第13話 喧嘩
物語は二週間程前に遡る。
北東の大国カツェレーネ王国のスラム街の広場で、若者達が集まってワイワイと騒いでいた。
「青コーナー、積年の雪辱を今日こそ晴らすことが出来るか!スラム街が誇る英雄!挑戦者、カール・エスターライヒ!」
ワアッと周りを取り囲む若者達から黄色い声援を受け、カールと呼ばれた男は拳を振り上げた。かなりガタイが良く、身長は2メートル近くもある。
「赤コーナー、皇太子とは思えない悪逆非道の反則技で、今宵も挑戦者を返り討ちにするか!ご存知、暴君、ヴォルフ・レーヴェンブルク!」
ブウウウッとカールとは正反対のブーイングを受け、ヴォルフはふてぶてしい顔で野々○議員の様に耳に手を当て聞こえないポーズをした。
メガネの奥に光る金色の瞳は通称ウルフアイといい、金色の髪と同様、レーヴェンブルク家の当主に代々受け継がれてきたものだった。ヴォルフという名前も『狼』という意味で、それはそのままヴォルフを生き方を象徴していた。
ちなみにヴォルフの服装はいつも通り漫画の女性キャラのTシャツとジーパンだが、サンダルは脱いで裸足になっていた。
「ヴォルフ、今日こそお前に吠え面かかせてやるから覚悟しろよ」
「フラグ立てるのは勝手だけどよぉ、お前一度でも俺に勝てたことあったか?」
「それはお前がいつも卑怯な手ばっか使うからだろうが!正々堂々正面から戦ってれば俺はお前には敗けねえ!」
「オイオイお前それ戦場でも同じ台詞言うつもりか?ひとたび戦場に立ったらそこはルール無用の殺し合いの場だぜ?お前は殺される間際に相手に『この卑怯者が』って言いながら死ぬのか?」
「うるせえっ!お前こそ皇太子なんだからちったあ皇太子らしくしやがれ!」
「俺は誰よりも皇太子らしくしてるつもりだぜ。民衆を守るために戦場ではどんな卑怯な手を使ってでも勝つ。それこそが王たるものの務めだろ?将来俺みたいな王の下で暮らせてお前は幸せだな」
「屁理屈ばっか言いやがって!もういい、いつも通り言いたいことは拳で言おうぜ」
「同感だ」
二人が構えを取ると、審判役の男が宣言した。
「ルールはいつも通り時間無制限、何でもアリのデスマッチルールとする。どちらかが降参するか気絶したら試合終了。ではレディ……ファイ!」
開始の合図と共にヴォルフはカールに突っ込み、強烈な右のローキックをカールの左腿に浴びせた。カールは「グウッ」と呻き声を上げたが、ヴォルフはそれに構わず、立て続けに左、右とローキックを中心にカールの下半身を攻め続けた。カールが堪らずガードを下げると、ヴォルフは渾身の右ハイキックをカールの顔面にブチかました……かに見えたが。
ガキッ
「何っ!」
カールがガードを下げたのはフェイクで、ワザとヴォルフのハイキックを誘っていたのだった。カールは左腕でしっかりとハイキックをガードしていた。
「残念だったなヴォルフ!」
「くっ!」
バキィッ
体制を崩したヴォルフの顔面に、カールの丸太の様な腕の右ストレートが直撃した。
ヴォルフはそのまま後方に吹っ飛び、仰向けに地面に倒れ込んだ。
「とどめだぁ!」
カールは倒れているヴォルフに跳びかかった……その時。
バッ
「ぐあっ!な、何だこりゃ!?」
何かがカールの眼に降り掛かって視界が遮られた。
「残念だったなカール」
ニヤニヤ悪い笑みを浮かべながらヴォルフが優雅に立ち上がった。
「お前がワザと隙を晒してんのは気付いてたよ。だから俺も一芝居打ってやった。お前のパンチを喰らったフリして地面に倒れてこいつを握り込んどいたのさ」
そう言ってヴォルフは手に持った砂をサラサラと地面に落とした。
「くっ!この卑怯者がぁ!!」
「フラグ回収乙w」
キインッ
「ハウッ」
ヴォルフは容赦なくカールの股間を蹴り上げた。カールは女の子みたいな声を上げて、ボブ○ップ戦のアケ○ノの様にうつ伏せに倒れてピクピクと痙攣していた。
「しょ、勝負あり!勝者ヴォルフ・レーヴェンブルク!」
ブウウウウウウウウウウッ!!!!
大地をつんざく様なブーイングを受けながらも、ヴォルフは今度はハリ○ッドザコ○ショウがモノマネする方の、野々○議員の聞こえないポーズをしていた。
「お前達!何をやってる!」
「あっ鬼軍曹だ!」
「鬼軍曹が来た!みんな逃げろ!」
トウマが現れるとみんな一斉に蜘蛛の子を散らすかの如く逃げ出した。カールも四人掛かりで回収されていた。
後にはヴォルフとトウマだけが残された。
「アーア、せっかく良いとこだったのによ。ちったあ勝利の余韻に浸らせろよトウマ」
「ふざけるな。何が勝利の余韻だ。お前はまたこんなことをやっているのか」
「いいだろ俺が何しよーが!これも民衆とのコミュニケーションの一環としてだな……」
「その民衆を殴り倒す王がどこにいる?そんなことで民意を掴むことが出来るとでも思っているのか?」
「ヘイヘイ俺がわるーござんしたよ。そりゃお前に俺の気持ちはわかんねーだろうよ。なんせ若干二十歳にして、『近衛騎士団副団長』兼『情報管理局副局長』兼『王宮料理長』兼『王宮執事長』のお前にはな」
「嫌味はよせ。それに先程の喧嘩も、お前ならあんな手を使わずとも勝てたろう」
「何だ見てたのかよ、趣味わりーな。もちろん正面からヤり合っても俺ならカールなんか楽勝だよ。でも俺も無傷じゃ済まねえ。ああやるのが一番効率が良かったからああしたまでだ。お前だって戦場じゃ卑怯な手の一つや二つ平気で使うんだろ?」
「俺は戦士だからな。だがお前は違う。王は常に民衆の模範となる存在でなければならないといつも言ってるだろう」
「ツーン」
「ハァ、まあいい、もう行くぞ。今日が何の日かはお前も忘れたわけじゃないだろう」
「ハイハイ、もちろん覚えておりますよ鬼軍曹殿」
そう言ってヴォルフはサンダルを履き、二人で国の中心にある巨大なコロシアムに向けて歩き出した。
今日は年に一度の武道大会の日だった。国中の機鎧が一堂に会し、ヴォルフの父であるアルブレヒト陛下の御前で機鎧同士が模擬戦を行うのだ。
「そういえばトウマとカリンは大会には出ねーのか?」
「俺達の最重要任務はお前の護衛だからな。出場は辞退した。さっきまであのバカ妹も一緒だったんだが、どこかに行ってしまった。もちろん陛下の契約機鎧のヘルマン団長も今日は見学だ。陛下は出場したがっていたようだが、団長が必死に説得してとめたらしい」
「ハッ、親父らしいな」
歩きながらトウマは、ヴォルフとヘルマン団長に初めて会ったあの日のことを思い出していた。




