0話 ~王の空席~
それは星々の輝きが夜空を埋め尽くす、新月の夜の出来事。
欧州に位置するとある古城周辺は乱戦状態に陥っていた。
夜闇に溶けるような漆黒の外套を纏った赤目の集団と、暗闇を払うような白亜の外套を纏った金髪金眼の集団が各所でぶつかり合っている。
そんな乱戦の中央で、明らかに他の者たちとは異なる、強者の雰囲気を纏った二人が静かに向き合っていた。
「お前が聖十字の一族の長か……?」
「長というと少し違うが、最強であることに違いはない。 そういうお前は【白銀の冷血王】ヴァールハイト・アルカードだな?」
「あぁ、俺が吸血鬼を統率している王だ」
「そうか、ならお前の首が数多くの同胞の仇となるのだな」
「それはこちらも同じことだ……」
「ここで太古からの因縁を断ち切ろう……」
「お前たち吸血鬼は人間にとって害悪。 人間の世界に不要な存在だ」
漆黒の外套を纏う長身の男、ヴァールハイトは自身の手中に影から生み出されたような、純黒の大剣を顕現させる。
それは冷気を纏っているのか、彼の周囲の地面に霜を降らせている。
「【イスカリオテの血よ。 目覚め、加護を与えたまえ。 ―――磔刑の十字架】」
対して白亜の外套を纏う金髪金眼の青年は、首にかけてあるロザリオを握りしめて祈りをささげた。
刹那、白光が駆け抜け周囲の者たちの視界を奪う。
そして金髪金眼の青年はいつの間にか顕現させていた、身の丈ほどもある銀の十字架の切っ先をヴァールハイトに向けて眼光を鋭いものへと変化させた。
「眠れ、【白銀の冷血王】……!!」
「―――ッッッ!!!」
二人が地を蹴ったのは完全に同時。
彼らの足元の地面は粉砕され、大規模な陥没が生じる。
互いに姿が掻き消えるほどの速度で相手との間合いを詰め、互いの武器で打ち合った。
霧のような影を纏う漆黒の大剣と、黄金の粒子を纏う十字架がぶつかり合った瞬間、古城周辺が漆黒の闇と黄金の煌きに飲み込まれた。
「王が討たれただと!?」
「王が負けるような吸血鬼殺しに、我らが太刀打ちできるわけなかろう!」
「いいや、討たれたわけじゃなく相討ちだ。現在は救護の者たちが王の自室で全力を尽くしてくれている」
その部屋では十数人体制で王の治療にかかっており、ベッドは彼の血で真っ赤に染まっていた。
全身に切り傷を負い、左手は肩口から、右足は膝から下を完全に斬り落とされている。
夥しいほどの失血量ではあるが、即座の治療によって辛うじて生き繋いでいる。
しかし平常時とは比べ物にならないほど弱り切っており、力の大半を失っているようであった。
「最強の吸血鬼である王がここまでやられるなんて……。 相手はどれほどの使い手だったの……?」
「ただの吸血鬼殺しじゃなかったみたい……。 銀の聖十字を受け継ぐ一族の末裔だったらしいわ……」
「待って、それじゃあもうこの腕と足は……」
「えぇ、吸血鬼の再生能力をもってしても一生……。 それにあの聖十字で斬られたのだから外傷だけでなく、力も失われているかもしれない……」
言葉を交わしながらも懸命に治療を進める女性は、その表情に昏い影を落とした。
その直後、部屋の扉を何者かが乱暴に押し開け、中に入ってきた。
「王は……!!」
その人物は治療を受ける王の様子を見るや、顔面を蒼白にして後退った。
そして震えた声で呟く。
「聖十字での傷、完治したとしてもこれまでのように吸血鬼殺しとの戦いを続けることは難しくなる……」
彼は黙考した後に顔を上げ、背後の付き人に命令した。
「お前たち! 【白銀の冷血王】 ヴァールハイト・アルカードの血を引く七人の子供たちに伝えろ! 王が力を失い玉座が空席となる! 王の血を引く七人の中から次期王を選出すると!!」
彼の付き人たちはそれを聞くや、その伝令を持って即座に駆けだして世界中に散っていった。




