第17話 戦火
トウマ達はコロシアムからひたすら街外れを目指して疾駆していた。
クロマルの手のひらの中ではヴォルフが泣き崩れており、そのヴォルフの頬をトラがペロペロと舐めて慰めていた。
街中も酷い光景だった。
薄繭が効力を失ったことで国内でも敵が機鎧化できるようになったらしく、各所でブロリエフの機鎧が火の手を上げていた。
北東部最強と謳われたカツェレーネの面影は既になく、ただただ脅威に怯える幼子の様に逃げ惑う人々の姿だけがそこにはあった。
「くっ、何てことだ」
「……あっ、カール!トウマ、止まってくれ!」
「なにっ!?」
見ると先程トウマと喧嘩していたカールが、右足を瓦礫に挟まれて身動きが取れないでいた。
「ヴォルフ!?何でこんなとこに!いや、それより今は頼む、助けてくれ!」
「わかった!トウマ、頼む!」
「……ああ」
トウマは一瞬だけ逡巡したが、見捨てるわけにもいかないと判断し、ヴォルフとトラをそっと地面に降ろしてからカールの瓦礫をどけた。
ヴォルフは素早くカールに駆け寄って声を掛けた。
「大丈夫かカール!」
「ああ、サンキューな。ぐっ!でも悪い、足をやっちまったみてーだ」
「そんな……」
見るとカールの右足は、本来あり得ない方向に曲がっていた。
「ウフフフフ、やっと見つけたわよボクチャン達」
「……!」
トウマは背後からの殺気を感じ、瞬時に右方向にクロマルをステップさせた。間一髪、敵の斬撃はクロマルの顔のスレスレを通り過ぎていった。
そこには不気味な姿をした機鎧が、鋭利な爪をカチャカチャと鳴らしながら立っていた。
ちょうどヴォルフとクロマルと敵の機鎧が、三角形を描くような立ち位置になった。
「私はブロリエフ帝国諜報部所属エカチェリーナ・ペトロヴィッチ。これの機鎧銘はミハイロフスキーよ。さあ、あなたも挨拶なさい」
「……ぼ、僕はブロリエフ帝国諜報部所属パーヴェル・ペトロヴィッチ……」
「ウフフ、よく出来たわねパーヴェル、偉いわよ」
一見ふざけた二人組だが、ただものではないことはトウマにもわかった。むしろ長年の勘が、こいつらは相当にヤバいやつだと警鐘を鳴らしていた。
「な、何だこいつら!ヴォルフ、助けてくれ!」
「あ、ああ……」
「アラ、あなたがヴォルフ殿下でしたのね。実物は初めて見たけどなかなかハンサムじゃない。でも残念だわ、ここでお別れね」
ミハイロフスキーは鋭利な左手の爪をヴォルフの方に向けた。
「この爪は弾丸の様に相手に飛ばすことが出来るの。これを撃ったらヴォルフ殿下、あなたは避けられるかもしれないけど、後ろのお友達はどうかしら?」
「なっ!卑怯だぞババァ!」
「ニャー!」
「うう、ヴォルフわりい……でも俺足が動かねえよ……」
「カール……」
「次にババアと言ったら、問答無用で全員ブチ殺すから気を付けてね?そこの機鎧のお兄さんも、へたな動きをしたらどうなるかわかってるわよね?」
「チッ」
機先を制されてクロマルは刀に掛けていた手をゆっくり元に戻した。
「兄貴……」
「そんな顔をするなカリン。今は機を待て」
「うん……」
「ああ、そうそう機鎧のお兄さん」
「……何だ」
「あなたもまだまだ若いわね」
「なっ!」
ズガンッ
ズブサァッ
「キャアアッ!」
「くうっ、カリン!!」
ミハイロフスキーは右手の爪をクロマルに飛ばした。爪は巨大なライフルの弾丸の様に、螺旋状に回転しながらクロマルの右胸辺りを貫通した。
クロマルは大きな音を立てて仰向けに倒れ込んだ。
ミハイロフスキーの右手からは、またニョキッと瞬時に爪が生えてきた。
「カリン!カリーン!!」
「ニャー!」
「おいヴォルフ!俺を置いてかないでくれ!」
「くっ!」
おもわずクロマルの方に駆け寄ろうとしたヴォルフとトラは、クロマルとカールの間で板挟みになった。
「ウフフ、大国の精鋭も人質を取られたらこの程度ってことね。ありがとう王子様のお友達さん。あなたのお陰でスムーズにことが進んだわ。でもごめんなさいね、あなたの顔はタイプじゃないの」
「えっ」
ズガンッ
グシャッ
「カ、カールー!!」
ミハイロフスキーは左手の爪を、容赦なくカールに向かって撃ち出した。爪はカールの胴体辺りに突き刺さり、そのまま首と手足をバラバラに吹き飛ばした。
カールの首はヴォルフの目の前に転がってきて、ヴォルフはカールの虚ろになった眼と目が合った。
「カール……」
「さあ、これで後は残るは王子様だけになったわよ。後は一人で出来るわよねパーヴェル?」
「う、うん、姉さん……。でも、僕一人で出来るかな?だって今からこの王子様を、生きたまま腹を掻っ捌いて、大腸を引きずり出して、小腸を引っ張って、胃を握り潰さなきゃいけないんだよね……。そんなの僕一人じゃ気持ち悪くてできないよ……」
「アラアラアラ男の子がそんなことでどうするの?そんなんじゃペトロヴィッチ家の恥よ。勇気を出してやってご覧なさい」
「なっ、何だこの変態ヤロー共は!」
「うん……わかったよ姉さん……。でも何でだろう?さっきからそのことを考えてたら、オ、オ○ンチンがビンビンに勃っちゃって凄く痛いんだ……」
「アラアラしょうがない子ね。でも大丈夫よ。それは健全な青少年なら当然のことなの。それは後で姉さんがナントカしてあげるから、今はお仕事を片付けちゃいましょうね?」
「うん……姉さん。僕頑張るよ。頑張ってこいつを、生きたまま腹を掻っ捌いて、大腸を引きずり出して、小腸を引っ張って、胃を握り潰して、右肺と左肺の位置を交換するよ!」
「何かちょっと増えた気がするけどまあいいわ。頑張んなさい」
「くっ!」
ミハイロフスキーはゆっくりとした足取りでヴォルフに近付いていった。
キングアーサーの躯体は全身がボロボロだった。自慢の大剣にもヒビが入り今にも折れそうだ。
それに比べアルゲウスの躯体は掠り傷が付いている程度だった。
「ふむ、かつては鬼神と恐れられた男も所詮はこの程度か。しかも王たるものが、先程からあちこちをピョンピョンと飛び回って品がない」
「ハァ……ハァ……ったく年は取りたくねーもんだなヘル」
「まったくだ。んっ?おい、アルお前それは!」
ヘルマンがアルブレヒトの背中を見ると、服に大量の血が滲んでいた。
「もしかして最初の攻撃の時に……」
「ハッ、俺も耄碌したかな。コロシアムの屋根から降ってきた瓦礫が当たってよ」
「アル……」
「そんな顔すんなよヘル。こんなもん唾付けときゃ治る。さて……と」
「久闊を叙しているところ申し訳ないが、私もこう見えて忙しい身なのでね。そろそろ終わりにさせていただく」
「まあそう言うなよ。年寄りの世間話には付き合うもんだ……ぜ!」
「む!」
キングアーサーが剣を地面に突き刺すと、アルゲウスの足元に直径50メートル程の巨大な魔方陣が出現し光を放った。
「これは……」
「こっちも伊達にピョンピョン飛び回ってたわけじゃなかったってことよ。オメェさんに気付かれないように、地面にこれを描くのは骨が折れたがな。どうだい、ピクリとも動けねえだろう?」
「アチャー、これどうするイヴァン。結構ピンチじゃない?」
「……そうだな」
「これに懲りたら来世じゃ、もうちっと分相応に生きるんだな。決めるぞヘル!」
「オウ!」
「オレ流究極奥義『カリブルヌス』!」
「くっ」
キングアーサーは天高く舞い上がり、大剣をアルゲウスに振り下ろした。
コロシアムの方向に巨大な光の柱が立つのをヴォルフは見た。
「あれは!親父のカリブルヌスか!」
「何ですって!?はっ、イヴァン陛下!」
「蝉柳流忍法『雲海』」
「えっ?」
ボウンッ
突然辺りが厚い雲に覆われたように何も見えなくなった。
「チィッ!あの小娘がぁ!調子に乗りやがって!」
「ね、姉さん!あいつらは……」
煙幕が晴れた時、そこにヴォルフ達の姿はなかった。




