第4話 食卓
「盛り上がってるとこ悪いんだが、そろそろ調理に取り掛かってもいいか?」
「オウ、チャチャっとやってくれ。俺もう腹減っちまったよ」
「大した材料が買えなかったので簡単なものしか作れんがな。みんなカレーでいいか?」
「いいけどなるべく辛くしてちょうだい」
!カレーか。
「えー俺はハンバーグがいい!ハンバーグハンバーグハンバーグー!」
( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーン
「……カレーでいいです」
「……仕方ない、本当はキーマカレーにしようと思って挽肉を買ったんだが、これをハンバーグにしてカレーにトッピングしてやる」
「ヒャッホー、ヤッター!愛してるぜトウマー!」
「おいやめろ。抱きつくな暑苦しい」
「……尊い」
えっ!?
聞き慣れない声がしたので誰かと思えば、オドオド長女のカヤが両手で口元を押さえながらそう言っていた。
今の子供っぽい遣り取りのいったい何が『尊い』のだろう?と思えばどこからともなくスケッチブックを取り出し、一心不乱に何かを描き出した。
何を描いてるんだろう?気になったのでそーっと後ろに回り込んでスケッチブックを覗くと――。
ギンッ
振り返ったカヤと眼が合った。
カヤは獲物を捕食する直前の爬虫類の様な、無色透明な眼をしていた。ウェンゼルは全身の細胞が一瞬でギュッと縮こまるのを感じた。それは生物が持つ、潜在的な恐怖だった。
「……見た?」
「いえ!見てないです見てないです!おいどんは何も見てないでごわす!」
余りの恐怖に力士みたいな口調になってしまった。
ただ本当は見てしまっていた。そこにはヴォルフとトウマの絵が描いてあった。それだけならまあいいのだが、何故か二人共裸だった。
ウェンゼルは今日イチ見てはいけないものを見てしまったような気がした。
何てことだ。この中では比較的マシな方だと思っていたカヤが、とんでもない地雷案件だったようだ。
ウェンゼルはこのことは心の奥深くしまって、そっ閉じすることにした。
「さあ出来たぞ。みんな席につけ」
「よっしゃー!トウマ!俺にはハンバーグ二個乗っけてくれ!」
「兄貴ー。あたしはハンバーグ十個」
ウェンゼルが精神を現世に引き戻すのに大分時間が掛かっていたようで、気が付けばトウマママがみんなの分のカレーをよそっていた。既にトラにはネコまんまが与えられていて、アムアムと美味しそうに食べている。
この家に客が来たことなどほとんどなかったため、カレー用の食器はボロボロのものしかなかったが、誰も文句を言う者はいなかった。
というかカリンがハンバーグを十個要求したように聞こえたが、聞き間違いではなかったようで本当に十個乗っていた。カリンは我が家で一番大きな皿を使っていたが、ライスもルーもハンバーグも小高い丘のように積まれていて、カリンの顔が隠れてしまっている。あの細い身体で本当にあんなに食べられるのか。
「ほらウェンゼル、お前の分だ」
「あ、ご、ごめん。実は俺あんま腹減ってないんだ。悪いけど代わりに誰か食べてよ」
「?そうか」
「あ、じゃああたしがもらってもいい?ラッキー」
お前これ以上まだ食うのかよと思ったが、カリンは既に自分の分を三分の一程を食べ終えていた。
こいつとんでもねーな。
「なあトウマ、いつもの買ってきてくれたか?」
「ああ。ほら、自分で注げよ」
「サンキュー。やっぱアイスココアと一緒に食うトウマのハンバーグは絶品だぜ」
アイスココア!?マジかこいつ。食事中にアイスココア飲むの?
これは最早子供舌とかそういう次元でもない気がする。
「ふう、私お腹いっぱいになっちゃったわ。ヴォルフ、あなた残り食べなさいよ」
「アァン!またお前は半分近く残してるじゃねーか!せっかくトウマが作ったのによ」
「私は胃が小さいのよ。あなたみたいな色々とデカいだけしか取り柄がないやつと一緒にしないで」
「喧嘩売ってんのかコラァ!テメェこそそんな小食でよくそんなデカいチチ維持できん……うわっやめろ!飯食ってる時にパーンはやめて!わかったよ!食うよ!」
「あ、お姉様、あたし食べますよ!」
「あー、お前はまだ自分のが残ってんだろ?しょーがねーから俺が食うよ」
「えーあたしが食べたかったのになー」
ヴォルフ達のくだらない遣り取りを見ていたら、何だか胸がいっぱいになった。『みどりのいえ』のみんなと楽しく食卓を囲んでいる風景が浮かんできて、また泣きそうになるのを必死で堪える。
みんながカレーを食べ終えると、トウマは皿を洗い始めた。トラは定位置のヴォルフの肩の上でスヤスヤと寝ていた。
「あー美味かった。ん?オイチビ助、何だこりゃ。写真か?」
「!触るな!!」
ヴォルフが部屋の隅に伏せてある、二つの写真立てに触ろうとしたので、思わず叫んでしまった。
「あ……ごめん。悪いけどそれにだけは触ってほしくないんだ……」
「……ふーん。いや、別に構わねーよ。俺も勝手に触ろうとして悪かった」
ヴォルフはそう言って素直に謝ると、トウマの方を向いて言った。
「そうだトウマ、もう今日の分は捨てといてくれ」
「わかった」
トウマは一言返事をすると、懐から封筒のようなものを取り出しゴミ箱に捨てた。何だ今のは?
そしてヴォルフは何事もなかったかのようにカリンにこう言った。
「おし、じゃあ腹もいっぱいになったことだし、報告を聞かせてもらおうか」