第15話 雷鳴
それ以来トウマとカリンはカツェレーネ王国の一員となった。
ヴォルフがアルブレヒト陛下に、二人のことを世話してやってほしい旨を話すと、二つ返事で「いいぜ」と言われたのだ。その時トウマはこの親にしてこの子ありと思ったものだ。
結局ヴォルフやアルブレヒト陛下は、トウマとカリンが何故あの日、大怪我をしてあの場所にいたのかは一度も聞かなかった。トウマも話すつもりはなかったし、おそらくこれからもヴォルフに聞かれることはないだろう。ヴォルフはそういう男だ。
トウマは少しでもヴォルフに恩を返すために色々なことを頑張った。
元々剣の腕には自信があったので、ヴォルフのことをこの手で守れるように近衛騎士団へ入団した。
騎士団での修業は苛烈を極め、何度も挫けそうになったが、自分がつけたヴォルフの額の傷を見るたびに心が奮起され、どんなに辛い修業も耐え抜くことができた。
18歳になった頃には史上最年少の若さで副団長となり、ヴォルフ直属の護衛に任命された。
家事はあまり得意ではなかったが、ヴォルフが好き嫌いが多いのと、部屋の掃除ができない性格ということがわかってからは、料理と執事業にも精を出すようになった。
ヴォルフは中でもタマネギが嫌いだったが、色々と苦心した結果、微塵切りにしてハンバーグにしたら美味しそうに食べたのでほっと胸を撫で下ろした。それ以来、ハンバーグがヴォルフの好物になったのは皮肉だったが。
今ではトウマは王宮料理長と王宮執事長も兼任し、ヴォルフ担当の何でも屋の様な立場になってしまった。
カリンとはヴォルフに対する恩義について直接話したことはなかったが、歴史がある故に諜報能力が低かったこの国に一人で情報管理局を立ち上げ、局長になったことからもトウマと同様ヴォルフに恩を感じてはいるようだ。ただ、カリンだけだと無茶をしそうで心配だったので、トウマも副局長として情報管理局に入局した。
今ではトウマはヴォルフと同じく二十歳になり、毎度ヴォルフのやんちゃに手を焼きながらも概ね充実した毎日を過ごしていた。
「ハァ~面倒くせーなー。身内が戦ってんのなんか見てもあんま面白くねーよ。コッソリ漫画持ってっちゃダメ?」
「ダメに決まっているだろう。お前もいい加減王族としての意識を持て。今日の武道大会は兵士達の実力アピールも兼ねてるんだ。王族のお前がしっかり見てやらなくてどうする」
「んなこと言ったって、うちの国は建国以来一度も戦に敗けたことない東方の大国なんだろ?誰もうちに攻め込んでなんてこねーって」
「だからといって国防を疎かにしていい理由にはならない。最近も隣国のブロリエフ帝国でクーデターが起こったという噂も聞いた。ほんの少しの気の緩みが命取りにもなることを努々忘れるな」
「ヘイヘイ、わかったわかった……んっ?」
草むらからガサガサと音がしたので何かと思えば、キジトラ柄の猫が飛び出して来た。
あ、マズい。
「キャ、キャ、キャワイイ~!!!!」
そう奇声を上げながらヴォルフは猫に突進していった。
ヴォルフはこんなナリをして大の猫好きだ。猫狂いとさえ言っていい。だが如何せんヴォルフの見た目が怖いのと、余りにもグイグイ行き過ぎる性格が災いし、今まで猫に懐かれたことは一度もなかった。
どうせ今回もすぐフラれるだろうと見守っていたら、意外にも猫の方も「ニャー」とヴォルフに擦り寄って来て、喉をゴロゴロと鳴らし始めた。
「ウ、ウオー!!!!奇跡が起きたぞー!!!!今日は人生で最高の日だ!今日の遺書には『やっぱり猫は最高だ』って書くぜ!」
「落ち着けヴォルフ、それは最早ただの感想になっているぞ」
「うるせーなチャチャを入れんじゃねーよトウマ!んー見たとこお前は野良みたいだな。よし、今日からお前はうちの子だ!」
「お、おい待て、勝手に決めるな」
「名前は何がいーかなー、よし、トラにしよう!」
安直過ぎるだろう。
トウマはほとほと呆れてしまったが、最高に幸せそうなヴォルフの顔を見ていたら、何も言えなくなってしまった。
その時だった。
ウーーーーーーーーーー
開戦を知らせるサイレンが突然国中に鳴り響いた。
バカな!今我が国に戦を仕掛けようなどという国はこの辺りにはないはずだ。
それぐらい我が国と周辺諸国との戦力差は歴然だった。
いったいどこの国が。
いや、詮索は後だ。今は早急にカリンを見つけ出し、コロシアムにいるであろう騎士団の面々と合流しなければ。
「ヴォルフ!お前は王宮に戻れ!あそこなら安全だ」
「あ、ああ、でもよ」
「ヴォルフ!兄貴!マ!?」
カリンがどこからともなく現れた。
よし、後はコロシアムに。
だが、先程まで晴天だった空が急速に雨雲に覆われていくのにトウマは気付いた。しかも雲に覆われているのはこの一帯だけで、遠方の空は今まで通り晴れている。
この雲は何かおかしい。
トウマが言いようのない胸騒ぎを感じた次の瞬間――。
ピシャーーーーン
と極太の雷が少し離れた箇所に落ちてきた。
しかも普通、雷というのは一瞬で止むものだが、この雷は止むことなく延々と降り続いてきた。
だが、各国には昔から薄繭と呼ばれる謎のバリアの様なものが張られており、国に対する攻撃は薄繭が全て防いでくれる。
幸いこの雷も国に対する脅威と認識されたのか薄繭が防いでいるが、いつまでも鳴り止まない雷はこの上なく不気味だった。
最早これが自然のものとは思えない。考えられないことだがこれも機鎧の力なのか。もしかして今戦を仕掛けてきた国の誰かがこれをやっているのか?
ただ天候をも操作するという機鎧の話はトウマも聞いたことがなかった。しかも仮にそれができたとして、戦場ではなく国の真上に雷を落とす意味がわからない。これでは薄繭に防がれてこちらには何のダメージもない。
それともこれは陽動で他に目的があるのか?
だが、薄繭の雷に打たれている箇所を見ている内に、トウマは敵の目的がわかった気がした。
薄繭の色が変色してきていた。
バカな。薄繭が破られたことなど歴史上一度もないはずだ。
だが火山が噴火する直前の様な色になってきた薄繭を見て、悪い予感は確信に変わった。
「ヴォルフ!カリン!伏せろ!!」
「ニャー!」
バリバリバリピシャーーーーン
案の定薄繭は破られ、極太の雷が容赦なく降り注いできた。
そんな、あの場所は。
「……コロシアムの場所だ」
「!親父ー!!」




