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11話 ~天敵との約束~

 あの日は学校を早退するよう家から連絡が届き、帰宅すると日輪家の者が勢揃いしていた。


 両親はもちろんのこと家を離れていた兄、新月までもがいたのだ。


 もしかすると元々、ヘイグ派の対処として近々彼が帰ってくることになっていたのではないだろうか。


「お兄ちゃん!」

「おぉ、満月。 元気にしてたか?」

「う、うん……元気だったけど、みんな集まってどうしたの……?」


 日輪家の敷地内の至るところにいる吸血鬼たちに目をやりながら、満月は彼に問いかける。


 この家の吸血鬼は殆どが揃っており、他にも見たことがない顔も数多くこの場に集まっていた。


「これから会合が開かれる。そこで分かるよ」


 新月は本邸から少し離れた道場に目を向けながらそう言った。




 そこで開かれた会合は、満月が予想していた通りヘイグ・ブルーハを頭目とする勢力の対処についてであった。


 日輪家がこの一帯の吸血鬼を纏めてヘイグの勢力を殲滅、捕縛する作戦を近々執り行うらしい。


 その実働部隊の頭目として新月は呼び戻され、日輪家や他の吸血鬼たちを纏める役を任されていた。


「どうしてわたしは参加しちゃダメなの!? りんくんやゆづちゃん、学校のみんなが危険かもしれないのにわたしには家で待ってろっていうの!?」


 その会合でヘイグ勢力の掃討部隊から外された満月は、その不満を新月へぶつけていた。


「違うよ、満月。 全員を連れていくことは出来ないんだ。 数が増えることが戦力増強に繋がるわけじゃない。数が増えると比例して統率が難しくなり、逆に犠牲を増やしてしまうかもしれないんだ」

「それは、そうだけど……」


 そんなことは満月も理解しているのだ。


 それでも新月の優しい言葉が、満月を戦いから遠ざけるための口実であることも分かってしまっている。


「まぁ親父たちはそう言ってるけど、俺はただ指をくわえて待ってろなんて言ってないよ」


 明らかに気を落としている満月に、新月は小さな笑みを向けて彼女の頭の上に手を置いた。


「お前は敵を倒すんじゃなく、敵から守りたいものを守ればいい。それはお前の想いだ、誰にも邪魔させやしない」

「お兄ちゃん……!!」

「竜胆たちには日輪家から護衛を付ける。その部隊の頭目が満月、お前だ。 だからそのことを伝えに行ってきな」

「うん!!」



 時刻は学校の終業時間から少し経った頃だ。


 二人は帰宅途中か、もうすでに家に着いているだろう。


 とりあえず最初は近い弦月の家に向かおうと、満月は日輪家の敷地を飛び出した。


 弦月の家に着いたものの、チャイムを鳴らしても誰もいないようであったため、まだ彼女も彼女の家族も帰ってきていないのだろう。


 そう判断した満月は、弦月の家を後にして竜胆の家へと向かった。


「……!!」


 そして弦月の家から離れてすぐのところに、血まみれで倒れている竜胆を発見したのだ。


 その前方には、明らかに存在感が強大過ぎる吸血鬼と、身の丈ほどの十字架を持つ金髪の少年が相対しているのを発見した。


「りんくん!!」


 満月は血まみれで意識を失っている竜胆の元へ駆け寄り、その身体を抱き寄せた。


「あれ、満月ちゃん。 早退したんじゃなかったっけ?」

「ぇ……?」


 竜胆を庇うように立っていた金髪の聖十字使いは、あまりにも馴れなれしい口調で満月の名を呼んだ。


 そして彼は振り返って満月へ小さな笑みを向ける。



「ひじりん……?」



 そう、身の丈ほどの十字架を担いで吸血鬼と相対していたのは、クラスメイトの伊吹 聖であったのだ。


 今の彼は眩いほどの金髪を風に靡かせ、金色の瞳でこちらを振り返っている。


 しかし満月はその表情や口調から、彼が聖である確信を得た。


「な、なんで、ひじりんが……?」

「ん~、まあこういうことなんだよね」


 聖は困ったような笑みを浮かべながら、右肩に担いでいる聖十字を満月に示した。


 その十字架は彼が聖十字の一族である証左であり、満月が吸血鬼であることを最も隠さなければならない存在であるということだ。


「あぁ、心配しなくても大丈夫だよ。 キミが吸血鬼であることも、竜胆がハーフであることも知ってる。 だから今は竜胆の治療に専念して。 こいつ、【暴虐のアシッドタイラント】とは俺が話を付けとくよ」

「……!?」


 満月はその異名で呼ばれた前方の吸血鬼に目をやって、戦慄する。


 この赤髪の男が竜胆の兄姉の一人であるヘイグ・ブルーハだというのか。


 確かに溢れる強者のオーラと、肌をピリつかせるような殺気は、彼がただの吸血鬼ではないことを物語っている。


 しかしさらなる問題は聖の方だ。


 聖十字の一族でありながら、全てを理解したうえで吸血鬼である竜胆たちの味方に付くというのはどういうことなのだろうか。


 そう考えた満月であったが、明らかに重傷の竜胆をどうにかすることが先決であるため、多くを問うことをやめた。


「人との会話の途中で他の奴と会話しやがるなんて、舐めたことしてくれんな」

「いや、悪いね。お前は人間じゃないから礼儀なんて通す義理はないと思ってね」

「テメェ……」


 ヘイグに向き直った聖は肩をすくめながら軽口を叩いた。


 満月はヘイグを相手に一歩も引かないどころか、余裕の笑みを浮かべる聖の豪胆さに心底驚いていた。


 しかしヘイグの対処は任せて、今は治療に専念しなければ竜胆は危険な状態だ。


「いま治すからね……」


 満月は自身の手首に爪を立て、勢い良く切り裂いた。


「くっ……!」


 鋭い痛みに顔をしかめるが、そんなもの竜胆の苦しみに比べれば比較にならないだろう。


 自身を鼓舞した満月はこぼれ落ちる血液を、竜胆の背の傷にかけていった。


 吸血鬼の血液には強力な再生能力が備わっており、他人の傷すら治癒してしまうのだ。


 純血の吸血鬼である満月の血液は、切り裂かれた竜胆の背を見る見るうちに修復していく。


 もうもうと上がる白煙の量は、彼の傷の深さを物語っていた。


「流石だね、満月ちゃん。これでなんとか竜胆は命を繋いだ」

「う、うん……」


 聖は背後を一瞥して小さく笑った。


 満月は未だに聖が聖十字の一族であることを信じきれていないため、濁った言葉を返すことしか出来なかった。


「さて、【暴虐の(アシッドタイラント)】。 オレと取引しないか?」

「取引……?」

「あぁ、この十六夜 竜胆にもう一度チャンスをやって欲しいんだ」


 聖は軽い口調のまま言葉を紡ぎ、満月に抱き寄せられている竜胆を親指で示した。


「……そりゃその出来損ないを見逃せってことか?」

「そうだな、今日のところは見逃してくれよ」

「何馬鹿なこと言ってんだ、テメェは。オレはそいつを始末するためにわざわざ来てんだ。見逃す道理がねぇ」


 確かに傍から聞いている満月にも、聖の言い分はおかしいと思ってしまう。


 彼の提案は取引として成立していない。


 ヘイグ側にはなんのメリットもないのだから。


「はっ! テメェはバカか? そんな条件飲むわけねぇだろ」

「ん~そうか。 でも竜胆を殺させるわけにはいかないからな~」


 聖は肩に乗せていた十字架の先を、ヘイグに向けて言葉を継ぐ。


「オレと真っ向からやることになるけど、どうする?」

「「ッッ……!!」」


 聖と相対するヘイグはもちろんのこと、彼の背後にいた満月でさえその闘気に気圧され身を引いてしまった。


 普段のちゃらんぽらんな聖からは考えられないほど、今の彼が放つ強者のオーラは強大なものであった。


「テメェの目的はいったい何なんだ……?」


 確かにヘイグの問はもっともである。


 吸血鬼の天敵である聖十字の一族が、何を思って混血である竜胆のことを守るのか。


 その問に聖は小さな笑みを浮かべて応対する。


「オレは平和主義でね、出来ることなら吸血鬼とも争いたくないんだわ。 けど一族(オレたち)吸血鬼(あんたら)の間にある確執はそう簡単に取り払えるものじゃない。そこでオレはこいつに賭けてんだよ」


 肩をすくめながらそんなことを言う聖は、その瞳を希望に縋るような光で満たしながら竜胆の顔を一瞥した。


「こんな出来損ないに何が出来るってんだよ」

「出来損ないにしかできない事だってあるさ。 こいつは人間と吸血鬼の架け橋になりうる存在なんだからな」

「チッ……。 人間と吸血鬼が共存することなんて有り得ねぇ。 エルゼベートもそんな理想を掲げてやがるが、絶対に無理だ。 人間はオレたちにとっちゃ、お前らで言う牛や豚、家畜みてぇなもんなんだからよ」


 ヘイグは憎々しげに言葉を吐き捨てながら、聖の言う人間と吸血鬼の架け橋の存在を否定した。


 彼の言葉は的を射ており、人間は豚や牛と共存しているわけではなく、支配・管理しているのだ。


 そのような関係性を改善することは容易なことではない。


「それはあんたが吸血鬼で、オレが人間だからだ。 どちらでもないこいつなら他の道だって切り開ける」

「バカげた理想だな」

「あぁ、自分でも遠い理想だと思ってるよ。 ただ一度抱いた希望を簡単に捨てるわけにはいかない。 邪魔をするなら、オレが吸血鬼(あんたら)を滅ぼす……」


 その瞳に冷酷な光を宿した聖からは、闘気を通り越した刃のような殺気が放たれていた。


「クソが……。 分かった、今回は引いてやる。 けどテメェが望んだのはこいつとオレが再戦することだ。 そんときにこいつが負けたら、いや死んだらどうするってんだ……?」

「戦う準備をして、それでもあんたに負けるようなら俺の見込み違いだったまでだ。 そのときは理想を捨てて、大嫌いな戦いに身を投じるさ」

「……!」


 竜胆がヘイグに敗北すれば、聖は彼を切り捨てるつもりだ。


 友人でありながらそこまで非情な選択をする彼に、満月は震えを隠せなかった。


「女ぁ、その出来損ないに伝えとけ! 次の満月の夜、町外れにある廃遊園地に来いってな!」


 そう吐き捨てたヘイグは、足元に倒れている弦月の身体を抱えた。


「この女はこっちが預かる。 聖十字の一族や吸血鬼どもの大軍を引き連れてきたら、どうなるか分かってんだろうな……?」

「ゆづちゃんは関係なッ……!」


 脅迫まがいの言葉をぶつけてくるヘイグに、満月は今にも飛びかかりそうだったが、それを制したのは聖であった。


 身の丈ほどある十字架の切っ先が満月に向けられている。


「ダメだ、満月ちゃん。 彼女が危険にさらされなければ、こいつは決断できない」

「そん……な……」


 親友である弦月を、目の前でみすみす攫わせるなんて満月の心が許さない。


 しかし身体を動かせば間違いなく聖十字の餌食になる。


 そう確信させるほどに聖の闘気は鋭いものであった。


「けど彼女の血を吸うことはダメだ」

「あぁ、その出来損ないがまた俺に負け、這いつくばってる前で見せつけるように吸血してやるさ」

「ッッ……!!」


 狂笑を浮かべるヘイグの言葉に、満月は激高しそうになった。


 しかし自分が歯向かったところで結果は見えているため、唇を噛むことで激情を無理やり抑えこんだ。


「どう足掻こうが、その出来損ないはオレに勝つことなんてできやしねぇ。 せいぜい残りの一週間を怯えて過ごすことだな」


 盛大に顔を歪めたヘイグは、嫌悪感を剥き出しにしながらそう言い残し、弦月を抱えて【霧化】した。


 そして赤い霧は彼女を飲み込み、周囲にいつの間にか降りていた夜の帳に消えていった。


「ゆづ……ちゃん……」

「悪いね、満月ちゃん。 竜胆を前に進ませるためには必要だったんだよ」

「そんなこと、ないよ……」

「ならどうしてこいつがヘイグに勝つと思えないんだ? それはキミが竜胆のことを信じていないからじゃないのか?」

「っっ!?」


 聖の言う通り、満月は竜胆のことを信じ切れていないのかもしれない。


 人間との混血で戦いを嫌う竜胆と、純潔の吸血鬼で他の兄弟姉妹を潰してまで王になろうとするヘイグとでは力も志の差も歴然だ。


 吸血鬼同士の闘争に関わったことのない彼が、強大な力を持つ他の候補者たちと渡り合えるはずがない。


 現に満月の腕の中の竜胆は満身創痍で、彼女が傷を治したにもかかわらず、目を覚ます様子もない。


 たった一週間でこの力の差が埋まるなど、満月にはどうしても思えなかったのだ。


「とりあえず、目を覚ました竜胆には蒼井さんのことだけ伝えてくれ。 もし聖十字の一族について聞かれても、オレの存在はまだ隠していて欲しいんだ」

「うん……。 けどひじりん、どうしてキミは聖十字の一族なのに吸血鬼の味方をしてくれるの……?」

「オレは吸血鬼の味方をしているわけじゃないよ、あくまで混血のこいつに賭けているだけだ。 まぁ満月ちゃんたちみたいに融和的な吸血鬼たちの味方ではいたいと思ってるけど、人間を傷つけるような吸血鬼は躊躇なく滅ぼすよ……」


 聖は竜胆の顔から満月に視線を移し、暖かな笑みを称えた。


 そしてそれが一気に冷え、彼は冷酷な表情で夜天を仰ぎながら小さく呟いた。


「そんな考え方って、吸血鬼を滅ぼそうとしている一族からは反感を買うんじゃ……?」

「そうだね。 そもそも俺の一派は裏切りの聖人の血を引いているとされて嫌煙されているんだ。 まぁあの人だけはそんなこと関係なく長に選抜されたんだけどね……」


 聖は空に浮かぶ月を薄目で眺めながら、自分が置かれる状況を説明した。


 付け足された小さな呟きを理解することは出来なかったが、そのときの表情は儚いものであった。


「それでも吸血鬼だからと、その全てを殺しつくすような一族の考えには同調できない。 そういう点でこいつと立場が似てるから、肩入れしちゃってるのかもな」


 聖は学校で見せるような無邪気な顔で笑った。


 これまでの彼の発言からは真意が読み取れなかったが、今の発言は心の底からの本心だと、満月は理解することが出来た。


「さてと、満月ちゃん。竜胆を家まで運べるかい?」

「うん、大丈夫だよ」

「ならオレはもう行くよ。 ヘイグの眷属がこの町で好き放題やってるみたいだからね。 ちょっとお灸を据えてくるよ」


 身の丈ほどある十字架を横なぎにすると、それは光となって彼の手中から消滅し、それに合わせて煌く金髪も金眼も、いつも通りの色へと戻っていった。


 満月に背を向けてひらひらと手を振る聖は、もういつも通りのクラスメイトの顔に戻っていた。


 それは先ほどまでの出来事が夢であったのではないか、と錯覚させるほどの様変わりであった。

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