第14話 追憶
ヴォルフが14歳の頃のある日。
ヴォルフは王立ファルブシュティフト学院の中等部にて、クラスメイトと共に授業を受けていた。
「はい、ではこの時間は『機鎧学』の17ページからやっていきたいと思います。今日のテーマは<捧刻>です。捧刻とは我々機人ではない一般人、通称<途人>が機人と契約して核人になるための儀式のことです。途人は機人から認められると機人が具現化した<捧剣>と呼ばれる短剣を手渡されます。そして途人が捧剣を自分の心臓に突き刺すと契約が成立し、晴れて核人となるのです。ちなみに複数の人間と契約を結ぶことはできません。そしてもちろん捧剣を心臓に刺しても死にはしません。その代わり、途人は核人になる代償として、捧剣の柄に刻まれている数字の日数分だけ寿命を失うことになります。この日数を<刻日>といいます。通常の刻日は100日前後程ですが、中には5000日もの刻日を持った機人もいたそうです。一般的には刻日が多い程、機鎧の力も大きくなると言われていますが、それは人間でいうところの筋力の様なものなので、刻日が多ければ必ず戦いに勝てるわけではないようです。また、捧刻が済むと契約の証として両者の体のどこか同じ場所に<機紋>と呼ばれる紋章が刻印されます。機紋は核人と機人の模様を重ねると機鎧の姿を象徴したものになると言われており、これは……んっ?殿下……ヴォルフ殿下」
( ˘ω˘)スヤァ
「殿下……殿下……」
「う~ん……むにゃむにゃ……申し訳ないが冗長な説明台詞はNG……むにゃむにゃ……」
「殿下!!」
「うわぁ!ビックリした!な、何!?あっ、いや、これは……違うんだ」
「何浮気がバレた時のサラリーマンみたいなこと言ってるんですか。申し訳ありませんが授業中に寝るのもNGですよ殿下」
「いや……実は昨日遅くまで漫画読んでて……寝不足でさ……」
「全く理由になっていませんね。私はアルブレヒト陛下から、くれぐれも殿下を特別扱いしないように厳しく言われています。本当はこんなことは言いたくありませんが、暫く廊下に立っていてください」
「チェッ、わかったよ。立ってりゃいーんだろ!覚えてろよ!俺が国王になったら先生のこと毎日トイレ掃除担当にさせっかんな!」
「はいはい、楽しみにしていますよ」
ヴォルフはブスくれながらドカドカと廊下に出ていった。見慣れたいつもの光景にクラスメイト達はゲラゲラ笑っていた。
ヴォルフは憂さを晴らすために、放課後はスラム街に行ってまたカール達と喧嘩をすることに決めた。
だが廊下に立って窓の外を見ていると、風景がいつもと違っていることに気付いた。ヴォルフのクラスは三階だが、以前は目の前に大きな杉林が立っていて外が見えなかったが、新校舎建築にあたり杉を全て伐採したので見晴らしが良くなったのだ。窓の外にはルーエの森と呼ばれる広大な森林が広がっており、この高さから森を眺めたのは初めてのことだった。
そこでふと森の奥の方に、見慣れない神殿の様なものがあるのが目に入った。大分朽ちており相当古い神殿のようだ。
はて?ルーエの森の中にあんなものがあるなんて聞いたことがなかったがあれは何だろう?まあ帰ったらヘルマンにでも聞いてみるか。そう思うとヴォルフはフアァと欠伸を噛み殺した。
その日の夜、ヴォルフは近衛騎士団長のヘルマンの部屋を訪れた。
ヘルマンはヴォルフの父と同い年なので文字通り親子程年が離れていたが、ヘルマンはヴォルフのことをいつも可愛がってくれ、ヴォルフもヘルマンを兄の様に慕っていた。
「ルーエの森の神殿ですか……」
「ああ、あんなものがあるなんて誰からも聞いたことなかったけどあれは何なんだ?」
「……そうですね。殿下にもそろそろ話してもいい時期かもしれません」
「えっ、何?そんな深刻そうな話なの?」
「いや、深刻というよりは得体の知れないといった方が正しいですかね。私も自分の目で見たわけではないので何とも言えないのですが、あの神殿には悪い魔女が封印されているという伝説があるんですよ」
「悪い魔女……」
「ええ……しかも千年もの昔から」
「千年!それってこの国の……」
「そうです。我が国の建国当初からずっとあの神殿は存在しているというのです。一説にはあの神殿がここに存在したために、この場所にカツェレーネ王国を建国したとも言われています」
「でも何でそんなこと……」
「それは今となっては誰にもわかりません。ただ一つ確かなのは、あの神殿は危険なので決して誰も近づいてはいけないと代々言われていることです。あの神殿に入ると魔女に魂を抜かれるそうなのです。ですので殿下も決してお近づきになりませんように、くれぐれもお気を付けください」
「ああ……わかったよ」
ヘルマンの言ったことはにわかには信じ難かったが、とても冗談で言っているようにも見えなかったので、一応ヴォルフもあの神殿に近づくのはやめておくことにした。
ヴォルフが自室に戻るために外廊下を歩いていると、中庭の奥の方で人影が動くのが見えた。
こんな時間に誰だ?もしかして泥棒か?だとしたらとっちめてやる!ヴォルフは勢い勇んで人影に後ろから近づくと叫びながら突撃していった。
「テメェどこ中だアァン!」
「!誰だ!」
ザシュッ
「ぐあっ!」
何か鋭い刃物で左眼の上辺りの額を斬られた。
マズい!こいつ武器を持ってやがる!
流石に分が悪いかと少し怯んだが、よく見ると相手はヴォルフと同じくらいの歳の男女で、全身に怪我を負っていて服もボロボロだった。
女の方は気絶しているようだ。顔がよく似ているので兄妹だろうか。
しかも服装や顔立ちがヴォルフの好きな忍者漫画のキャラそっくりだ。持っている剣も倭国刀っぽい。
もしかしてこいつら倭国人か?
ただヴォルフが一番気になったのは、二人の右の鎖骨の下辺りに、破れた服の間から見えた機紋だった。男の機紋は倭国刀の形をしており、女の機紋はクナイの形をしていた。
こいつら――。
「お前ら、もしかして核人と機人か?」
「それ以上寄るな!次は首を刎ねるぞ!」
「わ、わーったよ!でもお前ら酷い怪我じゃねーか。大丈夫なのか?」
「お前には関係ないことだ。少し休ませてもらえたらすぐ出て行く。それまではそっとしておいてくれ」
「そういうわけにはいかねーよ。事情があるなら話してみろよ。話くらいは聞くぜ」
「何故お前に……はっ、カリン!」
「……兄貴」
「目が覚めたか!大丈夫か?しっかりしろ!」
「……ここは?」
「ヨウお嬢ちゃん。お目覚めかい?」
「……あなたは?」
「まあ通りすがりのボンボンってとこかな」
「!お前もしかしてこの城の王子か!?」
「一応な」
「何故一国の王子が見ず知らずの俺達にそんな態度を取る?」
「ん……何故ってそりゃあ……」
「殿下!!」
「!」
ガキィン
光の速さでヘルマンが駆け付けて来て、剣で少年の刀を弾き飛ばした。
「くっ!」
「ご無事ですか殿下!はっ、怪我をしておいでではないですか!!この逆賊が!!」
ヘルマンが少年と少女のことを切り捨てようと剣を振り上げたその時、ヴォルフが二人の前に立ちはだかり両手を広げて庇った。
「なっ、お退きください殿下!何故そのもの達を庇うのです!」
「待ってくれよヘルマン!こいつら怪我してるんだ!話くらいは聞いてやろうぜ!」
「……なりません。此奴らは敵国の間者かもしれませぬ。念のためこの場で切り捨てます」
「ああもうヘルマンの頭でっかち!わかったよ!ヘルマンがこいつらを殺したら俺も死ぬぞ!」
「はっ?お前何を」
「殿下!何故殿下がそこまで」
「噓じゃないぞ!何なら今この場で遺書を書いてやってもいい。いや、むしろ覚悟を示すために俺は今日からいつ死んでもいいように毎日遺書を書く!それならいいだろ!」
「いや、いいというか何というか……」
ヴォルフの余りの剣幕にヘルマンも殺気を削がれてしまったようだ。
一旦は剣を下ろし、話を聞く姿勢をみせた。
「……申し訳ありませんが私の一存では、そのもの達を助けるかは判断いたしかねます。陛下にご判断いただくまで、処分を保留にするということでしたら私も折れましょう」
「ああそれでいいぜ。どうせ親父は助けるに決まってるからな」
「……そうかもしれませんな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!さっきの話の続きは!?何故お前は俺達を助けようとするんだ!」
「……俺ん家、俺がガキの頃にお袋が病気で死んでよ。それ以来、親父が男手一つで一人っ子の俺のこと育ててきたんだ。まあ、つってもほとんどは世話係に任せてたから、親父は大したことしてねーんだけどよ」
「……それで?」
「その親父がことあるごとに俺に言うんだよ。『男に生まれたからには悪いことをするなとは言わない。でもダセェことだけは絶対にすんな』ってな。まあ親父も何かの本で読んだ受け売りらしいけど。あそこでお前らを見捨てたら、俺クソダセェじゃねーか。そんなことできるかよ」
「そんな……ことだけで……」
「とまぁそういうわけだからよ、これからよろしくな。俺の名前はヴォルフ、歳は14だ」
「……俺はトウマだ。俺も14だ……」
「……私はカリン。12歳だよ」
「そっか、トウマ、カリン、今度倭国の漫画の話詳しく聞かせろよな」
そう言ってヴォルフは、額から血が滴った顔でニカッと笑ってみせた。その笑顔を見た瞬間、トウマはこの男に生涯自分の命を捧げると誓った。




