込んだ。そして掌で蹴撃を受け止める。


「!? ッッ……!!」


 このタイミングで受け止められたことに衝撃を受けたものの、竜胆は足にさらなる力を込めた。


「チッ……!」


 無理な体勢による防御であったためか、竜胆が力を上乗せしたことによってヘイグの身体は横方向に大きく吹き飛んだ。


 吹き飛んだヘイグは巨大な石柱に叩きつけられ、口から鮮血を零した。



 一週間前は擦り傷一つ付けられなかったヘイグに血を吹かせた。


 たった一週間で竜胆は大きく成長し、ヘイグと渡り合う力を身につけたのだ。


 全ては新月の教え。


 出来損ないである竜胆の欠点を利用し、圧倒的に劣っている部分を補う戦闘スタイル。


 それに至る前に、竜胆の心は稽古の初日から折られていた。


   ◆◆◆


「はぁはぁ……」


 新月の前に片膝を付いて息を切らす竜胆は、無力さに打ちひしがれていた。


「身体能力向上は中途半端、霧化も血流操作もできない。唯一出来るのは純血の吸血鬼にはない、認識阻害の能力だけ」


 新月に言葉にされたことで、竜胆は唇を噛みながら拳を強く握りしめていた。


「だったらお前だけにしかできない戦い方をすればいい」

「俺にしか、できない……?」

「あぁ、これから一週間はひたすら認識阻害の使い方を伸ばしていくんだ。 そのなかに俺が教える体術を取り入れていく」



 そうして竜胆は唯一の能力、認識阻害の使い方をひたすらに磨き、その合間に新月の体術の教えを受けた。


 新月が用いる体術は合気道のようなものであり、習得するのに骨が折れた。


 しかし相手の攻撃を受け流したり、利用して攻勢に転じるそれは膂力で劣る竜胆にぴったりの戦法であった。

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