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12話 ~修練~

 これが竜胆に隠した秘密、聖十字の一族、伊吹 聖との約束だ。


 彼がなぜ自分の正体を竜胆に秘匿するのかは分からないが、約束を違えるわけにはいかないため、満月は律儀にそれを守っている。


「満月……!」

「り、りんくん!? まだ寝てないとダメだよ!!」


 リビングの入り口に肩を預けて、額に汗を浮かべながら満月の名を呼んだ竜胆を、彼女は焦って支えに走る。


 けれど彼女が近づくや、彼は壁に預けていた肩を離し、自身の足だけで自立した。


「大丈夫だ、傷の方はお前のおかげで完治してる。 これは傷の修復に体力を使った倦怠感だからすぐに元に戻るはずだ」

「でも……」

「ヘイグとの約束の日まで六日しかないんだ、寝てる時間なんてない……!」

「どうするつもりなの……?」


 問いかける満月の瞳をまっすぐに見つめ返しながら、竜胆ははっきりと言い切る。


「日輪家に行く」


 その瞳からは、先ほどまではなかった覚悟の色が見て取れ、満月はもう頷くことしかできなかった。




「お兄ちゃん」

「おぉ、満月。 竜胆の様子は……」

「お久しぶりです、新月さん……」


 新月は満月の顔を見るや、竜胆の容態を聞いてきたが、当の本人がこの場にいることに気が付いて言葉を切った。


 満月は昨晩からずっと竜胆の看病をしていたようだが、電話か何かでヘイグと交戦したことを彼に伝えただろう。


「身体は大丈夫なのか?」

「えぇ、満月のおかげでなんとか」

「そうか……。 それで、うちに何の用だ?」


 竜胆のことを心配していた新月であったが、彼の瞳に宿る覚悟の色を見抜いて、すぐに話題を切り替える。


「新月さん、俺に戦う術を教えてください」


 竜胆は腰を九〇度に折り、日輪家に訪れた理由を口にした。


 その姿を見た新月は、鋭い視線を竜胆の灰髪に向け、言葉を紡ぐ。


「満月に全部聞いたよ。 弦月ちゃんが攫われたんだってな」

「ッ……はい……!」

「君はヘイグ・ブルーハとやりあって死にかけた。 いや、満月がいなければ間違いなく死んでたはずだ」

「……はい」

「ヘイグとの約束の日まで一週間もない。 たったそれだけの期間で、彼との圧倒的な力の差を埋められると思っているのか?」

「それは……」

「なら今は身体を休めることに専念するんだ。 弦月ちゃんを人質に取られたことによって大部隊での作戦は行えなくなったが、彼女のことは俺が何とかする」


 新月の合理的な判断に、竜胆は口を噤み、満月は目を伏せてしまっていた。


「それじゃ……ダメなんだ……」

「りんくん……?」


 竜胆は爪が食い込むほど強く拳を握りしめ、絞り出すように声を出した。


「あいつは俺と一緒にいたから狙われた。 だからその責任は俺が取らなくちゃいけない。混血である俺を今まで支え続けてくれた弦月に、今度は俺が恩を返す番だ……!」

「…………」


 力強く言い切った竜胆の目を、新月は再び射貫く。


 先ほどからあった覚悟の色は、いつの間にか燃え盛る決意の炎と化していた。


 それは決して揺らぐことのない固い信念が、竜胆の中に芽生えたことを新月に感じ取らせた。


 そんな竜胆の表情を見て、新月は深いため息をついた。


「……分かった」

「お兄ちゃんっ……!!」

「けど時間が無さすぎる。 手取り足取り一から稽古している暇なんてない、ちゃんとついてこい」

「ッッ……。ありがとうございます……!!」


 無茶な懇願を聞き入れてくれた新月に、竜胆は震えるほどの感謝の念を抱きつつ、再び頭を下げた。


 それを見た新月はふっと息をつき、身体から力を抜いた。


 そして竜胆の頭に手を置いて笑いかける。


「けど今日はもう遅い。 屋敷の空き部屋を使っていいから、ゆっくり休んで明日の朝から始めるぞ」

「はい……!」




 こうして始まった新月との稽古は、連日朝から晩まで行われ、竜胆はボロボロになりながら自身の力不足を痛感する結果となった。


 それでも攫われた弦月が待っていることを思えば、膝を折ることなど決してできない。


 竜胆が稽古を続けているうちに、日輪家では対ヘイグ派の作戦が練り直されている。


 弦月が人質に取られたことで、作戦は大きく変更されることになっていた。


 本来であればヘイグ派の根城を数で攻め落とすつもりだったものの、竜胆が一人で向かわなければ弦月の身が危険にさらされるため、それは出来なくなってしまった。


 しかし馬鹿正直に竜胆を一人で行かせることも危険すぎるため、先行部隊として竜胆、満月、新月の三人が選ばれた。


 当初、満月の参加は日輪家の誰もが反対していたが、彼女の弦月に対する強い想いがそれを押し切った。




「ぐッ……!」


 【霧化】した新月の高速接近からの回し蹴りに、何とか防御態勢を取った竜胆であったが、防御すら貫く衝撃に膝を折ってしまう。


 そして再び霧と化して視界から消えた新月は、竜胆の背後に回って音もなく拳を放った。


「ッ……!」


 膝を折った竜胆のがら空きの背中へ繰り出された拳。


 しかしそれは竜胆の背を捉えることなく空を切った。


 そして拳を放って腕を伸ばした状態の新月の懐に、竜胆が潜り込む。


「オォォッッ!!」


 そこから放たれる体重の乗った拳を見て新月は目を見開くものの、空いている方の掌でそれを受け止めた。


 そしてその勢いを利用し、背負い投げの要領で竜胆を板の間に叩き付けた。


「がッ……!」

「ふぅ……。 今のは良かったぞ」

「はぁはぁ……やっぱり全然敵わないな……」


 竜胆は板の間で大の字に寝そべりながら、新月の強さを改めて痛感する。


 稽古は今日で四日目だが、一度も攻撃を命中させることが出来ていない。


 当てた、と思ってもするりと受け流され、いつの間にか自分が吹き飛ばされていたり叩きつけられていたりするのだ。


「さて、今日はこのぐらいにして休め。 身体を休めることも稽古の一環だ」

「は、はい……」


 竜胆は天井を仰いだまま小さく頷き、全身から力を抜いた。


 そしてぼうっとしながら、小窓から見える青白い月を眺める。


 今夜の月は満月に近いが、まだ少し足りていない十三夜月。


 古来、満月に次いで美しいとされた月らしい。


 竜胆は自身の苗字である十六夜が月の名称であることを知ったときに、満ち欠けによって変化する月の名称を覚えたのだ。


 小窓から覗く十三夜月に手を伸ばし、竜胆は捕らえられている弦月のことを想う。


 彼女は今どんな扱いを受けているのだろうか。


 それを思うだけで、竜胆の心は焦りを覚えてしまう。


 遠い遠い昔のある日、竜胆たちと弦月は一度だけ決別しかけた。


 しかし彼女はそれを乗り越えて、竜胆たち吸血鬼と共にあることを選んでくれたのだ。


 人間でありながら吸血鬼と共存することを決意するのは、簡単なことではなかっただろう。


 それを乗り越えた彼女には返しても返しきれない恩がある。


 竜胆にとってかけがえのない存在である弦月は、必ず自身の手で救い出す。


 その決意をより強固なものにした竜胆は、月にかざした掌を強く握りしめた。

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