第9話 初戦
「やっぱり皇太子だったんだなヴォルフは」
「アン?俺がいつ皇太子じゃねえって言ったよ?俺は皇太子かって聞かれてたらいつでもそうだって答えてたぜ。別に隠すようなことでもねーしな。お前が勝手に遠慮してただけだろ」
「……そうだな」
先程までウェンゼルの全身を駆け巡っていた激痛は、すっかり無くなっていた。
カリンが渡してくれた『カリンちゃん特製万能丸薬』を飲んだところ、たちどころに痛みが引いたのだ。
その代わり丸薬の味は激痛を遥かに上回るくらいクソ不味かったが。
ウェンゼル達は広大な砂漠の中心に立たされていた。
生まれてからずっとこの国で暮らしてきたけれど、この国の戦場がこういうところだったとは知らなかった。ウェンゼルの両親も一切息子を戦に関わらせようとはしなかった。まあ、それは当然かもしれないが。
「今から戦が始まるのか?」
「ああ、あいつらが来たらな。宣戦布告した側はすぐに戦場に転送されるが、受けた側は最大で12時間は準備期間が与えられてるんだ。まあハンデだな。その他にも色々とハンデはあるんだが、説明が面倒くせーから知りたかったらトウマにでも聞きな。もっとも俺の勘じゃ、あいつらはそう間をおかずに来ると思うけどな。一秒でも早く俺のことをぶっ飛ばしたくてたまんないって顔してたからよ」
それはヴォルフがあいつのことを三下チョビ髭とかって煽るからだろ。
でももしかしたらワザとそう仕向けたのか?いや、それはないな。ヴォルフが煽り気質なのは多分素だ。
それにしても今から戦だというのに緊張感のないメンツだ。
ヴォルフはこの話をしてる間中、トラを腕の中で抱きながらずっと撫でてるし、サラとカリンは相変わらずイチャイチャしているし、カヤはまたヴォルフとヴォルフのすぐ側でじっとしているトウマを見ながら一心不乱にネームを切っているし、エミは流石に砂漠のど真ん中では咲いているはずもないタンポポを無邪気に探していた。
唯一トウマだけはこれから始まる戦に向けて精神を統一しているように見えたが、このメンツの中だと逆にトウマだけ浮いてるように見えてしまうのはとても可哀想だった。
「なあヴォルフ。何でさっきは俺のことを助けてくれたんだ?それに俺のために戦まで吹っ掛けて」
「勘違いすんなよチビ助。俺達は元々この国に戦を吹っ掛けるために来たんだよ。それにお前を助けたのは俺じゃなくてトラだ。こいつがお前が出てった後悲しそうにニャーニャー鳴くもんだからよ。仕方なく探してやったんだ」
「フフ、素直じゃないわね」
「アァン!何か言ったかブス!」
( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーン
「何かお言いになられましたでしょうかお嬢様」
何だかこの光景を見てたら無性に安心してきた。
こいつらならひょっとしてこの戦も勝てるかもしれない。ウェンゼルがそう思った時、トウマが前方を見据えて一言言った。
「ヴォルフ、来たぞ」
バシュン
ウェンゼル達がここに来た時と同様にベルメス軍が転送されて来た。
ただ、軍というわりにはあちらは四人しかいなかった。ベルメスとアルゴスは当然として、他の二人は――。
「あれは……フィン王子!」
「アン?誰だそりゃチビ助?」
「あたしがさっき言ってた、アモーレを人質に取られてるバイブステンサゲな王子様だよ。てことはその隣にいるエモいオジサンは、側近のゴル近衛騎士団長かな?」
「諸君、私の名はフィン・マッコール!諸君らに恨みはないがいざ尋常に勝負願いたい!」
「ホウホウまた随分とお堅そうなお坊ちゃんが出てきたな」
「そうだな。同じ王子でもお前とは大違いだ」
「うるせーよトウマ!若い女の子にはああいう委員長タイプよりも、俺みたいなチョイ悪の方が意外とモテんだよ!」
いや、それはないだろ。お前がモテるとしたら精々スカートが異様に長いスケバンくらいだろ。
「おいフィン坊ちゃん。さっきも言ったがあいつらを殺しはすんじゃねーぞ。あいつらは後で俺の手で、タップリ生まれてきたことを後悔させてやるんだからな。逆らったらカワイイ彼女がどうなるかわかるよな?」
「……承知した」
「坊ちゃま……」
「何も言うなゴル。私は自分の仕事をするだけだ」
「はっ」
そう言ってフィン王子は側近のゴルと共に一歩前に出てきた。
まずはフィン王子達にだけ戦わせて様子を見るつもりなのだろうか。あいつのやりそうなことだ。
「顕現せよ、機鎧名:ディルムドス」
ドウン
ゴルが機鎧になりそれにフィン王子が乗り込んだ。
フィン王子達の機鎧は白い鎧を身に纏った騎士のような姿をしていた。左手に大きな盾を持ち、右手には更に大きなランスを持っていた。
モニターが映し出され、フィン王子が前方のシートに、ゴルが後方のシートに座っていた。どうやら核人が前で、機人が後ろというのが定位置のようだ。
「ヴォルフ、最初は俺達が出る」
「オウ、あの生真面目委員長を半泣きにしてやれ、トウマ、カリン」
「ナッハハー。りょ!」
トウマとカリンが一歩前に出て名乗った。
「カツェレーネ王国近衛騎士団副団長、トウマ・キサラギ」
「カツェレーネ王国情報管理局局長、カリン・キサラギ」
「顕現せよ、機鎧名:クロイトオドシドウマル」
ドウン
トウマとカリンの機鎧は倭国の武士というのと、忍というのを合わせたような姿をしていた。
左腰にはトウマと同様、大小の刀を差している。
フィン王子達の機鎧とは似ているようでもあり、また対極的でもあった。
モニターに映った映像ではトウマが前方で、カリンは後方に座っていた。カリンの方が機人だったのか。
ウェンゼルの母親も機人だったので機鎧化できる以外は機人も普通の人間と変わらないことは知っていたが、改めてそれを思い知った。まあ、カリンが普通かと言われたら甚だ疑問だが。
双方の機鎧は互いに一歩前に出てほぼ同時に構えをとった。フィン王子とトウマは言った。
「いざ尋常に」
「推して参る」
どうやらこの二人は似た者同士かもしれない。
ドウッと激しい音を立ててまずはディルムドスが巨大なランスを突き立てて突進してきた。
クロイトオドシドウマルはそれをギリギリで左側に躱し、抜刀してディルムドスの右側面を斬りつけた。
ディルムドスは素早く躯体を捻り盾でそれを防ぐ。両者は共に一歩下がり距離を取った。
そしてクロイトオドシドウマルは刀の切っ先をディルムドスの方に向けて構えた。
「訃舷一刀流『吹雪』」
クロイトオドシドウマルは無数の高速突きをディルムドスに浴びせた。
「くっ!」
ディルムドスは辛うじてそれらを盾で防いだが、盾のところどころが綻びていた。
「良い盾だ。吹雪を全て受けてもその程度で済んでいるとは」
「おのれ、今まで傷一つ付いたことのない我が盾が!その剣どうなっている!?」
「ああ、ちなみにウェンたそ。『クロイトオドシドウマル』って名前長いから地の文では『クロちゃん』って呼んでくれてもいいよ?」
「地の文って言うなよ!それにクロちゃんは恥ずかしいよ……」
「じゃあ間を取って『クロマル』?」
「じゃ、じゃあそれで……」
「無駄話はその辺にしろカリン。一気に詰めるぞ」
「りょ!」
クロイトオドシドウマル……クロマルは刀を納刀し、懐から無数のクナイを取り出した。
「バイブス上げてくよー!蝉柳流忍法『喜雨』」
クロマルは数え切れない程のクナイを次々と空に向かって投げた。それは絶え間なく降り注ぐ鉄の雨となり、ディルムドスに容赦なく降り掛かった。
「くうっ」
ディルムドスの盾でも無数に降り注ぐクナイの全ては防ぎ切れなかった。クナイの雨が止んだ頃にはディルムドスの躯体は全身ボロボロになっていた。
「ここまでのようだな。命までは取らん、降参しろ」
「それはならん!私が敗けたらヤツは私のフィアンセをただではおかないだろう。それにまだ終わってはいない!お見せしよう我が奥義を!『ルア・リケア』!」
「!」
ディルムドスが盾の上にランスを置き前傾姿勢を取ると、背中から二対の噴射口が生えてきて巨大な炎が噴射された。
ディルムドスはそれを推進力に変え、稲妻の様な目にも止まらぬ速さでクロマルに突進した。
「くっ」
ズブサァ
ディルムドスのランスはクロマルの胴体を貫通した。ウェンゼルは咄嗟にグレールが殺される瞬間の光景を思い出してしまった。
「トウマー!カリ……えっ?」
「なっ!」
いつの間にかクロマルはクロマルと同じくらいの大きさの、巨大な丸太に変わっていた。クロマル本体は傷一つなくディルムドスの背後に颯爽と立っていた。
「蝉柳流忍法『逃げ水』。まあ俗に言う変わり身の術ってやつだね」
おいおい忍法何でもアリかよ。それにその巨大な丸太はどっから持って来たんだよ。
「とはいえ見事な技だった。敬意を表し、こちらも奥義でお答えしよう」
トウマがそう言うとクロマルは一歩下がり腰を低くし、刀の柄に手を添えて抜刀の姿勢を取った。
「訃舷一刀流奥義『立冬雪月花』」
「おのれぇ!……えっ?」
その瞬間クロマルの姿が消えた。
気が付くとクロマルはディルムドスの後方に立ち、既に納刀の姿勢に入っていた。
キンッ
納刀の音と共にディルムドスのランスと盾は真っ二つに割れ、胴体に大きな傷が付いた。奇しくもこの二体の奥義はどちらも突進系だったが、その差は歴然だった様だ。
「ガハッ!」
「ゴル!大丈夫かゴル!」
「安心しろ、峰打ちだ。言ったろう、命までは取らん」
機鎧は機人の肉体そのものなのだから機鎧が傷付けば機人も同様に傷付くらしい。
それにしても峰打ちでランスと盾を真っ二つにしたのか。とんでもねーなこいつ。トウマの第一印象のアサシン執事というのはあながち間違っていなかったようだ。
とはいえゴルも吐血していてとても苦しそうだ。もう戦えないだろう。
「それにお前達の事情もわかっている。後は俺達に任せろ。必ずあの男を倒し、お前のフィアンセを助け出してやる」
「えっ本当か!?いや、しかし……」
「ぼ……坊ちゃま……。この者達なら……もしや……」
「ゴル……。」
「『シュマンドフェール』」
ガブッ
えっ。
突然砂の中から巨大な鮫が現れて、ディルムドスの右脇腹を喰い千切った。