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20話 ~意志~

 あの日からもう十年の時が経っている。


 それだけの時間、ヴァールハイトは吸血鬼たちの先頭に立って聖十字の一族と渡り合っているのだ。


 最悪の結末にはならなかったが、彼は今危篤状態に陥って帰ってくることなどできない。


 夫であるヴァールハイトの危篤状態に加え、愛する息子である竜胆が命の危険に晒されようとしている。


 撫子の心は砕け散りそうなほどに疲弊し切っていた。



「王妃……」

「……?」


 二階のテラスに一人でいたはずの撫子は、突然かけられた声に反応してそちらに向き直った。


 彼女の背後にいつの間にか現れてたのは、夫の側近であるクドラクであった。


「竜胆君がヘイグ・ブルーハの元に向かいました……」

「っっ……!!」


 分かっていたことではあったけれど、言葉にされると決心が揺らいでしまう。


 産まれたときから、いや産まれる前から大切に想い続けてきた竜胆が自ら死地に向かっている。


 それだけで撫子の胸は締め付けられるように痛む。


 胸の前で拳を握り、うつむきながら必死に言葉を押しとどめている撫子の姿を見て、クドラクもまた心を痛めた。


 彼女が戦いの道へ竜胆の背を押すのには途轍もない勇気が必要であったはずだ。


 それを慮った彼は、うつむいている撫子に呼びかけた。


「王妃」


 その呼び声を聞いて顔を上げた撫子の頬には、一筋の雫が流れ落ちていた。


 黄金の光に照らされる彼女の涙は、月の雫という表現が当てはまるほど美しく、そして儚げであった。


「お願い、クドラクさん……。 あの子を、守って……!!」


 あふれ出す涙と共に、撫子は抑え込んでいた感情を露わにした。


 そしてクドラクの外套を掴み、その胸板に額を付けて小さく叫ぶ。


「私の命に代えても、必ず……!!」


 夜天に浮かぶ満月を仰ぎながら、クドラクは燃え盛るような覚悟を言葉にした。


 そして撫子を優しく引き離して彼女と視線を交わした後、彼は十六夜家のベランダから跳躍した。




 黄金の月光の元、クドラクは漆黒の外套をなびかせながら凄まじい速度で民家の屋根を伝っていく。


 それなのに着地の際にも跳躍の際にも全く音が生じていない。


 その様子はさながら、影が夜を駆けているようであった。



 全速力で駆けてきたクドラクの瞳には、すでに町はずれの廃遊園地の入口が映っていた。


 あの場所がヘイグ派の根城となっており、現在竜胆たちが向かっている場所なのだ。


 彼はさらに加速しようと屋根に深く踏み込んだ。


 そして跳躍の瞬間、同じ高さに人影を認める。



「【イスカリオテの血よ。 目覚め、加護を与えたまえ。 ―――磔刑の十字架(クルスフィクション)】」



 その声が聞こえたのと、月光とは異なる黄金の煌きが駆け抜けたのはほとんど同時であった。


「ッッ!?」


 黄金の煌きの正体は、クドラクの総身を超えるほどの大きさを誇る光の刃であった。


 横手から迫りくるそれに辛うじて反応した彼は、外套を霧化させて漆黒の剣とし、光の刃を受け止めた。


 しかし光の刃が内包する威力は凄まじいもので、クドラクは屋根の上から吹き飛ばされてしまった。


 民家の下の道路を抉りながら着地したクドラクは、光の刃を視認する前に視界に入った人影を探した。


 その人影が光の刃を放ったことは間違いないのだ。


「さすが真祖の右腕だな~。 あの距離からの不意打ちを完璧に防ぐとは恐れ入ったよ」


 軽妙な声音でそんなことを口にして屋根から飛び降りてきたのは、月よりも濃い、眩い金髪金眼を持つ少年であった。


 彼の肩には身の丈ほどもある剣のような十字架が乗せられており、それだけでクドラクを強烈に警戒させた。


「身の丈ほどの【磔刑の十字架(クルスフィクション)】!? お前は……!!」


「あ~勘違いしないでくれ、あの人とオレは別人だよ。 てかあの人はあんたの王とやりあって死んだんだろ? あんたもその場にいたはずだ」


 クドラクは目の前に現れた聖十字の一族の容姿と、担ぐ巨大な十字架を見て、かつての闘争を思い出した。


 ごく最近に起きた吸血鬼勢力と聖十字の一族の何千回目とも知れぬ戦。


 そこで真祖の王 ヴァールハイト・アルカードに致命傷を与えた聖十字の一族の長がいた。


 その長も身の丈以上の十字架を武器として戦う青年であったのだ。


 そして目の前に現れたのが、あの若い長が扱っていた十字架と酷似したものを武器とし、彼と面影が重なる少年。


 しかし言われてみればあの頭目に比べるとまだ幼さが残る顔立ちであり、同一人物ではないことが窺えた。


「君は何者だ……?」


 聖十字の一族ということは間違えようがない。


 しかしあのとき長であったの青年と瓜二つの少年に、そう問いかけずにはいられなかった。


「聖十字の一族であり、十六夜 竜胆のクラスメイトの伊吹 聖っていう者だよ」

「竜胆君の学友……!?」


「そういうあんたは竜胆の父である、【白銀の冷血王(シルバーファング)】の右腕、【黒影】だな?」


 クドラクは聖の発言に愕然とした。


 聖十字の一族が竜胆の同級生ということに驚いたのはもちろんだが、彼が竜胆の正体を知っていることに焦りを感じていたのだ。


 聖十字の一族に竜胆の正体を知られていることは、クドラクにとって首元に刃を突き立てられることに等しい。


「目的はなんだ……? 何故私を襲った?」

「今あんたは竜胆のところに行こうとしているんだろ?【暴虐の雨(アシッドタイラント)】のところにいる、な」

「ッッ……!?」


 クドラクは聖の発言に目を見開いて驚く。


 目の前の少年は、いったいどれだけ現状を把握しているというのだ。


 そして一週間前に満月から聞いた、竜胆を救ったという聖十字の一族に思い当たる。


「君が……一週間前に竜胆君を助けてくれた聖十字の一族なんだな?」

「まぁあいつに死なれるのは困るしな」


 その問に対する聖の答えに、しかしクドラクは余計に混乱してしまう。


 彼は事情をそこまで理解していながら、竜胆の元に行こうとしているクドラクを襲った。


 明らかに言動と行動が噛み合っていないのだ。


「だったら何故私を襲った……?」


「真祖の王の右腕であるあんたを、あいつのところに行かせるわけにはいかないんだわ。【暴虐の雨】を倒すのは竜胆じゃないとならないからな」


 背後に見える廃遊園地に目を向けた聖は、声色を変えて言い切る。


「このままでは竜胆君が死ぬかもしれないんだぞ……? 友人として、君はそれでいいのか……!」

「死んだらそこまでの奴だったってことだよ。 それに友人として、あいつの意志を尊重したいんだ」

「竜胆君の意志……?」


 クドラクは聖の冷酷さに肝を冷やしたものの、問を続ける。


「あいつは人間としての自分も、吸血鬼としての自分も、どちらも大切なものだと考えている。 そして人間と吸血鬼、どちらも守りたいと強く願っているんだ」


 その言葉に、クドラクは竜胆の傍にいる二人の少女を思い浮かべた。


 人間の少女も、吸血鬼の少女も、彼にとってかけがえの無い存在なのだ。


 それは今回の件に対する彼の態度からも察するにあまりある。


「人間と吸血鬼の共存なんていう夢物語は、【出来損ないの混血真祖ハーフブリード】であるあいつにしか実現できない」

「……!!」

「あんたがあいつの元にいけば、必ず手助けしてしまう。 【暴虐の雨】さえ簡単に下してしまう。 それじゃなんの意味もないんだ」

「しかし、竜胆君が危険に晒されるのは」

「それでも竜胆の元に行くって言うなら、ここで俺が止める」


 反論しようとするクドラクに向けて、氷刃のような視線と、月光を反射する十字架が共に向けられる。


「君は、他の聖十字の一族とは違うな。 吸血鬼を殲滅することだけを考えている連中とは何もかも」

「おっ、分かってくれたか」


 聖はクドラクの言葉を聞いて十字架を方に担ぎ直し、別人のように目付きを和らげた。


「けれど、竜胆君が危険な状況であるのに、手をこまねいていることなどできない」

「あいつは本当に大切にされてるんだな……。 けどそれは過保護って言うんだぜ……?」


 クドラクが手を引かないということを理解した聖は、先程よりもさらに冷徹な色を瞳に宿して彼を見つめた。


「私はあの子に平穏な日常を送ってほしい。 それを守るためなら、私はこの命さえ賭けよう」

「そうかよ。 ならオレもあいつを前に進ませるために、あんたをここから先へは行かせない」


 クドラクは戦意とともに身体から影のような霧を発生させ、腰を低く落とす。


 一方聖は肩に担いだ十字架を振り下ろし、その切っ先を再びクドラクに向けた。


 彼の身体からは月光にも勝る黄金の燐光が発生しており、あたりを煌めかせていた。


「「……」」


 光と影、白と黒、昼と夜。


 二人が対峙する光景は、そのような表現が似合うほどに対照的であった。


 永劫にも思える無言の時間はどちらからともなく終焉を迎え、激闘の火蓋が切って落とされた。

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