第16話 天使
トウマ達三人はコロシアムに向かって全速力で走った。
ヴォルフはトラは危ないのでその場に置いていこうとしたが、どうしても付いてくるので、仕方なくトラもヴォルフの肩に乗せて一緒にコロシアムに向かった。
コロシアムは凄惨な有り様だった。
既に雷は止んでいたが、先程の雷は巨大なコロシアムのほぼ全域を焼き払っており、その場にいたほどんどの人間を消し炭にしてしまっていた。
辺りからは何人かの生き残った人達の呻き声が聞こえており、動かなくなった母親の横で泣きじゃくっている幼い女の子もいた。
「これは……こんなことが……」
「殿下!ご無事でしたか!?」
「ヘルマン!お前こそ無事だったか!?」
「ニャー」
「そ、その猫は?いや、今は置いておきましょう。幸い私は屋根の下におりましたので軽症で済みました。陛下も同様です。ただ他の騎士団は皆演習中で、コロシアムの中央におりましたので……」
泣きそうな顔で中央の方に目を向けたヘルマン団長の視線を追うと、そこには騎士団員達の機鎧が見るも無残な姿で横たわっていた。
「そんな……みんな……」
「殿下……お気持ちはわかりますが、今はまず陛下の下に参りましょう」
「あ、ああ……」
トウマ達は後ろ髪を引かれながらもアルブレヒト陛下の下へと走った。
「ヴォルフ!テメェどこいってやがったこのバカ息子が!オッ、カワイイ猫だな」
「ニャー」
「親父!今はそれどころじゃねーだろ!」
思ったよりは傷は浅そうだったアルブレヒト陛下を見てトウマは少しだけ安堵したが、状況は一向に好転してはいないことに気付き、改めて気を引き締め直した。
「陛下、今の雷はもしかして……」
「トウマ、お前もそう思うか。俺も敵の攻撃だと思ってる。信じたくはねーがな」
「ですが本当にこんなことが可能なのでしょうか?これではまるで」
「ああ、神の所業ってやつかもな。だが例え相手が神だろうが俺は売られた喧嘩は絶対買う。何より俺の国民達を手に掛けた報いだけは、この命に代えても必ず受けさせてやる」
トウマは陛下のこんなに怒った顔を初めて見た。
普段はとても気さくで義理人情に厚い人物だが、若い頃は周辺諸国から『鬼神』と呼ばれ、畏れられていたという噂は本当の様だ。
「突然の非礼を心よりお詫びする」
「……!」
突如上空から声がしたので空を見上げると、白く光り輝く天使の様な姿をした機鎧がゆっくりと降臨してきた。
背中には三対の天使の羽が付いている。
それはまるで聖書のワンシーンを見ている様だった。
「お初にお目にかかる。私はブロリエフ帝国の現皇帝イヴァン・ヴァシリエ。これの機鎧銘はアルゲウスという。以後お見知り置きを」
「はあ~い、僕はイヴァンの契約機人のアナスティア・ザハーリン。以後お見知り置きを~」
モニターには女のように美しい顔をしているが恐ろしく冷たい眼をした男と、イケメンだが明らかに軽薄そうな男が映っていた。
陛下はイヴァンと名乗った男に聞いた。
「現皇帝ってこたぁ、オメェさんがブロリエフにクーデターを起こした張本人ってことか?」
「そうだ。私としては改革と言ってほしいがね。我が父アンドレイ・ヴァシリエは、私腹を肥やし人民に仇なす不逞の輩だったため、私がこの手で斬り捨てた。今は私がブロリエフの皇帝だ」
「カッ、あのタヌキ親父、自分の倅の手綱も握れてなかったようじゃ、どっちみち先はなかったかもな。で、新皇帝さんよ、さっきの雷はあんたがやったのかい?」
「民衆を巻き込んでしまったことは私も不本意だったが、貴国の機鎧がこの場所に一堂に会する今しか『ゼウスヴァーザ』で一網打尽にするチャンスはなかった故、ご容赦願いたい」
「ゼウスヴァーザってのがあの雷の名前か?」
「左様。ただ安心していただきたい。あれは我々にも相応の負担が掛かる故、多用はできん。もっとも、これだけ貴公と接近してしまった今、どの道あれは使えんがね」
「なるほどよーくわかったぜ。オメェさんが世間を舐めてやがるボンボンだってことがな。ところでイヴァンよ、こんだけひとん家に土足で上がり込んで好き勝手してくれたんだ。それなりの覚悟はできてんだろう……な!!!」
空気が震える程の怒気を纏った鬼の形相で、陛下はイヴァンを怒鳴りつけた。
これが鬼神か。
トウマは今まで生きてきた中で、一番の恐怖を感じていた。
「もちろん覚悟はできている。ただそれは貴公に倒される覚悟ではなく、私がこの世界を統べる王となる覚悟だ」
「ホウ、オメェ今時世界征服なんか目指してやがんのか。こりゃ大人として、若いもんにいっちょお灸をすえてやんなきゃなぁ。トウマ!カリン!」
「は、ハッ!」
「ヒャイッ!?」
「オメェらはヴォルフを連れてなるべく遠くに逃げろ。こいつは俺とヘルマンがやる」
「……承知いたしました」
「……りょ」
「ま、待ってくれよ!いくら親父でもこんなやつに勝てんのか!?」
「ハッ、息子に心配されちゃ世話ねーな。俺もこう見えて一家の大黒柱だぜ?世間知らずのボンボンなんかにゃ敗けねーよ」
「……でも」
「……ヴォルフ、お前には父親らしいこと何もしてやれなくてホント悪かったな。これが終わったら、また二人でトウマの焼いたパンケーキでも食おうぜ」
「……親父!」
「いけトウマ!」
「……ご無事で」
「親父ー!!!」
「ニャー!」
トウマとカリンは素早くクロイトオドシドウマル……略してクロマルに機鎧化し、手のひらで優しくヴォルフとトラを包むと全速力でその場から逃げ去った。
「あらあら、よかったのイヴァン?王子様逃げちゃったよ」
「案ずるなアナス。王子の追跡はペトロヴィッチ姉弟に任せる。いるか?」
「……はい陛下」
「ワタクシ達と、この機鎧『ミハイロフスキー』に御用でしょうか」
どこからともなく爬虫類を連想させる不気味な機鎧が現れた。
両手の先は鋭く尖った針の様な細長い爪がいくつも付いており、それは乗り手の相手を切り刻むことへの執着が具現化したかのようだった。
前方シートにはいかにも気の弱そうな青年が座っており、後方シートには妖艶な女性が座っていた。
「今逃げたヴォルフ王子達を追ってくれ。生死は問わん」
「……はい」
「ウフフ、かしこまりました」
そう言うと不気味な機鎧は、スウッと影の様にその場から消えた。
「さて、これでこの場には我々と貴公達のみとなった。大将戦で一騎討ちというのはどうかな?」
「望むところだ。その涼しい顔に吠え面かかせてやるから楽しみにしてろ。ヘルマン、やるぞ」
「はっ、陛下」
「……なあヘル、今日だけは昔みたいにアルって呼んでくれねーか?」
「……!ふっ、そうだなアル。この若造に社会の厳しさを一緒に教えてやろう」
「思い出すなぁ、お前と暴れまわった若い頃をよ。お互い年取ったもんだ」
「なに、まだまだこれからだろう」
「そうだな、まだ孫の顔も見てねーしな。じゃあいっちょ一仕事すっか!」
「ああ」
二人は一歩前に出て名乗りを上げた。
「カツェレーネ王国国王、アルブレヒト・レーヴェンブルク」
「カツェレーネ王国近衛騎士団団長、ヘルマン・ザルツォ」
「顕現せよ、機鎧銘:キングアーサー」




